民意4(脱原発と即時停止の違い1)

ウイキペデイアによると枝野氏は野田内閣では経産大臣等でした。

野田内閣
2011年9月2日、野田内閣発足に伴い内閣官房長官を退任。当初は「一兵卒として政府を支える」と話していたが、同月12日、福島第一原子力発電所事故をめぐる不適切な言動で辞任した鉢呂吉雄の後任として第16代経済産業大臣に就任し、10日で閣内に戻ることとなった[50]。2011年10月3日、内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償支援機構担当)が加わる[51]。

枝野氏は、上記閣議決定に加わっているのです。

海渡氏が言う「多くの国民の世論が脱原発を求めている」というのが単なる「脱原発」ならば、脱原発論には40年台〜50年代を視野に入れ、この間画期的技術革新によって安全性が高まれば、脱原発そのものの見直しもあり得ると言う自民党支持者から30年台廃止論までいろいろあるのですから、「即時停止を求める原発訴訟」に裁判官は「勇気を」出して欲しいということと、どういう関係にあるのか不明な主張になります。
ここには脱原発論=即時停止が国民意思であるかのようにすり替える意図で書いているとよめば理解可能で、上記数々の選挙の結果の現実を見ると、大きなマヤかしがあることになります。
脱原発論と即時停止論には大きな違いがあるのに、脱原発論が国民の大きなうねりであることからいきなり即時廃止論が支持されているかのように飛躍するのは、一種の虚偽主張で読者や裁判官を誤誘導する意図があると言うべきではないでしょうか?
平和を愛するか?と言えばほぼ全員イエスですが、それとどうやって平和を守るかとなれば、非武装論との間にはいろんな意見があるのに平和論=非武装論というのと同じです。
専門誌とはいえ、法律家内で影響力の大きい媒体に即時廃止論が多数を占める事実がないのにあるかのようなすり替え発表するのはフェイク報道というべきではないでしょうか?

海渡氏の論説は地震や火山噴火の予知能力がない点を科学的・訴訟手続き的に論証した経緯を書いているのですが、多くの国民にとって「明日の天気さえ正確にわからないのが現在の科学だ」ということは弁護士が解明してくれなくとも先刻承知のことです。
「いつ地震が来るかを科学論で決められるような単純なことではない」のは裁判しなくとも国民多くが知り尽くしていることですから、訴訟でそれを証明したと言っても国民には不可解でしょう。
何もかも正確にわからない前提で、リスクをとって海外進出したり、選挙に出馬したり解散総選挙に踏み切る先送りするかの決断するしかないし、ABCDの企業から内定をもらった学生がどこに就職を決めたら良いか、何十年先の運命など誰もわからないまま、まずは何かを決めて行くしかないのが普通ですし、いつも瞬時にABCなどの選択肢から一つを選らんで生きていくのが人生の全てであり、企業や社会のあり方です。
いわゆる「万事塞翁が馬」の故事通りです。

