中韓両国の高学歴化3

社会の近代化進展度合い・経済規模の違う韓国では、本来日本よりも大卒の比率が低くて良い筈ですが、逆になっているのでは、ミスマッチが半端ではないことが分ります。
日本の大卒就職率が90何%である(中小企業への就職を何とも思ってません)のに対して、韓国では54%しかないのはこの結果によります。
上記論文では、
「2012年大卒者に対する就職率は前者(就職希望者)が93.6%であることに比べて後者は63.9%で・・同時点における韓国の大卒就職率は54.5%であり・・」
となっています。
今年の日本は好景気ですから、ほぼ100%近い就職率(どころか求人側で人不足)になっていると、どこかで報道されていました。
最近足の関節が痛いと言って事務所近くに数年前に出来た近代的な整形外科に行った人の話ですと、検査装置が新しい病院であることから画像が鮮明であったことの外に、理学療法士みたいないろんな技術者がいて、歩き方の癖で一方の軟骨がすり減っていること・・だからその歩き方を直すリハビリが必要ということで、足の中の特定のスジを鍛えるためのきめ細かなプログラムが設定されたということでした。
単に運動すれば良いのではなく、(やみくもに動き回れば却って悪化させてしまう)特定のスジだけをしかも一定方向へを鍛えるための運動が必要になっている時代です。
(余計なことですが一言・・私が普段から運動=スポーツは身体を痛めるから健康に良くないと書いていることが、現場では既に実証されているのです)
このように社会は儒教的高度?な理念だけ学んで威張ってれば良いのではなく、日本的に言えば高度な医学を修める人も必要ですが中間的なスジなど見てトレーニングしてくれる人材・・専門学校での各種技術訓練教育を経た人を多く必要としています。
韓国進学熱は既になくなった幻のヤンパン階層への階層アップが目的ですから、身体を動かす専門学校など見向きもしません。
(だから専門学校が殆ど存在出来ないのでしょう)
日本のエレクトニクスその他の凋落が言われますが、アップルやサムスン製品の中身の部品の殆どは日本製品と言われています。
世界経済で見れば、先進国でも金融等で誤摩化さずに製造業など足下で堅調なのは日本とドイツ(イタリアも工芸品では強いのは同じです)だけですが、ドイツではマイスター制度が有名なように日独共通項は現場技術者を尊重する社会と言うことではないでしょうか?
アメリカンドリームは、特殊才能のある人・・プレスリーなどが莫大な富を得られるというものであって、日本やドイツのように下積みでコツコツ努力する中堅技術者に価値を置かない社会である点は、中韓の儒教的価値観と基礎が同じです。
中韓両国はアメリカンドリームの一部・コツコツ努力しなくとも良いという一部を理解した上で、能力がなくとも「学歴等によって(韓国の場合ヤンパン)特権階層の仲間入りすれば、身体を動かさずに生活できる」と言う夢を抱いてしまったことになります。
儒教的価値観(立派な道徳としての価値観ではなく、教育のある人は遊んで暮らせるという間違った価値観)の強固な中国でも同様です。
近代化が進み庶民が少しでも豊かになると(中産階層になると)どこの国でも先ず進学率が上がりますが、中韓の場合文化の厚みがないところに一気に経済成長したことによって中間の技術層成長定着過程を飛び越してしまった・増加率が急激過ぎた弊害です。
後発国では外資による巨額資金導入や資源開発で急激に経済発展すると裏で政府に関係する特定事業者が利権を得られることになり易いので、(政権癒着)財閥系が発達し易くなって却って健全な中小企業が育たないで大企業だけが繁栄する弊害があります。
韓国やロシアでは中小企業が育たずに、先ず財閥系が発達して来たのはこの例です。
中国の場合も外資導入によって経済成長した点は同じですが、韓国の財閥に代わって国有企業という共産党幹部と癒着した巨大企業ががん細胞のようにのさばっています。
日本の場合、江戸時代から中間層が発達していた上に明治以来更に100年間に及ぶ着実な進歩の蓄積後の高度成長でした。
順次の発展の結果、中間技術者その他の人口構成が均衡がとれている社会ですし、国民も分際に応じてみんながみんな医師になるのではなく中間技術者になって、能力に応じた仕事で満足する社会です。

