外国人の政治活動4(マクリーン判決の限界2)

昨日見た現行の出入国管理難民認定法でも、「更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」と限定的記載で、更新は「特例あつかい」です。
相当の理由の存在は申請側の主張立証責任となりますので、法文上は大臣裁量の幅が大きそうです。
ただ、ちょっと考えれば分かるように家族が日本人で母親だけ外国人の場合、よほどのこと(主張立証責任は大臣の方になります)がない限り更新申請には、相当の理由があることになるでしょうし、その他事業経営者や駐在員任期延長(担当プロジェクト進捗状況)の必要など様々な事情が該当することになりそうです。
以下の論文中には、更新拒否や入国拒否用ではないものの、退去強制事由に関するガイドラインが紹介されていますので参考までに引用しておきます。
http://law.meijo-u.ac.jp/staff/contents/64-4/640401_kondo.pdf

自国に入国する権利と在留権:
比例原則に反して退去強制されない権利
近藤敦

日本の入管の行政実務上、 退去強制事由に該当する場合でも、 法務大臣が在留を特別に許可するかどうかの判断に際しては、2009 年に改訂された 「在留特別許可に係るガイドライン」 において 「特に考慮する積極要素」として、 以下の 5 項目が示されている。
(1) 当該外国人が、 日本人の子又は特別永住者の子であること
(2) 当該外国人が、 日本人又は特別永住者との間に出生した実子 (嫡出子又は父から認知を受けた非嫡出子) を扶養している場合であって、次のいずれにも該当すること
ア 当該実子が未成年かつ未婚であること
イ 当該外国人が当該実子の親権を現に有していること
ウ 当該外国人が当該実子を現に本邦において相当期間同居の上、 監護及び養育していること
(3) 当該外国人が、 日本人又は特別永住者と婚姻が法的に成立している場合 (退去強制を免れるために、 婚姻を仮装し、 又は形式的な婚姻届を提出した場合を除く。) であって、 次のいずれにも該当すること
ア 夫婦として相当期間共同生活をし、 相互に協力して扶助していること
イ 夫婦の間に子がいるなど、 婚姻が安定かつ成熟していること
(4) 当該外国人が、 本邦の初等・中等教育機関 (母国語による教育を行っている教育機関を除く。) に在学し相当期間本邦に在住している実子と同居し、 当該実子を監護及び養育していること
(5) 当該外国人が、 難病等により本邦での治療を必要としていること、又はこのような治療を要する親族を看護することが必要と認められる者であること

上記ガイドライン該当の場合に、政治活動したという不明瞭概念で相当性拒否の理由にするのは、今の時代、無理があるのではないでしょうか?
政治という定義の曖昧さによるのですが、政治、経済学者の訪日講演やシンポジューム参加も政治に与える影響が大きいですが、政府が世界の有名学者から消費税増税延期の箔付けに聞くのは良くて、野党系が反政府運動のために聞くのが違法あるいは在留更新拒否や次回の入国拒否理由になるのでは、法の基準がない・憲法保証の範囲かどうかのテーマ以前に基準が恣意的すぎて法治国家と言えません。
例えば以下の通りです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46435

消費税の増税延期をめぐって始まった茶番劇
スティグリッツもクルーグマンも日本の格差を知らない
2016.3.25(金) 池田 信夫
政府は3月、「金融経済分析会合」という異例の会議を3回も開いた。そのうち第1回に呼ばれたのがジョセフ・スティグリッツ、第3回はポール・クルーグマンというノーベル賞受賞者で、彼らはともに「消費税の増税は延期すべきだ」と提言したと伝えられている。

以上のとおりですから、今どきマクリーン判決を現在の基準として持ち出すのは無理があるでしょう。
なぜ最高裁判決が変更されてないか?と疑問に思う人が多いでしょうが、裁判所は訴える人がいなければ裁判しない・・裁判になれば負けるのが明白すぎて政府が政治活動を理由に拒否しないとすれば、裁判にならないから判例変更もない可能性があります。
政策的に考えても短期ビザ入国者が、激しい政治活動しても許可取り消しするまでもなく、帰ってしまってもデータ化しておけば、2回目の訪日時に入国拒否すれば間に合う(・・・殺人や傷害窃盗など具体的犯罪行為がない程度であれば)その程度のゆるい対応で十分ということでしょう。
入国拒否の場合トランプ政権のアラブ諸国に対する入国制限措置が問題になったように、事前に決まった基準に該当しないと、法的安定性を害する問題が起きます。
トランプ政権の入国拒否は、事前発給済みのビザ所持者が米国空港に着いてからの入国拒否ですから問題が大きかったようなイメージですが詳細までは知りません。
ビザ発給許否は裁量の幅が広そうですが、具体的政省令を知りませんが、法レベルでは以下の通りです。
出入国管理及び難民認定法 (昭和二十六年政令第三百十九号)

