「不法滞在は信号無視程度」か?3(自然犯と法定犯1)

不法滞在と道交法違反の違いに戻ります。
道路交通法等の取締法規は、類型的な危険行為をあらかじめ規制しておく予防行為でしかない点・・・、技術的規制である道路交通法違反と実害が起きた場合に処罰する場合とは法の本質が違っています。
昔の分類(今ではその区別がはっきりしないので、こういう分類にあまり意味がなくなりましたが、今でも一般の法意識ではまだ厳然たる区別意識があるでしょう。
スピード違反で捕まった程度ならば気楽に人に話しますが、泥棒で捕まったと自分から言う人は滅多にいないでしょう。
社会の道徳意識では、昔からの自然犯(殺人、傷害、窃盗などと)と法定犯(金融取引法・宅建業法や建築基準法などの各種取締法規違反)で大違いと言えるでしょうか。

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法定犯とは、行政上の目的を果たすために定められた刑罰法規に違反するために、犯罪性・反道義性が生じる犯罪を意味する。行政犯ともいう。
法定犯に対して、刑法典に規定されている犯罪のように国民一般にとって当然に反社会的で処罰に値すると考えられている行為を自然犯または刑事犯と呼ぶ。
自然犯を「それ自体の悪」といい、法定犯は「禁じられたがゆえの悪」といわれ、区別される。
しかし、国民の規範意識・道義意識は社会の変化とともに流動するものであり、どの犯罪類型が自然犯かはっきりと区別することは難しくなってきている。
たとえば自然犯である賭博や堕胎の反道義性は薄らぎ、逆に、法定犯である選挙犯罪や税務犯罪に反道義性を感じるようになってきている。

上記例の「賭博や堕胎の反道義性」と言うのは、自然犯としては、歴史が浅い・・もともと全面的違法ではなく、技術的区分けした限度で違法という意味では法定犯の一種です。
例えば車の運転自体が違法ではなくスピード違反や信号無視その他の規制に反する時だけ違法なのと同じです。
賭博でいえば、人間本性として一定の賭け事・人生を賭ける・・一か八かの挑戦をするのも一つの生き方です。
ルビコンを渡り、桶狭間の戦いのような政治決戦に限らず事業でもなんでも、大きな仕事を成し遂げた事例は、皆この種/乾坤一擲の挑戦力によっています。
私の受験したころの司法試験挑戦も、現役合格者を除いて一旦浪人の道を選んで数年挑戦して最終的に合格しなければ通常の就職コースから外れてしまうので人生真っ暗です。
この乾坤一擲の挑戦力・・度胸の有無で多くの人が脱落していく世界でした。
企業であれ国家であれ、あれこれ調査して絶対安全な商売ばかりでは、結果的に人真似→後塵を拝するばかりでその企業はジリ貧です。
賭けることが悪いのではなく、(社運や人生を賭ける勝負は常習化しようがないのですが)パチンコのように小銭を賭ける方法・・それが常習化しやすいパターンの場合、家計を破綻させ人間性まで破壊してしまう怖さです。
そこで、競輪競馬、その他公営に限定して一定の賭博行為を公認している所以ですが、この10年前後ではパチンコ中毒化が社会問題になってきました。
飲食施設や建物の有用性を認めるが一定の基準を守らせないと危険だから規制があって、これに違反すれば処罰されるのはいわゆる法定犯です。
賭博行為はそれ自体人命や資産を侵害するイコール的違法行為ではありません。
一定のルールを守りさえすれば殺人や強盗も許されることがないのと比べればわかるでしょう。
賭博の弊害が古くから知られていたので自然犯に組み込まれてきたに過ぎない面がありますから、こう言うのが時によって犯罪性が低くなっても自然犯と法定犯の境界が曖昧になった例にはならないでしょう。
昨今大麻の解禁が世界的話題になっていますが、覚醒剤等はそれ自体が誰かの権利侵害行為ではないのですが、常習化しやすいことから、幻覚等による自傷他害行為に結びつくほか、利用者の人格破壊にもなるので予め規制しているに過ぎない技術的なものです。
ですから、医師等の有資格者が治療に用いるのは自由ですが、自分勝手に用いるのを禁止しているに過ぎません。
車もそれ自体違法性がなく、むやみに走らせると危険であるから、運転のルールを定め、これを守れる人に運転免許を与え、免許を持たない人が運転するのが違法になるのと同じです。
賭博そのものが悪いのではなく、常習化が怖いと言えるでしょう。
人体損傷行為は原則違法であるが治療のための損傷・手術や注射等は正当業務行為として違法性阻却されるのですが、覚醒剤や車運転等はそれ自体の違法性がなく、運転免許がないのに道路を運転したという道路交通法の規制違反というだけのことです。
ですから、車を道路で運転するには免許がいるし、運転ルールに従う必要があるというだけですから、運動場や駐車場など道路以外で運転しても事故さえ起こさなければ、道路交通法の対象外・・処罰対象にはなりません。
覚醒剤等もそれ自体が本来的(自然犯的?)犯罪ではないので、各種取締法で「法定の除外事由」というのがあって「それ以外は所持し使用してはならない」という仕組みになっています。
除外事由に当たればそもそも、犯罪構成要件にすら当たらないのです。
この点が、医師の治療行為が傷害罪の構成要件にはあたるが、正当行為として次の段階で阻却されるのと次元・ランクが違っています。
以下に見るように覚醒剤は、乱用防止が目的です。

覚せい剤取締法
(この法律の目的)
第1条 この法律は、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため、覚せい剤及び覚せい剤原料の輸入、輸出、所持、製造、譲渡、譲受及び使用に関して必要な取締を行うことを目的とする。
(所持の禁止)
第14条 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関の開設者及び管理者、覚せい剤施用機関において診療に従事する医師、覚せい剤研究者並びに覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者から施用のため交付を受けた者の外は、何人も、覚せい剤を所持してはならない。
2 次の各号のいずれかに該当する場合には、前項の規定は適用しない。
以下省略

銃刀法の場合は、もともと所持自由を前提に、法で禁止した刃物に限って初めて許可なしに所持すれば違法になることを明らかにしています。

銃砲刀剣類所持等取締法
第二条
2 この法律において「刀剣類」とは、刃渡り十五センチメートル以上の・・・・をいう。
第三条 何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除いては、銃砲又は刀剣類を所持してはならない。
一 法令に基づき職務のため所持する場合
以下省略

自然犯とされる殺人、傷害、強盗窃盗等では、そもそも「人を殺してはいけない」「盗んではいけない」」などの禁止規定すらありません。
全部チェックしていませんが、刑法犯は全てそういう仕組みだと思います。
特別法の場合・例えば刃物所持や自動車運転のように全部違法ではなく、「こういう場合に限定禁止」としているだけで限定禁止以外は自由になります。

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