憲法と国家4(南原繁氏の普遍価値論1)

南原氏は、戦後教育改革の中心人物として戦後教育政策に対して絶大な影響を及ぼしたし、思想界でも丸山眞男その他戦後の支配思想を形成した一流人材を門下生に擁するなど、戦後育った我々世代が無意識のうちに「日本ってこんな国」という刷り込みをしてきた張本人または大恩人です。
この重要な人物の思想について、私の能力では難解すぎて無理を承知で以下の論文を引きながらラフな紹介をしておきましょう。
まず結論から入ります。
高齢化すると、順を追った克明な説明を理解する能力が下がり、話を遮って「要するにこう言うことか!と聴きたくなりますが、この応用です。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hss/book/pdf/no97_05.pdf

(研究ノート〉
宗教ナショナリズムと南原繁
西 田 彰 一
おわりに
本稿において、筆者は南原繁の政治哲学を題材に政治と宗教の問題を検討してきた。
・・・南原は侵略を否定した内向きの議論であることも多いため、これまで侵略主義的な超国家主義論者たちに抵抗した人物として扱われることは多かったものの、その共通性については十分に検討されてはこなかった。
しかし、そこをあえて超国家主義論者たちとも共通する地平の問題として扱うことで、あらたな論点を発見できると考えたのである。
その結果、南原の宗教理解とは政治と宗教を分離して扱うものの、それは人格をもった個人が宗教を求めるのと同様に、政治共同体もまた宗教を求めるのであるとする議論であったことを発見した。そのために、宗教は永遠の理想として目指されなければならないものとなり、理想と現実の峻別が強調されるようになった。
しかし、その理想と現実の峻別は理想を固定的にとらえるために、理想そのものの正しさについては検討されることがない。そのため、英米のプロテスタント信仰の在り方が現実の問題として理想化され、理想そのものの妥当性について検討されることは生じなかった。そのために、南原は戦後はアメリカの占領政策を実質的に批判的にとらえることはできず、国民を民族に横滑りさせて、それに追従していくことになった。また、理想を問えなかったことは、共同性の問題を単に文化の練達という相互理解の問題に落とし込むものであった。

上記を見ると南原氏は、現実国家の上に超国家思想を持つ点で戦前右翼・超国家主義者と同根でないかと上記執筆者は見ているようです。
そもそもそも丸山眞男がCHQの神道指令に呼応して言い始めた「超国家主義」とは何か?その前提たる「国家神道」とは何かの定義すらはっきりしていないようですが、この点については、以下に詳しい批判がありますので関心のある方はお読みください。
http://www.zb.em-net.ne.jp/~pheasants/kokkas.htm
以下飛び飛びの引用ですのでそのつもりで読みください

丸山真男・超国家主義論のカラクリ
丸山論文のポイント
『現代政治の思想と行動』にあるこの短い論文が、永い間重要視されてきたことは事実である。さらに今日では、著者本人とともに「神格化」されているとまで言われている。なぜこうなったのか、以下で検証する。

まず第一に、丸山論文にある超国家主義は、GHQ神道指令において定義されたものである。
また第二に、同論文が雑誌『世界』の昭和21年5月号に発表されたことを確認する必要がある。
第三として、この論文の構造が教育勅語の構造を基礎に書かれたという事実がある。

神道指令の超国家主義
神道指令は国家と神道を分離せしめる指令である。GHQは、我が国の昭和戦前における軍国主義の基礎が神道、なかでも彼らのいう国家神道にあると断定した。
神道指令は具体的な国家と神道の分離政策、そして大東亜戦争や八紘一宇などの用語、文部省『国体の本義』や『臣民の道』などの頒布を禁止したものである。
なかでも大事なことは国家神道が含む「過激なる国家主義」「超国家主義」(ultra-nationalistic ideology)の定義である。
神道指令によれば、天皇・国民、そして国土が特殊なる起源を持ち、それらが他国に優るという理由から日本の支配を他国・他民族に及ぼすという信仰あるいは理論、これが過激なる国家主義あるいは超国家主義である。
・・・ポツダム宣言から公職追放令まで一貫しているのは「世界征服思想」である。これこそ彼らが日本から排除したかった「精神的武装解除」の最たるものであったと考えて自然である。

以下略・上記論文?主張によれば丸山眞男は教育勅語を誤読した上で、神道指令の単語を言い換えただけで、事実にもとずく定義ができていないと批判されるようです。
ついでに国家神道についての上記著者によれば以下の通りですから、これも関心のある方はお読みください。
http://www.zb.em-net.ne.jp/~pheasants/kokkas.htm国家神道研究

国家神道というものの正体が分からないままに今日に至っている。その国家神道とは、あくまで昭和20年12月15日のGHQ神道指令にある国家神道である。つまりGHQの定義による。
ポツダム宣言・神道指令を経て日本国憲法第20条そして第89条が制定された。なかでも神道指令は国家神道というものを定義して国家行政と神道を厳格に分離させようとしたものである。
しかしこの国家神道なるものの正体はあいまいであり、国家の神社行政の中には、つまり神社関係法令のなかには神社は非宗教とするものしか見当たらない。むろん教義もない。法令をあげると次のようなものである。
明治15年   神官教導職の兼補廃止 (神官は非宗教家、府県社以下は別途)
明治33年   神社局設置        (神社非宗教、神社のみ担当)
昭和15年   神祇院官制        (神祇院の設置、神官職督励)
教義がなく法令上も国家神道を特定できるものがない状態で、国家神道という言葉のみが様々に用いられている。
以下略

以上の点は措くとしても、南原繁氏は宗教的理想と政治的理想を区分けし、宗教的理想をプロテスタントに見ていたようです。
上記によれば、南原氏の基本思想はこのシリーズの関心・憲法で保障する平和論や人権論が国家存立を超越するか?「国家が滅びても守るべきテーゼがあるか」の関心にまともに関係する政治思想家であったことが分かります。
国家を超えた普遍的価値を主張する点で現在主流あるいは100%を占める憲法論(侵略されたらどうするかの問いに答えない非武装論や天賦人権論)の基礎を形成した人物になります。
※普遍的価値観共有といえば、安倍政権の価値観外交が想起されますが、もちろん彼も同じ日本社会の戦後空気の中で育っていますので、私(多分大多数の日本人が)同様に洗脳されて育っています。

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