国家と国民4(民族意識1)

民族国家意識が世界で持てはやされるようになったのは、ナポレオン戦争時に戦争遂行便宜のために生まれたに過ぎません。
韓国や中国で国外脱出熱が高いのは意識が先に進んでいるのではなく、1周回遅れでまだ民族意識が定着すらしていない結果です。
元々漢民族と周辺諸民族の混交が古代から絶え間なく問題なく進んだのは、民族意識という強固なものが古代から存在しなかったことによります。
バルカン諸国等で民族雑居が進んでいるのも同じで、元々民族単位で争う習慣がないから長い年月の間に混交が進んだのです。
バルカン諸国が今世界中の火種になっているのは、元々民族対抗意識が希薄であったからこそ雑居が進んでいた地域だったのです。
ドイツでユダヤ人がナチス迫害を受けたのは、ドイツが西欧諸国内で一番ユダヤ人迫害の少ない地域・・住み易いからこそ多くのユダヤ人がいたことがマイナス効果を及ぼしたのと同じで、何が幸になるか不幸になるかは前もって分りません。
争うべき利害対立もないのに(同じ地域に混在している限り資源の奪い合いその他地域対立の合理的争点はあり得ません)西欧の民族感情を煽る意識が伝染して意識だけ先行して、民族自決の流行に遅れまいとして喧嘩するための喧嘩をしているような感じです。
民族意識は上記のとおりナポレオンがフランス革命後に介入して来た周辺諸候をはねのけるために徴兵の便宜のために言い出したに過ぎない・・元々排外的意識効果を生み出す元祖みたいなものです。
民族意識が高揚すると周辺国からの侵略を防ぐには効果の高い思想ですが、元々仲良く混在していてその地域の利害を共有している民族同士が内部でいがみ合うために、これを使うのは本末転倒と言うか誤用です。
千年単位で仲良くして来た民族同士が、外敵撃退のためではなく、内紛のために西洋の思想にかぶれて(格好いいと思うのか?)喧嘩する必要がないのです。
多分西欧列強が植民地支配するのに現地の民族対立を煽る方が統治し易い(繰り返し書いて来た離間の策です)ので、世界中に民族意識や宗教意識を植え付けて教育して行ったものと思われます。
ナポレオンの言い出した民族意識にまだ染まっていなかった清朝支配下や李氏朝鮮では、身近に起きたアヘン戦争の結果に対して、政権維持に関する(権威喪失による)危機意識しかなくて、民族としての危機意識が殆どありませんでした。
これに対して、前回書いたように日本では古代から列島防衛のための民族意識が強固に育まれてきましたので、アヘン戦争のあった場所からとおく離れた日本では政権維持よりは民族の危機到来にどう対処するか・・北辺の国土防衛などに対する関心が国民の支配的意識であったこととの大きな違いでした。
民族存亡の危機に対応するために必要となれば政権交代・・維新が起きたし、目的が民族の独立維持でしたから、列強の介入を招く大規模内戦をやりませんでした。
応援を求められると期待していたフランス軍の応援を幕府及び旧幕府軍(彰義隊や榎本武揚あるいは奥羽列藩同盟軍)が頼まなかったのは当然です。
これに対して今の北朝鮮も同じですが、民族の生活水準アップよりは現政権維持が出来るかどうかこそが最大・主要関心事です。
現体制維持のために国民がどんなに苦しもうと関係ないのが北朝鮮政体です。
朝鮮戦争では南北共に外国軍に応援してもらって、双方の外国から来た大軍に自民族を蹂躙させていたのですから、日本では想像もできないバカな話です。
清朝末期では西洋列強に対峙するために必要とした、いわゆる変法自疆運動も清朝支配維持にマイナスとなれば弾圧されてしまいました。
元々異民族支配の長かった中国地域では、他民族の支配下にはいること・・そのときそのときにより強い勢力が支配する・・イギリス支配でも結果は同じですから、それ自体大した問題にはならなかったのは当然です。
香港などはイギリス支配だからと言って住民が逃げ出すのではなく、逆にドンドン人が集まって人口が増える一方だったことを、08/30/05「都市の成り立ち9(異民族支配)」で書いたことがあります。
清朝自体が満州族によるその他民族を支配するものでしたから、西欧列強進出・領土割譲に対して我が国のように民族存亡の危機感などが生じる余地がなかったのです。

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