中韓両国の高学歴化2

中韓両国では今なお底辺層は大変な状態ですから、ココから脱却するための手っ取り早い方法として高学歴願望が肥大しています。
中韓の急速な高学歴化や留学生の急増は、いわゆるアメリカンドリームの中韓的(儒教的?)実現のための手段としての高学歴願望ですから、蓄積された経済力に裏打されて教養・文化を身につけたくなって自発的・内発的に高学歴化が進んだものではありません。
日本の女性で言えば、高度成長期に少しでもゆとりが出ると、仕事の帰りにお茶や生け花を習ったりしていましたが、これは自分自身の内発的文化水準を高めたいという向上意欲の現れです。
何も身に付けないで、玉の輿を夢見ていたのではありませんでした。
こうした内発的向上意欲による努力で地力をつけた結果の高学歴実現ですし、企業構成も江戸時代からの順次発展の結果ですから、富士山の裾野のように中小零細から大企業まで形よく存在していて、足が地に着いています。
中韓両国の場合、自前の中小企業が成長していない内に巨額外資導入や外資系大企業進出を受け入れたことによって、イキナリ発達した財閥系と、外資系企業勤務などと旧来型生活との大きな落差になってしまいました。
財閥系や外資系企業に就職することに引き換えて多くの国民にとって、おかれた境遇があまりに悲惨なために、先ずは地方から都市部の近代向上への就職ラッシュ・・農民工の大移動ですが、その次の世代では、農民工からの脱却願望として命がけの脱出・脱走のような意識で何にも増してしゃにむに実現すべく高学歴に挑戦して来たように見えます。
自己啓発目的の(出世にも金儲けにも関係のないリタイヤー後でも熱心にし生涯学習に励む人が多い)日本人と違い、階層アップは言わば漠然願望ですから、現実的場面で見れば就職チャンス・機会(即物的利益)を得ることが目的になります。
これが満たされないと大変な失望になります。
韓国では教育を受けられるのは李氏朝鮮成立以来ずっとヤンパン(両班)に限定されていたところ、日本統治によって義務教育制度実行の結果、出身に関係なく等しく勉強できるようになったのが大きな社会改革でした。
独立後日本批判をしながらも、一旦平等教育を知った国民を元に戻せないので、日本の始めた平等教育制度は維持されていましたが、それでも当初は高等教育を受けられるのは限られた人だけでした。
漢江の奇跡と言われる高度成長の結果、自己資金をある程度投じられる中間層の勃興とともに、大学進学さえすれば、エリート階層に簡単になれるという錯覚・・願望が膨らんでしまいました。
大卒=エリート・・昔のヤンパン身分(働かないで懐手で生活できる階層への昇格)の幻想が起きたのです。
ちなみに韓国の大学進学率は、以下の通り世界最高水準ですがこれは考えが進んでいるのではなく、前近代的身分秩序意識が払拭されないままで、少しばかりお金を得た庶民が夢の実現に暴走した結果です。
以下は日生基礎研究所からの15日現在ネットにでていた(韓国人らしい人の書いた)論文のコピーです。
http://www.nli-research.co.jp/report/researchers_eye/2012/eye120813-2.html

「韓国の大学進学率(以下、進学率)は、OECD加盟国の中でも高い水準にあるが、最近に入って少しずつ低下している1。2008年に83.8%で頂点に達した韓国の進学率はそれ以降下がり続け、2010年には79,0%2まで低下しているが、まだOECD加盟国の平均(2008年、57%)を大きく上回っている」

学歴さえ得れば特定階層に変身できるという(アメリカンドリーム的韓国式)願望による進学率急上昇ですから・・社会のニーズに関係もなく・・あるいは自己レベルアップが目的でもありません。
中韓両国では、外資=世界企業導入による一足飛びの大企業成立ですから中小企業が育っていないので、大量に大卒が輩出されても大企業(財閥系)幹部以外の受け皿がありません。
上記論文では日本の専門学校生も含めると日本と韓国は進学率とほぼ同じらしいですから、専門学校がほとんどないことが分ります。
専門学校生は言わば現場技術者向けの進学コースですから、(働かないことが格好いいと言う儒教的価値観にこだわっている韓国では・・これは私の意見です)こう言う専門学校が殆どないのは、発展段階がいびつであることと、身体を動かして働くことに対する抵抗感の強い間違った儒教意識などが原因で中小企業が健全に育っていないからです。

