損害賠償金の引き当て2(保険2)

 
 
原子力事故被害は新たな分野なので保険制度・商品がなかったという言い訳もあり得るでしょうが、原子力発電事業を始めてから約40年も経過しているのですから、始めるときに業界の方でリスクを引き受けきれないので保険制度を充実して欲しいとする要望・得意の政治活動をすれば、多分直ぐにそのような商品が出来たでしょう。
保険業界は大もうけできる新分野なので、断る理由もなく大喜びで開発したでしょう。
新たな分野であるロケット事業でも保険が発達しているようですし、原子力発電が国家事業として必要があるならば得意の官民力をあわせて直ぐにも新商品の開発が進んでいた筈です。
もしもその種の保険商品が今までなかったとすれば、業界や政治家共に損害賠償コストを顕在化したくないからあえて新たな保険商品の必要性を問題にしないで来たのではないでしょうか?
保険があったとしても賠償法で決めている供託金の限度では、交通事故の強制保険しか加入していないのと同じで金額が小さすぎて殆ど意味がありません。
原発事故長後に東電は金融機関から1兆2000億円前後の融資を受けたので当面の資金繰りには問題がないと報道されていましたが、短期対処資金・・現場での緊急経費だけでもそのくらいの緊急出費があるということですから、1200億円(法では「以内」というだけでもっと少ないのです)くらいの供託では当面の工事関係費だけにも間に合わないことは予めわかっていたことです。
十分とは言わないまでもある程度間に合う程度たとえば50兆円くらいの引き当てをすると、コストアップ・・火力よりも高くなることが明らかになってしまうので、原子力発電推進派の業界と政治家ぐるみの隠蔽体質の結果、損害賠償に対する充分・・あるいはある程度の引き当てを全くしないように仕組んで来たのではないでしょうか?
あるいは原子力賠償法で定められた供託金だけを積んでいる・あるいはこれに代わる同額の保険加入しているから大丈夫という前提の会計処理しかしていなかったとすれば、この不備を会計監査法人が指摘しないで何十年も適正意見を書いて来たとしたら、監査責任がないのでしょうか?
営業保証金や供託金制度は業者としての最低の義務を果たす・・交通事故に比喩すれば強制保険加入の意味程度でしかないのですから、これでは不十分なことは誰でも分る道理です。
最下層労務者は別として、普通の責任感のある人の場合、任意保険の上積みしないで強制保険にしか加入しないで車に乗っている人は少ない・・強制保険だけで大きな顔を出来ると考える人は少ないでしょう。
事故が起きると直ぐに支払能力がないとの市場判定で株価大暴落・・・2000円台の株価が400円台に下がってしまったのですが、私たちは東電の財務諸表を良く見ていませんし知るチャンス・ヒマもありませんが、これを良く見ている株取引のプロ達から見ればきちんとした損害賠償の引当金あるいは賠償責任を果たせるに足る適正な保険加入がなかったことを知っていて売り急いだと見るべきでしょう。
とすれば、一般の機関投資家が直ぐに分るような引当金の不備・・会計処理をチェックするべき監査法人がこれを長年見逃して毎年適正意見を書いて来たとすれば監査責任がないのか疑問です。
運送会社や海運会社が保険加入しないで黒字決算している場合、あるいは事業会社でも工場設備等に関する火災保険の支出がなければ、適正なコスト計上がないとする意見になる筈です。
一般の株式購入者としては、会計報告が適正にされている前提で株を買っているのですから、1会計期間内にたった一回起きた事故に対する賠償金の手当が出来ない・・事故が起きると一回分の支払能力・・その半分も、何分の1も準備していなかったとすれば、これを見逃して大手監査法人が適正意見を書いて来たとすればその無責任さに誰も驚かないないのでしょうか?
引当金額の程度を決めるのが難しいとしても、交通事故保険に多い無制限保険加入あるいは目の子算でも最低50〜100兆円規模の保険に加入すべきだとなどの意見を付しておくべきだったと思われます。
こうした意見が何年も続けば、妥当な金額の論争が起きて学者によるシュミレーションが発達し、保険制度の拡充などが政治課題に上っていた筈です。
既に原発立地計画後40年以上も経過しているのですから、まじめに議論していればとっくに原発事故用の無制限保険が発達していたように思われます。
一度の事故による損害額が大きすぎるので一保険会社では負担しきれないのでグループで共同受注して、更に国際的な再保険・再保険の繰り返しでリスクを分散して行くことになります。
こうした再保険の繰り返しの中で原発事故被害の大きさや確率が、政治家の密室の圧力によらずに客観的・合理的に計算されて行った筈です。
8月23日終値の東電株価時価総額は、単価418円で671,733百万円とのことですから、2000円台のときにはこの5倍の3、5兆円近くしていたのが充分な損害引き当てがなかったために、約3兆円投資家が損を被ったことになります。
千葉でも化学工場が今回の地震で炎上爆発して燃え尽きましたが、再稼働までの営業損害は別として物的損害自体は保険で間に合っている筈です。
想定外事故に備えて保険をかけておくのが普通ですし、原発の場合は、自分の物的被害よりは周辺への損害波及の方が大きいことは事前に明らかですからなおさらです。

