地方自治制度の悪用2(国家意思の不貫徹)

昨日与那国島の例を紹介しました。
自治制の弊害を最大限悪用しているように見えますが、この悪用のために今でもいわゆるプロ市民(もしかして日本人だけではないのか?)が沖縄に住民票を移して基地反対運動に励んでいると言われています。
憲法の勉強をしていると地方自治の重要性の記述が多いのですが、どの論文にも民主制の基礎と言うばかりで何故重要かの具体的説明がありません。
日本が将来国力回復しても一枚岩で行動出来ないための妨害装置としての遺産・・アメリカの重要な置き土産だから非武装主義同様に論理的議論を許さない・・宗教のようにあがめるしかないと言うことでしょうか?
全国に波及する基準は全国統一の方が良い・自治体ごとに自主性がある・・基準が違う必要がないばかりか自治体ごとに基準が違うのでは有害です。
TPPの基本は加盟国では1つのルールにしましょうと言う精神の国際版です。
全国統一基準必要な分野で地方自主性があると却って混乱します。
電化製品やクルマの部品が地方ごとに違う基準では、全国的サプライチェーンでの製造が出来ません。
客観的な物品規格統一だけではなく、人間交流や物流の発展によって、国内では価値観均一化も進んでいます。
私の高校時代には、あちこち一人で旅行すると地域ごとに違う家の形や風景の違いを見るのが楽しみでしたが、今ではどこへ行っても似たような家の建て方ばかり・着ているものも職業生活も食べ物(千葉で九州の野菜など普通に食べているように)まで皆同じです。
ホテルも全国似たようななサービスがあり事前予測可能・もしもホテルごとに歯ブラシやタオル持参などの必要性が違うと準備するのに困ります。
こう言う時代になると自治体行政は身近な(全国共通基準が望ましいが経済力に応じた)サービスをやれば良いのであって,国家戦略的分野について特定地域だけが特別な権利を持つ理由がありません。
ヤマ1つ越えると何もかも言葉まで違う・・いろんな生活習慣の違う時代に出来上がった自治体ごとの基準の違い・・・「これを尊重しましょう」と言う価値観を今でも強調するのは何百年も使っていない死法をイキナリ持ち出して処罰するようなものです。
アメリカは今、沖縄基地反対運動に困っていますが、元はと言えば将来日本が国力回復したときに統一国家としての行動が出来ないように、妨害するために無茶な自治制度を作っておいたことが自分に跳ね返ってきたのです。
中国の反米・反基地闘争に利用されて基地利用に困っているのは、アメリカが遺産として残した平和憲法に縛られて日本に軍事協力させる足かせになっているのと同じ構図です。
大きな河川や海岸は本来国家管理が原則ですが、埋め立て等の現状変更には、地元漁民等の利害があるので、これに精通している自治体の許認可にかからしめている程度のことであって、(道路交通法規は全戸国一律ですが、追い越し禁止や徐行区域などの設定はカーブその他の状況を良く知っている地方に任せた方が良いと言うだけのことです)その決定基準自体が国家基準と違って良いと言うものではありません。
現憲法家では、何かちょっとした国家的政策を実現しようとするとほぼ100%地元同意が必要ですが、こんな無茶な制度を持っている「統一国家」があるでしょうか?
自国が侵略されて国民が虐殺されても抵抗する権利・・自営する権利もない憲法って、国民主権原理からして無効じゃないかと書いてきましたが、現行の地方自治制度・・地方の同意がないと国家が出来ないシステム自体が、国家権力そのものの否定・・日本を1つの統一体として認めない意味での国家権力の否定です。
