行政警察2(最判51年決定〜米子銀行強盗事件)

昨日の中央ロージャーナルの論文・第一京浜事件最判部分引用続きです。

II 第一京浜職務質問および車内検査事件での最高裁判所判断の検討
だが,この事件での車内の検査は違法と判断されるべきものなのだろうか。
1.家のプライヴァシーと自動車のプライヴァシーの相違
5.車内に立ち入って「懐中電灯で車内を照らし,背もたれを倒し,座席をずらせて調べる行為」の適法性─同意・承諾は絶対的条件か
(1) 最(3小)昭和 51・ 3・16 決定18)との関連
この事例は,飲酒運転で物損事故を起こした疑いのある被告人を警察署に任意同行し
た後,呼気検査を求めたがそこでも呼気検査を拒否し,母親が来れば警察の要求に従うと述べた被告人が,母親の来署前に,マッチを取ってくるといって,玄関の方に向かって小走りに行きかけたのを,警察官が,「風船をやってからでもいいではないか」といって左手首を摑んだところ, 被告人がこの警察官に暴行・ 傷害を加えたという場合であり,第一審はこれを任意捜査の限界を超えたものだと判示したが,第二審はこの警察官の行為は説得のための活動であるとみて許されるとした。
最高裁は次のように判示している。
「捜査において強制手段を用いることは, 法律の根拠規定がある場合に限り許容される」。しかしながら,「ここにいう強制手段とは,有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく,個人の意思を制圧し,身体,住居,財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など,特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて,右の程度に至らない有形力の行使は,任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。
・・・必要性,緊急性などをも考慮したうえ,具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。」

 このように判示してこの事件での巡査の手首を摑んだ行為は,呼気検査に応じるよう被告人を「説得」するために行われたものであり,その程度もさほど強いものではなく,適法な職務行為であると判示した。
・・・・強制手段とは,「個人の意思を制圧し,身体, 住居,財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など,特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」を意味するとの判示は,職務質問のあらゆる場合について相手方の同意が得られなければならないことを判示したものではなかろう。
・・・常に同意によることが必要であると解することは,後述のように,職務質問の制度の趣旨と合致しない場合を生ぜしめ,職務質問の必要性が最も高い事案で全く実効性を発揮できない制度としてしまうことになろう。
最高裁判所の判断も, 自動車の挟み撃ち検問を認めた事例やエンジンキーを回してスイッチを切った行為20)やエンジンキーを取り上げるなどして運転を阻止した措置
21)を職務質問の観点からも適法とする判断を示して, 上記の51 年判例の事例とは異なる,事例の特徴を踏まえた判断をしてきている。

(2) 米子銀行強盗事件最高裁判例との関連

(第一京浜事件では・稲垣注)違法である根拠が「 承諾がない」,というところに求められているが, この点は 米子銀行強盗事件と整合しているのか否かが問われなくてはならない。
銀行強盗の不審事由のある被告人らに,緊急配備検問により停車させた自動車から下車を求め職務質問したが,質問に答えず,所持品の検査も拒むなどの状況があり,そのままでは不審事由の解明に支障がある状況で,承諾がないまま,施錠されていないバッグのチャックを開けて中を一瞥した行為を最高裁は適法であるとして,次のように判示した。
「警職法は, その2条1項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで,所持品の検査については明文の規定を設けていないが,所持品の検査は,口頭による質問と密接に関連し,かつ,職務質問の効果をあげるうえで必要性,有効性の認められる行為であるから,同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があると解するのが, 相当である。
所持品検査は,任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから,所持人の承諾を得て,その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。しかしながら,職務質問ないし所持品検査は,犯罪の予防,鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であって,流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは,所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく,捜索に至らない程度の行為は,強制にわたらない限り,所持品検査においても許容される場合があると解すべき」である。
・・・「所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障するところであり,捜索に至らない程度の行為であってもこれを受ける者の権利を害するものであるから,状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて, かかる行為は 限定的な場合において,所持品検査の必要性,緊急性,これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し,具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ,許容されるものと解すべきである。」
この判示は職務質問制度の趣旨に適っている。
とりわけ都市化された社会における犯罪の予防・犯罪発生後の早期の摘発・発見という警職法の目的を達成する観点からすれば,職務質問に伴う所持品検査が明文で規定されていないとはいえ,所持品検査により不審の有無を確認することができるときに,これができないとすれば,立ち去るのを許さなければならないことになり,その後に犯人であることが判明したとしても,遅きに過ぎ,街角を曲がっただけでもとらえにくくなり,都会のビルやその他の不明な場所に移動し潜伏し,あるいは,自動車で逃走されてしまった後の逮捕は困難となり,犯罪の予防や犯罪発生後の早期の摘発・発見という警察官職務執行法の目的は挫折させられてしまう
このような観点からすれば,法執行の安全性を確保し,不審事由がある場合の不審事由解明のための活動が, 殺傷等を懸念することなく行えるように凶器の捜検(frisk)23)が認められるのはもちろん,それに限らず,不審事由解明のための所持品の検査も認められるべきことになろう。

中央ロージャーナルでは省略されていますが、米子事件の判例解説では以下の判旨も記載されていますので、ついでに紹介しておきましょう。
http://hanrei.blog.jp/archives/958438.html
⑤ 本件をみるに、被疑事実は猟銃及び登山ナイフを使用しての銀行強盗という重大な犯罪で、犯人の検挙が緊急の警察責務とされていた状況のもとで、深夜に検問の現場を通りかかった被告人らが犯人としての濃厚な容疑が存在し、凶器を所持している疑いもある状況の中で、被告人らが黙秘し、警察官による採算のボーリングバッグ等の開被要求に応じないなど不審な挙動をとり続けたため、所持品検査の必要性、緊急性が強かった反面、検査の態様は、施錠されていないバッグのチャックを開被し内部を一瞥したに過ぎず、法益侵害の程度も大きくないから適法とした。これに対して、施錠されたアタッシュケースをドライバーでこじ開けたことは刑事訴訟法上の捜索と目すべき行為であって違法であるとして原審判断を是認した。
もっとも、施錠されたアタッシュケースをこじ開けた警察官の行為は、ボーリングバッグの適法な開被により既に緊急逮捕できるだけの要件が整い、極めて接着した時間内にその現場で緊急逮捕手続が行われている本件では、緊急逮捕手続に先行して逮捕の現場で時間的に接着してされた捜索手続と同一視うるものであるから、アタッシュケース及び在沖していた帯封の証拠能力はは移譲すべきものとは認められないとした。」
ドライバーでこじ開けたのは行き過ぎ・所持品検査としては違法であるが、(その前に紙幣の束が見つかっていたので)刑訴210条の緊急逮捕の要件があった状況を認定した上で(刑訴法220条で)逮捕時に所持品の捜索差押えが令状なしにできるので)結果的に証拠能力の排除をしていないようです。

刑事訴訟法

第二百十条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
第二百二十条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第百九十九条の規定により被疑者を逮捕する場合又は現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、左の処分をすることができる。第二百十条の規定により被疑者を逮捕する場合において必要があるときも、同様である。
一 人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り被疑者の捜索をすること。
二 逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること。

上記事件では一つのバッグから合法的に銀行強盗によるとみられる紙幣が見つかっているので、緊急逮捕手続きに入ってからもう一つのバッグをこじ開けていれば違法でなかった事件だったからでしょう。

©2002-2016 稲垣法律事務所 All Right Reserved. ©Designed By Pear Computing LLC