遺言制度改正3(高齢者の拒否力)

死亡後にその前に作った遺言書作成時に意思能力があったかなかったかの証明は難しいのですが、(立証責任は無効を主張する方にあります)年に一回も訪問したことのない甥姪等遠い親戚の場合、数年前にどうだったかの証明は至難の業でしょう。
かりに意思能力があった場合でも、自分で身の回りのことを殆ど出来ないで、老人ホームで毎日暮らしている人や訪問介護等に頼っている人にとっては、言いなりになってしまい易いのは目に見えています。
本当にそのホームの人たちや介護者に心から感謝していて寄付(贈与)したいと日頃から思っていた人もいるかも知れませんが、毎日のようにホームへ寄付する遺言書を作れと言われて困っている人が出て来てもこれを相談出来る外部の人がいない場合・・身寄りや友人のいない場合の問題です。
現行法では遺言書作成時の意思能力があったかどうかだけが有効無効の判定基準ですが、有効性を争う人がいても裁判で無効が確定しない限り、形式さえ整っていれば先ずは遺言は有効として扱って行く不動産登記も出来るし預金も払い戻せます。
・・実務としては、何を原則とし、何を例外とするかの基準・・ここ数回のコラムで戸籍抹消基準で書いているように、裁判で言えば主張立証責任がとても重要です。
遺言が原則有効制度のままでも良いとしても、前回書いたように死亡前一定期間内の遺言を絶対的無効とし、あるいは介護関係者(その範囲は別に決めるとして)が遺言でびた一文でも貰うことを無効として、これに反した場合刑事罰の対象とするなどの法改正が必要です。
現在では誰が貰っても有効ですが、今後は受けるべき対象者(介護関係者の受遺禁止)の除外を規定すべきです。
矛盾した遺言書があれば後から作った方が有効ですが、現行制度では最後に預かった老人ホームや介護者が有利です。
また、実際に死亡後になって遺言書作成時の意思能力の有無を争うのは困難ですし、ここで問題なのは、仮に意思能力があったとしても、自分で身の回りのことを充分に出来なくなって、あるいは寝たきりになって誰かの世話になる場合や老人ホームに死ぬまで居続ける場合に、気力・体力の弱った高齢者が密室状態で連日介護者やホーム側から遺言を作ってくれと迫られた場合、これを拒否しきれない現実です。
この危険を避けるためには、連日の勧誘を禁止したり、第三者の立ち会いを要件にしても・・弁護士が立ち会った時に意思確認してもその前段階の密室状態でどれだけ言い含められているか不明・・誰も見ている人がいないのですから無理です。
刑事事件の可視化のために改革で録画録音を一部だけすると言うふざけた検察の意見と同じです。
連日否認していることに対して脅したり正座させたり、お前の娘も共犯の疑いで逮捕するとか連日事情聴取に呼び出すぞなどとして無理に自白を迫っていた部分は録画しないで、被疑者がもうどんな抵抗も出来ないと観念してから「良いか、これから録画するから自分から進んで話すんだぞ!」と言われて録画録音を開始することを想像して下さい。
遺言書は、裁判所の選んだ弁護士立ち会いでないと出来ない制度にしても、立ち会い時間を5分から10分あるいは1時間に延ばしても、その前の何百時間の執拗な遺言依頼の実態が明るみになる(ホンの一部・・・転院出来る体制を作れた場合の氷山の一角でしょう)訳ではないので検察の一部録画と同じ結果になります。
毎日何を言われていても、いじめられていても見舞いに行く身内がいないと明るみに出ませんから、いじめ問題同様に外部からの絶えざるチェックが必要ですが、外部巡回員に苦情を言うとそこにいられなくなることからなかなか苦情を言えない・無理があります。
むしろチェック体制強化(コストがかかります)よりは遺言法制を大幅に改めて、例えば死亡の5〜10年以上前までは遅い方が有効(現行通り・・もちろん意思能力が要りますが・・)として、死亡前5〜10年以内の遺言は(勧誘方法や遺言者の意思能力の有無強弱を問わず)無効とするような制度設計が必要です。
これだと死ぬ直前に遺言が出来ないのかと言う意見がありそうですが、誰も自分が何時死ぬかを分らないので毎年一定時期(その人の誕生日など自分で決めておいて)に書いておけば、その内に死亡しても最後の5〜10年前の遺言書が有効になると言うことです。
今のように最も新しい遺言書が有効のままで、身寄りのいない人が増えて赤の他人が遺言で遺産を貰うのが普通の時代になると、最後にちょっと世話した人が意識もうろうの人や体力、気力の弱った人に遺言を書かせる不都合が起きやすいので一定の禁止期間の設定が必要です。
高齢者目当ての不正商法が後を絶たない現実から誰でも分ることですが、高齢化すると判断力がしっかりしていても断固拒否する能力が落ちて来て押し売りの餌食なり易いので、意思能力さえあれば有効とする現行法制は危険です。
しかも血族・相続人のいない人はこの遺言は「脅迫によるものだから・あるいは偽造文書で無効」として争う資格がないのですからなお問題です。
最早家に帰ることがないとして最後に老人ホームに入居する人がこれから増えて来る筈ですが、これから独身その他子のいない高齢者が増えてくると一旦入居してしまうと・・入居後数年間自分の足で元気に出入りしているうちはホームも遺言書を作ってくれとは言わないでしょうが、その内自分で外出も出来なくなって友人も同様に高齢化して誰も訪ねて来ない状態になると囚人同様の弱者になってしまいます。
拒否力の衰えと言う基準からすれば、今後の超高齢社会では5〜10年でも短すぎるかもしれません。
これから老人ホームに入ってから10年も20年も生存する人が増えてきますので、一般の場合には5〜10年以上前までは有効としても少なくとも施設に入るようになった以降の遺言あるいは介護度2以上の人は、年齢に拘らずすべて無効にするような仕組みが必要な時代が来るかも知れません。
施設や介護関係者は遺言で貰うのを禁止する、もしあってもその場合は国庫帰属し、介護施設やその関係者は受けられないとする法制が必要です。
仮に5〜10年以上前の遺言だけが有効(プラス介護関係者は禁止)とすれば、施設外の場合個人的に親しくしていても少なくとも5〜10年は親切にしなければ世話した人が遺産を貰えなくなります。
遺言制度は、遺言者の判断力だけを問題とするよりは、拒否力の弱った高齢者をどのように保護するかの問題です。
数年前に受任した事件では、長男の嫁さんが姑の世話をしていたが、タマタマ長男(嫁にとっては夫)がガンになってしまったことから、妻が両方の介護を仕切れなくなって夫の次男に世話を頼んで預けたところ夫も姑も相次いで死亡したのですが、その間に姑は公正証書遺言をしていて、お嫁さんの住んでいる自宅敷地を次男らが相続するようになってしまい(自宅建物は長男名義)もめ事になってしまいました。
現行法では、姑の意思能力(最後までボケていないで遺言が出来たか)の有無ではなく、短期間預かった最後の人が高齢者の拒否力の減退を利用してズルを出来るリスクがあります。
これが身寄りのない人の場合、現行法のまま放置しておくともっと極端な結果になりがちです。

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