(上陸の拒否)
第五条 次の各号のいずれかに該当する外国人は、本邦に上陸することができない。
1〜13省略
十四 前各号に掲げる者を除くほか、法務大臣において日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者
2 法務大臣は、本邦に上陸しようとする外国人が前項各号のいずれにも該当しない場合でも、その者の国籍又は市民権の属する国が同項各号以外の事由により日本人の上陸を拒否するときは、同一の事由により当該外国人の上陸を拒否することができる。
(上陸の拒否の特例)
第五条の二 法務大臣は、外国人について、前条第一項第四号、第五号、第七号、第九号又は第九号の二に該当する特定の事由がある場合であつても、当該外国人に第二十六条第一項の規定により再入国の許可を与えた場合その他の法務省令で定める場合において、相当と認めるときは、法務省令で定めるところにより、当該事由のみによつては上陸を拒否しないこととすることができる。

14号では「国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがある」「と認めるに足りる相当の理由がある者」に対して上陸拒否できるのですが、「何が国益か」「公安を害するか」は人(政治的立場)によって正反対になることの多い概念です。
上記消費税増税可否をはじめとして、児童売買春の実態調査・発表のために訪日して調査発表するのは国益に反するでしょうか?
いずれも政治的立場によって有利不利の意見相違する分野ですし、児童売買春でいえば、国内の実態を知ることは、日本社会にとって有益なことですが、酷い実態が(出るのを)を知られたくない勢力にとっては、国益に反することになるのでしょう。
反対勢力は、事実に基づかない虚偽発表が国民や世界の対日評価を歪めるのが良くない・・あるいは事実としてもその事実は国内にとどめるべきで海外発表するのは国益に反するということでしょうが、虚偽かどうか国家秘密にすべきかどうかは思想表現の市場→法で決めて行くべきでしょう。
公安を害するかの基準も同様で、例えば沖縄反基地闘争に韓国人が検挙されていることが国会質疑によって知られていますが、日本国益のためにやっているかどうかは、立場によって違うでしょう。

外国人の政治活動4(マクリーン判決の限界1)

在日はニューカマーと違い「特別な権利(歴史)がある」というために、昨日紹介したような歴史研究発表・日本の歴史教科書介入運動に精出しているように見えます。
しかし、日本国家予算に頼る大学等に寄生しながら朝鮮半島ルーツの研究者中心の学会の一方的研究発表では、逆に日本人の反感を買う方向に働くのではないでしょうか?
20年ほど前に、幕張で開催された何かの講演に出てきた韓国系の講師が「如何に日本民族が劣っているか」を「得々と語っていて」参加した人が唖然としたと言っていましたが、だからと言って日本人聴衆が一人としてブーイングせずに黙って聞いて終わると礼儀上拍手するので彼らとしては大成功していると思っているようです。
日本人は彼らが日本人より優れていると思って聴きに行くのではなく、彼らがどう考えているのかを知りたくて聴きに行く人が多いのを誤解しているようです。
彼らは事故の考える歴史認識を前提に「日本人は歴史を知らないから本当の歴史を教えてやらねばならない」と思い込んでいるようです。
日本人の方は在日の歴史など研究対象にしたい学生がいないだけのこと・・・彼らの優越意識は実体のない観念に過ぎないので、(それを感じている)彼らは絶えざる優越観念の再構築に迫られている結果、内部教育の再生産(幼児期から対日優越性を繰り返し教え込むこと)に精出すしかない立場に追い込まれているように見えます。
彼らのことを「劣等感の裏返しで威張るしかないからと・・」日本社会の方も大目に見ていた・国内無視に耐えられなくなったのか、国際的宣伝活動をするようになったように見えます。
まともに相手にするとこちらも品位が下がるので「嘘はバレるので言わせておけばいい」という国民が大勢でしたが、国際的宣伝が悪影響を及ぼし始めたので、日本全体が放置できなくなったのが慰安婦騒動でした。
騒動が大きくなるとその震源地?である国内運動母体に対して「いい加減しろ」と言わずにいられない勢力も出てくる・・それが「在特会」の運動であり、激しい運動に参加する人だけではなく「反日宣伝をいい加減してほしい」と思っている人から大幅な支持を受けたので驚いてヘイト規制運動になったものと思われます。
本来こういう時には融和を目指すべきでしょうが、逆張りでヘイト言論規制を求めたり、さらなる被害研究拡大を目指す方向では民族融和に背を向けることになりそうです。
外国人が居住地で行う政治活動の問題点は、政治活動を規制または禁止しろという意味ではなく、「郷に入りては郷に従え」というように、その国文化否定精神で良いのか?という程度の意味です。
「住んでいる社会に敵意を持っていたのではうまくいかないよ!」というだけです。
その社会の文化を尊重した上で、その社会をより良くするためにする政治活動に誰も反対はないでしょう。
ですから、政治活動一般が悪いわけではないのです。
以下引用する意見は、外国人が政治運動できないという主張のようですが、公職選挙法違反と一般の政治運動が違法になるのとは同じではない(一般政治運動が直ちに違法になるわけではない)ので、そこで論理のズレがあるように思われます。
右翼系はこのマクリーン判決を錦の御旗のように掲げるのが多いのですが、誤解に基づくようなので参考のために彼らの主張を引用しておきます。
http://toyouke.ldblog.jp/archives/37419551.html

