民主主義と利害調整力不全4

メデイア界では識見を有するかの根拠もない若手タレントがズバリ歯切れよくいう事(多くはメデイアの振り付けに従って)そのものを目的にしたバラエテイ番組などが数10年前からかな?はやるようになっています。
メデイア界では「たかじんのそこまで言って委員会」「〇〇ズバっ!」という番組が続いていましたが、論旨明快を通り越してさらに露骨に一歩踏み出すのが喜ばれる時代がきていたのです。
いずれも内容のない思いつき的意見をテレビ局の振り付けどおりに話すパターンですが、こんな底の浅い番組のどこが面白いのか不思議ですが、この程度のことですごい頭の良い人と感心する人が多いからでしょうか?
今朝7月2日の日経新聞5p下欄の週刊誌広告・週刊文春には木村花さんテラスハウス、母が衝撃の告白「スタッフの指示通りにしただけなのになぜ娘がパッシングを受け死ななければならなかったのでしょうか?」という文字ですが、こんなことを文春が取り上げなくとも常識ではないでしょうか?
文春のインパクト・成功の秘訣はほぼ常識となっている虚構を何かのきっかけをつかんで衝撃的に暴くことかもしれませんが・・。
ネット発達によって特定問題について大手メデイアの選別を経ないで一定専門家が自分の考えや言葉できっちり解説するユーチューバーが出てきましたが、これはこれで偏りがあるというか一人で最後まで話す以上は一定の偏りがあるのは当然ですし、それが面白いのですからテレビのように一方的垂れ流しで選択権のない報道と違いネットの場合、自分で多様なユーチューバーを選んで聞き比べれば良いことです。
近代社会が理想とする積極的発言する社会は教養のある市民社会(相応の識見)を前提に、言いたい意見をモゴモゴ言わないではっきり主張することを前提にしていたと思われます。
大衆社会化が進み、冷静な議論より感情的反応によって即時⭕️❌反応するのに長けた人が発言力を持つようになると論理的裏付けに基づく冷静な議論が不可能になってきます。
ネット・スマホというツールによって思ったままアケスケにいう社会になった・底辺にまで表現拡散権を広げた結果、ネット炎上が多発するようになったのがその象徴でしょう。
市民革命によって生まれた落ち着いた議論のできる「市民」(新興産業の経営者・ブルジョワジー)による合理的な討論によってより良い意見を生み出していくことを前提にした19世紀社会の理想である憲法・・近代法の原理で行なっている矛盾が今回のコロナ禍で先送り仕切れない巨大な矛盾として立ち上がってきたと見るべきでしょう。
先進国では、何ごとも我慢する必要がないとして権利として主張し論争の種にすることが進んだ姿(意識高い系?)として褒めそやし持ち上げすぎたことによる弊害ではないでしょうか?
何となくモヤモヤしたさ社会に対する不満のはけ口を求める空気があって、それに迎合して根拠なく単純言語で言い切ってしまう。
生活保護基準を月額20万円に引き上げる!最低賃金を二千円に引き上げる、奨学金の支払い義務を全部チャラにするなど言い切ったが方が勝ちみたいな風潮が広がります。
いわゆるバラマキ型ですが、あらゆる分野に都合の良いことを言っても具体的対立関係がないので対象になったグループは喜ぶだけです。
高校大学保育園無償も出産者に一律50万円支給も芸術家支援「アパート家賃半額支給、消費税ゼロにします」「障害者支援」もお互い二択・・対立関係ではありません。
良いことづくめでトータル国家運営では矛盾ですが、個々の受益者にとっては(高校性の親と大学生の親の対立もなく、目先敵対関係が起きないので、自分の子どもの学費を無料にしてくれるなら投票しようかとなります。
対外政策その他従来型争点で公約をすると不利益を受ける対立が必ずある関係→対立グループの離反を招きますが、上記のような消費者向け口当たりの良いバラマキ主張は敵がありませんし、バラマキの言いたい放題です。
大規模政党になるには国家経営ビジョンを示す必要がありますが、さしあたり2〜4人程度の当選を目指すなら国家ビジョンまで必要がないでしょう。
良識のある人に限らず納税している人から見れば、その資金は誰が負担するの?という疑問に行き着きますが、非課税層を増やすとポピュリストの宣伝にまともに乗る人が増える関係になりそうです。
いわゆるポピュリストが登場し易い社会になってきたのが、大手メデイアやネット発達による結果です。
小泉元総理の次男?小泉進次郎氏が、デビュー直後から気の利いた発言でメデイア界の寵児になっていましたが、環境大臣に就任して責任ある立場になると、これまで連発していた気の利いた発言が内容実質に基づかないものだった(当たり前?)・メッキが剥がれてしまったイメージになりました。
メデイア受けのする発言は、バラエテイー番組のタレント的素養・・・振り付けどおり発言する能力があればできることが判明したことになります。
メデイアというのはそういう視聴者(底辺層は富士の裾野のように最大多数です)をターゲットにして情感に訴える報道をしてきたということです。
政治家もこの巨大層を重要票田とみなし始めたのです。
戦後からネット開始まではこの巨大層の支持を得るのは大手メデイアの誘導が威力を発揮していましたが、ネットの威力が高まると大手メデイアが意図する方向ばかりに政治誘導できなくなりました。
そのエポックになったのが朝日毎日を中心とする慰安婦報道に対する反撃だったでしょうか?

