マスメデイアと政治家3(地についた政治)

芸能系スター(ゴシップも含めて)は、昭和40年代頃からマスコミの造り上げた虚像に過ぎないと一般的に言われるようになっていましたが、これらは娯楽なのでそれほどの害がないとして放置されて来ました。
ところが報道界は日常的に脚色〜少しくらい事実より誇大に報道しても許される状況が続いた結果、次第になかったことまで事実として虚偽報道することに抵抗がなくなって行った(麻痺)ように見えます。
マスメデイアが世論誘導したい方向へ10のことに尾ひれを付けて20に言うようなことが日常化していた結果、ないことをあるように捏造報道に走ったのが珊瑚礁やらせ報道だったと見るべき・・重大な事件発覚でした。
これは氷山の一角・タマタマ地元民が頑張ったからであって、普通の政治関係では事実確認出来ないのでどうにでも脚色出来ます。
しょっ中新聞では10数年前の出来事として「真相」と称して「誰が◯◯と言ったら誰それが△△と応じた」と言うまことしやかな裏話・ストーリーが展開されています。
この種の話は現役の政治家でさえも、(「俺はそんなこと言ってないよ」と言う場がないまま)否定するには難しい仕組みで展開されます。
名誉毀損で訴えるほどのことでない限りかなり悪い人間のような報道をされても反論する場もないやり方ですから、メデイアは書きたいやりたい放題です。
例えば今朝の日経朝刊2pにはトランプ氏のプーチンと電話会議中にプーチンから新スタート(戦略核兵器削減交渉の合意)の話題が出たときに「新スタート」とは何だ!」と同席している側近に聞いてバツが悪かったらしく、「俺の人気はすごいんだ」と話題を急転換したと出ています。
要するに外交のイロハも知らない大統領がプーチンと交渉していると言う印象付けですが、トランプにとっては日本の新聞記事までチェックして反論するヒマもないでしょうから報道されっぱなしです。
この場合には、電話の公式記録が残っているからまさかでっち上げ出来ないでしょうが、(と言う理由で滅多に検証しませんが、実は検証したくとも一般的には首脳間電話会談記録はトップ級の秘密ですからメデイア界に身を置く人でも滅多にチェックする方法がない筈です)日本の過去の政治家の私的発言などを「如何にも何かから引用しているかのような書き方をしていますが」、どう言う基礎データに基づくのか全く引用がありません。
こういう洪水的一方的やり方・・政治の世界・全ての分野でゴシップ・・マイナス報道を含めて事実に基づかない虚像を作り上げて行くことが常態化して来ると、「噓を広げた方が勝ち」みたいになって社会・道徳が蝕まれて行きます。
国民の多くの行動決定は事実を前提にしているのですが、目前事実以外の社会で起きたことを知るにはメデイアによるしかありません。
各種社会現象・政治の動きに対する脚色・誇大・つまみ食い?事実の中の一部だけ取り出して脚色報道する姿勢が蔓延してこれが政治に及んで来た・・私の記憶で弊害が目立つようになったのが、5日に紹介したとおり、昭和50年台半ばに入ってからです。
小池氏(1992年)も蓮舫氏(2004)も最盛期のマスコミの意を受けて政界に出て来た人物ですが、議員であるだけならばマスコミの洪水的報道だけで人気を保てますが、実務責任者になるといくらマスコミが煽っても実務が始まれば、実績がモノを言います。
マスコミは煽り虚像を作り上げる能力はありますが、虚像である限りメデイア映えする演技力さえあれば良いのですが、政治家の場合実務が待っているので演技だけではなく実務能力がないとその先はありません。
トランプ政権も同様ですが、トランプ氏は一見マスコミに頼っていないように見えますが、実際にはマスコミ対決を演出してマスメデイアを最大利用して当選したに過ぎません。
彼の場合もひっきりなしにマスメデイアを罵ったりして、常に大きなニュースとして露出し続けることが政権の命づなのように見えます。
メデイアとの対立ばかりでは政治が進まないので、最近手詰まりっぽくなって来たのも小池知事に似ています。
小池氏もマスメデイアを利用した虚像・演出で・・内田氏と言う反論出来ない相手を黒幕らしく作り上げていましたが、・・報道を見る限り彼を通していろんな政治案件の根回しをしていたと言うだけ・・有能で都政の円滑化に役立っていたことが分るだけで、彼の何が都政に害をなしていたのかさっぱり見えません。
これを敵に祭り上げてはその攻撃ばかり・・何をやりたいのかさっぱり不明・・これが千代田区長選挙で終わると今度は石原氏に対して築地市場移転決定経緯を追及するとメデイアでは大騒ぎですが、今決めなければならない築地移転をどうするかの重要決定とどう言う関係があるのか不明です。
この辺はFebruary 22, 2017に別のテーマの途中で書きましたが、・・そもそもオリンピック関連騒動も如何にも森元総理を黒幕・・悪の権化みたいな印象操作(小池氏とメデイアの総合演出?)でズームアップしていましたが、結局あの騒動は何だったのか?関係自治体に期待を持たせて振り回しただけで終わった印象です。
喫緊の課題であるべき築地移転をどうするのか?についても、メデイアを駆使して騒ぎまくっているものの、どうしたいのか見えない・・行き詰まりの過程で石原氏との対決演出です。
10年以上前の決定過程を検証すると息巻いている様子ですが、緊急を要する市場移転問題の決定にどう言う関係があるのかまるで見えません。
今はネット空間が発達していて、私のようにメデイアを介さずにいろんな意見を出せますので、マスメデイア利用さえ出来ればいい時代ではありません。
その内「いい加減にマトモな仕事をして欲しい」という都民の気持ちをマスメデイアが押さえ切れなくなるでしょう。
小池氏が、具体的始動に失敗すると「空騒ぎばかりの小池都知事」として都民の信頼を失い、小池〜蓮舫〜鳥越と続いたマスコミによる政治家虚像造りの最終編となるのでしょうか?