知識:在日外国人の政治活動は合法?違法?
2015年07月29日 12:00  記者:赤松伊織  カテゴリ:論説
在日外国人に政治活動を行う権利はない。なお選挙運動(ビラ配りやポスター貼り、演説なども)も違法だ。当然ながら外国人とは日本国籍を有さない者。公職選挙法(リンク:法令データ提供システム)では、「選挙権及び被選挙権を有しない者の選挙運動の禁止」に第百三十七条の三「第二百五十二条又は政治資金規正法第二十八条 の規定により選挙権及び被選挙権を有しない者は、選挙運動をすることができない。」とある。外国人は日本国籍を有しておらず、それにともない選挙権・被選挙権も有していないため、選挙運動は違法行為にあたるのだ。
では、政治活動はどのような理由で認められていないのだろうか。
「マクリーン事件(リンク:Wikipedia)という出来事がある。この事件は1970年代に起きた。日本における在日外国人の政治活動の自由と在留許可をめぐる裁判だ。判決では、「外国人の基本的人権は在留制度の枠内で保障されるにすぎないので、在留期間中の合憲・合法の行為を理由として、法務大臣は在留更新不許可処分を行うことができる」「外国人の政治活動の自由はわが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等を除き保障される」となった。この2つ目の判決に注目である。
在日外国人の政治活動は、国に関する政治的な動きには携わってはいけないというものなのだ。つまり、政権や政党に対し意見を述べたり、特定の政党を支持あるいは不支持活動を行ったりするなどは出来ないということである。もちろんビラ配りやポスター貼り、演説その他インターネットにおける政治活動も、国政に関することは禁止である。」
当然といえば当然だ。もし悪意ある外国人が政治を乗っ取るために日本に入国していた場合、外国人に政治活動の権利があるとすれば国が崩壊させられる危険性がある。在日外国人内部で自治的な動きのために政治活動が許可されるのみなのはどこの国であっても一緒だ。
・・・・在日韓国・朝鮮人らは「差別撤廃」を名目に、1977年頃から「外国人参政権」を求め活動を繰り広げている。
・・・・、国に対しこのように参政権を要求することも政治活動の一環であるため本来は違法だ。
近年では「反安倍政権」を掲げ在日韓国・朝鮮人らが国会前や地方でデモを起こしているが、これも本来であれば違法行為である。違法になるべきはずの在日外国人の内政干渉、争乱・内乱行為が見逃されてしまっているのが実態だ」

最高裁判決は在留更新許否の裁量にあたって在留期間内の政治運動の程度内容によっては更新許可しない理由にすることが許されるとした(に過ぎない)ものであって、許可条件違反の取り消し事件ではありません。
ですから、上記最判だけで(出入国管理難民認定法をちらっと見た限りでは政治運動禁止条項が見当たりません・私の見落としかもしれませんが・・政治運動禁止許可条件がない可能性が高いので)政治運動=違法行為と断定はできません。
公職選挙法の場合、選挙活動要件が細かく決まっていますが、一般の政治運動の場合、定義が広く要件がはっきりしないので、サジ加減次第で違法→許可取り消し→強制送還が許されるとおかしな結果になる・基本的人権かどうかのテーマ以前に法治国家とは言えなくなるので法技術上無理があるでしょう。
更新拒否ならば、裁量の幅が広いので認定上の無理が少なくなりますが、以下に書いていくようにその裁量さえ政治を理由にできるかの時代がきています。
上記最判は(昭和53年10月4日大法廷判決)事件番号  昭和50(行ツ)120)の旧法時代のもので、現行法(条文に大差なくとも国民の法意識が高度化してきているので)でも同程度の裁量が認められるかは不明です。