科学や学問で一義的にわからない問題では、専門家の優位性はありませんから、文字通り民意で決めて行くべきテーマです。
津波被害の大きかった地域で、海岸線に住まないで高台に住むかの選択でさえ(地震学者を呼んで地元勉強会を開いても・結局よくわからないので)最終決定は地元住民の自己決定に委ねるしかないのが原則です。
地元政府でさえ住民の自己決定を尊重するしかなく、地元政治家がその意向を汲んでせいぜい住居地域や商業地域などの都市計画上の区割りをできる程度であって、裁判所は建築物が条例違反かどうかを認定するだけであって、地元民意による条例を待つしかありません。
海岸部の低地帯に工場を設けて住居地域を高台にした場合、工場や商店ならばなぜ安全と言えるかを論争しても仕方ないでしょう。
自然災害の猛威との付き合いはこの程度で妥協するしかないと言う民意です。
レッセフェール・自由主義社会→民主主義国家の価値観は、机上の空論よりは現場のファジーな意見の集合体が導き出す市場相場や、需要に応じた新産業を最優先し需要に合わない産業の淘汰を正しいと認める社会です。
学校エリートが全部決めるべきというのが計画主義社会ですが、自由主義/民意重視社会では、エリートが社会人なってもそのままエリート・成功者になれるわけではありません。
学校にいる間は良かったが、社会に出ると元気がなくなる人の中には、高校時代から「正解でない限り反対する」と馬鹿げた信念を持っていて「正解でないことを証明して」教師のハナを明かして自慢するイヤな生徒の役割を大人になっても維持して楽しんでいる?あるいは「世の中間違っている」と言う傾向の人が多いように見えます。
そういうことが許されるのは単純論理分野で貫徹する数学周辺分野程度しかないのですが、歴史その他社会問題には数学のような唯一の「正解がない」のに、相手の意見の粗探しばかりして反対する・・・そういうことをしたがるから社会のつまはじきになるので、余計世の中が間違っていると思いたくなるのでしょう。
一般にそう言う人は企業その他で孤立し少数派になって行くので多くは自己修正していくのですが、そう言う現実無視でも生きていける自由な職業につくと修正されるチャンスがないままになっていきます。
こう言う人の溜まり場になるのが「単純主張は若者の特権」と甘やかされる学生時代の全学連であり、(若い時に問題意識を持ち、社会に出て現実との折り合いをつけて成長していくの有意義ですが、折り合いをつけない未熟のままで終わる人もいます)社会人では形式上公僕とはいいながらも事実上優位性を持つ官公労系労組(中でも専門職種?顧客より優位性の高かった教職員が先鋭化しましたが、国民全般学歴がアップするとこの優位性が低下しました)であり、社会で揉まれることの少ない学者や医師弁護士等の専門職集団が折り合いをつけないまま中高年化していく比率が高まります。
同じ労組でも民間系は日常的に顧客に接し民意の影響を受ける関係で、唯我独尊的傾向が弱まるようです。
いわゆる文化人や官公労を支持母体とする社会党が何でも反対に陥った顛末です。
学校秀才が世間に出て適合できなかった場合、不適合という意味の弱者ですが、上記集団内で社会批判している限りは社会のエリート・前衛のつもり・「社会で孤立するのは多数は愚昧だから仕方がない、教えてやるしかない」という自己正当化で生きていることになります。
社会不適合を起こしている一部元エリートは、数学的・決まり切った単純理解能力にたけている反面、いろんな矛盾に満ちた庶民の気持ち・世論というかファジーな気持ちの吸収力が弱いからそうなるのですが、その弱い面を強調して「国民多数の気持ちを無視するな」というような自分らの最も弱い部分を隠蔽するためか?(自分らの主張が世論から孤立しているのに)真逆のスローガンを多用する特徴があるように見えます。
この傾向は、この何年も前からの中韓政府の反日行動に付随する日本批判のスローガンを見ると多くの人が「自分のことをいってらあ!」いう主張がネットで散見されますが・・日本という単語部分を「中韓政府や人民」に置き換えるとぴったりのことが多いのと似ています。