トランプ政権の可能性に戻ります。
人権、民主主義、平和を守れ、都民ファースと、あるいはアメリカンファーストと言うスローガンだけで、具体的に何をするのか、出来るのか分らない人物をメデイアに煽られるままにブームに乗って投票する方のレベルが低いことが問題です。
ボトムアップによる地に着いた人物評価がないままで、イキナリメデイアの応援を受けて躍り出るスターの人気投票制度・・メデイアの影響力の大きい直截選挙の弊害と言えるでしょう。
自分の能力に関係なくオリンピックで金メダルとりたいとか◯◯選手権で、優勝したいと言うだけならば誰でも言えます。
社長になって売上を3倍にしたいと言うのも、言うだけならば、誰(その辺の浮浪者も)でも言えます。
各種の選抜は、意欲だけで選抜するのではなく実現するに足る能力が備わっていることが先決問題です。
「社員のための企業にしたい」言いさえすれば、「立派なことを言う」と言って浮浪者を社長にしないでしょう。
成果を上げられるだけの能力があるかどうかが重要であり、意欲だけ立派な素人をサッカー、テニスその他の選手に選抜してもアジア地区予選でさえ通過出来ません。

マスメデイアの政治支配(暴言の構造)2

ところで、政治家発言が何故暴言として政治問題になって来たかの構造ですが、昨日紹介した論文によれば、以下のとおりマスメデイアの仲介・拡散によることが明らかにされています。
以下上記論文の抜粋です。
「.暴言とは何か
本稿では,テロリズム研究の知見を分析のフレームワークとして応用することを試みる。」
「何がテロリズムにあたるのか,それを決めるのは犯人ではなくて,受け手側の感覚である」[宮坂2002: 30]という興味深い指摘がある
「攻撃の対象は「テロリスト」の真の目的ではなく,むしろそれは「テロリスト」の「メッセージ発信機」にすぎない。メッセージをどのように解釈するかという点で,事件を報道などで知る受け手側の感覚が重要となってくる。」
「テロリズム」と同様に,ある発言が「暴言」か否かを決定するのは,発言者本人ではない。その発言の受け手,さらにはマスメディアなどを通じて発言内容を知った市民の感覚によって左右される」
「政治家の暴言も同様である。政治家のある発言をメディアが問題視し取り上げることがなければ,その発言の存在それ自体が知られることはないため,その内容がどんなものであろうと「暴言」として社会問題化することはない。」
「ここから,暴言とメディアの関連性が指摘できるが,本稿の分析の範囲外である。いずれにせよ,メディアで取り上げられたある発言が,野党政治家あるいは市民そして本稿の場合だと中国政府に問題視されたときに,当該発言は暴言となり,政治外交問題となる。」
煩雑になるので昨日省略しましたが、80年代以降の暴論例示ではメデイアが騒ぎ、何日か後に中国政府が遠回しに不快感を示すと言う繰り返しが紹介されています。
まさに中韓相手に日本メデイアが(メデイアの気に入らない)政治家発言を大々的に取り上げることによって、中韓発言を引き出してはこれを引用して更に中韓が不快感を示している・・こんな暴言を許していいのかと騒ぐ→中韓両国に対して日本の政治下がでこんな暴言を吐いて開き直っているが中韓政府が黙っていていいのかとけしかける・・中韓政府が仕方なしに更に突っ込んだ不快感声明を出すと言う螺旋状の拡大プロセスの結果中韓の対日批判が厳しくエスカレートして行った流れが見えます。
一方で日本の方では、「教科書の内容まで、一々ケチを付けて来るとは何事か!」と言う不満が鬱積して来ますから、お互いのために良い関係にはなりません。
実は、靖国参拝もこの頃からうるさくなって来たのであって、それまで誰も文句を言っていなかったのです。
3月6日現在のウイキペデイアからの記事の引用です。