出入国管理及び難民認定法 (昭和二十六年政令第三百十九号)
(在留期間の更新)
第二十一条 本邦に在留する外国人は、現に有する在留資格を変更することなく、在留期間の更新を受けることができる。
2 前項の規定により在留期間の更新を受けようとする外国人は、法務省令で定める手続により、法務大臣に対し在留期間の更新を申請しなければならない。
3 前項の規定による申請があつた場合には、法務大臣は、当該外国人が提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる。

ヘイトスピーチ規制4と自由市場論

「中身のない・・耳を疑うようなことばが次々と出てくる」という意見がヘイト規制必要論の基礎になっているようですが、もともと野党やメデイアが内容のないスローガンを多用してきたのを聞き慣れていて、そう言うものかと自然に身について真似しているだけです。
民主党の「日本死ね」も在特会の「耳を疑う」発言もどちらも国民支持を求めてやっていることでしょうから、「日本シネ」が良くて「韓国死ね」がなぜ悪いかをメデイアが決めるのではなく国民がどちらに嫌悪感を持つかの言論の自由市場で決める問題でしょう。
どちらも意味のない言語での決めつけですから、意味のない意見を受け付けない民度レベルに引き上げて行くのが正道でしょう。
そういう根拠のない意見に踊ろされる国民かどうかによることですから、民度の向上努力をするのが先決であって、これをしないで安直な即効的効果を求めて法で禁止・・強制すると色んな問題が起きてきます。
道徳律というものは、法で強制しない・・文化力で解決しているうちが「花」でしょう。
いきなり法規制するのではなく、直接的攻撃言語を使うのは「人として問題がある」「下品だ」という道徳・・言語マナーの向上運動教育などするべきことが色々あると思われます。
私の記憶によるので時期がはっきりしませんが、いわゆる「街宣右翼」と称する組織が約40年間ほど「どぎつい言語でかつ恫喝するかのような恐ろしい声音」で街頭を走り回っていましたが、規制しなくともそんな運動を誰も支持しなかったので、10年ほど前からほとんど見かけなくなりました。
品がないか内容がないかは国民が選ぶべきことでしょう。
ロバートキャンベル氏の意見は在特会等の主張に対する批評として意味があるとしても、それを理由にして発言を規制しなくてはならないものとは思えません。
彼は規制根拠を述べたのではなく、単に在日批判演説の特徴を述べただけだと思いますが、「内容のない意見や耳を疑う意見」は全て「規制しなければならない」とすれば変な社会になります。
内容のないことしか言わなければ市民に対するに訴求力がなくなり、自然消滅して行きますからこれを規制する必要がない.規制理由にはなりません。
これこそが思想表現の自由市場論だったのではないでしょうか?
漫才やコントも吉本興行も、あるいは選挙時の代議士の街頭演説も内容がないと言えばないでしょうが、何を求めて聞くかは聴衆の自由です。
シンガポールでは20年以上前からタバコ吸い殻のポイ捨て処罰法を施行してニュースになっていましたが、自発的道徳心の向上を待てない社会では何でも為政者による強制が必要(後進国では独裁が効率良い所以)でしょうが、自発的道徳心の高い民度の高い社会では強制から入るのは愚策です
左翼系は反権力を標榜していますが、一方でなんでも自発的努力や市場淘汰に委ねずに規制強化・強制することが大好きです。
日本でもこの10年くらいで地方自治体レベルでポイ捨て禁止条例等が制定されるようになっています。
今回の禁煙規制でも自民党は徐々にしていこうとしますし、メデイアはこれでは骨抜きだと騒ぎます。
最低賃金も好景気を演出して自動的に賃金が上がるのを待つよりは、野党は引き上げ要求(好景気による自律的賃上げを待つよりは強制的引きあげ要求)し、働き方改革でも「自由化反対」一色です。
例えば、最低賃金引き上げを要求する各地弁護士会の声明がネットで出ていますし、労働形態のフレキシブル化を目指す働き方改革反対も同様です。
革新系が何故規制強化が好きなのか(もしかして国家による計画経済・思想・文芸何でも統制してきたソ連型政治を理想化するDNAによるのか?)不明ですが、何かあるつど規制不足していた→「もっと規制強化しろ」と政府批判する傾向があります。
話し合いや社会の自然な流れを利用しないで、なんでも規制強化で促成効果を狙うのは簡単なようでいて結果的に、社会の亀裂を深める低レベルな方法です。
何でも法で強制する風潮・特に政治意見対立関係について根気よく話し合わないで表現方法について法で強制するようになると、処罰規制される方に不満が溜まり、社会がギスギスし、長期的に相互不信社会に変容して行き、社会の安定感が壊れていきます。
一定の反応者・支持者がいる段階でヘイトだからと、強制的に発信手段を遮断されると支持者に不満が残りますが、強制手段によらずに道徳律が行き渡り粗野な言動に国民の多くが眉をひそめて迷惑に感じるようになれば、自然に粗野な言動が減っていきます。
民意が受け入れてくれない以上は、彼らは自己の発言がうけいれられるように紳士的発信になっていくでしょうし、自発的に修正を試みるので恨みが内向しません。
日本で過激派学生運動が下火になっていったのは、規制法が制定されたからではなく、国民が過激主張に賛同しなかった現実・・過激派支持がなくなったので、勢いを失ったのです。
内容のない演説ばかりであれば、放っておけば次第に過激発言支持が下がっていくべきなのに規制が先走りすると、「不公平ではないか」と感じる支持層の参入+感情論が勢いを持ち、却って過激派支持が長引くようになりカネません。
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3598/1.html引用の続きです。