昨日与那国島の住民同意の例や裁判例を紹介しましたが、国境に所在する軍事基地が戦闘の危険が迫ると撤去を求められる・・存在してはいけないかのような裁判所の判断が普通に出て来るのをみれば、国家のあり方に対する思考までも狂ってしまっているとしか良いようがありません。
統一体・・クルマで言えば、バンパーがあって本体の安全性を高めますが、ぶつかる危険を引き受けるばかりでは不公平だ、そんな部品をなくせと言うのは矛盾です。
国境地域だけが防衛負担するのはイヤだとい出して、国境から100kmまで守備隊下げておくと、その防御地点が最初の被攻撃地点になるのでその周辺が不満を言い、200k地点に下げると今度は200k地点が最初に攻撃されるのは不公平と言い出します。
これを繰り返して行くと最後は首都で最初に引き受けろとなりますが、そうなると首都住民外の国民を見捨てるしかなくなります。
辺境の地が国家全体のために防衛を引き受ける義務がないと言えるのだったら、国家防衛は成り立ちません。
アメリカが占領支配下の日本民族に対して自前の軍隊保持を禁じただけではなく、国家意思よりも地方の意思・・決定が結果的に優先するシステムを憲法に組み込んだのはは、仮に将来再軍備したとしても国家防衛のための基地を政府が思うように作れないシステムを残して行ったことが分ります。
国土内に国家意思の貫徹出来ない場所を憲法で設置した結果、日本列島を都道府県数だけの小国に分解することを米軍が強制したことになります。
まして我が国は異民族が連合して作った国家ではありません。
連邦性国家でも(ロシアやアメリカで)国家防衛のための軍事基地の設置に地元市町村の同意が要るとは考えられません。
護憲論者は現実無視・空理空論の集まりと言われるのは、独立国家としてありえない制度を議論抜きにして憲法を守れと後生大事にするところにあります。
国家意思が貫徹出来ない制度は統一国家として自己矛盾ですから、戦後日本は法的には分裂状態に置かれて来たことになります。
自治体の無茶な主張を引き出そうとする勢力は、この法的分裂状態を強化し保持しようとする勢力です。
法制度論は別としても、上記のとおり地域独自性がなくなって行く一方なのにこれを強調するのは無理がある実態を無視出来ないからか、翁長知事はこの無理(全国利害のテーマを地元の同意にかからしめる主張)を通すために「沖縄の人は日本の先住民族?少数民族なのに民族自決権が侵害されている」と言う趣旨の翁長知事の国連やアメリカでの演説になって来るのでしょう。
日本全体の支持を受けるための政治活動をするのが本来国内政治家の仕事ですが、海外発信に努力するのは、いわゆる文化人同様に国内支持の足りない分を国連などの介入・・例の国連報告書や対日勧告を取り付けるための行動でしょうか?
翁長氏が国連で演説してもアメリカ軍基地妨害目的が見え見えですので慰安婦問題のようにアメリカが応援する筈がないですから、翁長知事としては、中国の支持だけでもうけた方が良いと言う立場に切り替えたのでしょうか?
日本から沖縄切り離しを狙っている・・と言うよりは尖閣を譲らないと沖縄まで狙うぞ!と言う脅しでしょう・・・中国のあと押しを期待しているのでしょうか?
中国としては、着々と布石を打っているつもりでしょうが、逆効果のように思えます。