財務次官セクハラ発言とハニトラ疑惑4

5月2日に紹介したように「男のくせに・・」というだけでセクハラとなるなどセクハラといってもいろんなパターンがあり職場環境的には、雇用者の方で環境整備するのが第一の義務です。
性犯罪被害の場合、恥ずかしくて声を上げ難いのは普通ですが、セクハラ・・例えば職場で堂々とわい談したり、エログロ雑誌を職務上の机上に放置しないで!という苦情の場合、その苦情を恥ずかしくて言えないと言うものでしょうか?
やめてほしいと言った人が誰か分かると女性に限って二次被害を受けるでしょうか?
職場環境の問題ですから、環境をより良くしたいという意見は男女を問わず出てくるものです。
セクハラは職場等の閉鎖空間でおきるのが原則で、(道路を歩いていて見知らぬ人からセクハラ被害を受けるなどは滅多に想定できません)パワハラと根っこが同じ労働法の分野が基本です。
社会的関心は企業内の人事・労務対策の関心が基本でその亜流として派遣や取り引き先でセクハラ被害があった場合、その報告を聞いた営業部等の上司がどのように対処すべきかのマニュアルが発達しています。
このためにセクハラ・パワハラと並列的表現するのが普通です。
この種の内部告発が抑制されがちになるのは、恥ずかしいからではなく、その後譴責された上司等に嫌がらせされて出世に影響するなどの萎縮効果が基本であって、その点ではパワハラに対する抗議同様に男女性別を問わない性質のものです。
財務省に申し入れしにくかったようなテレ朝の言い訳はまさにこうした関係であって、男女の別を問いません。
「女性だから」前後会話の詳細を開示できる訳がないという無茶な論理で事実解明を遮ってしまい何も開示しない野党やメデイアの態度は、都合の悪いことを質問されたくない・・何かを隠したままイメージ操作を意図している印象が強く、違和感を抱いた人が多いでしょう。
次官のセクハラ発言といってもネット上の情報では男女関係を婉曲的に誘う発言のようですが・・(上記の通り根拠なく女性の特権?を振りかざして)「二次被害が心配」と言い張って次官が反論できるようなどちらが誘いをかけていたのかなどの事実解明に必要な前後会話をしないのは行き過ぎです。
録音発表では肝心の女性の声は出ずナレーションになっているというのですから、次官の主張・自分の声には違いないがその女性に対する会話でない・・飲食店で色んな人に話題を振られての応答がありうるというのと対応しておらず、その女性に向けられた発言かどうかの最重要争点が不明のまま先ずは責任だけ取らせようとする強引な展開・・文化大革命の吊し上げのようなやり方です。
その記者に対する発言かどうかの事実関係すらはっきりさせないで、(次官の音声ですら他の機会の音源との合成の指摘すら出ている中で、野党は次官の懲戒処分や大臣辞任要求をしていますが、これでは吊し上げの人民裁判と同じで法治国家と言えないでしょう。
ところで、メデイアや野党は女性が特定されると二次被害が心配だと言って、事実解明拒否したままですが、業界内ではその女性記者の氏名が周知だったことがすぐにばれました。
女性記者の氏名を誰かがテレビの発言中に故意か過失かつい発言ししてしまった結果、すでに実名かお写真がネットで出回っているようです。
これまで書いてきた通りセクハラ・パワハラは社内や取引先等の身分関係内でおきるものであって、匿名性が要求されるのは、加害者に相手方・・関係者に知られる・その後職場内不利益や嫌がらせが困るのであって、一般人に知られて被害を受けるとしてもかなり間接的です。
もともと被害者にとっては、個人被害の救済を求めるのが本質であり、過去分について損害賠償を求めるか今後セクハラ言動さえなくなれば良いものであって、社会の意識変革を求めるのは被害者の権利と言えるかは微妙です。
個人利益の救済目的であれば対外発表するのは、関係組織内でいろんな手段を尽くしてからのことになる・・それでも外部弁護士を通しての交渉や訴訟になる順序が普通です。
女性記者が組織内処理システムを全部利用したのに勤務先が対応してくれなかったというのか?その経過がどうであったかの説明が一切ないのも不自然です。
申し入れても対応してくれないとすれば、不満の矛先が勤務先に向かう・弁護士が受任してもまずは企業宛の請求から始まるのが普通ですが、いきなり週間新潮に情報提供→取材先・一種の取引先に向かう選択をしたことが異常ですし、まともな対応をしなかった勤務先が、セクハラ被害を受けていたという女性の代弁的記者会見をしているのもおかしな構図です。
うがった見方をすればあえて配置換えなどの対応せずに政治問題化を狙った共同歩調のような印象を受ける人が多いのではないでしょうか?
このような憶測を避けるために「女性が特定されると二次被害が起きるので表に出られない」という前提を置いて、勤務先が女性に代わって?事情説明するという形ですが、本来苦情対応を怠っていた最も女性の攻撃目標にされるべき勤務先が結果的に被害女性の代弁をするおかしな構図になっていないかの疑念です。
ところで、セクハラ問題は主に労働環境問題である・・苦情者特定によって嫌がらせを受けないように配慮する必要性が言われてきたと書いてきましたが、業界関係者周知であれば、想定される二次被害可能性の9割9分方終わっていることになります。
上記のように業界では女性の氏名が周知のことであったとすれば、女性の特定が困るので事実解明に協力できない・問答無用的懲罰を求めると言い張るのか不透明な主張です。
こうなれば(「女性の特定に結びつくから」と言う主張に根拠がないので)別人のナレーションではなく、女性の肉声と次官のやりとりそのままの録音を次官側に開示して怪しい編集がないか真偽を明らかにするために協力すべきでしょう。
そもそもその次官にとっては、相手の女性記者の氏名を熟知しているし、お店の名前もかかっている音楽も女将の声も知っているのですから、(一般公開しない)次官側に対して編集しない全面録音を開示してもお店の従業員の声のプライバシー開示の問題もありません・・編集しない録音を開示しないこと自体が不自然です。
ちなみにメデイア界では(競合他社の動静情報が重要なので)どこの社はどこの店を利用しているなどの情報があるのが普通でしょうから、以下の通り業界では周知になっている様子です。
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180419/soc1804190016-n1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsRelated
福田氏辞任の夜…“疑惑の舞台”バーはヒッソリ

2018.4.19
映像省略

誰に知られたら困るのかが不明です。
政界の動きは以下の通りです。
http://news.livedoor.com/topics/detail/14618293/

