若者と達観力(差異化社会)1

中高年を含めて若い人は高齢者のように悟る必要がないとしても、達観すべきときに達観出来ないとストレスが生じます。
(中高年を含めて)若い人のストレス・精神抑うつなどは、将来不安に根ざしている場合が多いと思われます。
精神科医がはやっていますが、要は自己能力と合わない無理な到達点を設定しないことや、間違った場合の修正可能性でしょうか?
うつ病等の増加原因が、・・能力以上のレベルを要求される学校や組織に入っていることにあるとすれば、薬を飲んで根本的解決する筈がない・・究極の解決は所属組織変更・目標値のレベルダウンしかありません。
レベルダウンを精神的に受入れられるかどうか・・個人の資質だけはなく、社会が転換を暖かく受入れる仕組みが必要です。
私どもも本来は高齢化に伴うレベルダウンに悩むべきですが、幸い年令(トシ)の功?で周りが一応敬意を表してくれる・・行く先々で大事にされているので、「俺はもう駄目だ」と開き直ってこれを悟りと称していられる?・・有り難さです。
能力の落ちた高齢者をバカにしないで逆に尊敬する道徳が確立しているのが,高齢者にとっては有り難いものですが・その分老害にならないように自覚的に身を引いて行くルールが成立しています。
高度成長期を生きて来たので、(例外もありますが)多くの高齢者には相応の蓄積や年金制度の保障があって生活に困らない点も大きな裏付けでしょう。
コトブキ退職みたいなもので、ノイローゼになる必要がありません。
この数十年で能力差による待遇差が厳しくなって来た・・受けいれる方もゆとりがなくなって来た点に戻ります。
昔・・農業社会を見れば分りますが、80点の能力の人も40点の能力の人も同じような時期に稲や麦を植え付けし、人の真似をしている限り収穫量がそんなに変わりませんでした。
能力差よりもより広い農地をもっているかどうかで、結果の違う社会でした。
現在社会では人並みの能力さえあれば、差がつかないのではなく、80点〜70点〜60点の人など、10点刻みどころか3〜5点刻みでさえ大きな差がつく時代です。
職場で大きな差がつけば、大きな家屋敷を相続した資産家の後取りも悩む点は同じです。
昔の女中さんの仕事程度では、隅々まできりっと掃除出来る人と出来ない人とでは、主人の覚えがちょっと違う程度ですが、これが企業で精密品を作る能力差になって来ると企業貢献度で雲泥の差が出て来ます。
事務処理や、対人交渉力も同じで1点差でも、契約を取れる人とれない人とでは、ゼロと全ての差になりますから、営業マンから能力主義が始まりましたが、内勤事務職も単に記録するだけはなく、企画立案能力やモノゴトをまとめる文書作成能力になって来ると,文字を書けるだけではなく、それ以上の差がはっきりしてきます。
企業は採用時点では求人者の能力詳細不明なので、比喩的に言えばアバウトな学歴や6〜80点の大きめのハバで採用しておいて、細かな能力差は仕事を通してみる仕組みですから、能力差を厳しく見る時代が来ると、無能でも年功で課長や部長にして行けなくなり、脱落組が出るのが避けられません。
弁護士の場合も実務経験によって能力差が広がりますが、これまでは弁護士数が少なくて実務向きでない・ある種の脱落組でも何とかなっていた・・外見不明でしたが、ここ10年ばかり弁護士数が増えているので不適合・底辺層になると食べて行けない不安一杯の若手弁護士が増えているでしょう。
昨年秋司法試験に合格したばかりの若者が公務員試験にも合格したので、私のところにどちらにするかの進路相談に来たのですが、今では合格時点で早めに悩む人が増えています。
これは弁護士になってから不適合に悩んでいる人が一定数いるからこそ、この気配を察した若者が入口で悩むようになったのでしょう。
大手企業に就職出来た場合も、脱落予備軍が組織にしがみついていると居心地が悪くてストレスが溜まります。
1流の高校に間違って入ってしまい、授業について行けなければ2流高校に転籍出来れば気楽ですが、(部活ならやめれば良いだけですが・・)これが簡単に行かないので、ストレスになります。
企業も同様で、いろんなランクの職場があって簡単に転籍出来れば良いのですが,一旦就職してしまうと中途退職に降格イメ−ジがつきまとうのが難点です。
「鶏口となるも牛後となる勿れ」と言うように最初に能力以上の組織に入るのは運が良いように見えて、長期的には却って不幸になることがあります。
バブル崩壊以降能力差を次第に厳しく見る社会になって来たのに対して、個人の方は厳しく能力査定されることに対する心の準備が追いつかないことや、これを受入れる(敗者復活)社会システムが追いついていことが、ストレスに悩む人が近年増えて来た大きな原因です。
1月3日日経新聞7pに経済学者岩井克人氏のインタビュー記事がのっています。
地方からの低賃金労働者吸収による高度成長・産業資本時代が終わったのがバブル崩壊であり、その後はポスト産業資本主義時代へ転換したと言う意見のようです。
これによると、(私の間違った理解かも知れませんが、)ポスト産業資本主義時代には、他企業→他者との差異化がないと生き残れない・重要になったように見えます。
汎用品を新興国に委ねる時代が来れば、汎用的・規格型人材も不要になります。
バブル崩壊後も前もって志願者の個性能力を把握し切れないので、企業は従来どおりに概括的基準・・学歴や旧来型試験で採用し続けている結果、採用後に実務経験を通じて事後的に差異化する・退職勧奨するしかなくなったようです。
若者は昔のように「◯◯に就職出来れば一生安心」と言えなくなったと言われます。

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