豪華クルーズ船対応批判10(米国の対応4)

岩田氏らが賞賛していたであろうお手本の米国でも、下船決定後寄港先を決めるだけのためにその後さらに4日かかり、3月4日から数えて「10日時点ではまだ1000人以上が船内に取り残されていた。」という状態が記載されています。
また上記を見ると一部検査しただけで検査中止しているのも不思議です。
下船後検査のルール違反を理由に検査を中止したのでしょうか?
なんとなくルール死守が最優先のようで目の前の患者を救い、蔓延を防ぐ検査本来の目的を忘れているのではないでしょうか?
ルールあっても患者を救うという心がないのでしょうか?
これ一つが原因はないでしょうが、米国で感染者や死者が増え続けている原因の一つと言えないことがありません。
ところで3500人以上のほんの一部の検査で終わっている→その他は未検査下船なので、どうやって客を分類したかです。
症状によって、入院組と基地やホテル組みに分離したようですが、外見症状で足りれば、検査不要ですから検査自体はふり向け先についてからそれぞれ検査したように読めます。
そうすると基地やホテルへの移動は症状別に一台または数台のバスに同乗していたとすれば、個室原則の船内隔離と違い狭いバスに数十人乗車させて移動させれば(外見症状が軽い人も検査結果、陽性になった人が一定数いたでしょう)その間に感染するリスクをどう考えていたのか疑問です。
日本の場合全員検査と検査による陰性判定後2週間船内隔離後の下船でしたので、下船後のバス移動は、陰性判明(後2週間経過)者のみの同乗でした。
陰性・陽性の検査もしていないのに米国の場合、下船手続き自体劣悪で文春レポートによれば
「「乗客がまるで牛のように並んで降りる順番を待っていたわ。みな1カ所に集められ」
という状況で日本にくらべて1ヶ月後の事件なのにいざとなれば、入港反対等々総合的対応レベル(民度の低さ)に驚くばかりです。
今回のような未知の災禍に対しては、科学的知見のみでは解決しきれない民族の総合力が問われたように思われます。
特定のこの対応がよかったとか悪かったというような粗探しの逆張りみたいなチェックでは今の所誰も成功していないように見えるのは、民族全体を一つの生き物のように、危機対応の総合力が問われる事態だったからではないでしょうか?
日本の場合外国船なのに横浜寄港に地元が反対せず、すんなり受け入れたばかりか地元病院でコロナ陽性患者を(フィリッピン人か否かの区別せずに)引き受けていました。
日本の場合、自国船籍でないので入港拒否も当然選択肢だったようですが、それをするとその船をどこの国も受け入れないとどうなるかの人道問題の外に他国で受け入れた場合受け入れ拒否した日本は無責任だという批判もありうるし、そもそも乗客の多数が日本人である特性もあり、政治判断として受け入れるしかなかったようです。
文春引用に戻ります。