地方自治制度の悪用1(僻地・末端の重要性2)

昨日から地震災害で紹介したように、地方の決定・自然災害がサプライチェーンを通じて全国波及する時代です。
原発稼働の可否は立地する市町村・・僻地だけに利害のあることではなく、経済合理性や環境破壊の有無は言うに及ばず、国防政策や日本の将来の産業構造を規定する全国的関心のある事柄です。
学問的も、全国原発停止以降原子力関係学科の志望者が激減しています。
1地域住民の賛否や・・(ドサ廻りになっている)数人の末端裁判官の意見で国家の枢要事を決めて直ぐに国家意思として強制力が出る仕組みがあるのは制度的に無理があります。
この辺は沖縄の基地問題の議論も同様で、国防に関する決定を地元沖縄の意見で決めようとする運動自体おかしな議論です。
裁判官で言えば、地方小単位の社会に関係のある決定権者として、地方に赴任しているに過ぎないのにタマタマ全国的テーマが地方の管轄になると、俄然(上級審の結論が出るまで原則として効力が出ない本案訴訟手続があるのに、これをしないで即時効のある仮処分決定するのは)全国民に影響のある決定権を行使するのは権限乱用です。
内乱罪等国家的影響のある事件は高裁から始める特別規定がありますが、原発や軍事基地のあり方など1つの裁判結果が全国に影響を及ぼすことが明らかな事件は、高裁ではなくとも大規模庁に専属する仕組みにする・・あるいは原則として仮処分を許さないなどの配慮をすべきでしょう。
世界中どこの国で、国家的関心事である軍事基地の設置に関して地元自治体の同意を必要とする→地元裁判所で一次的な決着がついてしまう国があるでしょうか?
軍事基地や原発は、国全体のためにあるものですから、その基地や施設が国全体のためにある・・その地域だけのものではないのは当然です。
実際原発規制委は全国を管轄にして審査しています。
沖縄の基地移転については海面の埋め立てが必要なために県知事の許可や承認にかかっているので、国が県知事の承認がないと埋め立て出来ないと言う変な法制度がガンになっているようです。
ソモソモ民間が公有水面を埋め立てるには、(勝手に出来るでは困るので)許可がいるのは当然としても、地方で許可しても国家の大局からみて不都合なときには、国が取り消せる制度設計が本来です。
地方自治制度と国のあり方の基本問題ですが、国の決定の可否を自治体が最終判断出来る・・逆の制度設計は無理があります。
いわゆる「法の間違い・・不備」を衝いているのがこの種事件一般のあり方です。
民間または同格の公共団体(喩えば隣の県が隣の県内の海を埋め立てるのは埋め立て地の県の同意が要るなど)が行なうときだけの制度であるべきでした。
国が決める場合地方の意見を聞かねばならないと言うのは分りますが、地方が国策の最終決定権を持つのは統一国家の制度としては無理があります。
地方自治は、戦後憲法(アメリカの押し付け)で出来た制度で、その前には官選知事制度でしたから、知事の許可の権限=国にの命令次第だったので矛盾がなかったのです。
