原発賠償支援スキーム2

東電が直接社債発行するならその資金用途を投資家に説明する必要がありますが、新機構が機構名義で発行する場合その資金が東電の既発債返済資金に使うのか、あるいは東電の通常の運転資金用か・新たに必要となった賠償資金用に貸し出すのかを説明する必要がないことになるのでしょう。
言わば銀行がどこに貸すかを言わないで社債を発行するのと似たような役割になっていると思われます。
銀行のように預金を庶民から集めないし決済機能を有しないものの一種の金融業になります。
(条文自体を見ないと正確には分らないのですが、会員企業にだけ提供するので・互助会的扱いも可能でしょう)
当然のことながら新機構は構成員企業が一定額を出資して設立されるのでしょうが、それでは大した金額にならないので当初発行社債で入手する資金は先ずは新機構の基金積み増し(準備金)用になってしまい、その後蓄積した基金を何の用途に貸し出すかは機構の内部処理・・密室作業になります。
銀行が返済能力の見込めないことが分っている賠償資金に貸出すのは故意の不良貸し付けとして背任行為になるのでしょうが、新機構は赤字で返済能力のなさそうな(市場判定を受けている)東電に貸す目的で設立されたのならば、貸付先である東電や原子力事業者の返済能力を気にせずに貸し出せる点が違います。
事故賠償金向けにだけ限定ならば分り良いのですが、今回の原発事故による信用不安で社債借り換え不能になっている東電の資金ショート阻止が当面の課題で出来たスキームですから、賠償資金向けに限定することは法的に不可能です。
事実上は緊急の借換債代替機能が終わり、危機を凌いだ以降は一般債務借り換え・・普通の運転資金向けの貸し付けをしない暗黙の了解があるのでしょうが、法的にはこれの区別は難しいと思います。
数日前に書いたように、条文自体がまだ入手出来ていないのではっきりしませんが、条文上の区別は難しいので、もしかしたら既発行社債・一般債権弁済向けには期間制限・・たとえば1〜2年間に到来する債権の返済目的に制限していて、市場が落ち着いたら・・その後既存債務返済用に機構が東電に貸し出すのには主務大臣の認可がいるなどとしているかも知れません。
そうしないと電力業界は、極端なことを言えば自前で社債発行しないでこの機構を利用して次々と資金導入すれば全部政府保証になってしまい、モラルハザードが起きてしまいます。(まさに焼け太りです)
8月21〜22日に掛けて紹介しているように社債は元々満期までに元利金を用意していて返済する仕組みではなく、借り換えを前提にしているのですから、借換債の発行不能な信用状態にならない限り返済不能にはなり得ない仕組みです。
政府保証債ですから政府信用がぐらついて新規発行不能にならない限り無限に借換債の再発行が続くのですから、賠償資金用に限定したとしても自前資金では返済能力が全くないのを分っていて貸しても不良貸し付けとは言わないのでしょう。
ところで、今回の事故による東電の責任を限定せずに全額賠償義務を負わせる・・無限責任とは言うものの、社債による資金調達システムでは東電は自己資金を1銭も使わないで(この世の?)終わりまで行きそうです。
機構が発行した政府保証社債を使って集めた資金を丸ごと東電が借りて原発賠償金を弁償し、その後は借換債で繰り返して行けば半永久的に借金の元本を返済する必要がありません。

原発賠償支援スキーム1

 借金先送りシステムに話を戻します。
東電も一般企業同様に22日まで紹介した「借り換え繰り返しモデル」で資金運用していた・・自己資金で返す準備金を全く用意していなかったところに、大事故が発生しました。
巨額賠償金の手当が出来ないだろうという市場予測から、・・社債の借り換えが出来なくなってしまう予測・デフォルト含みから株式の大暴落になりました。
株式の暴落が社債市場に影響しますし、社債市場でのデフォルト予測が将来を織り込んだ株式相場に反映される相互関係ですが、社債発行は1年〜半年に1回程度しかないのに対し、株式市場は毎日開いているので刻々の変化が株式市場で先ず現れる関係です。
国政選挙が仮に2〜4年に1回しかなくとも、途中の補欠選挙やしょっ中行われる地方選挙で、政権の動向を読み取るのと似た関係です。
今回の賠償支援法・スキームが緊急に必要となったのは、
   ① 東電は賠償資金がなくて早晩行き詰まる予測から、 
   ② 現在の株価が大暴落し、(2000円台から400円台まで)
   ③ 直近に期限の来る既発行済社債の償還資金用借換債の発行困難化
   ④ 既発行社債を期限に償還出来なければ倒産→原発事故処理が滞る
   ⑤ 東電の当面の資金手当の必要性
   ⑥ 事故直後に1兆2000億あまりが金融機関から緊急供給
   ⑦ 緊急資金は、次々と到来する社債償還資金にはなり得ない
   ⑧ 恒久的資金供給枠組みを造るか、賠償責任の限定が必要
   ⑨ 賠償責任限定は政治的に不可能
   ⑩ 新たに作った中間組織による社債発行=資金準備
   ⑪ 新機構から東電へ社債償還資金を供給
   ⑫ 新組織の信用力不足を政府保証で補完
   ⑬ 将来的には東電の賠償資金の手当もこのシステムを使う。

