都市集中と地方出身者

いわゆるグローバリゼーションが明確になって来た平成(中国の改革開放とソ連の崩壊)以降首都圏や大阪圏、福岡、名古屋圈等の大都会周辺を除いては、今では大都市への脱出が農村の子弟だけではなくなり、地方中核都市・・県庁所在地でさえ人口減が始まりつつあります。
この結果大都市住民親世代の資力・遺産と人口減に向かい始めた地方(都市を含めて)住民の資力・遺産とでは、期待価値観に大きな格差が生じています。
都市住民二世三世(とりわけ非正規雇用等の弱者)では、高度成長期に蓄財をした親世代が生きているうちの資産効果・親からの援助(同居継続も援助の一種です)と死亡後の遺産価値の重要性が増して来ていますので、september 20, 2010「所得低下と在宅介護」のブログで書いたように江戸時代までの3世代共同生活の必要性が高まり、ひいては家族共同体意識の復活・・親孝行意識が再来しそうな雰囲気となって来ました。
これに対して低成長期に入ったことによる現在の都市住民の意識変化(親からの援助と死亡後の遺産期待価値上昇)は東京大阪その他大都会経済圏特有のもので、地方では県庁所在地の都市を含めて職場の減少→人口減少が続いているので、地方在住の親の資産価値は今でも下がる一方ですから、大都会とその他に二極分化しつつある時代です。
職業の大半がサービスその他都会的職業になって行く以上は、首都圏や大阪等の大都会に人口が集中して行くしかありませんし、公的負担面でも効率的です。
バカの一つ覚えのように(これといった根拠なく)東京1極集中是正が言われますが、集中することは生活が便利になるばかりですから、都市集中がア・プリオリに弊害があるかのようなマスコミの論調は、長かった農業社会への(合理的根拠ない)郷愁を前提にしているとしか考えられません。
大都会もだだっ広く広がるのではなく60〜100階建を原則に集中立地し、その他は緑したたる田園地帯にして行くようになるべきでしょう。
工場等生産設備・大学等は田園の中に所々にシャトウのように綺麗に立地して、中心部から通う仕組み・・今のように郊外から中心部に通うのではなく中心部から郊外へ放射状に通う仕組みにするのが私の描く社会・・都市計画像です。
地方出身者と大都会2〜3世との経済格差と非正規雇用の問題については次回・新春以降に書いて行きます。
明日から年末年始コラムになりますので、今年のレギュラーコラムはこれでおしまいですが、都市計画の点は別の機会に譲り、年末年始特別コラムに続いて出身地域格差と都市住民内の格差に関して引き続き書いて行く予定です。

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