中韓両国の高学歴化1

2014-6-14「留学目的と外資流入減1」から話題が留学目的にそれてしまいました。
「外資流入減少」に戻ります。
外資流入減と表現すると・・一見お金の投資・動きだけ減少のように見えるので、これが就職戦線にどう言う関係があるか疑問に思う方が多いでしょう。
中国の場合、外資流入=投資とは新規工場進出等に資金を投資するものであって、これを資本収支と言う資金移動の側面からエコノミストが表現したものに過ぎません。
中国の場合、短期資金流入を禁止している(ヤミでしか短期資金は入りません)ことをアジア危機の教訓としてMay 15, 2012「短期資金(投機?)と長期資金(企業進出)」等で紹介したことがあります。
中国では短期資金は規制されているので、原則ヤミでしか入りませんので、(これが貿易収支黒字の水増しになっていることを昨年書きました)中国の場合、公式発表の外資流入の減少とは、長期投資資金の流入減を意味しています。
長期投資資金とは、工場やデパート等進出のための設備投資資金などですから、外資の流入減とは規模拡大や新規投資(工場立地や新店舗展開)用の資金流入が減少していることを意味しています。
新規投資=工場新設・店舗新設等の拡大が減少すれば、当然そのための新規雇用創出が減りますので、・・新規就職先が急減していることになります。
特に留学生は外資系就職目的が大半ですから、外資流入減→外資系就職先減→外資系就職目的の留学熱低下という図式です。
中国の場合、農村からドンドン労働者が流入するので年率8%以上の雇用増加(=経済成長)がないと治安を保てないから、これが生命線であると長らく報道(ですから根拠が明らかではありません)されていました。
と言え、今は人口増大圧力が減少してむしろ人口オーナス期に入ったと言われていますが・・それでも一定の経済成長しないと大変だと言われるのは、何故でしょうか?
あるいは最早雇用政策上では成長の必要がなくなっても、別の経済要因でなお経済成長が必要な場合がある点については、この後で書いて行きます。
May 3, 2014「日中の制裁合戦4(バブル崩壊1)」で紹介したように、大卒就職率の低下が大問題になっていることは確かです。
農村からの流入が一段落して一般労働者の就職問題はある程度解決しているものの、大卒供給の方は年率8%どころかもっとすごい勢いで増えているので、受け皿がなくて大変なのです。
この辺は韓国の大卒就職事情が大変なのと傾向が同じです。
例えば農民工等底辺層の失業者1000万人減少して、学卒未就職者が500万人増えた場合、失業率としては減少したことになります。
苦しい農民が都会に出て働けなくとも従来どおりの苦しい生活していれば良いのですが、学卒未就職者の増加は政権維持にとっては大きなリスクになります。
中国で今でも天安門事件に神経質になっているのは、大卒知識人の不満を相手にしているからです。
韓国ではいつも反日を大きな声で訴えないと政権維持できないのも、大卒の就職率の低さ、失業率の高さにかなりの原因があるように思えます。
韓国では、懐手していてまるで働かないヤンパンでなければ人ではないような時代が歴史の殆どでしたので、大学進学の主目的はこのような階層にアップすることでした。
従ってエリート的就職先がないと、中小企業等現場系への就職は絶対に断ってしまうそうです。
断ると失業者にカウントしないので、大卒失業率は統計上出難くなっていることが知られています。
韓国女性売春婦が世界中に進出している原因は、中堅〜貧困層が次世代のレベルアップのために借金して大学を卒業させて見ると、就職先がなくて借金を返せないことに原因があるとも言われています。
こう言う社会では、現在の苦しみから離脱するための階層アップへの夢がついえてしまうので、却って現実社会への不満が鬱積して行く一方です。

技術修得の成果(発明対価)