「戦争被害を受けた中国や韓国は、靖国神社にA級戦犯が合祀されていることを理由として、日本の政治家による参拝が行われる度に批判反発している(諸外国の反応の詳細については後述の#日本国外の見解を参照)。もっとも、1979年4月にA級戦犯の合祀が公になってから1985年7月までの6年4月間、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘が首相就任中に計21回参拝をしているが、1985年8月に中曽根首相が参拝するまでは、非難はされていなかった。1985年の参拝に対しては、それに先立つ同年8月7日の朝日新聞が『靖国問題』を報道すると、一週間後の8月14日、中国共産党政府が史上初めて公式に靖国神社の参拝への非難を表明した[要出典]。一方で、戦没者を慰霊追悼・顕彰するため、外国の要人も訪れている[要出典]」」
上記を見れば、元々問題になっていなかったことを敢えてマスメデイアのある意図によって、政治問題化したことによって日中韓にくさびを打ち込んだことが明らかです。
多くの日本人は朝日、毎日新聞が中韓贔屓だと思い込んでいる人が多いと思いますが、マスメデイアが何故イキナリ80年代半ば以降になると日中韓の不仲を煽るようになって来たか・・これをやることによって、どこの誰が利益を得るのか?何のためにお互いにとって不幸な関係構築に励むようになったかと言う冷静な分析が必要です。
日の出の勢いの日本の経済力を封じ込めるために始まった世界体制・・プラザ合意以降の対日包囲網の一環だったのではないかと言うのが、さしあたりの印象です。
話題を政治とマスメデイアの関係に戻します。
ネットの発達した第二次安倍政権が始まるまでは、マスコミに叩かれると政治生命がなくなるので、マスコミが政治の動向をうかがって報道するのではなく、政治記者の仕事は、政治家がマスコミ傾向無視の政治を目指しているか、そのような意向を漏らすかの監視役みたいになっていました。
昨年にも、作家百田尚樹氏が自民党内勉強会での発言がマスコミに報道されて大騒ぎになっている時代です。
https://matome.naver.jp/odai/2138403790714522501
「安倍晋三首相の側近ら、自民党若手議員約40人が25日、党本部で憲法改正を推進する勉強会を開いた際、講師として招いた作家の百田尚樹氏が、「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」と発言していたことが、分かった。「あってはいけないことだが、沖縄のどこかの島が中国に取られれば目を覚ますはずだ」とも主張したという。」 出典「沖縄の新聞つぶさないと」 百田尚樹氏が暴言 – 社会 : 日刊スポーツ
ギャグで言った言葉を切り取られた(>_<) しかも部屋の外から盗み聞き! 卑劣! nikkansports.com/m/general/news…
それにしても、報道陣は冒頭の2分だけで退室したのに、ドアのガラスに耳をつけて聞き耳してるのは笑った。しかし、正規の取材じゃなくて盗み聞きを記事にするのは、ルール違反だし、卑劣だろう! nikkansports.com/m/general/news…
作家が発言してもこの有様です。
怖くなった政治家がマスコミの動向をうかがって発言する逆転した時代が続いていることが分ります。
この結果メデイアを支配する人物が国政を左右するような時代になっていました.
この象徴的人物が、読売新聞のドンと言われた政界マスコミ界の大物?渡辺恒雄氏の存在でしょう。
政治動向がマスメデイアの脚色次第になって来るので、マスメデイアが誘導する方向へ政治が動く時代が戦後ずうっと続いて来ました。
マスメデイアが政治の方向性を左右出来ると言う増長・・慢心の結果が出て来たのが事実の脚色どころか事実ゼロのことを捏造する・・珊瑚礁落書きなどのヤラセ報道でしょう。
その境目に起きたのが慰安婦報道だったと言えます。
珊瑚礁のヤラセ事件と慰安婦報道の過熱がぐうぜん?時期的にほぼ平行していますのでこの頃のマスコミ関係者は何でも自分の誘導したい方向へ何でも出来ると思い込んでいた時代だったのではないでしょうか?
