民族意識2

現在の中共政府も韓国大統領府もこれまで書いて来たように民族を守る意識が元々なくて、自己保身が最大目的ですから、日本と事を構えることが国民生活にどのように影響するかは目先で大きな問題ではありません。
どの政権にとっても、中長期的に国民経済が豊かになるのが良いに決まっていますが・・その政策がうまく行かないので、中長期的に国家にとってマイナスの選択でも政権に対する目先の不満をそらせることが先決になります。
そこで目先の自己保身のためには、不満を日本に向けさせるのが簡単なので、これの採用に走り勝ちです。
国内政治では、何か新たなことをすれば必ず損するグループがいて、何かする都度政敵が生まれますが、外国批判の方は誰も表向き反対出来ないから政治家にとってはすごく楽なオプションです。
外国批判でも相手によって反対論もあり得ますが、(フランスよりはアメリカと仲良くした方が良いとか)中韓にとっては反日と言えば、誰も反対出来ない雰囲気造りに成功しているので安心です。
言わば、いじめられっ子が一旦決まれば、安心してイジメられるようになるので,イジメがエスカレートし易いし,イジメラレッ子が固定して行くのと同じです。
日本の場合は昔から城主が腹を切って城兵全部の助命と引き換えにするような敗戦処理が普通ですから、自己保身のために民族の運命を売り飛ばすような政治をすればそれ自体で政権が吹っ飛びます。
民族意識に戻りますと、明治維新のときには民族単位で興亡を繰り返す時代に入っていたのでナポレオンよりも早くから成立していた日本の強固な民族意識はプラスに作用しました。
今後国際交流・グローバル化が進んで行き、民族意識にこだわるのは誤りだという風潮が広まると、千年以上も前からの強固な民族意識・同胞意識にこだわっている日本は、今度は時代遅れで不利な状態になるかも知れません。
トヨタのように飽くまで国内雇用を守る努力は、適地生産の原理に反して経済的に非合理かも知れません。
その代わり最後まで民族意識・・同胞を守る連帯意識を強烈に維持して行くことが日本・・ひいては日本人の強みになります。
・・せっかくトヨタが国民を守るために努力してくれる限り、国民もこれに応えてガンバルしかないので、そこから苦境を打開して行く智恵が沸いて来るでしょう。
その地域が駄目になればその土地を棄ててどこかへ引っ越せば良いという安易な(アメリカや中国等大方の国はそうです)思想が地球環境を荒廃させて来たし、これでは安易過ぎて工夫が育ちません。
大震災でも同じですが、安易に故郷を捨てないで自然の猛威に併せて生き抜く努力があってこそ、いろんな技術の基礎となって実を結ぶのです。
日本人は5000年前後も以前の縄文時代の古代から、都合が悪くなると居住地を捨てるようなことをせずに、何とか努力してその地で作物を作り続ける努力・・循環型社会を築いてきました。
原発事故があってもそこから逃げるのではなく、正面から向き合って原発事故によるマイナス面の解消に日夜努力しています。
この努力は無駄ではない・・きっと世界で到達していない何らかの先端技術の開発成功に行き着く筈です。
地震や津波・原発事故があると、たまに故郷を棄てて逃げる人もいますが、大方は郷土を死守する意識・努力が強固で健在です。
蒙古襲来のときに真っ先に上陸予定の海岸から逃げたか、松浦党・・竹崎季長のように正面から向かって行ったか否かがその地での子孫の評価に繋がる社会です。
マスコミはあまり報道しませんが、震災等のときに真っ先に故郷を棄てて逃げた人は、何十年〜百年単位でその土地での信用を失った筈・・多分帰れないでしょう。

国家と国民4(民族意識1)

