仮処分制度と領域設定2

小さな裁判所で司法機関において利害調整を経た政府の高度な政治判断を覆すような事件について仮処分が出るようになると、これを是正するシステムが機能していないことも大きな問題です。
個人の問題ではなく組織対応・・制度の改正・そもそも即時効力の出る仮処分に馴染むのか?がテーマになってくるでしょう。
政治決定のように多様な利害参加のない司法システムでは、万に1つでも過ちが起きるリスクを修正するための上訴制度があります。
重厚な手続きをする本案訴訟の結果出た判決でさえ控訴されると直ぐには効力が出ない仕組みです。
(例外的に仮執行宣言制度がありますがこれも保証金を積んで停止することが出来ます)
仮処分は、緊急性を前提に証拠も証明ではなく疎明で足りるし、手続的にも簡単な審理ですぐに決定が出る仮処分の方がすぐに100%の効力が出ます。
しかも、これが不都合な場合に異議申し立てしても効力が停止しない(単独判事の仮処分とは違い合議の仮処分の場合、異議審も同じ裁判長なので100%停止が認められません)・・大きな事件では異議申し立ての結果が出るまで長期間かかってしまいます。
即時抗告して上級審で(あるいは別の裁判体でちがった視点から再考)緊急停止出来る制度がないのは,簡易迅速性重視の仮の裁判(誤りが多くなります)システムとしてはバランスが悪く感じられます。
これが地方などの貧弱な裁判体などで仮処分がされて仮にこれがおかしいとした場合でも、(繰り返し書くように本件仮処分内容をまだ知らないのでこの仮処分がおかしいと言っているのではありません)事実上長期間救済の方法がないので、不都合が顕在化します。
たとえば解雇無効の裁判の場合、裁判期間中労働者に給与がないのでは生活に困る・・対等に戦えないので、平等に戦えるように裁判終結までの間、賃金の仮払を命じる必要が高いし、支払う方もその間に仮に支払っても代替性のあるお金で済むので(どうせ給与を払い続けるしかないならば解雇もむやみにし難い・・抑制効果も期待出来ます)無理がありません。
また最終的裁判の結果仮に労働者が勝訴して職場復帰しても、居辛くて無理があるので金銭解決で終わるの一般的です。
これが最近簡易即決的・・スピーディーな労働審判事件が(何でも安易に金で解決しようとする点に批判がありますが)隆盛になっている所以です。
このように仮に金銭を支払えと言う場合には,代替性のあるものの供給ですから本裁判の結果覆っても大した損害がありませんが、(仮に払った賃金は事実上回収出来ないのですが、その点は解雇を仕掛けるときに数年分無駄金払ってもやめてもらう方が企業にとって得かどうかの計算をしておけばいいことです・・。
ここ1〜2年解雇を検討した事件では、毎日出勤するものの、まともに仕事しない労働者がいて「解雇するならしてくれ、裁判すると言い張っている」事件がありました。
聞いてみると網膜何とか症になったのは労災だと言って、全く仕事しないで机に座っているだけの状態が何と4〜5年経過していると言うのです。
医学的に調べても職務と関係がないようなので「裁判するしかないでしょう」と言うことで準備に入ったのですが、このとき仮に一定期間解決金支払になって元々過去何年も無駄に払って来たし今後も裁判しないと定年まで払って行くしかない以上は同じことだと言う説明をしたことがあります。
この事件は弁護士が準備に入ったことが漏れたのか、イキナリ自発退職申し出があって、事件にならずに終わりましたが・・。
このように金銭解決の場合には取り返しのつかない事態はありません。
仮に命じられた内容が代替性のない損害の場合は後で裁判に勝っても、甚大な被害が生じます。
労働や結婚・養子などの有効性などの紛争で裁判が決まるまで仮に働け・一緒住めとか、明け渡し訴訟で仮に家を壊せと言うのは、性質上おかしいことは誰でも分ります。
金銭支払その他大量供給製品に関する仮処分は、本案裁判の結果間違っていることが決まってから後で返してもらえば元に戻ります。
その間にお金がなくなって、倒産するような場合は例外中の例外です。
(個人零細企業は人間関係があるので解雇などの乱暴な事件は皆無に近いでしょうから裁判になる労働事件では大企業が普通ですので労働者一人分くらい仮に払っても倒産することは滅多に考えられません。)
これに対して「仮に働かせろ」と言う場合、職務遂行にミスばかりするような場合(修理がずさんで使いものにならないで苦情ばかり来るとか、顧客訪問約束や修理に伺う約束を忘れてしまい苦情が来て困っている社員など)企業損害が拡大します。
顧客に迷惑をかけて事業損失が拡大したり遅刻頻発、勤務時間中に抜け出すなどの規律乱れの場合、他の社員への影響・・・)裁判で勝ってからの金銭賠償と言う訳には行きません。
建物が仮処分で壊されてしまった後、数年経って裁判に勝った場合元に戻れるにしてもその間に新たな場所での生活が出来てしまうので引っ越し費用や新築費用だけの問題ではなくなります。
こう言う仮処分はもしも本裁判で覆った場合に回復不能な面があるので実害が大き過ぎるので原則として認められていませんが、これは法の縛りではなく裁判官の裁量で決めているだけです。

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