大字小字

 

江戸時代までの地名人名表記は「◯◯国△△郡◯×の莊、宮ノ前住人何の誰それ」と言うものでしたが、明治に入って郡と莊や郷の間には行政単位としての「村」を作った一環で従来の郷や庄・ムラのことを「大字(おおあざ)小字(こあざ)」と言うことになりました。
例えば「何々之荘」と言う集落名の前には「大字」◯◯の莊と書くようになったのです。
従来の集落名◯◯の前に必ず大字や小字の肩書きがつくようになりましたが、庶民にとっては何のことやら・・・と言う人が多かったでしょうし、今でもほとんど定着しないままになっています。
大字小字の肩書きの次に来る名称は、古来からの名称ですから地元民はこだわるので町村合併を何回繰り返してもこの名称が簡単には消滅しませんが、大字や小字と言う肩書き自体には馴染みがないので政府の強制に拘らず直ぐに廃れて行きました。
(前回書いたように市町村名は政府が人為的に作った行政単位名ですから、元々旧市町村名にそれほどの愛着がないので合併後の市の名前を頭文字の組み合わせで作ったりします・・茨城県の小美玉市などいくらでも事例があります)
大字小字の呼称・肩書き自体今になると知らない・・何のことか意味不明のヒトが多いでしょうし、明治政府は結構無茶・・強引なことをやったことが分ります。
登記等では今でも地名表記に大字(あざ)小字(あざ)表示が一部残っていることがありますが、普通の人は単に字の名称を言うだけで(この◯◯の前に大字◯◯と肩書きをつけるのが正式ですが、今では大字小字抜きで「何々町(村)◯◯何番地」の表現が普通です。)、これが大字とか小字に分かれていると知っている人の方が少ない筈です。
戸籍謄本を見ると・・昔は全部手書きでしたので、どこそこ戸籍から入籍・・どこそこへ転出と書く時に、大字の地名を大きく書いて小字の地名を小さく書いているような戸籍謄本を時たま見かけることがあります。(墨書でしたのでこれが可能でした)これなどは戸籍吏員が字を大小に書き分けるものだと誤解していた可能性があります。
そもそも「字」と言う漢字を「あざ」と読めるヒトが現在でも何%いるかと言う状況ではないでしょうか?
そこで最近の地名表記ではこうした大字何々と肩書き(大字と言う文字)を書かずに、単に何々市何々何番地(何々村「大字」何々「小字」何々何番地から大字や小字の文字が消えているのです)が正式となっています。
上記の何々と何々の4文字の表記が続いている場合は、元の大字と小字を連続表記している場合ですが、今では小字部分の地名は消えつつある傾向です。
大アザ子アザの「字」(あざ)と言う漢字は、本来は家の中で子供を大事に育てる意味ですが、(「字」に関しては熟語である「漢字」の「字」として知っている方が多いと思いますが、「文字」が本来の熟語で、「字」とは文の中にあるいくつかの子と言う意味です。
ですから「漢字」とは漢の文字の略称です。
ちなみに英語を英字と言わないのは、文字に価値を置かずに和魂洋才の精神で明治以降会話さえ出来れば良い・・意思疎通に重きを置く思想が根底にあったからでしょう。
(実際には我が国古来から文字輸入に熱心だった伝統の結果、文字を通じた理解に偏る傾向があって、政府・文化人の思惑とは違い、会話力獲得にはあまり成功してませんが・・・)
明治政府は従来の小さな集落を10〜15個くらい集めて一つの「村」と言う人為的行政区分を作ったのですが、その中の元々存在していた集落を集めた以上は、村の運営は各集落の連邦のような政治的組織になるべきです。
我が国では平安朝の朝廷は合議で決める仕組みだったことがよく知られていますし、鎌倉の北条執権政権でも合議でした。
徳川政権でも非常時の大老の大権を除けば老中の合議で決まる仕組みでしたし、明治までの地方組織である郷や庄等は古来から寄り合い・合議で決めて行く自治組織でしたし、今でも町内会や自治会ではその伝統が生きています。
ところが政府は、元の集落単位が新たに作った行政組織の村を構成する連邦のような(発言力を持つのを嫌って)ものではなく、政府が人為的に作った「村」が従来の集落を親が大事に保護して育てる子供たち同様の位置づけにしたかったので、イキナリ聞き慣れない「字」(あざ)と言う文字を利用したのでしょう。
行政単位としての村に対する従来の集落の存在は、建物を構成する柱のように構成を基礎付けるものと言うよりは、ぶどうの房にくっついている一粒ずつあるいはジャガイモの蔓にくっついている個々の芋みたいな扱いです。
その構成員で力を合わせてやって行く方法から家長一人に権力を集めてそれ以外は子供扱い、国全体では諸候の集合体である幕藩体制から天皇に権力集中して国民は天皇の赤子扱い・・何もかも親子関係に擬制していたのが明治政府でした。

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