2018年4月23日 12時59分
立憲民主党の辻元清美国会対策委員長は23日午前、「行政の信頼回復なくして政策論議なしだ。大臣のけじめなくして国会論議なしだ」と述べ、野党が求める麻生太郎財務相の辞任などに与党が応じない限り、国会審議の拒否を続ける姿勢を示した。国会内で記者団に語った。

世界の警察官不在と世界秩序維持4(やったもの勝ち)

ここで、オバマ大統領の「世界の警察官をやめる」演説内容を見ておきましょう。

「世界の警察官」を返上 オバマ政権、曲がり角に

世界の警察官」を返上 オバマ政権、曲がり角に
2013年10月1日津山恵子(ニューヨーク在住ジャーナリスト
9月10日午後9時、オバマ大統領はテレビ演説でこう語り始めた。
「化学兵器による死から子どもたちを守り、私たち自身の子どもたちの安全を長期間確かにできるのなら、行動すべきだと信じる」と大統領は、化学兵器の禁止に関する国際ルールは維持すべきだと強調。しかし、武力行使に対しては、驚くような考えを明かした。
「米国は、世界の警察官ではない」
「私は、武力行使の必要性に対して抵抗した。なぜなら、イラクとアフガニスタンの2つの戦争の末、ほかの国の内戦を解決することはできないからだ」
こうした国民の厭戦気分に配慮したオバマ大統領だが、返上したものの対価も大きい。「警察国家」であることを否定することは、イコール、米国の世界における存在感の変化でもある。