民族国家意識が世界で持てはやされるようになったのは、ナポレオン戦争時に戦争遂行便宜のために生まれたに過ぎません。
韓国や中国で国外脱出熱が高いのは意識が先に進んでいるのではなく、1周回遅れでまだ民族意識が定着すらしていない結果です。
元々漢民族と周辺諸民族の混交が古代から絶え間なく問題なく進んだのは、民族意識という強固なものが古代から存在しなかったことによります。
バルカン諸国等で民族雑居が進んでいるのも同じで、元々民族単位で争う習慣がないから長い年月の間に混交が進んだのです。
バルカン諸国が今世界中の火種になっているのは、元々民族対抗意識が希薄であったからこそ雑居が進んでいた地域だったのです。
ドイツでユダヤ人がナチス迫害を受けたのは、ドイツが西欧諸国内で一番ユダヤ人迫害の少ない地域・・住み易いからこそ多くのユダヤ人がいたことがマイナス効果を及ぼしたのと同じで、何が幸になるか不幸になるかは前もって分りません。
争うべき利害対立もないのに(同じ地域に混在している限り資源の奪い合いその他地域対立の合理的争点はあり得ません)西欧の民族感情を煽る意識が伝染して意識だけ先行して、民族自決の流行に遅れまいとして喧嘩するための喧嘩をしているような感じです。
民族意識は上記のとおりナポレオンがフランス革命後に介入して来た周辺諸候をはねのけるために徴兵の便宜のために言い出したに過ぎない・・元々排外的意識効果を生み出す元祖みたいなものです。
民族意識が高揚すると周辺国からの侵略を防ぐには効果の高い思想ですが、元々仲良く混在していてその地域の利害を共有している民族同士が内部でいがみ合うために、これを使うのは本末転倒と言うか誤用です。
千年単位で仲良くして来た民族同士が、外敵撃退のためではなく、内紛のために西洋の思想にかぶれて(格好いいと思うのか?)喧嘩する必要がないのです。
多分西欧列強が植民地支配するのに現地の民族対立を煽る方が統治し易い(繰り返し書いて来た離間の策です)ので、世界中に民族意識や宗教意識を植え付けて教育して行ったものと思われます。
ナポレオンの言い出した民族意識にまだ染まっていなかった清朝支配下や李氏朝鮮では、身近に起きたアヘン戦争の結果に対して、政権維持に関する(権威喪失による)危機意識しかなくて、民族としての危機意識が殆どありませんでした。
これに対して、前回書いたように日本では古代から列島防衛のための民族意識が強固に育まれてきましたので、アヘン戦争のあった場所からとおく離れた日本では政権維持よりは民族の危機到来にどう対処するか・・北辺の国土防衛などに対する関心が国民の支配的意識であったこととの大きな違いでした。
民族存亡の危機に対応するために必要となれば政権交代・・維新が起きたし、目的が民族の独立維持でしたから、列強の介入を招く大規模内戦をやりませんでした。
応援を求められると期待していたフランス軍の応援を幕府及び旧幕府軍(彰義隊や榎本武揚あるいは奥羽列藩同盟軍)が頼まなかったのは当然です。
これに対して今の北朝鮮も同じですが、民族の生活水準アップよりは現政権維持が出来るかどうかこそが最大・主要関心事です。
現体制維持のために国民がどんなに苦しもうと関係ないのが北朝鮮政体です。
朝鮮戦争では南北共に外国軍に応援してもらって、双方の外国から来た大軍に自民族を蹂躙させていたのですから、日本では想像もできないバカな話です。
清朝末期では西洋列強に対峙するために必要とした、いわゆる変法自疆運動も清朝支配維持にマイナスとなれば弾圧されてしまいました。
元々異民族支配の長かった中国地域では、他民族の支配下にはいること・・そのときそのときにより強い勢力が支配する・・イギリス支配でも結果は同じですから、それ自体大した問題にはならなかったのは当然です。
香港などはイギリス支配だからと言って住民が逃げ出すのではなく、逆にドンドン人が集まって人口が増える一方だったことを、08/30/05「都市の成り立ち9(異民族支配)」で書いたことがあります。
清朝自体が満州族によるその他民族を支配するものでしたから、西欧列強進出・領土割譲に対して我が国のように民族存亡の危機感などが生じる余地がなかったのです。

国家と国民2(租税の取り合いその他)