ので、賠償資金の心配が要らないと言うことでしょう。
賠償支援法ですので賠償資金を直接捻出するための法かと思うのですが、東電が賠償資金を借りられないから賠償資金の調達を今直ぐに政府が保証するのではなく、外形から見ると先ず目先の倒産を防ぐために借換債発行の代わりに機構から供給を受けられる仕組みを作ってやったことに過ぎないことになります。
(これは賠償金支払ではなく結果的に既存投資家保護になります)
そして当面の資金ショート危機が去った後で、具体化して来る賠償金支払資金もこのスキームに乗せて順次機構による新発発行社債で集めた資金から東電が供給を受けて賄って行こうとするものでしょう。
これが軌道に乗れば東電の信用不安が解消されるので、賠償資金用途以外は東電が従来通り東電名義の社債を発行して資金を循環して行くことが期待されているのでしょう。
借金に切り替えても支払義務・負債の増えた点は同じですから、利益が出ないので長期間利益配当出来ない・・株式相場には影響するでしょうが、信用不安払拭にはなります。
社債は元々半永久的に自腹では払わないシステムですから、政府保証の社債発行残高がいくら増えても東電の信用・デフォルト不安には響かないことになります。

損害賠償金の引き当て2(保険2)

 
 
原子力事故被害は新たな分野なので保険制度・商品がなかったという言い訳もあり得るでしょうが、原子力発電事業を始めてから約40年も経過しているのですから、始めるときに業界の方でリスクを引き受けきれないので保険制度を充実して欲しいとする要望・得意の政治活動をすれば、多分直ぐにそのような商品が出来たでしょう。
保険業界は大もうけできる新分野なので、断る理由もなく大喜びで開発したでしょう。
新たな分野であるロケット事業でも保険が発達しているようですし、原子力発電が国家事業として必要があるならば得意の官民力をあわせて直ぐにも新商品の開発が進んでいた筈です。
もしもその種の保険商品が今までなかったとすれば、業界や政治家共に損害賠償コストを顕在化したくないからあえて新たな保険商品の必要性を問題にしないで来たのではないでしょうか?
保険があったとしても賠償法で決めている供託金の限度では、交通事故の強制保険しか加入していないのと同じで金額が小さすぎて殆ど意味がありません。
原発事故長後に東電は金融機関から1兆2000億円前後の融資を受けたので当面の資金繰りには問題がないと報道されていましたが、短期対処資金・・現場での緊急経費だけでもそのくらいの緊急出費があるということですから、1200億円(法では「以内」というだけでもっと少ないのです)くらいの供託では当面の工事関係費だけにも間に合わないことは予めわかっていたことです。
十分とは言わないまでもある程度間に合う程度たとえば50兆円くらいの引き当てをすると、コストアップ・・火力よりも高くなることが明らかになってしまうので、原子力発電推進派の業界と政治家ぐるみの隠蔽体質の結果、損害賠償に対する充分・・あるいはある程度の引き当てを全くしないように仕組んで来たのではないでしょうか?
あるいは原子力賠償法で定められた供託金だけを積んでいる・あるいはこれに代わる同額の保険加入しているから大丈夫という前提の会計処理しかしていなかったとすれば、この不備を会計監査法人が指摘しないで何十年も適正意見を書いて来たとしたら、監査責任がないのでしょうか?
営業保証金や供託金制度は業者としての最低の義務を果たす・・交通事故に比喩すれば強制保険加入の意味程度でしかないのですから、これでは不十分なことは誰でも分る道理です。
最下層労務者は別として、普通の責任感のある人の場合、任意保険の上積みしないで強制保険にしか加入しないで車に乗っている人は少ない・・強制保険だけで大きな顔を出来ると考える人は少ないでしょう。
事故が起きると直ぐに支払能力がないとの市場判定で株価大暴落・・・2000円台の株価が400円台に下がってしまったのですが、私たちは東電の財務諸表を良く見ていませんし知るチャンス・ヒマもありませんが、これを良く見ている株取引のプロ達から見ればきちんとした損害賠償の引当金あるいは賠償責任を果たせるに足る適正な保険加入がなかったことを知っていて売り急いだと見るべきでしょう。
とすれば、一般の機関投資家が直ぐに分るような引当金の不備・・会計処理をチェックするべき監査法人がこれを長年見逃して毎年適正意見を書いて来たとすれば監査責任がないのか疑問です。
運送会社や海運会社が保険加入しないで黒字決算している場合、あるいは事業会社でも工場設備等に関する火災保険の支出がなければ、適正なコスト計上がないとする意見になる筈です。
一般の株式購入者としては、会計報告が適正にされている前提で株を買っているのですから、1会計期間内にたった一回起きた事故に対する賠償金の手当が出来ない・・事故が起きると一回分の支払能力・・その半分も、何分の1も準備していなかったとすれば、これを見逃して大手監査法人が適正意見を書いて来たとすればその無責任さに誰も驚かないないのでしょうか?
引当金額の程度を決めるのが難しいとしても、交通事故保険に多い無制限保険加入あるいは目の子算でも最低50〜100兆円規模の保険に加入すべきだとなどの意見を付しておくべきだったと思われます。
こうした意見が何年も続けば、妥当な金額の論争が起きて学者によるシュミレーションが発達し、保険制度の拡充などが政治課題に上っていた筈です。
既に原発立地計画後40年以上も経過しているのですから、まじめに議論していればとっくに原発事故用の無制限保険が発達していたように思われます。
一度の事故による損害額が大きすぎるので一保険会社では負担しきれないのでグループで共同受注して、更に国際的な再保険・再保険の繰り返しでリスクを分散して行くことになります。
こうした再保険の繰り返しの中で原発事故被害の大きさや確率が、政治家の密室の圧力によらずに客観的・合理的に計算されて行った筈です。
8月23日終値の東電株価時価総額は、単価418円で671,733百万円とのことですから、2000円台のときにはこの5倍の3、5兆円近くしていたのが充分な損害引き当てがなかったために、約3兆円投資家が損を被ったことになります。
千葉でも化学工場が今回の地震で炎上爆発して燃え尽きましたが、再稼働までの営業損害は別として物的損害自体は保険で間に合っている筈です。
想定外事故に備えて保険をかけておくのが普通ですし、原発の場合は、自分の物的被害よりは周辺への損害波及の方が大きいことは事前に明らかですからなおさらです。