100万ドル以上の訴訟を起こした夫婦の言い分は?
この夫婦によると、サンフランシスコで乗船する際、体調の良し悪しを確認するための書類に記入を求められただけで、スクリーニング検査は行われなかったという。
また、訴状には「同社はダイヤモンド・プリンセス号での経験を踏まえて、乗客を保護する対策を考案すべきだった」とある。つまりは、「ダイヤモンド・プリンセス号」での教訓が生かされていないことも問題視しているのだ。
下船後、乗客はどんな対応を受けたのか?
隔離中なのに「歩き回る自由」がある
・・・ダイヤモンド・プリンセス号」でも、乗客は、一定時間、デッキに出ることが許され、他の乗客と一定の間隔を開ければ良しとされたが、アメリカのメディアからは、乗客がみなそれを遵守していたかは疑問だという指摘があがっていたからだ。
カリフォルニア州のトラヴィス空軍基地内のアパートに隔離されている乗客は14日間の隔離に入ったが、「まだウイルス検査を受けることができていない」と不満を訴えている。
感染している”乗員19人も船内に留まっている
感染がわかった19人の乗員もまた、他の1000人を超える乗員(多くがフィリピン人だという)とともに、船内隔離されることになったのだ。

日本の場合船長に至るまで一人残らずきっちり面倒見ましたが、米国の場合フィリッピン人中心の乗組員のうち19人の陽性反応が最初から出ているのに船内隔離のままで船内に残っているようです。
引用続きです。

感染している乗員をホテルや基地に収容せず船内隔離する理由について、カーニバル社は「ウイルス検査で陽性だった19人の乗員は、無症状であるから」と話している。

無症状なら安全という論理が正しいのならば、米人客も船内隔離で14日間放置してれば良かったのではなかったのか?
19人の陽性者を船内に残していても、残りの乗員981人に感染が広がらないという論理が不思議です。
フィリッピン人に対してはホテル待遇はもったい プラス米国国費で医療提供したくないということでしょうか?
米国基準は文字には出ていないもののまず人種差別というか、格差待遇意識が基礎にあるような印象です。
これが米国での大規模感染拡大・死者激増や、ミネソタ州での警官による黒人殺害に対する異議申し立て・・全米的騒ぎにつながっているのでしょうか。

