高齢者は85歳から4(柔軟対応)

高齢者のさらなる活躍期待から老害・副作用の方に話題がそれてしまいましたが、本来のテーマ・高齢者の自助・活躍期間延長期待に戻ります。
介護者の身体能力の衰えを介護ロボットが代替する時代が来るように、(中長期記憶力はネット検索で間に合うようにかなり解消されましたが)短時間記憶力の衰えなども何かで代替する工夫が生まれて来るのももうすぐでしょう。
高齢者の物忘れの問題点は、短期記憶の定着力喪失がかなりの部分を占めています。
昔「博士の数式」という映画を見た時には「奇妙なことがあるものだ」という気持ちでしたが、自分が高齢化すると、最近のことの方が忘れやすくなっていることに気が付き始めました。
相手からすれば、数日前に約束したり自分が発言したことを覚えていないと驚くでしょうが、こちらは真面目に忘れているのです。
大分前から、審議会等の会議での発言のやりとりについては文字起こしをした逐語議事録を送ってくるまで、まるで何も思い出せないことが多くなったのに驚いていました。
(10年以上関与した千葉市個人情報審議会会長を昨年3月で終わりました)
我が家で言えば何かの料理では必ずタイマーセットして煮込み過ぎないようにしていますが、そうしたきめ細かい工夫器具の発達が老化による作業ミスを防げるようになっています。
今後この種の器具が発達する一方でしょうし、主な鉄道駅ではエスカレーターやエレベーターが設置されていて足の弱った人でもそれほどの不自由なく乗り換え可能になっています。
能力低下の自覚によって自らこうした器具を活用したり仕事分野から手を引いて行くのは良いのですが、外部から個別能力判定で辞職を強制するのは自裁には無理があります。
当面は年齢による一律的(この年齢ではこういうことに気をつけましょう程度・できるだけ緩やかにすべきですが)ゆるい線引きをやめられないとすれば、次善の策として今後「65歳以上を高齢者と言わない・後期高齢者の呼称を75歳から85歳以上に変更すべき」と提言したいとおもいます。
敬老の日のお祝い対象年齢は元は70歳以上だったのが、7〜8年前から75歳以上になっていますが、これもさらに85歳以上に引きあげるべきです。
早くから高齢者扱いしすぎると、これを真に受けて必要以上に老けこむ・できることまでやってはいけないのかな?とやらなくなる弊害が増えて社会的にもマイナスです。
本来高齢化問題は、個々人が自分の体調や能力変化にあった年齢で高齢化を意識し、何ができなくなっているのか個別に能力によって考えるべき・心の持ちようその他の準備をしていけば良いのであって、社会が高齢意識を強調し過ぎるのは行きすぎです。
ただし、自己管理能力がない若者でも医療や衛生状態・外部力の恩恵で長生きできるようになったように、高齢化に伴う能力低下に適正に対応できないけれども外部力(強制的健康診断等)のおかげで長生きしている高齢者が増えてきます。
この結果、自動車運転では高齢者による車の暴走事故が発生するのは目立ちますが、同率で何か目立たない失敗が起きているはずです。
鍋を焦がすようになっても自分が損をするだけですが、周りに迷惑をかけてはいるがニュースになるほどではないことなど・・。
娘さんがいる家庭では日頃からきめ細かく観察して、「おばあちゃんはこれをやれなくなっている」などの判断でおばあちゃんのやれることをきめ細かく縮小して行き、母親もこれを受け入れているのでしょうが、父親・男は柔軟性に欠ける嫌いがあります。
家庭内での存在価値が低すぎる・例えば百工程の多様な作業があれば、90〜80〜70と順次の能力低下が可視化するのですが、定年後テレビを見てるだけでほとんど家庭内での男性の役割がない・車での外出時だけ能力発揮するパターンが多い場合、能力低下自己認識チャンスが少なすぎることも原因のひとつでしょう。
曲がり角でこすったり車庫入れ時にあちこちぶつけるようになったなどの具体的エピソードなく、「75になったから運転をやめたら・・」というような抽象的提案では「俺は大丈夫」などと頑張られると周りはそれ以上言えません。
これに加えて、男は猛獣のような危険な雰囲気があって、普段から家庭内で腫れ物に触るように大事に(警戒)されているような場合、提案して拒否されたらそれ以上言えない雰囲気も女性に比べて強い傾向があり、こうした総合的結果、車の暴走事故が起きるまで放置されることになるのでしょう。
これらは長年の生活習慣の結果・自己責任でもありますが、この辺は今の若者が草食系と言われるよう優しくなってきたのは時代適合していて良い変化です。
現役の場合、例えば世界的に高名な外科医でも高齢化による手ブレなどの限界が起きて次第に現場離脱していくし、看護師、美容師、料理人一級建築士その他資格系の産業がいっぱいありますが、いずれも高齢化を理由に画一的に資格剥奪しなくとも、高齢による適応力低下→市場淘汰が進みますので、それほどの害がありません。
弁護士で言えば、80歳を超えた弁護士は、いわば御隠居仕事であって個別事件から手を引いていくし、そもそも顧客が来なくなります。
車運転免許の場合危険性の高い資格(歩行者はぶつかってくる車を選べない)ですが、(タクシー等の職業運転手は企業責任上困るので淘汰されていきますので、高齢・認知症による暴走事故は皆無でしょう)自家用車の場合市場淘汰がない点で問題が大きくなるのです。
交通事故の例でわかるように能力低下度に応じていろんな分野からリタイヤーすべきかどうかを100%自己管理・業界判断に委ねきれない・・周囲に甚大な被害を及ぼす分野では外部規制が必要でしょうから、今は問題になっていない分野にも自主規制を広げる方向性・議論開始が必要でしょう。

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