素人政治の限界5(「明白かつ現在の危険」)

トランプ氏は政策実行の過程で対内政策であろうと対外政策であろうと、全ての分野で利害調整無視の単純主張では何も出来ない現実に直面して行くしかないでしょう。
自分の得意とする対外強行策で相手が強い(米国内関係者が多い)からと尻込みするとメンツを失い支持を失うリスクがあります。
ここで中国の抵抗(実はアメリカ国内企業のロビー活動)が強いからと対中高関税を引っ込めると鉄鋼労働者の支持がなくなる・・この種の政権は激突しか解決の道がないのが普通です。
内政の場合には前年末予算編成時・年初には景気中立的予算で秋頃になって海外情勢の急変に合わせて補正予算で追加財政出動したり金利上下するなど時機に応じた政策発動が予定されています・・景気の足腰が弱いのに年初から金利上げするのではなく、過熱気味になるまで待つなど機動的決断が期待されています。
対外強行策スローガンの場合,経済のような情勢変更は理由になり難い・・相手が強くて歯が立たないと言う理由での方針変更は、(「少なくとも県外へ!」と言っておきながら、どこの県も手を上げてくれないからとやめるのでは、)前もって根回ししていなかったのか?嘘つき呼ばわりされかねません。
弱腰・腰砕け・足下が揺らいだと政敵から見透かされ、国内支持者を失いかねません。
敵を迎え撃つために出陣したのに方針が変わったと戦わずに城に逃げ帰るようなものです。
1月末の入国禁止令の不発以降勢いづいた反トランプ陣営の嵩にかかった攻撃で、大統領補佐官フリン氏の就任前のロシア大使との秘密交渉露見による辞任、その他政権内部もガタついて来ました。
3月4〜5日ころからは、折角議会承認を受けて正式就任した司法長官の就任前ロシア関係交渉疑惑が持ち上がっています。
1月20日就任以来まだ2ヶ月半しか経過していませんが、政治経験のない者の集団ですから、粗雑対応中心・・やることなすことミスが多くて虎視眈々と狙っていた反対派の標的になる例が増えて来ます。
このまま引き下がるわけに行かないので、入国禁止大統領令の再発行が3月7日頃に発表されていました。
これに対してハワイ州が執行停止を申し立てると言う報道が8日夕刊に出ています。
今回も違憲決定がもしも出ると政権のメンツは丸つぶれです。
今回は前回の大統領令意見決定を踏まえて修正したものですから、大統領独断ではなく、議会承認された国務省、司法省長官その他政権幹部・支配下の官僚を巻き込んで訴訟対策を考慮して修正した大統領令を発布したのですから、それでもダメとなれば政権チーム全体の実務能力に大きな疑問符がつきます。
次々と未熟な政策を打ち出すと時間経過で逆に矛盾激化も進みますので、それまで政権を持ちこたえられるかが心配です。
半年〜1年経過で政権に人材が集まれば政治能力も少しは身に付くでしょうから、逆から言えば陣容が整うまであわてて新機軸を打ち出そうとしないでじっとチャンスを待つのも政治のあり方ですが、こう言う冷静な判断すら出来ないほど未熟なのかも知れません。
分ってはいるものの、マスメデイアとの対決を煽って耳目をしょっ中引きつけることが政権維持の基礎構造になっているので、やめられないのかも知れません。
政権実務家を掌握して官僚が動き出す前に慌ててスローガンそのまま実行して失敗ばかりしていると折角入りかけた有能な人材が恥をかかないように政権から逃げ出すし、新たな就職者も2流〜3流人材にドンドン劣化して行きます。
トランプ氏は選挙用のスローガンどおり政策実行すると無理があるのを知っている・・実務家に検討させると出来ないことばかりで鳩山民主党のように行き詰まるのを恐れて、実務家チェックが入る前に敢えて拙速承知で第一次入国禁止大統領令を発布したのが真相ではないかと思われます。
1月の入国禁止・大統領令の高裁審理でのやり取りを「February 12, 2017」のコラムで
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakaokanozomu/20170210-00067544/トランプの研究(6):控訴裁判所での大統領令を巡る訴訟でトランプ大統領敗北、トランプ政権に大きな打撃」の記事を一部引用しながら紹介しました。
そのとき全文を紹介しませんでしたが、その中に「緊急入国禁止しなければならないほどの危険が実際に起きているかの主張立証が足りない」点を裁判官から指摘されたときに政権側弁護士が、(急な異議申し立ててだったので?)「証拠収集する時間がなかった」と答弁していて、「準備不足だったのですね」と共和党系裁判官から優しく声かけされて弁護士が何も言えない様子が出ています。
正確なやり取りを知りたい方は上記引用記事に直截当たって下さい。
しかし、イキナリの入国禁止・人権制限をする以上は、訴訟に発展するのを想定しておくべきですし、その場合には、表現の自由規制に関して発達した「明白且つ現在の危険」のルール応用が必須でありそうなことはプロから見れば「イロハ」です。
担当弁護士としては、(異議申し立て段階での受任なので?)弁護士としては、第一審決定後短期間の異議申し立て(日本の場合2週間しかありません)だったので準備する時間がなかったと言うのは、プロ・弁護士としては一貫しています。
しかし、政権のあり方としてみると訴訟社会のアメリカで、大統領令を発布した場合99%訴訟になるのが見えているのに、訴訟になった場合の先読みをしないで実施に踏み切っていたとすればお粗末過ぎます。
プロの意見を求めると反対されるのが目に見えているので、あえて意見を求めないまま実施したのか?と言う私の憶測になるわけです。
ところで、「明白且つ現在の危険」の法理は、ウイキペデイアによれば、以下のとおりです
「明白かつ現在の危険」の基準は、1919年のシェンク対アメリカ合衆国事件(Schenck v. United States, 249 U.S. 47 (1919))の連邦最高裁判決において、ホームズ裁判官(Oliver Wendell Holmes)が定式化した。」とされています。
我が国では、
最三判決昭和42年11月21日刑集21巻9号1245頁
公職選挙法138条1項は、買収等の「害悪の生ずる明白にして現在の危険があると認められるもののみを禁止しているのではない」として、戸別訪問禁止規定に「明白かつ現在の危険」の基準の適用を否定した。」
とあるように、我が国でも知られた法理です。
ただし、憲法事件に関する素人の私にはどこまでこの法理の応用が利くかまでは知りません。
法案のように審議会や公聴会を経て議会で時間をかけて議論する場合にはいわゆる「立法事実」があるかどうかの議会判断(規制必要性が議論されます)ですが、大統領令でイキナリ実施するのは議会を経ていない分よりいっそう厳格な「明白且つ現在の危険」法理の応用・・主張立証が必須です。
実施にあたってはこの流れを読んでその準備をした上で、この資料で「行ける」と言う確信を得てから実施すべきだったでしょう。
法律家が前もって大統領令の法的成否を相談された場合、「アラブ系新規入国者に限定したテロ発生事例をあまり聞いたことがないので無理じゃないか?」・・「やるならば「◯◯等の資料を蒐集してみてそう言う資料が出れば別だが・・資料を見てからでないと分らない」と答えるのがほぼ100%でしょう。
時間を十分にかけて準備してからの大統領令の発布であるべきですから、高裁審理で1審決定後異議申し立て期間が短かったので資料準備時間がなかったと言うのでは、素人の集まりか?・漫画的です。
このやり取りの紹介文の正確性は分りませんが・・・・これを見る限り、大統領と側近はプロの意見を敢えて聞かないで・無視して強行したのじゃないかの疑念・・印象を受けます。

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