豪華クルーズ船対応批判4

同様にクルーズ船入港前から受け入れ研究が進んでいたでしょうから、武漢からのチャーター機帰国者の行動が大きな先例であり検査拒否者をどうするかが重要テーマになっていたと想像するのは、外野の思い込みに過ぎないと言えるでしょうか?
自粛要請を無視して格闘技大会を強行すると巷では(経営者が日本人でないのでは?)というひそひそ話が出回るように、クルーズ船は英国船籍の船でもあり外国人観光客が多数を占める場合、何%の造反が出るか、その場合感染拡大に対する防御策があるか、あるとしても有効性がどうかなどが大きな議論になったと見るのが普通です。
武漢からの帰国者の場合検査拒否しても自宅に帰っただけですが、観光目的乗客が拒否して国内各地を移動しまくる場合の感染拡大リスクは桁違いです。
クルーズ船乗客の場合・例えば4〜5日〜1週間程度の旅行日程できた人が、上陸後2週間も船外のどこかのホテルにステイしてじっとしているのに協力しかねる気持ちになるのは当然・非難性が低い→拒否し易いでしょう。
往復船で来た人は帰りの船が2週間後まで待ってくれるか2週間後に自分で帰国用の飛行機予約できるかも不明です。
クルーズ船客が黙って2週間の滞在に応じる確率が低いし、それに日本がこだわると法的根拠があるのかなどの国際的紛争を引き起こしかねないリスクなどの総合判断が行われたと見るのが普通でしょう。
今は入国解除するにしても2週間待機を前提条件にするのが国際慣例(相互主義)なっていますが、当時まだ二週間待機要請が議論の初期段階で入国条件として一般化していない時期だった記憶です。
下船=入国許可後の検査と船内検査の利益衡量をすると、下船後検査の場合、外国人観光客に下船後検査を拒否されると手の打ちようがないのに対し、船内検査の場合検査拒否すれば入国拒否すれば良いだけで単純順明瞭です。
船内検査に時間が掛かる→その間感染者が増えるかもしれないが、陽性結果者には法律上全員強制入院させられる・どちらを選ぶかの政治判断による選択だった(設備優劣でなく)と見るのが素直でしょう。
国際法で考えると入国前の防疫審査で一定の時間がかかっても・・中国がフィリッピンに対する嫌がらせにバナナ検疫に時間をかけることなどがしょっちゅう行われていますが、ズバリWTO違反になりません・・妥当性の問題です。
入国審査(防疫検査)に2〜3時間並ばせようと結果が出るまで5時間〜翌日までかかろうと妥当性の問題ですが、入国条件に2週間の移動制限や検査協力を求めるのはこの情勢下では妥当性はクリアーできても、拒否された場合強制できる法が存在しない点が致命的です。
武漢帰国者検査拒否者の論理を法的に考えると検査承諾の誓約は民事契約に過ぎず、契約による身体に対する直接強制はできない・・契約違反の損害賠償請求されてもいいという程度の意味でしょうか?

民法
(履行の強制)
第四百十四条 債務者が任意に債務の履行をしないときは、債権者は、民事執行法その他強制執行の手続に関する法令の規定に従い、直接強制、代替執行、間接強制その他の方法による履行の強制を裁判所に請求することができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
2 前項の規定は、損害賠償の請求を妨げない。

一般的に身体強制は上記間接強制しかできない解釈です。
間接強制は、「違反1日当たりX円を払え」という判決を求めるしかないことになっています。
弁護士に頼んで訴状を出し、それから1ヶ月後に裁判が始まり・・そんな悠長なことをしているうちにどんどん感染が広まったらどうするかが喫緊の課題でした。
こんな悠長な裁判を(国内移動目的の住居不定の外国人旅行客相手にそもそも訴状・呼び出し状送達をどうやってするのかの事実上の不可能性があります)しているうちにコロナが広がってしまうので上陸後検査拒否されれば政府としてはお手上げです。
そもそも一般的入国条件を満たしているのに外国人相手に2週間の移動制限や検査を受ける事前承諾を求めた場合、これが国際法上有効かすら俄かにわかりません。
違法の主張が起きて・・いうだけタダですので、承諾拒否された場合どうするかの問題が起きます。
これが国際報道され違法行為をしていると日本は国際非難を受けるリスクがあります。
当時は今のように2週間自粛要請がまだ一般的ではありませんでした。
さらに承諾しても、いざ下船後武漢からの帰国者のように検査に応じ、結果出るまで外出しない約束を守るかどうかすらわかりません。
船内検査した方がよいかどうの判断基準は、設備の優劣にあるのではなく、入国を認めても下船後外国人全員に検査強制できるか、一定期間待機強制できるかの問題があるのに対して、船内=今回のクルーズ船は英国船籍内にいる外国人=入国前の検疫であれば強制する必要すらない・検疫に応じなければ入国拒否できるのが国際法上の権利ですので、検疫検査結果が出るまで入国手続きに応じる義務がないという出方をすれば法的に単純明快です。
選択にあたって比較すべき項目は検査設備や受け入れ態勢の問題でなく(独りも逃さず)全員検査できるかのテーマ比較だったと想定されます。
以上は事実経過の公表がないので何が事実か不明ですが、結果から見ればそうなるということです。
岩田氏は持論の正当性を主張するならば、「最初のジレンマ」だけ出さないで当時議論された問題点を全部出すべきです。
彼は感染症の専門家の立場で、検査できる所与の環境下でどのような感染予防策がよいかの比較をした経験→関心が主だったでしょうし、厚労省役人は国際条約や国内法規の制約のもとで何ができるかできないかの前提条件のチェックがまず気になる点が大きな違いです。
医師の場合、患者が医師に見て欲しくて病院に来る前提・経験が多い・・見て欲しくない人のところへ押しかけて行く必要が滅多にないので、拒否されたらどうするかのテーマに関心が低かったのではないかの疑問を抱いています。
岩田氏の主張を見ると上陸させて分離管理して検査すれば良いのに・・設備不十分な船内検査を(厚労省役人が)選択した以上は、上陸後の検査以上に完璧であるべきとの主張になりそうです。