在外国民の徴兵制から原発政策に話題がそれましたが、国際間移動が頻繁になって諸民族が入り組んで生活する時代が来ると、在外国民の権利義務の問題は課税面では早くから発生しています。
この問題は平和時にも必要なことですから、早くから国民にとっては二重課税回避・国家間の税の取り合い問題として国際的解決の枠組み交渉進んでいますが、時代の進展に併せてしょっ中新たな議論が続いているのはご承知のとおりです。
最近の新しい現象は年金問題です。
海外勤務中の期間、その国で年金を天引きされていた勤労者が帰国した場合、日本国内の年金加入期間がその分抜けてしまう・・他方で外国で支払った年金は5〜6年程度で本国へ戻ったり、他の国へ転勤して行くようになると全額掛け捨てになるのが不都合です。
同じ企業からの海外転勤の場合は、その企業でフォローしてくれるのが普通ですが、個人で外国企業を転々した場合は制度問題になります。
国内で企業間を転職した場合の年金の移動については、(国民背番号制になるなど)大分整備が進んできました。
これを国際間でどうするかが、問題になってきています。
他方、国民の側からは、海外勤務中でも選挙権を行使したいという人が増えて来る(兵役の義務とセットなら別でしょうが・・)し,複雑化の一方です。
国家間の法人税引き下げ競争だけではなく、今やいろんな分野で国家と国民・企業のあいだで綱の引き合いが始まっているので、19世紀型民族国家の仕組み自体が揺らいでいるように思われます。
個人や企業は、税や兵役等の義務の少ない割合に待遇の良いところを選びたい気持ちになるのは消費者としての立場ではどこの店が料金の割においしいか,サービスが良いかで選ぶのと同じ基準です。
自由に居住地を選べる企業や国民の数は限定されていましたが、中小企業まで海外進出する時代ではこの比率が上昇する一方です。
国家(供給者)は少しの負担(コスト)で多くの税を取り、国民に多くの義務を負わせたいし、国民や企業はその逆ですから、国家間競争というよりは国家対個人・企業との争いになって来つつあるように思えます。
サービス競争の結果、世界中の先進国や自治体では財政赤字が進んで来たのです。
財政赤字国や自治体は国民や居住者から取る税(負担)より提供するサービスが過剰になっている国のことですし、財政黒字はその逆です。
財政赤字問題に関して「最先端社会に生きる6(中間層の重要性1)」 January 17, 2013で「学校その他の投資(壊れかけた橋を直さないなど)をしないで逆に学校や公園を売れば赤字は減りますが、その自治体首長は良い政治家でしょうか?」という意見を書いたことがあります。
兵役の義務に戻りますと、兵役の義務は国民の納税義務と並ぶ古代から続く最大の義務ですから、課税のように国際間の話し合いで解決して行ければ合理的ですし、難しい問題ですが、国際紛争解決の手段としての戦争を減らすためにも税金の取り合い以上に合理化・・進めて行くべきでしょう。
人の国境を越えた移動が今よりももっと簡易になって来ると、企業が法人税の安い国へ本社所在地を移転したくなるように国民個々人も義務負担の重い国から軽い国へ逃げ出す船籍同様に住民票だけを香港に動かすなど・・)時代が来るかも知れません。
村上ファンドの村上氏がシンガポールへ逃げ出したのは、この走りでした。
その意味では、国外脱出希望の強い中韓両国民は結果から見れば世界で最も進んだ?(周回後れの)国民かも知れません。
真偽不明ですが、村上氏は台湾から帰化した人と言う噂です。
欧州の場合も欧州の民族国家意識はナポレン戦争で生まれたに過ぎない付け焼き刃ですから、不都合になれば簡単に足下から崩して行けるのかも知れません。
日本の場合は、古代の白村江の戦い(663年・天で2年)以降ずっと強固に維持して来た同胞意識で長い歴史があり、民族・同胞意識の強固さは千年単位の差・・年季が違います。
しかも大陸からかなり離れた島国だったことから、遣唐使や鑑真和上のように時々少数者が往来する程度で人的交流は糸電話のように細々としかなかったことも、地続きの欧州諸国・アジア諸外国とは環境がまるで違います。
明治維新での開国時もエリートをちょっと招聘しただけですし、庶民まで大量に来た米軍占領時でも会話能力の関係で売春婦以外は殆ど接触しないで終わったでしょう。