日本人にとっては、(営業マンの技術もあれば商売上のテクニックや上に立つ場合の心構えを含めた)技術を身につけるのは自分自身の向上のためという意識が基本ですから、働くときには残業時間など気にしないで骨身を惜しまずに一生懸命働きます。
これが働き過ぎになり易い原因にもなってます。
自分のために技術修得する意識で頑張ると、技術(精神)が身に付くと今度は自分の利益のためにどう使おうと勝手とならないで、技術(精神)を身につけさせてくれた企業や先輩への恩義の方を重視する体質です。
日本人は働くときには貴重な経験が自分のためになる・・有り難いと言う意識で陰ひなたなく働きますし、その技術を活かすときになると、会社や先輩の御陰で身に付いたので会社に恩返ししたいと言う(日本的に言えば心がけの良い)意識が濃厚です。
どんなことでも、尻尾を振って大喜びする犬みたいな精神で生きています。
ノーベル賞を受賞した田中さんは鼻を高くして会社を出ようとは考えていないように思われますし、(これが日本人の基礎意識ですから)大多数の企業発明について関係者が相応の報奨金支給してくれて名誉さえ与えてくれれば、それ以上に個人利益を声高に主張することはありません。
こうした精神土壌が終身雇用制度を支えているし、優秀な外部人材の入り難さをもたらしてるのでマイナスだと主張する意見も多くあります。
外国人も共同体の一員になる・・骨を埋める覚悟で参加して来るならば、日本企業も拒まないのですから、要は技術が身に付けば転職してしまう気持ちかどうかの気持ちを試しているだけではないでしょうか?
地震があるとみんなで頑張るよりは直ぐに中国に帰ってしまう中国人が多いのを見て、外国人ってそんなもだとがっかりした人が多かったと思います。
明治の御雇外国人制度も、一時のお雇い(助っ人)と言う精神を明白に示しています。
20年ほど前に三重県だったと思いますが、子供を預かってくれていたお友達の母親を訴えて世間を騒がせたことがありました。
具体的事案にもよるので実態を知らない私が責任あるコメントを出来ませんが・・実態によっては法的主張したければ主張して構わないのですが・・一般的には当事者間では法的権利までは行使しないという暗黙の約束があるように思います。
もめ事は全て法的問題と言えば言えますが、親しい間柄では法的権利行使まではしない・・気にいらなければ今後つき合わない程度が、限度と心得ている人が多いのではないでしょうか?
子供が亡くなった事件だったか?我慢の限度を超えていると思って裁判になったのでしょうが・・・。
その裁判には勝ったかも知れませんが、周りでは引いてしまってマトモな付き合い関係が難しくなっているのではないでしょうか?
「裁判を受ける権利があるので、どんなことでも争いがあれば裁判したければすれば良いのであって、裁判したことを批判するのはおかしい」と批判するのは御尤もというしかありませんが、(ココは弁護士としてではなく、日本人の同胞意識の強さを書いています)それと仲間意識の亀裂とは別問題です。
青色発光ダイオードの発明対価問題も裁判になりましたが、金額が大きいので、組織内での一体感維持の限度を超えたと思って裁判したのでしょうが、結果は8億あまりの和解で終わりました。
日本人としてみると、会社から一定の報奨金をもらって(少なくとも一生ある程度裕福な生活が出来る程度はくれるでしょうから)裁判までしないで、会社の功労者として定年まであるいは定年後も大事にされて顕彰されて全うするのと、8億のために世話になった、あるいは長年一緒に働いた同僚・先輩と訣別する選択が正しかったのか難しい判断です。
たった8億のために大恩のある会社相手に裁判するの?と言う人もいるでしょうし、8億は大金だから故郷に帰れなくとも良いと言う人もいるでしょう。
結果的に彼は、カリフォルニアの大学へ行きっぱなしのようです。
個人的に帰国するのは勝手ですが、日本では受入れる大手企業や研究機関・・がないのかな?せっかくの才能を活かす場がなくなってしまったようにみえます。
「正当な権利主張すれば社会から村八分になるのはおかしい」という法律家的意見も勿論正当ですが、ココでは共同体利益優先意識が根強いことを書いています。
発明発見の才能発揮は、大方一回きりですから次はあまり期待出来ませんが、日本にいれば相応の名誉あるいろんな地位が次々と用意されていたでしょう。
ノーベル賞受賞者も同じで、日本の一体感意識・同胞に留まっていた人には相応の名誉ある地位が用意されていますが、アメリカ国籍を取ってしまった人には・・・?となっているのではないでしょうか?
話題がドンドンそれて行きますが、行動・価値基準が、目先の自己利益中心の中韓両国人に信義を期待するのは無理がある点を、この後続いて書いて行くことにして、一旦中国の外資流入減と留学熱低下の問題に次から戻ります。