ここで初めて演説内容を見ましたが、変な理屈です。
警察は、犯罪がなくならないとか紛争が解決しないからといって不要になるものではありません。
なんとなく日本の非武装平和論同様の観念的な理屈に自己陶酔しているようで、これが現職大統領の発言か?と驚きます。
オバマの言い分によれば、アメリカで銃撃事件がなくならないから警察・・刑事処罰不要と言うのでしょうか?
確かに警察官がいても麻薬取引や金融不祥事や汚職や銃撃事件はなくなりませんが・・。
「逆は真ならず」とも言います。
犯罪率の増減は、刑事政策や、経済政策の成否や道徳意識定着、家族愛その他諸々の総合施策の結果ですが、その解決の1手段として司法や警察制度があるにすぎません。
日本のように誰の目がなくとも法令を守る..拾ったお金などを警察に届けるなど道徳の行き渡った国もあれば、警官が多くても守らない・・生ぬるい法的手続きでは対応できないので現場射殺を認めるしかないフィリッピンなど世界はいろいろです。
警察や刑務所さえあれば、強盗や詐欺、交通事故その他犯罪がゼロになると思う人はいません。
アメリカは世界の平和維持の責任を一手に担いきれない・・単に負担が大きいので警察官の役割を果たせなくなった・負担に耐えられなくなったといえば済むことです。
報道のニュアンス・事実報道ではなくメデイアの希望する趣旨に編集した大手メデイアの一致した報道傾向・・1種のフェイクニュースだったのか?・・だけ何気なく見て来た私は、そういう演説だったのかと勝手に理解していましたが、「効果がないからやめる」といったのが事実とすれば驚くべきことです。
メデイアは何故その発言のママ報道しないのでしょうか?
経済政策も教育も医療や保険制度も、企業の新規事業挑戦も子育ても何でも「良かれ」と思ってやったことがそのまま良い結果が出ることの方が稀で、先行投資が失敗するなど逆に思いがけない悪い面が出ることが日常いくらもあります。
そこを何とか苦労しながら少しでも良くなるようにメゲずに努力して行くのが人生であり政治です。
うまくいかないから「やめた!」とは何と無責任な言い方でしょう。
もはや自国だけでは担いきれないから正義を維持するには有志連合が必要・・資金や人員拠出分担を求めると言えば良いことでしょう。
この意味では防衛費に関する応分の負担を求めるトランプ政治の方が現実的で合理的ですし、秩序のない平和はあり得ないので、日本国憲法が「世界平和を希求する」ということは世界秩序維持を求めることと同義ですから、日本の平和運動家も憲法を尊重するならば平和維持のために応分の(危険を含めた)負担を拒否すべきではありません。
最近海外平和維持のためにイラク派遣した場所の危険性を盛んに報道して野党はその批判に躍起ですが、その地域の平和維持の必要性を認める以上、日本だけ丸腰で「何の危険もないところへ行くべし」前提自体背理です。
なんの危険もないならば、普通の水道工事屋とか道路工事・民間に委ねれば足りるはずです。
国内であっても警官派遣要請は危険だから要請されるのであって、危険のない所しか行かないのでは警官派遣は不要です。
平和国家論と非武装論は同一ではないという前提の違い論がここにも出てきますが、非武装平和主義に対する「自宅の戸締りがいらないか」の質問には答えないのが普通ですが、仮に非武装主義者の家に強盗が来ても、あるいは暴力事件が起きても警察を呼ばないかという質問と同じです。
国際平和部隊派遣の場合には、いわば強盗集団が白昼公然闊歩しているような地域の治安維持のために派遣する(電話してから警官が来るのではなく一定期間常駐要請)のですから、これに対して日本が「危険地域に派遣しない」と言って拒否しながら「国際平和を唱える」ような矛盾した主張が国際的に通用するかの疑問です。
オバマが世界の警察官をやらないと言い出したら待っていたかのように、中国が南シナ海で実力埋め立て開始するし、ロシアもトルコも皆メッキが剥がれて地金が出て来ました。
世界中で無法者が公然と蔓延るようになったというか、予備テストできたことになります。
ロシアは資源価格下落で「お金がないから我慢しましょう」という代わりに「欧米の不当な制裁に対抗するためだから我慢しましょう」というレトリックです。
いずれも民族感情を煽って政権維持を図っている事になりますが、こんなことでは国内不満のボルテージが上がるばかりですから、ガス抜きのためにプーチンがパフォーマンス的に対外武力行使に走っているイメージです。
威嚇をやればやるほど国際孤立が進むし軍事費がかさむばかりで却って墓穴を掘るので、より一層過激パフォーマンスに出るしかなくなる可能性が高まってきました。
日本と軍事的争いもないのに、この半年くらいかな?いきなり北方領土周辺での軍事訓練が頻繁になってきました。
世界中に向かって露骨な軍事アッピールするしか、国内不満を抑えるための打つ手が無くなったのでしょうか。
(その間に原油相場が持ち直せば良いという淡い期待でしたが・この数ヶ月原油相場が上がってきたので内心ほっとしているでしょう。)
日本の場合、自民幹事長二階氏の使節団200人がロシア訪問すると昨日の日経新聞に出ていましたが、最近のロシアの軍事訓練に対する日本人の冷めた視線が背景にあるので成果は乏しいものと思われますが、ロシアとしては「軍事威嚇をしたから驚いて使節団がきた・・この成果があった」と国内宣伝に利用することになるのでしょう。
やればやるほど世界的に孤立化が進む・・場合によっては経済制裁を受けるようになって、さらに困窮度が高まっている点は今の北朝鮮大型版です。
そこで、アメリカ・オバマがシリアから手を引くと言い出した隙を突いて(これならばアメリカは文句言えないだろうと言うこと?で)15年夏ころからシリア介入を始めたのですが、その後の国連の停戦合意を破るどころか、今年2月には4月16日紹介したように米軍現地基地に対してまでロシア民兵名目で攻撃を仕掛けるなどロシアの傍若無人ぶりが目に余ってきました。
これら一連の行為に対する米国の回答が、今回のシリア空爆だったことになるのでしょう。
化学兵器使用を命令した関係者や使用による軍事効果・支配地を放置する・利用効果そのままではやり得ですから、今後の抑止力にはなりません。
化学兵器製造工場の空爆だけでは(シリアは事前に物資を退避させていたと言われます)米国の関与限界も見えて来ました。
ヤクザの抵抗が怖くて?事前通告してから、銃や覚せい剤など隠匿していないかの組事務所ガサ入れするようなやり方です。
今度の北朝鮮との首脳会談もこのような表向きの効果を狙った見せかけ合意になるのでしょうか?
外面を取り繕う行動ばかりが増えると、米国の地位がいよいよ低下していきます。
対日核兵器使用の場合で言えば、相手に対して米国が「今後やるなよ!というだけで終わるのならば、やったもの勝ちです。

煽りが政治を左右する社会4(韓国 )

例えばハンギョレ新聞が報道する安倍政権打倒の新宿駅前の情景らしい以下の写真を見てください。
全共闘世代の生き残りというか、メデイアにそそのかされていたに過ぎないことを認めたくない人たち・・高齢者が今も頑張っている実態が、以下の写真で明らかになります。
http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/30167.html