損害賠償金の引き当て1(保険1)

社債の会計処理を書いたついでに、以前少し書いた原発事故の賠償予定引当金を計上していなかったであろう会計処理の妥当性についてもここで少し書いておきます。
事故直後株価が大暴落したという事実は、東電には賠償能力がないとの市場判定・・充分な引当金を積んでいないか充分な保険加入がなかったと想定出来ます。
引当金処理をしていた場合、税務上これをコストとして認めてくれるかどうかの隘路もありますが、何らかのマイナス勘定・・債務として引き当てが必要であったことは明らかでしょう。
June 11, 2011「巨額交付金と事前準備3」前後からJune30 2011「交付金の分配」まで連載しましたが、原発立地するだけで危険だからとして地元自治体に巨額の交付金を交付していた事実自体が、その交付金以上の巨額賠償リスクがあることが(交付制度が一部利権政治家の意思によったものではなく、国民の意思に基づくとするならば)国民総意であったことになりますから、これをコスト計上して置くのは国民総意に叶うことです。
損金計上をして税務上否認・更正決定されるならば、国民総意に反しているとして更正決定に対して不服申し立て→最終的には裁判で争うべきだったことになります。
ただし、いくらまでがコストなのか過大計上になるのかの争点が残りますので、この争いを避けるためには、8月15日以降チラチラと書いている保険契約による保険料支出計上が合理的です。
月額保険料の高低くらいならば、否認されてもそれほど大きな争い・・負けても大きなリスクにはなりません。
それとも巨額交付金を前払いしているので、それ以上の賠償義務がないと考えていたのでしょうか?
それならば原発賠償法制定自体が意味のないことになりますから、賠償法がある以上、交付金を交付していても、事故が起きれば賠償義務が生じることが法律上予想されていたことになります。
8月18日に紹介したように、原発賠償法で命じられている1事業所1200億円以内の供託または保険加入さえしていれば、それで賠償金に足りると考えていたのでしょうか?
どこかで書いたように思いますが、営業保証金や宅建業法などの供託は、最低保障をすることで業界の信用を守るのが目的であって、被害がその程度しかないという意味ではありません。
言わば、交通事故被害のために最低額として強制保険(自賠責保険)があるのと同じで、人としての最低義務である強制保険さえ掛けてれば任意保険に加入しなくても良いと考える人は滅多にいないと言えばいいでしょうか?
法で義務づけられている供託しかしていなくて、その上乗せ保険に加入していなくとも天下の優良企業として十分な対応であると考えていたのでしょうか?
大手運送会社が保有車両に強制保険しか加入しない会計処理をしている場合でも、監査法人は適正意見を書くのでしょうか?
保険の話題が出たついでに保険と原発事故の関係を書いておきましょう。
想定外の事故による巨額損失発生に備えて、保険が発達してきました。
保険制度は想定外の巨大な事故被害を通常の積み立てでは補填しきれないことから、分母を大きくしてみんなでリスクを分担し個々の会社の費用を均一化しようとするものです。
事故が起きないように「充分な安全教育をしている」ので、と言う理由で、保険をかけないでいて事故が起きてから損害賠償能力がないという言い訳の通る海運業者や運送会社はないでしょう。
タイタニック号の悲劇のように想定外のことが起きるのが自然現象ですから、そのときのために保険をかけてリスク分散しておくのが普通の企業活動です。
想定外・・偶発性があって予測不可能なアクシデントで、しかも一度の被害による損害額が大きくて経営や一家の屋台骨が揺らぐリスクのある場合・・一家の大黒柱の死亡に備えた生命保険や、一度の事故で巨大な損害になる商船の難破などに対応するために保険制度が発達して来たのです。
原発事故被害の場合、事故発生のメカニズムと発生したときの損害額がどのくらいになるかについては、まさに人智の及ばない領域ですので、この分野こそ保険の理念に合致するものですから、原発事故に備えて保険加入を検討しないでよい理由はありません。