珊瑚礁落書き事件は平成元年のことです。
http://jikenshi.web.fc2.com/newpage93.htm
「平成元年4月20日、朝日新聞の夕刊一面トップに「観光客・ダイバー達の低モラルぶり」という見出しで、沖縄県・八重山群島西表島の珊瑚に「K・Y」という落書きを発見したと、写真付きで報道した。この取材は、《自然環境破壊に警鐘を鳴らす》という特集で、朝日新聞の記者が、ダイビング中に偶然発見したとされた。
記事は、「80年代の日本人の記念碑になるに違いない100年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさ、すさんだ心。一体K・Yって誰だ」という内容だった。
-思わぬ展開(捏造)-
ところが、この記事に関して異議有りを訴えたのは、地元のダイバー達だった。沖縄のダイバー達は、地理的にも人為的にも、珊瑚は傷つくことは有りえない(ダイバー達は、こよなく自然を愛し海が好きだ。このような卑劣な行為をする訳が無い)と立ち上がった。
ダイバー達は、何度も現場の海に潜り、問題の珊瑚を調査したり、朝日新聞に落書きを発見した経緯や聞き込み調査を開始した。やがて、ダイバー達の執拗な調査結果、現場へ行くには、素人のダイバーには地理的に無理で、プロの地元ダイバーのガイドが必要であることが判明した。そこでダイバー達は、朝日新聞社に真意を問いただした。
その結果、5月16日に広報担当の青山取締役(当時)は、既にあったKYの文字を、写真で明確になるよう「なぞった」だけとし、しかしながら行き過ぎた取材であったと釈明する。
この回答に納得しないダイバー達は、更に調査を実施。
結果、K・Yの落書きは「スクープ欲しさの捏造であることが判明した」。朝日新聞社は、記者自らK・Yの落書きを行っていたことを認め、謝罪するに至ったのであった。この記者は、自然破壊に繋がる取材をしていたが目ぼしいものが無く、記者の持っていたカメラのストロボの柄で、珊瑚に落書きしていたことが判明したのである。
新聞報道は常に正しいという概念に警鐘を鳴らす事件でもあった。」
慰安婦報道の時系列は朝日新聞第三者委員会の検証報告が正確ですが、検索で簡単に出た記事を便宜上紹介しておきます。
年月日は多分そんなに違わないだろうと言う程度の引用です。
http://www.sankei.com/affairs/news/140913/afr1409130007-n1.html2014.9.13 09:26更新【朝日慰安婦誤報】「宮沢謝罪外交」と共鳴
(1/3ページ)【朝日慰安婦検証】
 虚報を垂れ流して日本と日本人を国際社会で貶(おとし)めた朝日とともに見逃せないのは、自民党の宮沢喜一内閣による事なかれの“謝罪外交”の存在だ。朝日の報道ぶりと宮沢政権の対応をみると、両者が不思議なほど緊密に連動していた実態が浮かび上がる。記事取り消しとなった朝日の慰安婦報道の背景には、国内外で悪化する政治状況への便乗もあったようだ。
 宮沢内閣が発足したのは平成3年11月だ。翌4年1月11日、朝日は朝刊1面トップで、「慰安所の軍関与を示す資料」が見つかったと報じ、そのわずか2日後に加藤紘一官房長官が記者会見で、十分な調べもしないまま軍の関与を認めて正式に謝罪した。朝日報道の影響を受けていたと勘ぐられても仕方あるまい。」
上記のようにヤラセ・でっち上げ報道が日常化していたメデイア界の慢心が慰安婦報道事件を引き起こした素地ではないかと根拠のない私の印象を書いています。

マスメデイアの政治支配(暴言の構造)1

現在の国会議論は、国会・・選良が議論を尽くしてより良い物に仕上げる気持ちがなく、お互いの一方通行的な主張をマスコミが報道してあるいは生中継してこれを国民が判定するような仕組みにかわっています。
与党が法案を修正するかどうかは、野党との意見擦り合わせの結果納得したからではなく、マスコミ報道による国民の反応を見て決めるようになっています。
しかも国民反応がどうであるかすらも、マスコミ報道によっています。
マスコミの気に入らないに政策実行者のあら探しをシテは、国民が憤っているとする巧妙な報道が繰り返されて来ました。
政治家個人がマスコミの集中砲火を浴びると、次の選挙が危ないのでこれを最も嫌います・・結果的にマスコミが政治の主導権を握っていたのです
反対法案を強行採決・可決すると議論する時間が少なかったと言う型通りの批判がありますが・・実際には、お互いの言い分を数十分程度主張する時間があれば充分みたいになっています。
余った時間でスキャンダル探しや発言のあら探し・昭和50年代には、政治家がマスコミの意向に合わない発言をすると、みせしめ的に「失言」と称して吊るし上げては辞任要求することがはやりました。
実際に多くの骨のある政治家が失職しました・・この結果をみると政治家は自己の政治主張をうっかり言えない・・マスコミの誘導している方向から逸れることが出来ない時代が続いていました。
暴言に関する以下の論文からの部分引用です。
http://www.law.osaka-u.ac.jp/c-forum/box2/dp2010-21fukuda.pdf
2010年12月30日 福田 州平
・・本節では,1980年代以後の日本の政治家の中国に関する暴言をいくつか取り上げて考察する。