コラム]“ろうそくデモ” の前に立たされた安倍首相
登録:2018-03-29 23:04 修正:2018-03-30 07:32

※今回回復時(18年9月26日)にはなぜか画像が入りませんので直接上記引用先にお入りください

以上の写真を見ればネットで一般に言われているように左翼系集会には高齢者ばかり集まっている現状が浮き彫りです。
メデイアが行う高齢者中心にした世論調査の弊害が言われていますが、この写真自体で高齢化率の高さ・・現実がわかります。
こういう暇な?高齢者をターゲットにして「◯月◯日◯時に新宿駅〇〇に集まって下さい」と動員をかければ500や1000人集めるのは容易で、これを写真にして大規模騒動と言う報道に使っているのでしょうが、これを国民世論・民意と言えるのでしょうか?
こう言う実態無視の報道をしているから、選挙すると結果が大違いになるのです。
これが日本の現状(韓国メデイアの願望?)リポートとして韓国では報道されているのでしょうか?
こんな報道ばかり見ている韓国人は、安倍政権が今にも倒れるかと思っていたのに朴政権の方が先に倒れたのには驚いたでしょう。
驚いたというよりは、自分たちはろうそく運動で朴政権を倒したので、自分らの方が民主主義が進んでいるとの自信を持つ理由にしているのでしょうか。
もともと日本に住んでいる人でも、その時々の民意の阿智世辞がどう言う方向へ向かっているかがわからないのが普通で、だからこそ勝ち馬に乗りたい心理を利用してメデイアがしきりに、安倍政権支持率急落報道誘惑に駆られるのでしょう。
韓国に限らず日本メデイアも(アメリカやドイツ、フランス、中国、韓国など外国のことは、2〜3回行ったことがある程度では最近の政権支持率の実際まで多くの国民には分かりっこないので、好き勝手な報道ができるので)これと似たようなヤラセ的報道をしているのかもしれません。
これが行き過ぎてきたので、メデイア報道にそれほど影響を受けなくなってきた・・ここ数年の世論調査結果報道通りの選挙結果出なくなってきました。
今や世界中の国民は世界ニュースの真実性に疑問を持つようになるのは仕方がない・・フェイク性はどうにもならないないところまで行き着いているのでしょうか。
韓国の非合理感情暴発現象は日比谷焼打ち事件の頃の日本や文化大革命の中国に似ている印象です。
https://ameblo.jp/katsumatahisayoshi/page-3.htmlからの一部引用です。
勝又壽良の経済時評

2018-03-28 05:00:00
韓国、「サムスン危機」半導体依存の限界と賄賂事件で批判集中

『韓国経済新聞』(3月22日付)は、「内憂外患に苦しむ『創業80年』サムスン」と題する記事を掲載した。
(3)「『サムスンバッシング』という名分ので、あらゆることが許される雰囲気である。韓国大統領府は進行中の裁判に影響を及ぼし、政府官庁はすでに判断した内容を(サムスンに)不利なように変える。国会はサムスンだけを狙った法案を作り、政治家らはサムスンを批判する発言を浴びせて人気を得る。『サムスンバッシング』が度を超えたという指摘は出るが声を高めることすら難しいほどだ。
・・・・このパラグラフで取り上げられている例は、「全体主義」国家を想像するほどの狂気を感じる。サムスンを悪者にして憂さ晴らしをしている感じである。戦時中の日本は、ひたすら国家へ奉仕する「滅私奉公」を強制された。韓国では今や、「サムスン擁護」の言動は一切許されないところまで暴走している。「親日」が許されないと同じ構造である。
(4)「サムスンに対する各種攻撃は、サムスンに敵対的な世論を通じて強化される。中立的やサムスンに友好的な発言をする人たちは『積弊』として攻撃を受ける。これに対しサムスンを批判する行為は英雄的なことと賞賛を受ける。
バランスを取った発言は姿を消し攻撃的発言ばかり集中的に生産されるほかない構造だ。2月李在鎔副会長に執行猶予判決を下した鄭亨植(チョン・ヒョンシク)部長判事はさまざまな人身攻撃に苦しめられた。裁判所内部関係者は内部掲示板にテロを暗示する書き込みをした。青瓦台に鄭判事の罷免を要求する請願にも22万人が署名した。ネットユーザーは鄭判事の親族まで探し出して攻撃したりもした。判事出身の法科大学院教授は『判決が自分の考えと違うからと判事を非難し威嚇するのは法治主義と司法の独立に対する深刻な挑戦だ』と懸念する」
2月、李在鎔副会長に執行猶予判決を下した鄭亨植(チョン・ヒョンシク)部長判事は、さまざまな人身攻撃に苦しめられているという。韓国では、政治と司法が結びついているという後進性を見せている。本来、「三権分立」によって、司法・行政・立法はでそれぞれ独立しているべきもの。
韓国では、この原則が無視されている。行政と司法が通じているからだ。司法は行政の影響を受けやすく、独立の裁判結果はなかなか得られない危険性が高い。そういう中で、世論に従わず、証拠と法理論だけに基づく厳正な裁判を行なうと、世論が承知しないのだ。韓国では、こういう人民裁判的な混乱が付きまとうのである。裁判結果を冷静に受け入れる習慣がない国である。
(5)「政治家と一部メディアは鄭判事に向けた批判の水位を上げながら反射利益を得た。安敏錫(アン・ミンソク)民主党議員は『法廷に向け唾を吐きたい』と話し、同党の朴映宣(パク・ヨンソン)議員は『裁判所にサムスンと癒着した判事がいる』と攻撃した。魯会燦(ノ・フェチャン)正義党院内代表は『誤った判決で国民の平均寿命が数カ月縮んだ』という話までした。ラジオとテレビ放送で一部出演者と司会者は『政経癒着以降にサムスン・裁判所癒着』『歴代級のゴミ裁判」など露骨な単語を動員した。
KBSはストが終わった後に放映された最初の『追跡60分』で『サムスン共和国』2部作を扱った。
SBSも最近のニュースでは異例な30分を割愛してエバーランドの地価水増し疑惑をシリーズで報道している。
サムスン電子関係者は、『サムスンを批判する番組が相次いでいるのに“サムスンがメディアを統制している”という話が出るのであきれる』と話す」