専門家の責任4

元のテーマ・精神障害者に対する強制隔離の問題点に戻ります。
精神医学の基礎的本(法律家が必要とする程度の基本書のレベルですが)を読むとエピソードと称していろんな病名診断の事例紹介が出てきます(素人には分かりよくてありがたいです)が、患者自身が語るのは一応の信用性のある病状説明でしょうが、患者自身が語ることの裏付けとして周辺が語るのを利用する場合は補強証拠としてならば有用です。
しかし、周辺の人が過去にこのような異常なことがあったと語るエピソードを患者が言わないか否定しているにもかかわらず本当にあったことと決めつけて・あるいは誘導的質問で迎合的同意を取り付けたり患者が自分のしたことを忘れている証拠に使えるかは慎重であるべきです。
経験による総合判断程度の精神病の診断では、周辺関係者の共謀による場合には口裏合わせのからくりを見破る能力にかかる率が高いので、隔離する判断の客観性担保は複数医師による診断に求めるだけでは、抜本的信用回復にはなりません。
宇都宮精神病院事件のウイキペデアイアを紹介しましたが、内科や産婦人科等の医師が一定の講習を受けさえすれば、ある日精神科医になれるのでは、複数の医師による診断制度といっても技術担保というより2人がそろって悪いことをしないだろうという程度の人格期待にしかなりません。
内科医から心臓外科や脳外科医になるのはちょっとした何時間の講習何回受講程度では無理があるのは明白ですが、内科医から精神科医になるのが簡単なのは、そもそも専門家と言えるスキルが必要とされていないからでないかとうがった見方もできます。
宇都宮病院事件に関するウイキペデイアの再引用です。

精神科医の人数は病床の増加に見合ったものではなく、実際のところ増加した精神科病院に勤務する医師の殆どは、内科医や産婦人科医からの転進であった。精神科病院は、内科や産婦人科よりも利益率のよい事業のため、医師たちは診療科を精神科に変更したのである。宇都宮病院もこの時期(1961年)に、内科から精神科へ事業を変更している[6]

