憲法違反の疑いと国会の権能3

矛盾法令が並立する場合と違って、憲法違反が事後に分った場合、(参議院の選挙区定数が後に違憲であったと判断されれば、)実害は大きいと言えば大きいものの、司法による事後判断が憲法で決められている以上は、憲法制度の許容範囲です。
例えば、矛盾する法令が併存している場合、法律・・生活保護費の支給基準表が併存したり(同じ道路に制限時速50kmと80kmの標識がある場合など)窓口の人がどちらの基準で支給して良いか困ります。
法令の場合、改廃が同時でないと世の中が混乱してしまいものごとが進みませんからある法律の改正や新法施行によって既存の法律と矛盾するようになる場合には、同時改廃が原則です。
1つの法律を改正すると関連して何本と言う法律改正が行なわれるのが普通・あちこちの法律にその法律の第何条何項の場合・・・と引用されているので一緒に改正しないと別の法律適用関係が混乱してしまうからです。
これに対して、憲法違反の疑いがある場合には、(国会には権限がなく)同時改廃しない・・出来ないので、違憲の法律が事後的に無効になると、結果的に矛盾状態が生まれて混乱すると言えば言えます。
しかし、実際には遡及効を阻止するための工夫がおこなれて矛盾・併存状態が生まれることは滅多にありません。
選挙区割が違憲と認定される判例がパラパラと出ていますが、過去の選挙自体を無効としてやり直す判例が出ていないのはそのような智恵によります。
非嫡出子の相続分差別が違憲と言う判例が出たときにも、過去の相続手続が全部無効になるのではなく、ある時点からと言う限定付きだったように記憶しています。
耐震基準や排ガス規制が変わっても、今後新車登録するクルマや建築からと言う法律が普通で過去の建物やクルマに適用しないのと同じです。
議員定数違反論の場合、(違憲論者から言えば自分の頭の中でかくあるべきと言う基準があるとしても)違憲無効の判決確定までは矛盾した選挙区が実定法として併存している訳ではないので選挙自体は整然と行なえますし、生活保護支給基準も1つしかないので、直ちに矛盾した法令が現実にある場合とは異なり、二重基準で困るようなことが起きないません。
これが同時改廃しなくて良い・・司法による事後判断で良いとなっている実際的な理由でしょう。
生活保護の支給基準表が1つしかない場合、現行基準が憲法違反と思う人が違反を理由に不足分の請求をしたり国家賠償等を求めて裁判することになります。
上記のようにある条文で禁止されていることが、別の条文では合法であったりすると混乱しますが、憲法違反の疑いは理念的なものですから、明記された矛盾条文関係になることは滅多に考えられない・・憲法違反を理由に事後的にしか裁判で争えないことになっていても当面社会が混乱しません。
国民はさしあたり現行法にしたがって行動することになっていて、憲法違反の法律だからと思って従わない行動をすると、法令違反で逮捕されたり不利益を受けてしまいます。
この時点で憲法違反の法令だから、(自衛隊法違反事件で言えば、自衛隊法が憲法違反だからと言う展開です)これによって処罰出来ないから無罪だと言う憲法裁判になります。
比喩的に言えば8時間労働制は憲法違反と言う主張によって、労働者が7時間しか働かないで帰ってしまって契約違反で解雇された場合、その解雇は憲法違反かどうかを裁判で争うことになります。
司法権が事後に決めると言うのはそう言う意味で、先に不利益を受けた方が、争ったときにはじめてテーマになる仕組みです。
したがって、憲法違反の疑いだけでは目先の実務混乱は起きません。
憲法違反を理由にこれに従わない・・法令違反すると検挙されたり解雇されるので当面従うしかない関係ですから、たまに争う人がいるだけで、(違反と思っている人も)多くは従うので、大した混乱が起きません。
以上のとおり国会では、もともと憲法論を憲法制度上も同時議論する余地も必要も権限もないし、元々国会議員も憲法違反の疑いだけで、一般法令のように事前に憲法に抵触するかどうかの議論に時間を割く意味がないばかりか、これを理由に立法作業・職務をサボることは(労働者が自己判断で労働の義務がないと決めて、勤務時間中に帰ってしまえば、解雇されるように違法で)許されません。
国会が憲法違反の法律を作れないならば先議事項ですが、憲法はそう言う制度設計にしていません。
制度的には、ある法律が憲法に違反するかどうかを国会が決めるのではなく、出来た法律を後に司法権がチェックする仕組みです。
実際上そうしないと、国会議決で決められるならば、多数派が合憲と決めれば、皆合憲になってしまうので、議会を縛るための憲法制度の意味がなくなってしまいます。
これがイギリスの国民主権=議会決定万能主義の欠陥・限界であり、これに抵抗したのがアメリカの独立革命でしたから、独立後のアメリカでは、民意であれば何でも良いのではなく、民意によって議会が法を制定しても良い代わりに「事後的に」違憲立法審査権を司法権が持つようになりました。
民主主義の本家を称するアメリカでも司法権が「事前に」憲法審査する仕組みではありません。

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