業界組織と政治1(医師会・農業関連組織など)

2月22日以来最近流行の原理主義運動に話題がそれてしまいましたが、日弁連など非政治組織の政治運動にテーマを戻します。
人権と直結しない間接的なことは、弁護士だから、憲法学者だから、あるいは法律の専門家であることと、どのようにして平和を守るべきかは別の能力の問題と言うのが私の個人意見ですが、そうではないと言う意見もあるでしょう。
いろんな問題は全て人権に関係するとは言え、どの程度まで弁護士会が口出しすべきか、その限界がどこにあるべきかについて、弁護士会は良識に従った会内民主主義で結論を出して行くしかありません。
労働組合が職場問題の解決を離れて、政治運動に特化して行くと社会の支持を失って行ったので、組合活動と政治活動が分離されて行き、極左的政治活動は赤軍派・京浜安保共闘など過激派に流れて行きました。
極左ではないまでも政治との距離感の必要性が自覚されて来た結果、「戦う総評」が御用済みとなって連合に代わりましたが、日本医師会や総評・日教組など政治力を誇った全ての組織(以下に書く農協を除いて)が社会の支持を受けられなくなって行きました。
医師会であれ、連合であれ農協であれ、本来の存在意義を越えて過激な政治活動化すると組織への国民の信頼・支持を失って行くのが、普遍的原理と言えるのではないでしょうか?
政治家が投票に直接左右され、商人が売上動向に左右されるような直接的民意反映関係がこれらの団体にはないとは言え、社会の支持がないまま開き直って暴走していると最後に組織自体壊滅して行く点では、独裁政権が国民の支持を失っても・弾圧で維持出来るものの最後はあっけなく崩壊してしまうのと同様です。
戦後日本の各種産業界は相手国の輸入規制や円高その他の国際競争に揉まれながらも、その都度自発的工夫でそれぞれ生き残り、(繊維が駄目になれば炭素繊維の開発・・家電製品が駄目になれば、その部品製造に活路を見いだすなど・・)発展してきました。
農業に関しては(このコラムは大方の傾向を書いているのであって、一部に工夫努力している立派な方がいることを否定しているものではありません)殆ど工夫らしい工夫もなく衰退する一方で、政治力を利用して国民の負担ばかり要求しているような印象を受けている国民が大多数ではないでしょうか。
2月21日の日経新聞朝刊5ページには、(輸入自由化=関税を採用せずに)米輸入禁止の見返りに一定量の購入義務を定めた貿易交渉の結果、過去19年間に政府が無駄に輸入させられた外米とその倉庫保管料や転売差損(仕入れ値では買い手がないので?輸入価格より安値の飼料用に売るしかないなど)の負担して来た金額だけで、2700億円と出ています。
その他、農業部門(米以外には小麦の輸入規制もありますし、その他コンニャクなどの政治力の強い地域の各種産物)の輸入規制の見返りに工業製品の輸出競争力が阻害されて来た結果、目に見え難い国民損失は数字になり難いものの莫大なものと思われます。
農協組織が、農業自体の発展・競争力強化に努力するよりは、輸入規制や政府補助金の増額など政治努力に注力して来たことが、(発展に苦労して来たとしても外部から見れば、政治力行使の方に目が行くと言う意味です)こう言う結果を招いてしまったと考えている国民が大多数ではないでしょうか。
どんな商売も「政治力があるから、(技術がなくとも)大丈夫」などと自慢して得する業界はありません。
政治力はあっても目立たないようにする方が得策です。
農協組織は外部から見ると、労組が強過ぎて、社内改革が全く進まず、革新技術が生まれないままジリ貧になっている企業と似ています。
あれだけ強盛を誇ったアメリカのGMが破綻したのを想起するべきです。
農協は労組とは違いますが、組合方式は分配・権利主張が主たる関心であって、何か新しいことを生み出すには無理があるでしょう。

農協法
第八条  組合は、その行う事業によつてその組合員及び会員のために最大の奉仕をすることを目的とし、営利を目的としてその事業を行つてはならない。

営利を目的としないと言えば公正な感じですが、営利目的があってこそ創意・工夫が生まれるのではないでしょうか?
千葉に引っ越した直後頃に驚きましたが植木を売っている人が、俺はレッキとした農家で、こんな仕事は片手間だからと自慢しているのですが、やる気がないのが見え見えで、これでは良い植木職人になれません。

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