龍谷大学教授 キム・サンギュンさん
「彼らのやってることは非常に突拍子もないと思いますけども、その背景にサイレントマジョリティーがいると思いましたね。
自分たちの生存権が侵害される。
もしかしたら何か大変なことに、被害遭うんちゃうかという、そういうふうな危機感なり不安感って非常に強いですね。」

上記記事を見ると在日批判論に対する反対派の意見でも「サイレントマジョリテイ」の支持が背景にあることも書かれていますが、支持者が多そう→「市場競争で在日擁護派が負けている」から「強権で発言を封じよう」という方向になって来たかのような記述です。
在日批判はメデイアのようにスマートな表現訓練を受けていないから、国民不満の表現力が足りずに過激表現になっているようにも見えます。
政治は溜まっている国民不満をすくい取る努力をすべきであって、表現力不足・稚拙さを奇貨として発言の場を取り上げるのは、不満を内向させ日本社会を亀裂社会に変容させるマイナス効果を生む可能性があります。
20日に書いたように「弱いものいじめ」は卑怯ですが、それは第一次的に表現のルール範囲を守るように道徳律で自制を促し、京都の朝鮮人学校への攻撃のように表現の自由の限界を超えれば、それぞれの法による制裁を課せば良いことです。
朝鮮人学校事件以来、さらに攻撃が激化している場合には、既存法の運用では間に合わない・特定表現に絞った新法制定の必要となりますが、私にはよくわかりませんが、その後朝鮮人学校事件以上の激しい事件は起きていないように思いますが、規制に向けた法制定が何故必要になったかの疑問です。
自宅の周りを各人が掃除して綺麗な街にすべきということと、法で強制→処罰する必要があるかは別問題です。
道徳である限り定義が曖昧・柔軟処理可能ですが、法で規制するとなると定義が曖昧では困ります。
ヘイトとは何か?ですが、色んな定義があるとしても当面現行法が制定された以上はその法律の規定・定義・その法でどの程度の規制をしようとしているのかがまずは重要です。

基本的人権と制約原理4

池田氏が児童売買春の特別報告に関与した弁護士を批判したければ、イメージ効果を(ずるい!)と批判・・意見表明すべきであって、事実としては、「同弁護士がミーテングに参加したと表明していることから直ちに同弁護士が日本少女13%の報告をしたか否か不明であるが、この情報発信によれば同弁護士がこの報告を支持しているように見えるが、その点はカクカクの理由で問題だ」とか、「同弁護士が国連報告者に対してどのような情報提供したかの開示を求める」という程度から始めるべきだったでしょう。