損害賠償金の引き当て1(保険1)

社債の会計処理を書いたついでに、以前少し書いた原発事故の賠償予定引当金を計上していなかったであろう会計処理の妥当性についてもここで少し書いておきます。
事故直後株価が大暴落したという事実は、東電には賠償能力がないとの市場判定・・充分な引当金を積んでいないか充分な保険加入がなかったと想定出来ます。
引当金処理をしていた場合、税務上これをコストとして認めてくれるかどうかの隘路もありますが、何らかのマイナス勘定・・債務として引き当てが必要であったことは明らかでしょう。
June 11, 2011「巨額交付金と事前準備3」前後からJune30 2011「交付金の分配」まで連載しましたが、原発立地するだけで危険だからとして地元自治体に巨額の交付金を交付していた事実自体が、その交付金以上の巨額賠償リスクがあることが(交付制度が一部利権政治家の意思によったものではなく、国民の意思に基づくとするならば)国民総意であったことになりますから、これをコスト計上して置くのは国民総意に叶うことです。
損金計上をして税務上否認・更正決定されるならば、国民総意に反しているとして更正決定に対して不服申し立て→最終的には裁判で争うべきだったことになります。
ただし、いくらまでがコストなのか過大計上になるのかの争点が残りますので、この争いを避けるためには、8月15日以降チラチラと書いている保険契約による保険料支出計上が合理的です。
月額保険料の高低くらいならば、否認されてもそれほど大きな争い・・負けても大きなリスクにはなりません。
それとも巨額交付金を前払いしているので、それ以上の賠償義務がないと考えていたのでしょうか?
それならば原発賠償法制定自体が意味のないことになりますから、賠償法がある以上、交付金を交付していても、事故が起きれば賠償義務が生じることが法律上予想されていたことになります。
8月18日に紹介したように、原発賠償法で命じられている1事業所1200億円以内の供託または保険加入さえしていれば、それで賠償金に足りると考えていたのでしょうか?
どこかで書いたように思いますが、営業保証金や宅建業法などの供託は、最低保障をすることで業界の信用を守るのが目的であって、被害がその程度しかないという意味ではありません。
言わば、交通事故被害のために最低額として強制保険(自賠責保険)があるのと同じで、人としての最低義務である強制保険さえ掛けてれば任意保険に加入しなくても良いと考える人は滅多にいないと言えばいいでしょうか?
法で義務づけられている供託しかしていなくて、その上乗せ保険に加入していなくとも天下の優良企業として十分な対応であると考えていたのでしょうか?
大手運送会社が保有車両に強制保険しか加入しない会計処理をしている場合でも、監査法人は適正意見を書くのでしょうか?
保険の話題が出たついでに保険と原発事故の関係を書いておきましょう。
想定外の事故による巨額損失発生に備えて、保険が発達してきました。
保険制度は想定外の巨大な事故被害を通常の積み立てでは補填しきれないことから、分母を大きくしてみんなでリスクを分担し個々の会社の費用を均一化しようとするものです。
事故が起きないように「充分な安全教育をしている」ので、と言う理由で、保険をかけないでいて事故が起きてから損害賠償能力がないという言い訳の通る海運業者や運送会社はないでしょう。
タイタニック号の悲劇のように想定外のことが起きるのが自然現象ですから、そのときのために保険をかけてリスク分散しておくのが普通の企業活動です。
想定外・・偶発性があって予測不可能なアクシデントで、しかも一度の被害による損害額が大きくて経営や一家の屋台骨が揺らぐリスクのある場合・・一家の大黒柱の死亡に備えた生命保険や、一度の事故で巨大な損害になる商船の難破などに対応するために保険制度が発達して来たのです。
原発事故被害の場合、事故発生のメカニズムと発生したときの損害額がどのくらいになるかについては、まさに人智の及ばない領域ですので、この分野こそ保険の理念に合致するものですから、原発事故に備えて保険加入を検討しないでよい理由はありません。

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