以上が、勝又氏の意見ですが私も同感です。
感情の赴くままに騒動を起こせばいいと言う状態は、本当の意味の民意を汲み取れないから不満の暴発になるのであって、民主主義とは似て非なるものです。
交通事故死や公害や貧困に苦しむ人がいれば、それら被害をもっと減らしていく努力するのが本来の政治運動だと思いますが、日本では不満層が少なすぎるので韓国のように無茶な騒動に広がらない・・そこで不満を減らす努力よりは、不満層を増やす・あるいはヤラセその他で実態より誇張して報道するなどの政治運動が中心になっているイメージです。

メデイアと学者の煽り4(日露戦争と帝大7博士意見書)

帝大7博士意見書に関するウイキペデイアの意見は著者不明ですが、上記7博士意見書に対する3月31に日現在では以下の通りです。

「七博士意見書」は戸水が主導した跳ね返り大学教授が、せいぜい新聞情報程度で書き上げたとしか思えない。その証拠として、次のような政府関係者ではまずしない誤りを犯している。
遼東還付条約について?であるが、日本は干渉と下関条約批准を分離したことを忘れてはならない。すなわち、三国干渉があった段階で下関条約で認められた割地を取り下げる約束を三国にしていたのである。この段階で、新たに遼東半島不割譲を清国に認めさせることは、下関条約を否定することであって、日本の行動としては自家撞着なのである。
ドイツが膠州湾を租借したとき、その弱小な海軍力に乗じ?開戦しろとの意見である。これは空論であろう。というのは、まだ2年ほどしか経過しておらず、ロシアがドイツに共同して参戦する可能性について否定できないのである。そのうえ当時、ジョセフ・チェンバレンがドイツと英独同盟をめぐり交渉中であり、イギリスの助力を得られたか疑わしい。
北清事変北京議定書評定の段階では、中国と和平について条件をつめていた。ロシア兵も北京の保障占領を実行して圧力をかけており、日本とロシアは同じ地平にたっていたのである。この段階で、ロシア兵の北京撤退を要求できない以上、満州撤兵?について圧力をかけるなどできる話ではない。
軍事力において日本が有利との指摘?であるが、間違いないことはロシア人はそうはみていなかったことである。さもなければ、開戦までの交渉においてロシアがいかなる譲歩もしなかったことについて説明がつかない。さらに、日本有利とする根拠は極東だけの比較であって、陸にせよ海にせよ、ヨーロッパからの援兵が即時あれば、不利は免れない。すなわち日本有利とするには、援兵の時間を考慮せねばならず、これは多年の研究をもってしても学徒に出来ることではない。
日英同盟条約第1条で、条約発動用件は列国の朝鮮への侵略的行動と中国における騒乱と限定しており、七博士のいうように、?単純にロシアに攻めかかっては、イギリスは局外中立を守る必要は生じない。軍事同盟は締結することによって戦争の抑止を図るが、それには日英同盟は失敗しているのである。
?はロシアの満州進出阻止を戦争の目的とせよというが、日英同盟はそれを許していなかった。さらに日本政府要路は、満韓交換論で日露が妥協できるとみていた。七博士は、そのときの外交交渉についてまったく無知であり、こういった議論するにあたっての十分な情報を欠いていたのである。
?清国の法は未だかつて露国兵の鉄道を保護することを認めず、というが、清国はロシア兵の鉄道保護のための駐兵を、李鴻章・カシニー密約で認めており、条約が国内法に優先するのは当然である。李鴻章・カシニー密約について知らないことはともかく、現状でロシア兵がいることをもって、想像をつけねばならないことと思われる。