刑法
(名誉毀損)
第二三〇条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

上記の通り「事実摘示した」場合が名誉毀損罪の要件であり、民法の名誉毀損は事実適示だけが要件ではありませんが、事実適示のない論評が争点になると言論の自由との関係で難しくなります。
裁判所は意見表明については「主張内容がどんなにひどい意見」であろうとも「(自己実現は)憲法上の権利として判断理由にできない」ので、人格攻撃などの品位に関わる評価で勝負するのが多いようの思われます。
児童売買春に感s流名誉毀損訴訟では、事実適示が問題になったかどうか知りませんが、もしかして「13%の報告をしたのが同弁護士」とした点が、名誉毀損であるとした訴訟の場合、「そのような報告事実があるかどうか」の真実性の証明次第になっている点を気に留めないで、池田氏が気楽に決めつけ批判したことがテーマにされていた可能性があります。ていなかったことになります。
「左翼系の意見評論がフリーパスで、右翼系が名誉毀損でしょっちゅう負けるのっておかしい」という批判感情論→裁判所が偏っているかのようなイメージ主張がネットで多く見られますが、要は事実と意見・評論をうまく切り分ける論理能力が右翼系評論では身についていないからのように見えます。
感情論で満足していると発展性がありませんし、行き着くところこの後で書いていくヘイトスピーチの応酬・・嫌韓デモとこれに対抗する「しばき隊」のデモのように、社会分断の危険性につながります。
右翼系も訴訟で負けレバ裁判所を非難するのではなく、その原因分析によって合理的戦術を学ぶ必要があるでしょう。
池田氏に限らず植村記者名誉毀損問題も同じですが、事実適示を含む批判主張をする場合には「真実性」の立証可能かをチェックしてから行わないで無闇に「捏造」したなどと主張した場合に、相手が訴訟してきたら捏造の立証ができるのかを事前にチェックしてか主張すべきですが、そのような事前チェックなしに突撃してしまったところが無防備すぎる印象です。
以前から事務所相談で私の方は「事実を聞きたいのに相談者が意見を言いたがるので困る」事例をしょっちゅうこのコラムで書いていますが、世代交代がない(次世代以降ではレベルが上がっている印象も書いてきました)限り、まともな政治論争は無理かもしれません。
訴訟で繰り返し痛い目にあっても「裁判所が偏っている」という感情論で終わっていると進歩がありませんが、(依頼した弁護士レベルにもよりますが)負けた原因の究明・・弁護士指導で徐々に「事実と意見の違い」が身についていくのを期待したいところです。
池田氏は政治評論家かな?職業として意見発信しているにも関わらず、いかにも伊藤弁護士が特別報告に関与して報告内容に影響を与えたかのようなイメージ発信にまんまと引っかかって「同弁護士がそのような報告をした」かのように受け止めて?(伊藤弁護士支持者がイメージ宣伝通り受け止めるのは勝手ですし、発信者もそれを期待しているのでしょうが・・)それを前提の批判意見を公表したので、事実無根の批判として名誉毀損で訴えられてしまったように見えます。
(判決書自体見ていないので何が訴訟テーマか不明・・推測です)
訴訟では国連報告者が「情報源秘匿権」で誰から聞いたかを開示しないでしょうから、同弁護士が「私が13%の主張をして採用された」とホームページ等で書いていない限り、名誉毀損で訴えられると真実性を立証できる方法がなくあっさりと敗訴になるべき運命です。
反捕鯨運動家は日本国内支持を広げようという意欲がないから、カモフラージュする必要がなく、堂々と反捕鯨運動を名乗って、「主義主張を理由に入館制限するのは憲法違反」でないかと、正面突破を挑んで訴訟したものでしたが、裁判所の方が、逆にそこで勝負せずに数日前に写真撮影したことを理由に次に来た時に入館拒否するのは行き過ぎ等の次元・入館規則のあてハメミスとして違法を認定して肩すかしを食らわせたことになります。
流石に裁判所も「何を言おうとしようと自己実現は個人の勝手だ」と宣言する勇気がないというか、無駄な論争をしないのが裁判所の姿勢であり合理的です。
「〇〇総理や天皇を殺せ」というプラカードを掲げても、殺人行為の具体性がない意見の場合には殺人予備にもあたらない・・犯罪構成要件に当たらない限り今の憲法論によれば、「何を言おうと自由」となるのでしょうが?それを裁判所が「自由」だと認定できるかの疑問です。
日本人(例えば朝日新聞)の場合には、国内支持を完全無視できないから?書いてしまった事実を批判をされたときに、事実無根という入り口で訴訟できず、「どんな意見でも憲法で保障されている」と開き直るしかなくなるので、事実を書かないで巧妙な思わせぶり表現が多くなるのでしょう。
メデイアは、(反日意見を報道するのも憲法上の権利だと開き直らずに)市場評価を気にしてカモフラージュして(国際孤立するとか中国の発展が如何に素晴らしいか、反中国ではバスに乗り遅れて「しまうかのように」)宣伝する・・本音が伝わるように仕向けているのですが、それはイザとなれば、・・下手に感情論で攻撃してくれば名誉毀損で逆襲できるように仕組んで待ち構えているように見えます。
メデイアは何十年もの経験でこの手法に慣れているので、具体的事実を書かないで逃げ道を用意してイメージに訴える方法で発信するのが普通です。
素朴単純な?右翼系がメデイアや左翼系の主張したい本音にまともに反応して実際には表現していない「本音」が表現されているかのように誤解して池田氏のように批判記事を書くと「どこにそんなことを書いているか?」と名誉毀損で訴えられて敗退を繰り返すようになります。
左翼系が何かというと政府施策妨害?のために・・古くは成田空港反対訴訟に始まり、八ッ場ダム、諫早水門訴訟、沖縄基地訴訟、飛行機発着禁止や各種工場操業停止訴訟してきたのを右翼が真似て、この5〜6年前から訴訟戦術を始めたようですが、(それ自体論理的訓練の機会になって良いことですが)NHKの台湾報道事件を始め訴訟戦術としては、経験不足があって仕方ない(繰り返す過程で戦術論も磨かれていくでしょう)としても今のところ稚拙すぎる印象です。
ところで、憲法学者の基本的人権論によれば、仮に反日あるいは親中韓の本音がバレても・・堂々と日本国解体論・・・その先どうなるか→隣国の支配下に入る方が幸せと言うのも自己実現・自由な人権行為となるのでしょうか?
ここから憲法論における常識・「自己実現は、憲法以前の権利」と言う憲法学者間で論争済みの意見に対して私の勉強不足の非常識な?挑戦です。
憲法学者も大勢いるのでいろんな意見があるでしょうが、部外者に聞こえてくる意見では、表現の自由=自己実現論プラス自己統治論によれば、日本社会を不安に陥れたり互いに信頼関係をなくすように運動する(名誉毀損や何らかの法令違反があれば別です)のも基本的権利である以上、他の日本人がこの運動を支持するか否かはとも角、権利行使=違法ではないというようです。
「ようです」という意味は、「本当にそうなのか?」の私流の疑問があるからです。