地元民の民選になる都知事が最終決定権を持ったままにしておくのは、国家意思の一体性からして無理があります。
アメリカは、将来日本が言うこと聞かなくなれば、政府と地元の対立さえ起こせばにっちもさっちも行かなくなるように、(武力不保持条項同様に)時限爆弾のようにアメリカが置き土産として残した仕掛けだったかも知れません。
何しろ尖閣諸島情勢緊迫により、自衛隊が遠くから駆けつけるのでは・・時間的に不利なので最寄りの島に駐留するにも地元民(大人だけで言えば千人前後?))の賛否をとっていましたから、(公明党の言うように外国人にも地方自治体への参政権を与えると・・実際以下に紹介するとおり基地賛否の住民投票には外国人にまで投票権を与えています。)イザとなれば中国系の勢力浸透は簡単です。
ウイキペディアによると以下のとおりです。
  与那国島
人口1,745人、年平均気温23.6℃、年間降水量2,363.5mm。石垣島からは124kmの国境の島で、台湾宜蘭蘇澳港までは111km

以下は与那国島と防衛問題に関するウイキペデイアです

2014年3月31日、国と与那国町との間で町有地を貸す契約が正式に結ばれた[25]。2014年4月19日、小野寺五典防衛大臣出席のもと、沿岸監視部隊配備のための着工式典が開かれた[26]。2016年には、200名弱の自衛隊関係者が与那国町に駐屯すると見られる。
2014年9月7日投票の与那国町議会選挙で、町議会は誘致派が3人、反対派らが3人となった。誘致派が議長となったため、議長を除く議席構成では、反対派が多数となった。反対派らの賛成多数で、自衛隊誘致の賛否を島民に問う反対派が主導する住民投票条例が可決され[27][28]、2015年2月22日に陸上自衛隊沿岸監視部隊配備の是非を問う住民投票が実施された。
この住民投票に法的拘束力は無いものの、与那国町の住民投票条例は町長と町議会に対して「投票結果を尊重」するよう求めている[29]。誘致反対派の要求により、この住民投票での投票権は中学生以上の未成年者や永住外国人にも与えられた[30]。この住民投票には、有権者1276人のうち1094人が投票し投票率は85.74%。開票結果は、賛成632票、反対445票で、賛成派が多数を占めた[31]。しかしながら反対派は納得せず、工事差し止めを求める裁判を起こすことを検討している[30]。
反対派住民30名は武力衝突による平和的生存権の侵害や電磁波による健康被害の恐れを根拠に駐屯地の工事差し止めの仮処分命令申し立てを行ったが、那覇地方裁判所は2015年12月24日付けで却下した。決定理由として、武力衝突に至る恐れがあることを認める資料がないことや、電磁波の強度が法律の基準値を下回ることを挙げた[32]。住民3名はこれを不服として即時抗告したが、福岡高等裁判所那覇支部は2016年2月19日付けで却下した