これに加えて、こういう症状・・エピソードがあればという一般向け解説書が出回っていると、隔離を計画的に画策する方は、そういう口裏合わせをすることが容易です。
関係者の経過説明の信用性判断を基本としての診断が科学と言えるかどうか怪しい医学基礎知識の上に加味して決めるのであれば、こういう判断には医師以外の関与が必須でしょう。
しかし毎回の診断に第三者関与を求めるのは物理的に無理があるので、圧倒的多数の第一次診断は従来通りとなります。
宇都宮精神病院事件を契機に患者の外部への不服申し立て方法が整備され、不服があれば審査会が設置されるようになっていきましたが、精神医学自体がはっきりしないエピソードに頼る以上(素人の私に理解不能なだけかもしれませんが)問題が起きてから審査する制度に頼るしかないのが、現状というべきでしょう。
審査委員の構成も累次の改正によって、福祉に経験のある人が加わるなど多様化するようになっています。
とは言え、精神科医の多くは、この未知の領域で苦しむ患者を救うための崇高な理念で正解を目指して少しでも良いから徐々にわかる範囲を広げようと努力していること自体は非常に尊敬すべき立派なことです。
こういう医師が大多数であるものの、(私の知っている限りそれぞれ真摯に患者に向き合っている人ばかりでしたが)たまに宇都宮病院のように金儲け目的で始めると、匂いがするのか?そういう目的の邪悪な人が利用するようになる・・一般人に匂いがするようになっても監督機関に匂いがしないのか?
ある程度怪しい噂が監督官庁に入っても警察と違って内偵能力などないし、ブレーキが効きにくくなるのが困ったものです。
精神医学ではいまだに群盲象を撫でるような努力が続いている(素人には見える)のですが、それでも発達障害その他多くの分類ができるように発展してきただけでも大きな進歩のように見えます。
地震や火山噴火予知などもこれが学問と言えるかどうか不明と言えるほど未知の分野がほとんどのようですが、それでも地震予知学の救いは地震発生のメカニズムの全体が不明でも議論前提の各種データ自体は科学的数字のデータ中心なので、見るからに科学っぽい点がまるで訳のわからない精神障害の研究より、やっている学者にとっては救いがあるでしょう。
予測不能の変数が多すぎて、いつも予測を外す経済学者の論説も同じで結果だけ見ると無駄な議論だと乱暴に?切り捨てることも可能ですが、今は直ちに成果に結びつかなくとも地道に研究していくことがそれなりに有用です。
宇宙の神秘について、古代エジプトやギリシャ人が数学的に色々研究していたことがその当時の成果に直結しなかったにしても、その頃からの連続した研究成果(たとえば地動説や万有引力の法則→相対性理論・結局何もわからない=不可知主義の台頭?→「無知の知の自覚」がモテはやされたり)が現在のいろんな科学発展に資していることは明らかですし、人工衛星等の実用化の基礎になっていることでしょう。
米中対立が一時休戦で今年になれば中国経済が持ち直し世界経済も拡大という予測が一般的でしたが、今回の新型ウイルス事件で全部吹き飛びました・・結果だけ見れば学問と言っても皆そんな程度のものです。
結果がわからないといえば、新型コロナウイルスや精神病に限らず全ての学問は同じですが、地震学で言えば一応の論理があるので一歩一歩地球の仕組み解明に近づいていくように思えるのですが、精神病の場合まるで手がかりさえない・・素人にはそのように見える点で、学問というよりともかく困ったものに近づかない程度の社会合意しかないイメージです。
ただし、いろんな委員会で出会う精神科医あるいは一般医師と話していると頭が良い感じで、こう言う優秀そうな人たちが取り組んでいる以上は、(素人に理解困難なだけで)学問的にも科学的批判に耐える合理的な議論をし、研究してくれているのでしょう!と言う個人的信頼感を持ちたくなります。
要は地震等は一般人の関心が高いので新聞等の解説記事が多いので、まだ全体の仕組みが分からないなりに地道な研究が進んでいるのだ!という理解が進み易いのに対し、医療の方は庶民に身近になっているで分、逆に忙しすぎて丁寧な説明をする時間がない・・3分診療になってしまう関係でしょうか。
その結果、心療内科や精神科に関係すると「この頃眠れなくて」というと何か心配事ありますか?勤務先でこういうことがあってなどと、説明するとあんちょこに安定剤、睡眠導入剤等を処方されて終わりの印象です。
本当に眠れないのか眠れないように思っているだけか?勤務先で嫌な思いをしているというが本当かなどのチェックなど一切しないし、する方法もないでしょうから、信じて治療するしかないのでしょうが?
プロの目から見れば瞬時に信用性がわかるからでしょうか?
(ただし、私の少しの経験を一般化するのは間違いの元ですので、そのように理解してお読み下さい)

新型コロナの実害比較5(日本の成績2・勝又氏経済時評)