留学目的3(自己利益実現)

今では、経済環境変化のスピードが速いために、これに対する対応能力を磨くためには、(ついて行けない人を切り捨てるには?)再就職し易い社会にしないと切り捨てだけする訳には行きません。
そこで、我が国も人材流動性を高める必要性が出て来たと言う論理が幅を利かして、(この論理については異議がありますがこれについては後で書きます)他社でも通用するような資格制度が徐々に発達しています。
それでも日本企業は自己責任を徹底(これだと親の資金力の有無に比例してしまいます)せずに、奨学金を出してでも社内人材育成に励む傾向があるのは、資格を得たら他社に転職するような不義理な人はいないという信頼・・これも長い歴史・民族の一体感を反映しています。
人手不足の介護現場では介護資格をとるための補助金を出しているところが大分前からザラでしたし、最近では薬剤師不足に対応するために薬剤師試験の補助金まで出すところが多くなっている現状が6月14日の日経朝刊に出ています。
(こういうことはマスコミが取り上げる前から、我々弁護士が実務上関係するいろんな企業では普通でした)
ところで、資格社会化と言っても、いずれかと言えば末端的人材が中心で・・整備士やタマ掛け工や溶接工、ボイラーマン等々・・現場系(看護師や薬剤師やパイロット不足も給与が高いだけで、結局は現場人材不足です)の流動性が求められているに過ぎません。
総合判断を必要とする上級職務では、企業内で職務に必要な金融取引方面や経理方面の資格を有していても、少しばかり役に立つ程度に過ぎません。
職務が高級化すると社内での応用力が求められるので、経理部長が税理士資格を取得し、部長クラスがアメリカのMBA資格を取得したからと言うだけでは、給与アップ要因ですらないことがあります。
アメリカ流経営では資格重視の例としてMBAが幅を利かしていましたが、(MBA資格があれば車の運転免許のようにどこの企業でも経営者として通用する?)日本では大学で「畳の上の水練」のような経営学を習っただけで企業経営を直ぐにできるなど誰も考える人がいないのに、アメリカや中国などでは、まだMBA資格を持ってさえいれば直ぐに経営者になれないまでも重宝される社会です。
(社会構造が単純だから大学で教えたやり方で経営すれば、直ぐに成功するということでしょうか?)
中国等新興国では、急速な近代化に当たってアメリカで成功した運営モデルを学んで自国でそのまま運営すれば、直ぐに成功できる時期がいっときあったのかも知れません。
近代的経営がある程度定着した後は、大学で子供相手に教える程度の経営モデルを学んだ資格(修了書)が、そのまま社会で通用する筈がありません。
アメリカでもMBA資格は、一定のレベル(弁護士資格を取得した駆け出しが直ぐに役に立たないのと同様に)の理解力があるというだけで実際の経営トップになるには、実務での成功履歴等に基づいて階段を駆け上り、その実績に基づいてあちこちスカウトされて移動する社会になっています。
それにしても経営トップだった人がライバル企業トップにさえ転職することがあるのですから、日本では想像を絶した(日本的価値観からすればアンチ)モラル社会です。
中国人のように技術を教え込むとその技術を持って有利な転職先を見つけ転職してしまうような人材相手では、社内教育制度はなりたちません。
日本人の場合、アメリカによる焦土作戦で国土が荒廃していて住む家もなく、国民が飢えに苦しんでいる国家存亡の敗戦のときに、帰っても苦難が待ち受けているの知っていても、満州その他海外から陸続と帰国して来て、飢えて待っている妻子と苦難をともにしようとする人ばかりだった・・国を棄てるようなことをした人は皆無に近かったことが重要です。
日本人では自国発展願望が留学・先端技術取得等の主たる動機で、より良い就職目的の自己利益目的中心の中国人や、国外脱出願望手段としての韓国人留学生とは留学の成り立ちが違います。
国民性・・愛国心(もついでにあるでしょうが)より、利己的な目先利益中心の他国国民性との違いです。
中国現地企業で一生懸命中国人に技術を教えるとその技術を持って転職してしまうとも言われていますが、彼らが技術を学ぶのは企業のためではない・・自己利益実現中心だからであって、この辺に基礎的な違いがあります。

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