1980年代の日本の政治家の中国に対する暴言は,歴史教科書問題に端を発するものだった。
1986年,「日本を守る国民会議」の作成しようとした高校日本史教科書の記述内容が韓国や中国から批判を浴び,文部省は同会議の教科書に四度にわたる修正要求を出す事態となった。
こうした問題が起こった直後に,中国に対する暴言を述べたのが,第3次中曽根内閣の文部大臣,藤尾正行である。藤尾は就任間もない7月25日「東京裁判が客観性を持っているのかどうか。勝ったやつが負けたやつを裁判する権利があるのか,ということがある。世界史が戦争の歴史だとすれば,至るところで裁判をやらなきゃいけないことになる」
「……われわれがやったとされる南京事件と,広島,長崎の原爆と,一体どっちが規模が大きくて,どっちが意図的で,かつより確かな事実としてあるのか。現実の問題として,戦時国際法で審判されるべきはどちらなんだろうか。」
[藤尾1986a]と述べた。この内容は『文藝春秋』の発売前に明らかになり,政府与党内でも問題視されたが,藤尾は発言を撤回することはなかった。・・結局『文藝春秋』発売前に,中曽根が藤尾を罷免する事態に至った。」
1988年4月22日,竹下登内閣の国土庁長官の職にあった奥野誠亮は,記者意見の場で靖国神社参拝問題にかんして,「戦後43年たったのだから,もう占領軍の霊に振り回されることはやめたい」「鄧小平氏が靖国参拝批判発言をしているが,鄧発言をすべて素直に受け止めなければならないのかなあ,と思う。日本は自由な国であり,相手に対し非礼にならない限り,国民としての考えは述べてもいいと思う」[朝日新聞1988年4月25日夕刊]と衆議院土地問題特別委員会で述べた。結局5月13日に発言の責任をとる形で,国土庁長官の職を辞した。
1990年代羽田孜内閣の法務大臣である永野茂門は,1994年5月3日までに・・・さらには南京大虐殺について「私はでっち上げだと思う」とし,その理由として「直後に私は南京に行っている」
・・「不適切であり,これを撤回したい」と陳謝したものの,南京事件の犠牲者について「数が分からないので本当に大虐殺といえるかどうか疑念に思っている」と疑問を呈した」
1994年8月12日,村山富市内閣の環境庁長官の桜井新は,閣議後の記者会見で,「……日本も侵略戦争をしようと思って戦ったのではなかったと思っている。…..全体のことについてはある程度わびる必要があるけれどもしかし,日本だけが悪いという考え方で取り組むべきではないと思う」14日,桜井は首相官邸を訪れて発言を謝罪し,村山首相に辞表を提出した[朝日新聞1994年8月15日夕刊]。
1995年8月8日,村山は内閣改造を行い,自民党の島村宜伸が文部大臣に就任た。就任直後の9日の記者会見で,島村は,「……相も変わらず昔を蒸し返して,それをいちいち謝罪していくというやり方は,果たしていかがなものかとは思いますね。去年,マレーシアでもシンガポールでも中国でも言われましたよ。いつまで過去をわびるかと。大事なことは先行きのお互いの姿勢じゃないかと。結果は謝罪外交と言われることがなかった。よかったと思ってますよ。」
11日に「就任時の説明は誤解を生じたので撤回する」との談話を発表した
1996年は,従軍慰安婦に関する暴言があいついだ。」
慰安婦関連は以下省略
以上のとおり、日本政治家発言に対する中国の対応が小うるさくなって来て、次第に窮屈になって行く状況が見られる一方で、日本政治家の方でも何でも中韓の言うとおりしなければならないのか不満が蓄積され始めていることが分ります。
ところで何故中韓がうるさくなって行ったかですが、これは日本マスコミが一定方向へ誘導して行ったからではないかの関心で書いています。
と言うのは中韓が黙っていたのに、日本マスコミが騒ぐので中韓政府としては黙っていられないが他国のことなので遠慮ガチ発言をしていたところ、ドンドン日本マスコミが煽るので中韓政府としては内政上放置出来なくなり、次第にエスカレートして行くしかなくなって行く流れが見られます。
慰安婦騒動も韓国マスコミは、当初半信半疑で相手にしていなかったのが、日本で報道が激しくなったので韓国でも報道で取り上げられるようになった経緯が知られています。
慰安婦虚偽報道で大損害を受けたのは、最初おっかなびっくりだったのに、つい「行ける!」と乗ってしまった結果、引くに引けなくなってしまった韓国ではないか?と書いたことがあるように記憶しています。
韓国の慰安婦騒動も中国の南京事件も自国のことですから「でっち上げ」とよく分っていたのに、噓でも儲かると乗っかってしまった・・道徳心のなさが引くに引けなくなってしまったのです。
この損害が・慰安婦像と南京記念館が撤去されるまで文字どおり数百年単位で残って行くことが明らかです。
日本人がアメリカなどへ旅行して設置されている慰安婦像を見るたびに嫌韓感情を抱くのは明らかです。
中韓はこれがある限り、日本人の嫌中韓感情がいや増すことを期待していることになります。
ロシアの政権が北方領土などいらないと思っても、今更返すわけに行かない・・この結果日本と平和条約を結べないで困っているのと同じ構図です。
今後数百年間、日本に嫌われ続ける方が得だと思っているのでしょうか・・?
