天皇象徴性の定着と無答責1

秋篠宮様の記者会見内容です
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO38317800Z21C18A1000000/

秋篠宮さま、大嘗祭の国費支出に疑問 2018/11/30 0:13
大嘗祭の国費負担に異例の疑義「長官は聞く耳持たず」
新天皇となる皇太子さまが即位後初めて国民の安寧や五穀豊穣(ほうじょう)を祈る大嘗祭に公費が充てられることについて、秋篠宮さまは「宗教色が強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と異例の言及。大嘗祭を前回と同規模で行った場合、30億円近い支出が見込まれることが背景にあるとみられる。宮内庁の山本信一郎長官に意見を述べても「聞く耳を持たなかった」と批判された。

秋篠宮様は国事行為の内容切り分けについて、自分の意見が通らなかった不満のようです。
たまたま国民負担を減らす方向?の意見なので国民支持を得られると思って公表したのかも知れませんが、都合によって国民世論に訴えるような政治活動をしていると象徴性を覆してしまい、皇室のありよう自体が問題になってきます。
宗教儀式だから内廷費で賄うべきと言っても内廷費自体国民が負担する国税によるので・次年度は退位関連行事が多いことを理由に内廷費を増額するか宮廷費を増額するかの次年度予算項目の仕分けの不満でしかなさそうです。
・・結果的にどの規模の大嘗祭を国民が納得(予算案が通過)するかの経済・お金の問題です。
信長が出費した時代でも、どの程度まで天皇家のため支出するかの具体的出費が信長の判断にとって重要な要素だったはずです。
今では、この出費規模をどの程度まで許容すべきかは、国民の代表たる国会が承認するかどうかの問題でしょう。
皇室の一員として皇室行事のために「こんなにお金がかかるのは国民に申し訳ない」という謙虚な姿勢を示すのは合理的ですが、国会で決めるべきこと・内閣提出予算案の閣議決定まで進んだ政治判断を「聞く耳を持たなかった」と公式批判するのは行きすぎではないでしょうか?
宮様の発言はお金のかかりすぎに対する謙虚な姿勢を示したものであったと引き取って日経新聞は「30億円近い支出が見込まれることが背景にあるとみられる。」と解釈したのでしょうか。
ところが、この後で退位関連予算案を紹介するように天皇退位関連出費予算案をみると先例通りだと人件費や資材物価上昇あるいは消費税アップ(当時3%が今8%)等で30億前後になるようですが、政府予算案の説明によると、規模縮小や利用資材のレベルダウン(低級品に変える)によって18億円程度に縮小する予算になっているようです。
30億円を超えるのは、生前退位の結果仙洞御所新設が必要になりその造営や玉突き的転居費用や即位の礼関連費用があるのであって、大嘗祭だけの予算だけではありません。
国事行為の範囲についての高度な判断が、のちに違憲であったと最終確定した時に内閣が国民に対して責任を負うことになっているのですから、その範囲を決める判断は政治責任を負う内閣に委ねるべきでしょう。
まして予算は国会で審議されて決まるべき性質のものですから予算を通した国会全体の責任です。

憲法
第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。

国事行為についてのウイキペデイアの解説です。

儀式を行うこと(第7条第10号)
本条の「儀式」は天皇が主宰して行う国家的性格を持つ儀式をいう[16]。これに対しては他人が主宰する儀式への参列もこれに含むとする反対説もある。
本条の儀式としては即位の礼(皇室典範第24条)、大喪の礼(皇室典範第25条)、新年祝賀の儀などの国家的儀式等が挙げられ、日本国憲法第20条第3項に基づき宗教的色彩は排除されるとともに[16]、費用は公金である宮廷費から支出されている[16]。
一方、元始祭や皇霊祭など皇室の私事で行われるものは純然たる私的行為であり、皇室の信仰方法に基づいて行われても憲法上の疑義は生じず[4]、費用も御手元金である内廷費で賄われている[4]。
天皇の退位等に関する皇室典範特例法に基づく退位の儀式や立皇嗣の礼も国事行為として位置づけられる[17]。

上記によれば、同じ国家予算の中で内廷費で実施するか宮廷費で実施するかの予算項目の問題です。
国民にとっては実額が重要ではないでしょうか?
象徴天皇制と天皇制存続可能性について見ておくと、優秀な政治家でも一定年数経過すると社会の意識変化についていけなくなり、(長期安定政権で知られるドイツのメメルケルもロシアのプーチンも流石に支持率が下がってきて政治生命が終わりに近づいた印象です)政権交代があるのですが、最終決定権を天皇家が持つようになると決定に対する政治責任が発生します。
毎回うまく行く訳ではないので一定期間経過による政権交代の宿命が天皇制の寿命を縮めます。
発言力・最終決定権がない前提でこそ「天皇の無答責」で一貫してきたのです。
天皇家が主導権を発揮した承久の変の後鳥羽上皇その他の上皇や、正中の変〜元弘の乱では後醍醐天皇が廃位されて島流しになっています・・。
このように具体的政治決定に参加している以上は、政治責任を取らないではすみません。
昨日紹介した通り、天皇家は応仁の乱以降経済力を失い即位の礼でさえ、有力大名の寄進がないとできない状態→儀式諸費用決定権さえがない状態になっていたのですから、儀式が華美すぎるかどうかの批判を受けない仕組みになっていたのです。
天皇家は儀式担当化して以来、政治能力がないからこそ天皇家の無答責が一般化したのです。
敗戦時の東京裁判では実質決定権がなかったと言う理由で天皇が被告にならなかったのもその事例です。
実質決定権がない状態を・・新憲法では明記したので戦後初めて象徴天皇になったかのように誤解するムードが流布していますが、儀式専門になったのは、およそ500年の歴史があるのです。
秋篠宮様の自分の意見が通らない不満=自分の意見を重視すべきという論建ては、皇室が政治責任を負う体制への変革を主張することにつながり、天皇制維持には極めて危険な主張です。
個人が政治責任を負ってでも政治活動したいならば、皇籍離脱してから私人として行うべきでしょう。
秋篠宮様が批判する皇位継承関連予算案(最終的には国会議決・政治家総体の判断を経て実現するものです)を見ておきましょう。
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/kunaicho/pdf/yosangaiyo-h31.pdf

平成31年度歳出予算
政府案の概要について
皇位継承における皇室費での儀式関係経費の概要について
を見ると(引用すると長すぎるので要約です・正確には上記に入って確認お願いします)
① 大嘗祭関連 前回規模(平成天皇即位)で行うと(・消費税率変更(3%→8%→10%(来年10月)・物価の上昇・人件費の著しい増加や材料費の高騰)で約25億円の出費になるので、参列者を1千人から700人へ減らしたり(招待すると宿泊費・パーテイ等の関連コストが巨大)して規模を縮小し、茅葺きから板葺きにする・参殿の屋根材を茅葺きにするなど資材のレベルダウンを図り、18億6000万に絞った
②大饗の儀 ・前回1000人→700人、回数3回→2回、等々で平成31年度231百万円→前回347百万円)
③ その他経費

等々が出ています。
上記の通り大嘗祭の経費は日経報道のように30億円もかかる予定ではありません。
このあとで紹介する退位関連経費が増えた分が平成になったときとは違う・・増えたのです。

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