解釈改憲3(憲法秩序の事実上改変)

日本で「解釈改憲」「事実上の改変」がずっと続いて来たのは、長期間憲法改正手続法すら制定出来なかった・・アメリカの圧力で事実上国民主権の行使が制約されている状況下が続いていたことから、生まれた民族の智恵です。
言わば、無理な関税撤廃・不平等条約が要求されると非関税障壁で国内産業保護をして来たのと同じです。
国民主権の実質が宗主国?アメリカの圧力で事実上行使出来ない・・結果的に真の独立が出来ないようにされたままになっている・・これを法令上担保して来たのが国民投票手続法制定反対運動でした。
国民投票法が出来ないままの状況下が65年間も続いた結果、解釈改憲・・あるいは内閣の自主規制の変更で民意を表して行くのが、民族を守るために必須の手段だったのです。
アメリカも再軍備が必要になったときに憲法を丸ごと変えてしまうのを許すと、支配力の歯止めがなくなるので、アメリカにとって必要な限度で事案ごとに事実上の改憲・骨抜きを許して来たのが戦後政治でした。
これを合法化するために砂川事件のときだったか?国家の根幹に関わる高度な統治行為に関しては、最高裁判所が違憲判断出来ない「統治行為理論」と言うものがイキナリ出て来ました。
アメリカで生み出された学説だと言う触れ込み(学生か受験勉強時代の記憶ですのではっきりしません)でしたが、実際にアメリカで統治行為理論によって、違憲判断を回避した事件があったのかどうか私は知りません。
日本の非武装憲法をそっくり改正すると、どこまでニッボンが再軍備するか知れないので、改正まではさせたくないが、実際にはアメリカが認める限度の軍備を持たせたいと言うアメリカの都合に合わせてイキナリ出て来たご都合理論だったのではないでしょうか?
この結果、違憲立法審査権が骨抜きになり、アメリカのお墨付きがある限り、憲法の縛りを潜脱することが制度的に可能になって来ました。
このやり方だと戦後秩序そのものに対する挑戦・・改変運動のときにはアメリカは反対派を応援し、アメリカに必要な変更の場合・・安保条約締結などは変更勢力を応援するなど変幻自在の便利さがあります。
今になって集団自衛の違憲性が問題になっていますが、そもそも安保条約を結ぶことが許容されて来た経緯から見るとおかしなものです。
日本の基地を利用してアメリカ軍は、朝鮮半島の戦線やベトナム等へ出撃していました。
集団自衛権を行使すると、戦争に巻き込まれると言いますが、基地からの出撃を自由にしている方が、敵からの攻撃目標にされても文句言えない関係です。
横田基地などは東京の人口密集地近くですが、ここを攻撃された場合の被害の大きさに関して何の文句も言わなかったのに不思議です。
沖縄に限らず東京の横田基地が攻撃されても、日本はこれを防衛出来なかったのか?と言う疑問が起きてきます。
安保条約で基地提供したときから、基地防衛は相互関係にあったのではないでしょうか?
今になって何故、緊急時に助け合う集団自衛権協定を結ぶのが危険だと良い、違憲だと言うのか不思議です。
国内の米軍基地への攻撃ならば応援しても良いが、海外でも協力するとなると大きな違いがあると一般に思われているようです。
仮に国内米軍基地が攻撃されても応援しくても良い協定になっているとしても、「戦争に巻き込まれる危険」基準ならば、朝鮮戦争で日本本土から米軍が出撃した場合に出撃基地が逆襲される危険の方が大きかったのです。
当時アメリカはダントツに強かったので、日本国内の米軍基地まで空襲をうけることは想定外だったからと言うのでしょうか?
でも、数十年前から、ソ連や中国が、長距離弾道弾を持つようになっているので、アメリカも弾道弾での攻撃を防ぐことは出来なくなっているのですから、世界最強だから基地を貸しても大丈夫とは言えなくなっています。
戦争に巻き込まれる危険リスクから言えば、国内基地が攻撃を受ける場合に基地周辺日本人の受けるリスクの方が、海外艦船防衛に比べて桁違いに大きいことは確かです。
北朝鮮が都内横田基地を狙ってミサイル攻撃した場合、ニッポンが米軍に応援するか否かに関わらず周辺民家が大被害を受けます。
北朝鮮にとっては、命中しないで新宿のあたりに落ちても、それはそれで大きな効果があるでしょう。
政府は政府で、集団自衛権に関して日本近海だけ・・イラク等遠方では行使しないと説明していますが、戦争に巻き込まれる心配から言えば逆でしょう。
はるか遠くのイラクアやアフリカに行った船が巻き込まれるリスクに関しては、ソマリア沖等航行中の船の警備さえすれば何とかなりますが、横田基地をミサイル攻撃される場合を考えると米軍基地防衛を応援しないで、周辺だけ守るのは、不可能です。
追記
※ タマタマ10月9日の朝刊1面には政府が米軍と地域限定しない協力協定を見直すと言う中間報告が出ていました。
私の上記意見によれば、当然のことです。
以上によれば、集団自衛権と言っても国内に準ずる艦船や飛行機その他状況限定ならば、基地共同防衛と大差ないようにも見えます。
もしかしたら50歩100歩の違いで大騒ぎしているように見えますが、専門家から見れば大違いなのでしょうか?
無茶な上司の命令が部下のやる気を殺いでしまい、結果的にうまく行かないように、非民主国家(憲法改正が事実上禁止されている)における無茶な制度設計や命令に対して、解釈改憲は、被支配民族に残された有力な不服従・抵抗手段と言うべきでしょう。
これを違法だと形式論で批判するのは、植民地宗主国・正当性のない支配者の代弁者そのものと言うべきです。

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