※上記決定によれば「武力衝突のおそれがないこと」を理由の1にしているのですから驚きです。
武力衝突のおそれがあれば自衛隊基地の存在が許されないと言うならば、まんがではないでしょうか?

仮処分制度と領域設定3(主張立証責任1)

仮処分は、本案訴訟のように重厚な審理(証人尋問などの手続がありません・・)をせずに早く決める必要があるのは、給与の仮払い等金銭支払などでは理解可能ですし、迅速性の必要からすぐに効力が出るようにする意味があります。
喩えば、養育料や離婚紛争時の生活費を「仮に払え」としないと4〜5年裁判の決着がつくまで払わなくて良いとなると,裁判後で4〜5年分まとめて払ってもらっても子供の養育・成長について、取り返しのつかない結果になります。
このように金銭支払の仮処分は貰う方が弱い立場でしかも長期間・・数年も裁判の決着がつくのを待っていられない緊急性もあります。
原発のような国家的規模の設備運営について本裁判をせずに効力が出る・・「仮り」に・・と安直に決める緊急性があるかどうかの判断が重要ですが、これが裁判官の裁量でどちらでも出来る現行システムに問題がないかの議論が必要でしょう。
原発事故が起きると大被害が出るから「仮に」決める必要があるとも言えるし、また1000年に一回の大地震災害がいつ来るか分らないから一日も早く停止する必要があるとも言えるし、逆にいつか分らないのだから本裁判をする期間を待てないほど急ぐ必要がないとも言えます。
一般的考え方・・日本中の海岸付近のその他の居住区域が危険だからと言ってすぐに立ち退くようなことをしていませんし、学校や鉄道・橋梁などの耐震補強について、時間がかかっても順にやって行けば良い・・緊急性があるから補修を済まさない限り使っては行けないと言う運用ではなかったと思います。
緊急停止を命じる必要性の判断です。
一旦停止を命ずる「仮の」処分が出ると小さな裁判所では、事実上別の裁判長による判断が出るまでには数年〜5〜6年もかかる仕組みですから、原発関連企業や労働者はその間どこかへ移転したり再就職するしないし、地域経済はどうなるかなど利益衡量すべき事柄が山積しています。
普通の産業の場合,食堂でもホテルでも5年も営業停止していると・・しかも待っていれば必ず裁判が逆転出来て再稼働出来る保障もないし顧客・労働者・仕入れ先流失など産業基盤喪失で廃業の危機に見舞われます。
福島原発事故では、私に言わせれば不要な広い範囲の居住禁止・・避難命令が出たので、今になって「元に戻っても良い」と言われても戻る人が少なくなって困っています。
日本中どこかの過疎地で仮処分申請が際限なく出て来ると(反原発派は今回の仮処分に勢いを得て全国全原発に対する一斉申請を仕掛けるでしょう)いつどこで新たな仮処分が出るか分らない・・仮に100件のうち一件でも出る可能性があるとなれば、業界や地元に経済にとっても予想不能な巨大リスクになります。
言わば合法的ゲリラ社会になります。
下請けや納入業者だって、いつ断られる分らないのでは不安ですから別の仕事があれば受注したくないでしょう。
これを受けて仮処分決定の翌日には、電力関連の株価が急落しました。
原発事故の可能性によるリスクよりは、仮処分リスクの方が大きいと言う市場の反応です。
事故が近いうちにあれば電力会社にとって、致命的損害ですから稼働停止仮処分は本来株価上昇になる筈です・・。
すなわち(民意と言えるかどうかは見方によるしょうが)市場判断は、本案訴訟を待てないほど事故の危機が切迫しているとは見ていない・不要な仮処分をしたと見ていると言うことです。
昭和4〜50年代の川鉄公害訴訟などに参加勧誘されて来たときの例を書いてきましたが、仮に一件でも高炉停止の仮処分が認められたらその企業にとっては死活問題ですから、日本の製鉄業界はリスク回避のために海外に逃げる選択をしていたと思われます。
製鉄でうまく行けばその他の重要産業・・業界も次々と標的にされて同じ運命に見舞われていた筈ですから、合法的ゲリラ・仮処分を仕掛けるメリット・・反日勢力にとっては日本産業を足下から崩壊させるための重要なツールであったことが分ります。
ソモソモ交通事故の発生リスクであれ、何であれ、100%の安全性など証明出来ないのは普通ですから、規制委員会の議論では、「はっきりしない」と言うだけで、停止を命じるとすれば不遜です。
・・この論理で言えば、言い過ぎかも知れませんが「クルマ使用も事故発生の確率が皆無とは証明出来ない・・自宅内の階段も転ぶ危険がないとは言えない」となって、ありとあらゆる事柄が停止対象や損害賠償責任の対象になって行きます。
日本国内では、医療行為もミスの可能性がある以上は禁止すべき・・子供を生むことすら危険性があるとなりますから、その内「お前が生きていること自体がリスク」と認定される時代が来るのか?となって、リスク責任を負わない国へ逃げ出すしかありません。
損害が起きてからの賠償ならば、それを賠償と言うか国家補償・保険と言うかは別として「みんなで負担しましょう」と言う事自体、合理的です。
東北地震被害も人災だと誰かを責めるのではなく、(反原発派が原発をスケープゴートにしているキライがあります)起きた悲惨な結果をみんなで分かち合うことは良いことです。
以前予防接種や学校事故に関して賠償責任と言うと先生が萎縮するし、医師等に過失がなければワクチンで大きな障害を負っても何の補償もないのでは可哀相だから、余程の重過失ない限りみんなで分担する補償に切りかえるべき・・誰が悪いと無理に認定をする必要がない補償に切り替えるべきだと書いたことがあります。
訴訟社会は誰かを悪者にするしかない、社会分裂向けのシステムです。