以上メデイア紹介による国外の日本のコロナ対策に対する評論を見てきました。
昨日見た文化論は私の個人的思考に合うものの、素人のイメージとどこが違うのか?大学の歴史学者という違い程度か?・・内容は今一つでした。
たまたま、勝又寿良氏の経済時評が目に止まったので読んでみるとこれが私の感想にぴったりし、かつ具体的ですので、要約紹介しておきます。
https://ameblo.jp/katsumatahisayoshi/page-3.html

2020-05-24 05:00:00
日本、「25日」全面的コロナ宣言解除が有力、3つの「成功要因」
米『ブルーンバーグ』(5月23日付)は、「新型コロナ、日本独自の要請対応が奏功ー緊急事態全面解除迫る」と題する記事を掲載した。
この記事を執筆した記者に、日本人は一人も入っていない。3人の記者は全員、外国人である。自画自賛的な記事ではないことに注目して貰いたい。
(1)「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言は、21日までに首都圏の1都3県と北海道を除き解除された。安倍晋三首相は、新規感染者数の減少が続けば、これらの地域についても31日の期間満了を待たずに解除する方針を示している。日本の新型コロナ感染症死者は22日時点で808人未満。海外のように厳しい外出制限や罰則を伴わない独自の「要請」対応は、成功裏に終わりを迎えつつあるように見える」
(2)「専門家会議副座長の尾身茂氏は、日本の医療制度、初期のクラスター対策、そして国民の健康意識の高さの3つの要因が寄与したと分析する」
3つの要因とは、次のような内容だ。
1)医療制度の充実
2)初期対応でクラスターを捕捉できた
3)国民の健康意識の高さ

私のニュース捕捉力未熟の故か?日本のコロナ対策を担う中枢専門家の意見が具体的に紹介されているのを見たのはこれが初めてです。
「お前の能力が低いんだよ!」と馬鹿にされて終わりかも知れませんが、尾身氏の意見が国外ニュースで具体的に紹介されて、国内メデイアの多くが報道しない?報道していたにしても目立たない形になっていたとは驚きです。
メデイアの役割は、政府のすることは何でもマイナス評価すれば良い・何かしたり発表があれば、粗探しに特化する・粗探しの前提として政府施策の紹介をするがケチをつける点が見つからないときには報道もしない・・黙殺すれば良いという信念で動いている場合、政府主張の焼き直し意見など紹介する必要がないということかもしれません・・。
上記3点については、勝俣氏が上記記事で敷衍し解説していますの引用します。

