あいちトリエンナーレ不自由展に関する専門家意見と民意乖離7
  (表現の自由市場論16と世論軽視論の矛盾8)

専門家意見重視論は共産党がはっきり支持しています。
共産党自身性奴隷論を主張しているようですが、自党の主張にあっているからそのように主張しているだけなのか不明です。
共産党の主張によれば、共産党批判の主張集会開催を演劇とか芸術表現と銘打てば、公費補助しても良いかのように見えます。
ISなど過激派集団を支持している勢力が少ないので、IS糾弾集会や演劇などないのと同じで、わざわざ社民党反対や共産党反対の政治集会や講演会を開く右翼もいないでしょう。
もともと国民の大方に相手にされていない(過激派集団を含む)政治集団は、自分らを非難相手の集会が開かれるリスクがほぼ皆無という気楽さもあるのでしょうか?
政治集団が公的設備を安く使えるようにすると大きなメリットを受けるのは、国民支持のほとんどない過激派など(国民支持が少ないどころか嫌われている過激派政治集団にとっては、(例えば赤軍派反対の)自分らを標的にした政治集会される心配もないし)魅力ある制度かも知れません。
芸術祭を名乗れば、広告ポスターなど公立施設の名で出してくれるし、願ってもないことになるでしょう。
コミュニテイセンタ集会室などをサークルのように(毎週1回)年間使用申し込みをして、毎週日曜はAセンター、火曜日はBセンター、水曜日をCセンターという風に事実上回転させながら、(今は固定電話不要で移動式事務所でも十分です。)事務局みたいに使えるようになるのかな?
過激派集団は事務所を持ち、借りるのさえ大変だから大助かりでしょう。
議論すべきは政治活動に補助金を出したり公的施設を使ったりする便宜を与えないという基準が容認されるべきかどうかが先決すべき論点でしょう。
これが決まれば、政治主張の展覧会か、商業目的かの基準が憲法違反になるか?の問題となり、さらにその基準に違反するかどうかの判定は第一次的には行政機関の使用許否決定であり、それを最終的に決めるのは裁判所です。
主催した芸術家集団や政治家、商売人が自分でこれは商業目的でないとか、政治目的でないとか決めるべき権利ではありません。
コンサートや落語の演目決定はその主催者の自由でしょうが、その落語や音楽の時間が半分まで後の半分が政治家の選挙演説、または商品展示即売会と分かれば、その分については使用許可できないと決めるのは第一次的には施設の権限です。
愛知トリエンナーレ「不自由展」では、芸術監督がどういう企画するかの自由と、それを施設許可権者が政治目的部分不許可するかは別の問題なのに、企画者と許可権利者の権限分離がはっきりしていなかったとすれば議論を混乱させている原因でしょう。
知事が実行委員長になっていても許可権者としての知事の行為には、使用許可申し込み受け付けから始まる決裁手順があるべきなのにそれをしなかったのでしょうか?
あるいは担当部局が実行委員長の知事意向を忖度して許可すべきとしてしまったのでしょうか?
今回の争点は、もともと使用許可条件の問題であり、憲法論や芸術か否かの問題でないと思われます。
具体論・実務論では不利なので、しゃにむに芸術論や憲法論に引き寄せる傾向の主張が目立つ感じです。
内部決定を自由にできる自治権と、それを外部強制できる権利とは別次元です。
不自由展擁護論を見ていきますが、概ね、この違いを敢えてごちゃごちゃにしているように見えます。
ウイキペデイア引用続きです

展示再開への動き
日本ペンクラブ・・・日本軍『慰安婦』問題解決全国行動は・・・「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター・・・、日本YMCAが・・日本キリスト教協議会の金性済総幹事が・・展示再開を求め・・・。
日本バプテスト連盟の加藤誠理事長も抗議声明を発表した。
アムネスティ・インターナショナル日本は・・・河村たちの発言を「日本軍性奴隷制について、その歴史的事実のみならず、人権侵害に対する国家責任や被害者の尊厳などをも否定する言動である。」と批判し、「日本政府は『平和の少女像』の展示を攻撃する今回の公人の言動に対して、これを是認することなく公式に反駁し、日本軍性奴隷制の被害者の尊厳を傷つける発言をくい止めるための具体的な措置を取らねばならない。」と声明を発表した[92]。
平和の少女像の展示中止を歴史修正主義との闘いとする運動も行われた。
法学者の田島泰彦が「公権力が許す範囲で表現の自由を認めようとする流れが安倍政権にはある。
荻野富士夫小樽商科大学名誉教授や醍醐聰東京大学名誉教授らが加わって「歴史修正主義とのたたかいでもある」と決起した[119]。また、日本史研究会も2019年度の大会で「歴史の学術研究の成果を無視し、隣国への差別意識を助長する歴史修正主義及び排外主義に反対するとともに、昨今の事態に深い憂慮を表明し、表現・言論・学問の自由の重要性を強く社会に訴えるものである。」と声明を発表した[120]。

以上いろんな専門分野の人々の声明らしいですが、要は慰安婦の性奴隷制を否定するのはけしからんという政治論が基本であり、公費助成対象がどうあるべきかの議論ではありません。
専門分野と言っても議論の立て方は思い込み集団レベルのイメージです。
歴史修正主義批判論に対する意見は、8月24日に書きました。

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