メデイアの事実報道能力4(労働分配率)

好景気なってからいきなりこういう意味のない統計を毎月のように大規模報道するようになったのは、好景気というが庶民に恩恵がないとか、庶民は実感しないという政権批判意図としか見えません。
合理的根拠のある政権批判は必要ですが、意味のない指標を持ち出すのは、国家をより良くするための批判報道ではなく、批判のための批判・なんでも反対の業界になってしまっているように見えます。
私だけでなくいろんな人がこの種の反論をしているうちに、日経は流石に恥ずかしくなったのか大規模主張・・この種の意見記事はなくなりましたが、ネットで見るとまだ実質賃金が下がったことが、いかにも重要指標であるかのような報道が続いているようです。
例えば今でも以下の通り毎月のように報道しています。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30261420Z00C18A5EE8000/

実質賃金4カ月ぶりプラス 3月、人手不足で一時金増
経済2018/5/9 20:00

https://www.asahi.com/articles/ASL6562PCL65ULFA02Q.html

4月の名目賃金、0、8%上昇 実質賃金は横ばい
2018年6月6日10時27分

以下は
上記の通り、未だに続く実質賃金低下報道に対する批判意見です。

いまだに「実質賃金ガー」って言っている人いるんですね

いまだに「実質賃金ガー」って言っている人いるんですね
厚生労働省が発表した2017年の実質賃金の統計が、前年比でマイナス0.2%となり、案の定「アベノミクス失敗」というつぶやきがいたる所で見られます。
ですが、実質賃金とはどのような性質を持っているのか。それをきちんと理解していれば↓の様な批判は無くなるんじゃないかなと思います。
実際には国民の所得は増えていますからね。
”実質賃金が2年ぶり下落 「アベノミクスっていつ結果出るの?」という声が相次ぐ
2018/2/8 キャリコネニュース