仮処分制度と領域設定2

小さな裁判所で司法機関において利害調整を経た政府の高度な政治判断を覆すような事件について仮処分が出るようになると、これを是正するシステムが機能していないことも大きな問題です。
個人の問題ではなく組織対応・・制度の改正・そもそも即時効力の出る仮処分に馴染むのか?がテーマになってくるでしょう。
政治決定のように多様な利害参加のない司法システムでは、万に1つでも過ちが起きるリスクを修正するための上訴制度があります。
重厚な手続きをする本案訴訟の結果出た判決でさえ控訴されると直ぐには効力が出ない仕組みです。
(例外的に仮執行宣言制度がありますがこれも保証金を積んで停止することが出来ます)
仮処分は、緊急性を前提に証拠も証明ではなく疎明で足りるし、手続的にも簡単な審理ですぐに決定が出る仮処分の方がすぐに100%の効力が出ます。
しかも、これが不都合な場合に異議申し立てしても効力が停止しない(単独判事の仮処分とは違い合議の仮処分の場合、異議審も同じ裁判長なので100%停止が認められません)・・大きな事件では異議申し立ての結果が出るまで長期間かかってしまいます。
即時抗告して上級審で(あるいは別の裁判体でちがった視点から再考)緊急停止出来る制度がないのは,簡易迅速性重視の仮の裁判(誤りが多くなります)システムとしてはバランスが悪く感じられます。
これが地方などの貧弱な裁判体などで仮処分がされて仮にこれがおかしいとした場合でも、(繰り返し書くように本件仮処分内容をまだ知らないのでこの仮処分がおかしいと言っているのではありません)事実上長期間救済の方法がないので、不都合が顕在化します。
たとえば解雇無効の裁判の場合、裁判期間中労働者に給与がないのでは生活に困る・・対等に戦えないので、平等に戦えるように裁判終結までの間、賃金の仮払を命じる必要が高いし、支払う方もその間に仮に支払っても代替性のあるお金で済むので(どうせ給与を払い続けるしかないならば解雇もむやみにし難い・・抑制効果も期待出来ます)無理がありません。
また最終的裁判の結果仮に労働者が勝訴して職場復帰しても、居辛くて無理があるので金銭解決で終わるの一般的です。
これが最近簡易即決的・・スピーディーな労働審判事件が(何でも安易に金で解決しようとする点に批判がありますが)隆盛になっている所以です。
このように仮に金銭を支払えと言う場合には,代替性のあるものの供給ですから本裁判の結果覆っても大した損害がありませんが、(仮に払った賃金は事実上回収出来ないのですが、その点は解雇を仕掛けるときに数年分無駄金払ってもやめてもらう方が企業にとって得かどうかの計算をしておけばいいことです・・。
ここ1〜2年解雇を検討した事件では、毎日出勤するものの、まともに仕事しない労働者がいて「解雇するならしてくれ、裁判すると言い張っている」事件がありました。
聞いてみると網膜何とか症になったのは労災だと言って、全く仕事しないで机に座っているだけの状態が何と4〜5年経過していると言うのです。
医学的に調べても職務と関係がないようなので「裁判するしかないでしょう」と言うことで準備に入ったのですが、このとき仮に一定期間解決金支払になって元々過去何年も無駄に払って来たし今後も裁判しないと定年まで払って行くしかない以上は同じことだと言う説明をしたことがあります。
この事件は弁護士が準備に入ったことが漏れたのか、イキナリ自発退職申し出があって、事件にならずに終わりましたが・・。
このように金銭解決の場合には取り返しのつかない事態はありません。
仮に命じられた内容が代替性のない損害の場合は後で裁判に勝っても、甚大な被害が生じます。
労働や結婚・養子などの有効性などの紛争で裁判が決まるまで仮に働け・一緒住めとか、明け渡し訴訟で仮に家を壊せと言うのは、性質上おかしいことは誰でも分ります。
金銭支払その他大量供給製品に関する仮処分は、本案裁判の結果間違っていることが決まってから後で返してもらえば元に戻ります。
その間にお金がなくなって、倒産するような場合は例外中の例外です。
(個人零細企業は人間関係があるので解雇などの乱暴な事件は皆無に近いでしょうから裁判になる労働事件では大企業が普通ですので労働者一人分くらい仮に払っても倒産することは滅多に考えられません。)
これに対して「仮に働かせろ」と言う場合、職務遂行にミスばかりするような場合(修理がずさんで使いものにならないで苦情ばかり来るとか、顧客訪問約束や修理に伺う約束を忘れてしまい苦情が来て困っている社員など)企業損害が拡大します。
顧客に迷惑をかけて事業損失が拡大したり遅刻頻発、勤務時間中に抜け出すなどの規律乱れの場合、他の社員への影響・・・)裁判で勝ってからの金銭賠償と言う訳には行きません。
建物が仮処分で壊されてしまった後、数年経って裁判に勝った場合元に戻れるにしてもその間に新たな場所での生活が出来てしまうので引っ越し費用や新築費用だけの問題ではなくなります。
こう言う仮処分はもしも本裁判で覆った場合に回復不能な面があるので実害が大き過ぎるので原則として認められていませんが、これは法の縛りではなく裁判官の裁量で決めているだけです。

個人責任と組織の関係3(仮処分制度の領域1)