限定戦争と原発政策2

原発は経済的に化石燃料や風力・太陽光発電等に比べて割高という論者(私も国内だけで見れば今のところそう思っています・・)が原発輸出政策を批判すると趣旨不明になります。
原発を輸出して儲けて国内原発コストを引き下げることまで反対するとなれば、経済的パフォーマンスを批判しながら、本音では原子力関連はすべからく反対という宗教運動の一種になります。
交通事故の被害が大きいから・・排ガスが良くないからクルマを禁止しろとか、工場排水・排煙・騒音・労災がいけないから工場を禁止しろと言っていたのでは、科学技術の進歩がないことをこれまで何回も書いてきました。
医薬品や道具類に限らず、政治制度を含めてあらゆるものは不都合な部分を併せ持つのが普通ですから、不都合な部分を工夫して制御して行くのが人類発展の基礎です。
不都合な部分に焦点を当ててこの制御技術を工夫しようとするために警鐘を鳴らすのは合理的・前向き意見です。
(日本はこの結果公害防止技術やクルマの燃費向上で世界最先端技術を発展させ・道路整備等によって交通事故率を低下させてきました)
「放射能が嫌いだから何の工夫もしないで全面的にやめろ」となれば、何の発展性もなく単なる無責任発言または外国のスパイか?と言われても仕方がないでしょう。
核兵器保有問題に戻しますと、実際に核兵器を保有して維持して行くのには巨額の経費がかかりますから、いつでも(運搬手段と一体化した)核開発出来る基礎能力維持にとどめておく方が民需等への汎用性があって合理的です。
兵力で言えば国境線に大軍を張りつけるよりは、一定の距離まで後退したところに兵力を維持してイザとなれば扇型に前方展開出来るようにしておく方が首尾範囲が広く効率的です。
基本的には、米軍がグアムまで後退して行こうとしているのと同じ発想ですが、距離がどのくらいが良いかは兵力移動時間・航続距離等から判断して決まります。
核兵器・関連施設製造にかかる時間・実戦配備のための実験訓練期間があるので、実際には原発技術だけでは心もとないですが、一応「日本もイザとなれば核兵器保有するぞ!と言う脅しにはなります。
部分限定戦争に戻りますと、武力脅迫の実効性は結局通常兵力・部分戦争の戦力差によるのですが、実際には日本の方が通常戦力(練度)が上まわっているので、中国は正規軍を出せずに漁船や海艦という名目での領海侵犯しか出来ない状態になっています。
これが実際に中国海軍が居座って事実上占領されてしまっているフィリッピンの南沙諸島との違いです。
今後の戦争はいろんな人脈・サプライチェーンに影響を及ぼさない・・どこか遠くの海上で雌雄を決する・・代表者による決闘みたいなものになって行くしかないのが国際常識・合意だとするならば、スポーツや芸術・学術やロボット・忍者大会や音楽コンクールその他のワールドカップ・特許出願・取得件数競争等による代替戦争で良いのじゃないか?という気がします。
最近のニュースではイラクでサッカーの試合中に相手のファンがシュートを決めようとしていた選手を拳銃で射殺する事件が起きていますが、代替戦争だとすればその程度のことは大目に見るしかない・・当然の結果かも知れません。
韓国ではどこの国との親善時代でさえも、無茶に相手を罵倒したり危険行為をして怪我させたりして、世界中から嫌われてこの結果親善試合を殆ど組めない状態になっているとネットに出ています。
韓国民はストレスが多くて世界中誰とでも良いから突っかかって行きたい・・喧嘩したくてウズウズしている精神状態を表しています。
その分、闘争精神が旺盛・元気で良いと言う人もいますが・・・・一種の狂犬病にかかっているようで、日本が見放したらどこの国でも関係したくなくなるでしょう。
日本人はどこの国へ行ってもマナーが良くて好かれていてソフト化が進んでいるのは、国民にストレスが少ない・・国内政治・経済が成功していることの証左です。