社債・国債の償還システム2

超優良企業でもあるいは国債でも、自前資金で元々期限に元金100%を返す予定で社債や国債を発行しておらず、借り換えて返す予定しかない点はサラ金苦の自転車操業と本質が変わりません。
違うのはその始まりが消費資金債務と建設的な投資用債務の違いくらいであって、国債では建設国債と赤字国債に分類しているのがこれにあたりますが、期限後の借換債になると借金支払のための借金である点は同じになります。
元は建設的だったというだけで足りるならば、住宅ローンが払えなくなってサラ金から借金しても建設的債務という理屈になります。
これがサラ金債務者と違って健全と思われているのは、大手企業あるいは国(・・特にアメリカ)など大きすぎてつぶせない筈という変な神話に寄りかかっているだけのことでしかありません。
社債発行・・すべての分野での先送り体質については、03/27/07「過剰消費社会8(消費先取りシステム2)」」03/28/07「過剰消費社会10(消費先取りのシステム4)」02/23/07「キャピタルゲインの時代5(修正作用2)社債発行1」その他のコラムで連載しました。
たとえば、2000億円社債発行によって資金調達して新工場を立ち上げる場合、計画通り順調に売上が伸びたとしても5〜10年で設備投資資金全額を返済出来る予定ではありません。
(その設備を売リ飛ばせば別ですが、それではせっかく新規事業を軌道に乗せた意味がありません)
せいぜいその間の利息や減価償却費を支払い続けた上で、5〜10%の利益を出せるのが成功モデルです。
この利益から税を払い株式配当をした残りで元本部分を償還して行くとすれば、5年や10年で元本をゼロにして行くことは不可能です。
(用地取得から工場設備建設〜出荷で利益を出せるようになるまで、数年以上かかります)
殆どの企業は、社債の償還資金を積み立てているのではなく、借換債の発行で先送りして行く計画になっています。
会計上もこれで良いことになっていて、別に違法ではありません。
2000億円で工場を新設すれば、2000億円の負債が生じますが、他方で2000億円の資産を取得しているのでバランスシート上は均衡します。
その後は、減価償却分だけ資産価値が減少して行くので、これに見合う分だけ借入金の元本を減らすか、元本は全く減らさないままでも現預金あるいはプラス何らかの資産を増やせばバランスシート上左右が均衡します。
利益が出たからと言って減価償却した分以上の元金返還をすると、資産の減損以上に負債が減ってその差額分が利益計上になってしまうので、現金がその分なくなっていても税を払ったり配当したりしなければなりません。
こんな仕組みですので、社債の金利さえ払っていればいい感じになって、それ以上に償還期限が来る途中で元金まで返す・・社債の買い戻し動機が湧かないのが現状です。

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