七博士は十分な情報がなく、また日本政府の妥協案「満韓交換論」をロシアは拒否し、あくまでも朝鮮半島全域にこだわったことについて無知であった。そのうえ当時の学問レベルでも法理を十分に理解していたとはいえない。
ジャーナリストも同様であるが、学者が基本的情報を与えられずに外交方針を論じることは危険なのである。

政治外交を論じるのは勝手としても、それは聞きかじりを前提とするに過ぎない以上は、素人の憶測と変わらないものであって「学問発表とは言えない」し、帝大教授の権威を誇ると世論を間違った方向へ誘導する危険があるということです。
まして学問研究の成果発表ではないのですから、「学問の自由」とはなんらの関係もありません。
ここで学問の自由を標榜したこと自体、その後の学問おかちおを知恵む方向の始まりになっていったでしょうし、現在もメデイアが自己主張を通すために学者意見や声明を動員するる悪習に結びついています。
信長秀吉以来宗教界が政治に口出しする悪習を完全に断ち切って来た(徳川に入って最後の事件として紫衣事件を紹介しました)のですが、今は「学問の自由」を錦の御旗にして政治に介入する悪習を断ち切る必要のある時代に入っているように見えます。
信教の自由・宗教弾圧が起きるのは宗教が政治に介入するから起きることであり、日本では「宗教家は宗教そのものしかりやれ」という信長以来その心配がなくなっています。
・・・・ここで、再び客観事実紹介に戻ります。
ウイキペデイアによるポーツマス条約から引用の続きです。

ロシア全権大使ウィッテは、7月19日、サンクト・ペテルブルクを出発し、8月2日にニューヨークに到着した。
ただちに記者会見を試み、ジャーナリストに対しては愛想良く対応して、洗練された話術とユーモアにより、米国の世論を巧みに味方につけていった[10][11]。ウィッテは、当初から日本の講和条件が賠償金・領土割譲を要求するきびしいものであることを想定して、そこを強調すれば米国民がロシアに対して同情心をもつようになるだろうと考えたのである[10]。実際に「日本は多額の賠償金を得るためには、戦争を続けることも辞さないらしい」という日本批判の報道もなされ、一部では、日本は金銭のために戦争をしているのかという好ましからざる風評も現れた[10]。
それに対して小村は、外国の新聞記者にコメントを求められた際「われわれはポーツマスへ新聞の種をつくるために来たのではない。談判をするために来たのである」とそっけなく答え、なかには激怒した記者もいたという[10]。小村はまた、マスメディアに対し秘密主義を採ったため、現地の新聞にはロシア側が提供した情報のみが掲載されることとなった[10][注釈 7]。明らかに小村はマスメディアの重要性を認識していなかった
講和会議
8月26日午前の秘密会議も午後の第9回本会議も成果なく終わった[11]。 交渉が難航し、これ以上の譲歩は不可能と判断した小村は、談判打ち切りの意を日本政府に打電した。政府は緊急に元老および閣僚による会議を開き、8月28日の御前会議を経て、領土・償金の要求を両方を放棄してでも講和を成立させるべし、と応答した。
全権事務所にいた随員も日本から派遣された特派記者もこれには一同衝撃を受けたという[1
8月29日午前の秘密会議、午後の第10回本会議では交渉が進展し、南樺太割譲にロシア側が同意することで講和が事実上成立した。
これに先だち、ウィッテはすでに南樺太の割譲で合意することを決心していた[19]。第10回会議場から別室に戻ったウィッテは「平和だ、日本は全部譲歩した」とささやき、随員の抱擁と接吻を喜んで受けたといわれている[11]。アメリカやヨーロッパの新聞は、さかんに日本が「人道国家」であることを賞賛し、日本政府は開戦の目的を達したとの記事を掲載した[18]。皇帝ニコライ2世は、ウィッテの報告を聞いて合意の成立した翌日の日記に「一日中頭がくらくらした」とその落胆ぶりを書き記しているが、結局のところ、ウィッテの決断を受け入れるほかなかった[19]。9月1日、両国のあいだで休戦条約が結ばれた。
1905年9月5日(露暦8月23日)、ポーツマス海軍工廠内で日露講和条約の調印がなされた。ロシア軍部には強い不満が残り、ロシアの勝利を期待していた大韓帝国の皇帝高宗は絶望した

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