限定戦争と原発政策1

相手国内に自国資産・・進出企業の資産などが多くなると相手を空爆しているようでいて、自国企業の資産を空爆することになり兼ねません。
進出企業だけ避けてその周辺をピンポイント空爆してもその企業のサプライチェーンや従業員が被害受けると事業活動が出来ません。
先日千葉の裁判所の近くにあるキ・ボールというところの一階ホールで、千葉の空襲や広島長崎に対する原爆の写真展があったのでみてきましたが、長崎付近には米軍の捕虜収容所があるからどうするかと言う意見に対し、(そんなのを一々気にしていられないということで)直ちに却下して、当初計画どおりに長崎へ投下したと書かれていました。
中世の発想・・王様が国民と関係なく戦争していたように国家間で戦争してもそれぞれの企業活動はそのまま続けたり、政治と経済・民族間憎悪を切り離すなどしない限り・・グローバル化の進んだ現在では波及効果が大きく複雑になり過ぎて、全面戦争をするのは現実的ではなくなります。
例えば尖閣諸島の帰属を争ってお互いの本土で爆弾を落としあうとすれば、双方の被害は尖閣諸島の100〜1000倍以上も発生してしまいます。
こうなると、「国益を守るための戦争」と言う概念は自己矛盾になりますので、そこまでして全面戦争しなければならない意味が何か?となってきます。
欧州が二度の大戦に懲りて戦争しない仕組みづくり・・EU成立になったと言いますが、要はヨーロッパでは国家間の人や企業の移動入り組みが複雑になり過ぎて国単位で喧嘩出来なくなった・・民族単位での争いが意味をなさなくなったことによります。
原爆の場合象徴的ですが、その他の戦争・・通常兵器でも空爆その他近代兵器(第二次世界大戦末期の米軍による焼夷弾攻撃など)になって来ると非戦闘員を巻き込む形になるので、一定エリア内にいる自国民・企業も巻き込むしかありません。
今後の戦争は原爆保有国も安易に原爆を使用出来ない国際道義があって・・全面戦争をすることが不可能になっています。
・・アメリカもベトナム戦争で面倒だから原爆を落とすと言えなかったし、中国も日本に対して尖閣諸島の領有問題で原爆による脅しを使えていません。
原爆による脅しをもしも中国が使えば、直ちに日本が核武装に走ることが目に見えているので、示唆すら出来ない状態です。
日本は核武装を実際にしなくとも、イザとなれば短期間にレーアメタルの代替品を開発したように、いつでも核開発出来る能力を持っていることが、中国等への核抑止力になっているのです。
原発単体での経済面の採算性だけを議論するのではなく、原発やロケット技術の維持は国防上のカードとして必須でしょう・・。
原発自体は廃棄費用・損害賠償まで考えると一定の赤字になるとしても、最先端技術を維持することで技術輸出で儲けられる面があるうえに、他方で核兵器の恒常的保有コストが不要になるメリットも大きいので、これらを総合して結果的に安いかどうかの議論が必要です。
医薬品でも何でもそうですが、研究開発部門だけ見れば100%赤字に決まっています。
クルマでも何でも研究開発の成果を活かして世界展開してどれだけ儲けられるかによって、研究開発費がペイするかどうかが決まるのです。
原発反対運動論には廃棄費用や一定率の損害発生費用・危険性を見込めばそもそも化石燃料等に比べて割高ではないか?と言う意見が多くを占めていますが、その種意見の場合にはこの技術を利用して世界展開して儲けを還元出来る場合にも(その儲け・・多くの人材雇用を生み出しているメリットを含めて)割高かどうかを検証しないと合理的な議論とは言えません。
原発反対運動家が原発が割高だと主張しながら、原発技術の海外輸出批判・・海外展開によるコスト引き下げ努力を批判しているのは、矛盾主張になります。

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