仮に日本が今後中小国化して行くとしても、敵を作って特な国はありません。
戦後アメリカのようの突出した強国であればあるほど世界中に支配を及ぼしたい・・友好国が欲しいのが普通です。
まして今後中韓の方が停滞する方向性が確かになりつつあります。
日本はこの先数百年、ことあるごとにこれらを取り上げては、(領事館前の慰安婦像だけではありません・・)◯◯協力を頼まれても簡単に応じられない材料に使って行けることになります。

マスコミ・大見出しと中身の齟齬(司法権の中立性)

金融政策の効果・限界に戻る予定でしたが、今朝の日経朝刊42pに昨日書いていた大卒の就職率が大きな記事になっていたので追加的に紹介しておきます。
74%と言う大見出しですが、これは就職希望の有無・事情に拘らず・・留学や大学院進学などいろんな事情(我々法律家の世界で言えば、5月に始まる司法試験受験予定者などは就職しません。)で就職希望のない人も含めて全卒業者に対する就職率は74%と言うことです。
マスコミはなるべく「日本経済はだめだ」と宣伝したいからか、事情如何にかからわず全卒業者に対する結果的な就職比率である74%を大見出しに据えているので「見出し」だけ流し読みする人にとっては、日本の学生の25%が失業しているのか?と錯覚させられる書き方です。
記事内部を読んで行くと終わりの方に4月1日現在の数字として97、3%の数字が出ていますが、ストレートな説明がないので、もう一度読み返してみて、これが就職希望者の就職率なのかな?(と私が鈍いだけかも知れませんが・・)漸く分る書き方です。
週刊誌の大見出しで如何にも大変なことが起きているかのような広告をして、買って読んでみると内容がほとんどないのと似ている・・マスコミが何を主張宣伝したいかの姿勢がよく分ります。
日本ダメ論者はこの大見出しだけコピぺして簡単に流布できるので、如何にも約25%の学卒が就職出来ずに困っているかのような宣伝に使えるのでしょう。
このようにネット上でマスコミの記事の一部をコピーして書いている意見の多くは、実は当てにならないつまみ食いの拡散行為であるリスクが多いことが分ります。
私自身も外国の記事については他人の引用記事に自分で原文に当たれないので、知らず知らずのうちに翻訳者の偏向した主張を事実と誤解して紹介していることが多い筈です・・国内記事でも忙しいと大見出しだけコピーしてしまうリスクがあります・・そのつもりでお読み下さい。
朝日新聞その他の慰安婦報道でもこうした手法を繰り返し使い・・内容を読めばキチンと書いていると言う言い訳を用意しています。
(週刊誌のセンーセーションな報道も99%の人は自分で買わないで電車内の吊り広告面や受け売りの洪水的メデイア報道に洗脳されるのが普通ですが、裁判所の・・「キチンと読めば誤解する筈がない」と言う判断でこのようなイメージ付け手法が容認されて来た点に問題がありそうです。
裁判所の認定方法は、通常人がじっくり読めば後ろの方にちょこっと書いているのに気が付きそれを総合すれば「見出しは大した意味がない」と分かると言う前提ですが、週刊誌を買って読む人だけならば、それでもある程度良いでしょうが、自分で買って読まないその他の大勢の印象だけで政治家その他がパッシングを受けて困るのですから架空の論理を展開していることになります。
週刊誌の発行部数を見れば分るでしょうが、購入者だけの意見であるならば国民の何%もいない筈です。
本日現在のウイキペデイアによれば以下のとおりです。
週刊文春
2007年上期には約52万部、2008年上期には約50万部に落ち込むものの、タブロイド化を目指したことで総合週刊誌の実売部数では2004年上期から(2008年下期現在まで)10期連続でトップに立っている[3]。

上記のとおり発行部数50万部とすれば人口の0、5%以下有権者の1%もありません。
・・まして発行したものが全店舗で売り切れることはあり得ないので、実売数はそのまた何割です。
しかも読んだ人の意見がみんな一致した意見である筈がない(記事を批判的に読む人も当然いる)とすれば、特定意見・・パッシング論が何故国民多くのうねりになるかと言えば、読みもしないで見出しで影響を受けてしまうムード的同調者が急激に増える現象があるからです。
裁判所は、実態(じっくり読む人など国民の1%もいないのに)を無視した判断を何故繰り返すのか?