弁護士の場合間違ったことや変なことを主張しても、周辺・相手に対する説得力がなくて相手にされない・・相談者もおかしいと思えば別の弁護士に行くことが出来るし、強制力がありませんので、実害はそれ程ありません。
裁判官や検察官等権力=強制力を持っている場合、余程権力行使に対する自制心がないと、自己抑制しない人がその任につくと国民(しかも多くの人)が直接の被害を受けます。
変な人が権力を個人で行使出来る地位につくと、(昨日から書いているように決定内容・理由付けを知らないので高浜原発仮処分裁判官のことではなく一般論です)その人個人の問題と言うよりは、仮に千人に独りしか独断的自己抑制の利かない裁判官がいないとしても,これが独りでも出て来ると国家的に大変なことになります。
司法権は、行政庁のようにピラミッド型に多数の上司が関与して決裁して行くシステムではありません。
特定裁判官の決定が上司同僚間の意見交換で決めて行く仕組みではない(ヒラが書簡問題が大騒ぎになったこと想起して下さい)ことから、特定裁判官の考えによる政府や議会意思を覆す決定がそのまま即時に国家意思として効力を持ってしまいます。
長期間掛けた多数の利害調整を経て決まった政府決定や議会意思あるいは下位の審議会・規制委員会等の決定が、短期間でしかも国民意思吸収訓練を受けていない少数の裁判官が、結論を出すと政府や議会の意思に優越するシステムは問題が大きすぎないかの疑問です。
合議で決定したとしても地裁合議体の場合,比喩的に言えば本気でやっているのは裁判長一人で、右陪席は一人前の裁判官(と言っても経験5〜20年前後)ですが、その代わり目の回るような大量の事件を単独で抱えているので、社外取締役のような役目でじっくり記録を読む暇がありません・・。
左陪席は自分で事件を抱えていないので合議体事件記録調査の主任ですが、まだ一人前の裁判官になっていない新人・見習い扱いで裁判長の価値判断に反論出来るような立場ではなく、判決の書き方やその他の指導を受けているイメージですから、裁判長に指示された方向に沿って如何にそつなく証拠を拾い出し文書構成するかの能力が問われています。
各種委員会や審議会の経験ある方は分ると思いますが、いろんな利害代表で構成されている公的委員会でも委員長の議事運営の影響が大きいもので、まして3人の合議体と言っても(法的に裁判官は対等ですが上記のとおり年功順に構成されているので実質)対等者間ではありません。
政治決定のための会議のように3者の背後に別々の利害を代表している訳ではない・・裁判長の示した方針の影響力が大きいのが実態です。
政治家のように民意吸収能力が訓練されていない少数司法官のしかもじっくり審理しない「仮りの」判断で衆知を集めた政治判断が覆され、一旦効力が出るとそれを是正するのに数年以上はかかってしまう制度は問題がないでしょうか?
まして大津地裁の場合には、異議を出しても同じ裁判長・・本案訴訟も同じ裁判長と言うのでは司法の構成・・第三者の意見を求めて是正する制度が空洞化している問題があります。
報道ではこの裁判所では、本案訴訟も同じ裁判官なので2〜3年本裁判をしても多分結論は変わらない・(訴訟進行は裁判長次第ですし・・やっと判決が出ても)更に数年後の高裁判決の結論待ちになるだろうと書いていたようです(記憶違いか?)ので、もしかして合議体が1つしかない小さな裁判所でしょうか?
グーグルで見ると以下のとおりです。
以下によると合議体は2部ありますが、どちらの合議体で扱っても同じ裁判長ですから結論が変わる訳がないと言う意味で(上記のとおり裁判長の指導力が大きい前提)これを報道しているのでしょう。

大津地方裁判所 担当裁判官一覧

(平成28年1月28日現在)

大津地方裁判所民事部

合議A係 山本善彦,小川紀代子,秋元美衣瑠      毎週火曜,随時の金曜 1
合議B係 山本善彦,溝口理佳,山口雅裕,岡田総司    毎週木曜 1
1係 山本善彦 第2,4金曜 1
2係 溝口理佳 毎週火・金曜 2
3係 山口雅裕 毎週水・金曜 3
3S係 佐藤克則 随時の火・金曜日 3,4
4係 小川紀代子 毎週木曜 3

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