高齢結婚の意味

 

高齢化しても妻の方が若いのが(・・最近同年齢婚又は姉様女房も増えて来ましたが・・・今の所)普通なので夫の方は最後まで面倒見てくれそうですし、万一自分が残っても最後は施設に入れば良いし、子育てに大金を使わなくて済む分、老後の貯蓄・・備えも万全になります。
このように男にとっては高齢結婚は(途中で離婚にさえならなければ)良いこと尽くめですが、子を産む予定もないとすれば40歳前後以降の女性は何故(男の世話をするために?)結婚するのでしょうか?
江戸時代の跡継ぎ目的の婚姻の時代には、「石女は去れ」と言うひどい時代だったと聞かされて来ましたが、女性の本来は子を生み育てるためにこそ結婚するのだとすれば、女性の方からこそ子を産まないのに男に尽くすためにだけ一緒にいる意味がない・・男を追い出して良い筈です。
無職あるいは経済力のない女性の場合、昔ながらの生きて行くための就職をせざるを得ないからであると位置づけられますが、裁判官や弁護士あるいはその他各種産業界で(学者・教師・薬剤師等の資格業の外に作家・芸能人等々自活能力のある人がいくらもいます)相応の経済力があっても、高齢になって結婚している人が結構います。
昔で言えば髪結いの亭主と言う所ですが、この場合には子供を生み育てることを前提にしていました。
08/30/10「(1)婚姻外性行為とヒモ」前後で子供を産まない前提のヒモと何故女性は(身の回りの世話をするだけ?の為に)結婚しているのだろうか?と書いたことがありますが、実は堅気の中高年初婚同士あるいは再婚同士夫婦にも似たような結果になっています。
子育て期間が長引いてきた結果、単なる発情期の延長では夫の長期協力を確保しきれなくなって、家庭サービス・・こまめな世話・・結局は文化の香りが夫婦関係を長く持たせるために必要になってきたと、07/14/10(1)婚姻制度の始まり」以下で書いてきましたが、この関係の重要性が意識されてから長い間たってきたので、今になるとこうした関係自体が人間らしく生きて行くために自己目的化してきたと言えるでしょうか?
文化がなければヒトではない・・・?
高級レストランで男一人で食事していても形(サマ)にならない社会になっていると言えば良いでしょうか?
男だけの集まりでは、文化の香りが低そうですが、女性の場合、女性だけの観劇会・食事会・お茶席その他文化の香りのする生き方にこと欠きません。
あるいは女性は、男と一緒でないと世の中でバカにされる・・女性だけでは一人で生きて行くのが大変だと言う社会全体に残っている古い意識がそうさせているだけかもしれません。
子育ての長期化・長寿化が進むと生殖能力だけで関係を維持するのは無理がでてきたので、サービス・文化重視傾向になったのは人類の智恵でもあるでしょう。
ただ、この場合には、女性の方が男性に対して昔のように一方的に尽くす関係(子育てに協力してもらうために昔から仕方がなかったのですが、)子育てが終わり、あるいは始めっから子を産めない年齢の場合には、いくら何でもこの一方的な関係では夫婦関係が持たなくなって来ます。
男性も女性に負けずに細やかな双方向型サービスが必要な時代には、従来型の粗暴な(ガードマン的役割)能力があるだけでは上手く行きません。
草食系と言われる優しい傾向の男性が増えて来たのは、こうした需要に適応して来た結果でしょう。

©2002-2016 稲垣法律事務所 All Right Reserved. ©Designed By Pear Computing LLC