見出しと内容が大きく違う場合それだけでも悪質ですが、これをみんなが良く読んで判断すると言う架空の認定を何故するのか?こんな無理を続けるにはなにか政治背景・・意図があるのかの疑いが生じます。
裁判所の偏頗な判例の集積によって、報道機関があることないこと大見出しでかき立てるとそれだけで政治家その他が参ってしまう・・マスコミに逆らえない・・第4の権力と言う風潮が生じてしまいました。
裁判所の実態無視判例の集積がマスコミを増長させ(占領軍支配下その系譜を引きずる)マスコミ支配強化を図る役割を果たして来たことと思われます。
今回の参議院選挙及び都知事選挙では、マスコミの独占報道を打ち破るネットの威力が白日の下に曝されました。
マスコミ関係者は話題にも出さない・黙殺方向が明白ですが情報独占の変化・・実態を隠し切るのは無理があるでしょう。
実質不公正なマスコミの「中立報道」がまかり通って来たのは、司法権の中立「良心」に従う裁判所への信頼によるものですが、この良心が揺らいで来たように思えます。
このテーマについてはApril 3, 2016,司法権の限界9(法と良心とは?1)以下で連載したことがあります。
実は「司法権の限界」はまだ連載中で先送りになっていますがその内に再開します

イギリスEU離脱3(冷静対応とマスコミ・識者の役割)

観光客はその都度食費や交通費その他対価を払っているとしても、国民の負担で作った良好なインフラを無償利用している・・綺麗な街は税金で道路掃除したり植木の維持などしています・・千葉市美術館で言えば維持運営資金として巨額市税を投入しています・・入場料さえ払えば良いと言う関係ではありません。
移民や観光客に入国税(会員制の入会金)を課すべきですが、逆に消費税を免税すると言う変な習慣があります。
私はただ乗りの観光客誘致論はおかしい・・結果的に日本経済が細って行くばかりだと言う観光立国論を繰り返し批判して来ましたが、移民に対しても社会保障などの現物給付さえ減らせば良いのではなく、インフラ負担が重くなっている先進国では、インフラただ乗りも許さないと言う(マスコミには出ませんがイギリス国民の意思はこの)段階に来ていると理解すべきです。
これまで書いて来たのは格差論に関連して移民に対する不満について想像を逞しくしているだけであって、その他何が実際に不満になっていたのか(マスコミは残留派の言い分しか報道していないので)私にはよく分っていません。
イギリス国民の不満が仮に具体論になっていなくとも、大陸と海洋国の価値観の違いが数の力で押しきられていくことが多かったり、EU拡大によってEUの組織が大きくなり過ぎて官僚主導で合理的に割り切れない微妙な国民意識の吸い上げが出来なくなっていることなどの複合要因でしょう。
規模拡大やグローバリズムの不都合を分析して研究することこそ学問の自由を保障された学者の仕事ですが、金融資本を中核とするグローバリストがマスコミ支配しているため、金になる仕事=マスコミ主流に迎合するしかない実態があります。
結果的に・・最近の学者の意見は、左右を問わずマスコミ意見にオモネているだけ・・マスコミに反する意見は発信出来ない・・幅広く出られなくなっていますし、マスコミを敵に回せない政治家の場合なおさら太鼓持ちするしかない状態が長年続いています。
イギリス国民投票結果で驚くのは、与野党共に離脱を主張していない・・国民過半の意志を代弁する政党がまったく知られていない(英国独立党あるらしいですが全く報道されていません・これも日本マスコミの偏頗性の象徴?)事自体が、国民意思を無視した政治が普通に行なわれている・・エリート社会・「マスコミさえ支配すれば勝負あり」みたいな社会の限界を表しています。
独仏では、国民の過半数支持に遠く及ばないのに反EUやグローバリズム反対を標榜する政党(日本マスコミは彼らを極右と翻訳していますが・・)があることからみると、国際的に知られる政党すら育たないイギリスの方が金融・マスコミ支配が強い・・言論の不自由な状態になっている現実を表しています。
金融資本の強いイギリスの場合、政党も学者も全てグローバリズムに表立って反対出来なくなっている結果、マトモな批判論(移民が増えることに対する庶民の不満を吸収する意見)を展開するプロがいないから、投票者の多数を占めている幅広い不満を社会が合理化出来ず、結果的に折角国民投票で国民意思を表現してもマスコミによってナチスになぞらえたり感情論だと非難されても黙っているしかない状態であることが分ります。
今の時代に左右対立・保守党か労働党かの2大政党制など殆ど意味がない・・今はグローバル化進行が良いかどうかのテーマこそが世界的な重大テーマですが、グローバル化反対意見を代表する政党すら存在が殆ど許されない状態になっている・・問題提起することすらを人道主義違反・ヘイトとして許さない・・パッシングして葬る運動をしている中心勢力が言論の自由を主張するマスコミでは矛盾が激化する一方です。
ところで、西欧かぶれがフランス革命を賞讃し学校教育でも賛美していますが、革命が起きるまで矛盾・不満を放置する社会こそ遅れた社会の象徴であると繰り返し批判してきましたが、日頃から弱者の気持ちを汲み上げる政治風土が育ってないから今回も国民投票で「革命的に」ひっくり返ったと言えます。