https://news.careerconnection.jp/?p=49834

『厚生労働省が2月7日に発表した毎月勤労統計調査によると、2017年の実質賃金は16年に比べて0.2%減少し、2年ぶりのマイナスになった。名目賃金にあたる現金給与総額は0.4%増加したものの、物価の伸びに賃金の伸びが追い付いていない状況だ。
この報道を受け、「アベノミクス失敗」「私が死ぬまでにアベノミクスって結果出るの?」と経済政策の見直しを求める声が相次いでいる。(後略)』
実質賃金が低下=国民が貧しくなっている”
実質賃金を強調する人はそう主張しているわけなのですが、これらの方々には実質賃金が平均賃金であるという認識がゴッソリと抜け落ちている感じがします。
例えば、この場合 (月収です)
Aさん、Bさんがそれぞれ月収40万円、30万円で働いていました。この時の平均の賃金は35万円です。
そこに翌年、新たにCさんが月収20万円で雇用された場合、この三人の平均賃金は30万円と、Cさんが新規に雇用される以前に比べて5万円も減ってしまいました。
さてこの場合、Aさん、Bさん、Cさんは平均賃金が下がったことにより、貧しくなったのでしょうか?」

上記意見は4〜5年前から私が書いてきた主張と同意見というか事例の上げ方までほぼ同じです。
景気が良くなって失業者や無職待機中の主婦や学生が15〜20万前後の非正規に就職すると、全労働者の平均賃金(平均年収400万前後とすれば)が下がるのはあたりまえのことです。
家庭でいえば、夫一人の月収50万の所帯で無職専業主婦が月20万でも働くようになれば、夫婦2人の平均月収は35万に下がりますが、家庭の合計収入は50万から70万に増えるのでその家計としては格段に豊かになります。
まして非正規で夫の月収30万前後しかない子育て中家庭にとっては、保育所に預けて妻が1日の半分でも働いて月収10〜15万円前後を稼げれば生活水準アップの恩恵は桁違いです。
こいう簡単な仕組みを無視して「実質賃金」と意味深そうな語彙を利用して「 専門家が研究した統計だろう」と国民を思考停止に追い込み・「実質的賃金が下がっているのか?」と国民不満を煽ろうとしているように見えます。
完全雇用になっても更にに好景気が続くと非正規等の賃金相場があがるが(生産性があがったのではないどころか、半人前でも採用するしかない企業が出てくる結果)運賃や居酒屋等物価も上がるので、実質購買力はプラマイゼロが理論数値でしょう。
例えば、半人前の人が失業状態でゼロ収入から月収10数万円になれば彼にとっては、物価が1割上がっても実質賃金は前年比大幅増ですから、人や職種によって短期的には若干の凸凹が起きます。
雇用者増が止まる→人件費アップ→コストアップ→物価上昇=ここ1年〜半年前後の単価アップでも、超短期非正規雇用に頼る業種・例えば居酒屋やコンビニ等と、工場の期間工のような中期的業種とは効果の出る時期が違いますが、いつかは物価に追いつかれます。
1年半後に物価が追いついた時にその年も賃金アップしていれば別ですが、その時には賃上げが終わっていると、同時期の賃金と比較すると賃金は昨年からアップしておらず、物価だけ何%アップですから物価調整後の実質賃金下落と表現されます。
こうして「好景気なのに庶民には実感がない」(「市民感覚があ〜」とメデイアの一方的断定報道の潜在的した支えをしているのです。
街角景気・・千葉の繁華街を歩くと多くの現場系若者が街に出て元気に楽しんでいます。
実質賃金低下論が私のようなネット批判によって(メデイアの言論市場独占支配が破れた結果)化けの皮が剥がれてくると、労働分配率が下がりつづけていると主張が始まりました。
実質賃金低下論は、好景気の恩恵が庶民に行き渡っていない根拠として?始まったのですが、化けの皮が剥がれてきたので次に始まったのが労働分配率低下論です。
労働分配率は資本収益回収額と人件費の比率のような語感ですが、これも実質賃金論同様に実は違うのです。
労働分配率とは付加価値に占める人件費比率ですから、省力化投資あるいは補助器具等で弱者も働けるようなロボット等の装備が増えると付加価値に占める人件費率が下がります。
設備投資をすればするほど労働分配率が下がる(就労率アップが限界になってきた→人件比率アップ→価格転嫁を避けたい企業努力としての「工程短縮」等の投資ですから)のは当たり前すぎることです。
この辺の説明はJune 26, 2017「労働分配率の指標性低下2(省力化投資と海外収益増加)」で書いています。
このように朝日よりマシとはいえ、日経新聞も経済統計の意味を誤解しているのか、意図的に国民に不満を持たそうとしているのか不明ですが、(国民が貧しくて苦しんでいるという主張をさすがにしなくなりましたが、)厚労省の毎月の発表という形の大規模報道を続けて変な方向への誘導が目立ちます。

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