以上の3点についてコメントしたい。
1)は、今回のコロナ禍が全額、国費負担であること。患者は、経済面の負担を恐れずに治療を受けられ、これが感染者の拡大を防いだ。海外では、患者負担もありこれが感染者を拡大させている。経済的貧困者に、死亡者が多い理由である。
2)は、保健所が初期段階でクラスターをしらみつぶしに調査して感染源を把握した。東京湾の釣り船では、感染源突き止めた。成功例と指摘されている。
3)は、日本国民の健康意識の高さである。日本人の清潔好きは世界的にも有名である。この日々の生活態度が、ロックダウンをしないでも感染拡大を防いだ。
日本人の寿命は現在、世界で1~2位である。結局、すべての要因は、日々の生活態度がコロナ感染拡大を防ぎ、世界最低の死亡数に止まった。
(3)「ワクチンが市場に出回るまで世界各地で新型コロナの影響は当面続くとされる中、感染症が沈静化に至っていない他国や国内で次の波に備えるために、今回の緊急事態宣言は示唆に富む。まず、早期の対応が大切だ。政府の対応が遅れたとする声がある一方で、1月に国内で初の感染者が確認された時点から保健所が、感染者との濃厚接触者の追跡に動いたことが効果を発揮したとの見方がある。北海道大学公共政策大学院の鈴木一人教授は、日本の方法は「アナログで、シンガポールのようにアプリを使った追跡ではない」が、「とても有効だった」と話す」
(4)「厚生労働省の資料によると、2018年時点で全国の保健師数は約5万3000人で、そのうちの15.3%が保健所に勤務し、普段はインフルエンザや結核などの感染症対策に当たっている。北海道医療大学で感染症を研究する塚本容子教授は、「日本にはCDC(米国の疾病対策センター)のような機関がないとよく言われる」とした上で、「各地の保健所がCDCの役割を果たしている」と指摘した。保健所による感染者の追跡は、ライブハウスやナイトクラブでの集団感染対策にも貢献した」
((3)(4)部分はブルームバーグの引用のようです)
日本では、保健所が米国のCDCの役割を果たしている。全国に8100人余の人々が、感染症対策に従事しているという。この人々が、今回のコロナ禍でフル回転してくれた。(勝俣氏のコメント?)
(5)「2月に横浜に到着したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号では、乗員乗客含め700人以上が感染し、13人が死亡した。欧米諸国が「対岸の火事」として中国での感染拡大を見守る中、日本は他国より早く新型コロナの集団感染に直面することとなった。このことが国民の危機意識を高めたと指摘する声もある。早稲田大学政治経済学術院の田中幹人准教授は、「各国の多くの人々が、新型コロナはいずれは収まる病気だと楽観視していたころ、日本にとっては家の目の前でクルマが燃えているような状況がしばらく続いた」ため、国民は「コロナに対する警戒感を高めていた」と述べた。専門家らはクルーズ船での対応の経験を生かし、「密閉」、「密集」、「密接」の3要素がそろうと感染リスクが高いと指摘し、政府は「3密」を避けるよう国民に呼び掛けた」
((5)もブルームバーグの引用?)
横浜港に到着したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号が、日本人にコロナ感染症への警戒感を植え付けたという。ここから、「密閉」、「密集」、「密接」の3要素が揃うと危険という「3蜜警戒」が合い言葉になった。(勝又氏コメント?)
(6)「世界保健機関(WHO)事務局長上級顧問を務める英キングス・カレッジ・ロンドンの渋谷健司教授は、感染者の追跡方法にも改善の余地があると指摘。「時間のかかる聞き取りによる追跡は、小規模の地域限定的な感染には有効」とする一方、「記憶の偏りがある上、アプリで接触者や利用施設を特定するよりは効率的でない」と答えた」。
日本のコロナ第一波は収束するが、第二波、第三波への準備が必要である。それには、下線のような保健所の人海戦術でなく、アプリなどのIT利用を勧めている。国民の意識改革で、受入れるかどうか、議論すべきだろう。経済・生活の行動を制約する現行コストより、はるかに少なくなるメリットはある。(勝又氏意見?)

ブルームバーグ紹介記事と勝又氏のコメントを読むと昨日紹介した抽象的文化論では素人の感想との違いがはっきりしないモヤモヤ感を吹き飛ばしてくれる点で、優れています。
日本は中韓のように当初から個人行動監視では国民が納得しなかったでしょうが、第二波が大規模にやってきたときには、人海戦術では間に合わないことが確かです。
それまでの時間の経過で日本も第二波に対応する心の準備が整うのではないでしょうか?
幕末、アヘン戦争を見てこのままでは植民地にされるという危機感を持っても、産業構造の変革→兵制の近代化や幕藩体制廃止に行き着くまでには時間がかかりました。
時間をかけて納得した結果の明治維新であったからこそ、挙国一致で近代化に邁進できたのです。
今回もコロナ第1波(幕末で言えば、薩英戦争や長州の四国戦争などテストシリーズ)を民族の応用力でなんとか防げましたが、第二波は抜本的産業構造や兵制改革に成功したので本格的開国に対応できたのです。
以心伝心で民族の方向性が一つの方向に向かうと魚群行動のように一糸乱れず統一行動の取れる民族性の解体を目指してGHQはなんでも反対粗探しの批判勢力をメデイア界や教育界に構築して独立を認めました。

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