欧米の民主主義とか人道主義と言うのは底の浅いものです。
日本は古代から庶民意思を汲めない政治をしているのは「恥」「支配者失格」と言う基礎意識でやって来たので革命まで行く必要がない社会です。
赤ちゃんが泣きわめく前におむつを取り替えてやる母親は良い母親です。
グロ−バリスとが握っているマスコミがこぞって「移民は良いぞ!」と囃し立てても裸の王様みたいなもので、言語表現能力のない国民は生活実感で寒がっているのです。
フランス革命の流れを封じ込めるためにオーストリアを中心とする介入がありましたが、離脱を決めたイギリス国民をバカにして封じ込める動き・・マスコミの煽動に乗って厳しい条件を突きつけると大変です。
マスコミ論調は相変わらず「離脱するとこう言うリスクがある」と言う脅しの強調ばかりですが、これは「王様が裸」と本当のことを言うと「どんなひどい目にあうか知っているのか」と脅しているのと同じで逆効果リスクがあります。
移民増加に対する不満ががEU域内に広がっているにも拘らずイギリス国民だけの特殊性として強気で圧して行く・・EUが謙虚に自戒しないでマスコミ支配さえすればどうにでもなると離脱派をバカにし、合理的代弁者が育つのを阻止してバカにして脅迫していると移民反対運動が過激化して行く・・移民迫害の実力行使に走るようになるでしょう。
逆から言えばマスコミがグローバリズム進行を止めたくないために、EU首脳や独仏等の政治家に「ここで譲るな強行突破しろ」と厳命しているのかも知れません。
マスコミがグローバリズム進行・停滞阻止に何故必死になるのかですが、それは憶測に留まるのでまたの機会にします。
政党や学者の応援がないのでどのように自己を合理的に表現して良いかよく分らないイギリス国民・・政治家が国民意思を代弁してくれない状態のイギリス人が大陸諸国・・しかも官僚の多数決で決められるのは「兎も角イヤ!と言う程度しかないのが今のところの意思表示でしょうが、人生は言葉やスローガンだけで表現し切れないことが多いのですから、これを合理的に理解する努力を怠り「不合理だ・底辺層の感情論」だとバカにするのは間違いです。
庶民と国家意思の間に代議士が介在するだけの間接民主制ならばまだしも、国家意思の上に君臨するEU官僚の「合理的』決定でドンドン進むようになると庶民意思との乖離が半端ではなくなります。
これに対するもやもやした庶民の不満を代弁する政党・学者がいないのが、イギリスだけでなくフランスその他あちこちで不満が広がって来た原因です。
勿論アメリカのトランプ現象もその一つです。
成熟した社会であると思っていたイギリスが過激?(赤ちゃんがいきなり泣くように見えても実は合理的な理由があるように、政治家が無視して来たから突然の意思表示に見えるだけですから穏健な主張かも知れません)な反応をしたことを驚き、バカにする意見が(今の日本マスコミで見る限り)大方ですが、成熟した民主主義社会とは日本のように民意をスムースに汲み上げられる社会のことです。
イギリスの決断は逆に民主社会の老舗として民主主義の形骸化(2大政党が2派に分かれている国民利害を代表していない)に対する草の根の不満・・現在の「マグナカルタ」の創設として世界史に残る偉業の始まりになるかも知れません。
混乱の始まりになるかは、今後の動き次第です・・この辺は元ロンドン市長の落ち着いた発言「離脱を急ぐ必要がない」が期待を持たせます。
双方感情的にならずにしたたかにやって行ければ・・EUの抜本的改革(急進的統合進化に対するブレーキ・・1歩後退2歩前進)になり、これを評価した上で結果的にもう一度国民投票して離脱をやめる方向に持って行ければ、それこそ老舗の貫禄です。
また中島嶼国とは違う西欧社会の成熟度を示すことになるでしょうが、EUが強気一点張りで対応すると混乱が待っています。
マスコミ意見にあわない選挙結果が出ると「ポピュリズム」は困ったものだとマスコミ人は形式的評価に終始していますが、EUがいわゆるグローバリストの言いなりに下手な出方をすればイギリス国民が硬化してしまうだけではなく独仏国内の離脱派を勢いづかせて、低レベル応酬になって行くと世界の不幸です。
キャメロン氏は責任をとって辞意表明しましたが、この後を引き継いだ政権が単に不満を煽るだけではなく国民のはっきりしない不満(私流に言えば、インフラただ乗り論に整理して行く)をうまく吸収して合理的テーマ化して行き解決の道筋を示せるかにイギリスとEU再生の成否がかかってきます。
相手を批判だけして行く方式・・相互に不満だけ高まり相互不信を募らせて行くだけならばシリア等アラブ諸国の混乱とあまり変わらない状態になり、EUとイギリス双方にとってマイナスの結果・・衰退の始まりになるでしょう。
外野から見れば、「植民地支配の果実で実力以上の生活をして来たのだから本来のレベルに戻るだけ・・」と言う冷めた見方も当然あり得ます。

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