政治と経済1(権力政治と新自由主義4)

政治と経済に関しては米将軍と言われた吉宗の例、あるいは計画・強制経済であったソ連の破産状態を見るまでもなく、政治は経済に対して万能どころか振り回されて来たのが実情です。
振り回されないでいられた解放前の中国や北朝鮮の場合は、権力で押さえ込んで経済活動を麻痺させて来たことによるのであって、その分経済・・ひいては生活水準が停滞したままでした。
中国での解放前には、大躍進政策の赫々たる成果の発表の裏で何千万人にも及ぶ餓死者が発生していたことを想起すれば、経済活動を政治権力で抑圧した場合の効果は今の北朝鮮同様であったことが分ります。
いわゆる東洋的専制君主制である中国や朝鮮では、国民の苦しみなどよりも君主の絶対権力の強制が先ず第一の関心ですから、その系譜を引く中共や北朝鮮で権力意思が貫徹出来ていたのは当然でしょう。
市場経済化した筈の韓国やシンガポールでも権力が経済政策を市場経済化を進めると決めればどんな反対があっても粉砕して突き進める点はこうした歴史経緯から理解可能です。
韓国と北朝鮮との違いは、「市場経済化」で行くと権力が決めている点が違うだけで(決定過程が民主主義的であるかは別として決めてしまえば)権力政治である点は同じです。
ソ連の場合も共産主義革命を経たとは言ってもピョートル大帝以来、もっと遡ればイワン雷帝以来の専制的君主制・・西洋の絶対君主制とは違います・・で来た歴史が、経済の自然の流れを無視した強権政治を可能にしたと思われます。
生活水準の向上を図るには、経済の動きに政治が合わせて行くしかない・・・振り回される立場ですが、政治は金融調節や補助金、あるいは規制によって一定期間強制出来る関係があるので、相互作用関係にあると言うべきでしょう。
グローバル化自体は、貿易赤字の続くアメリカによる日本の貿易黒字に対する通商法などの乱発で保護主義を強めた結果、(日本は中国がやるようにWTOに訴えるなどしてアメリカには抵抗出来ないので・・なんたって敗戦国のままです)日本が韓国、台湾・・東南アジア等を迂回輸出先にしたことに始まります。
ちなみに韓国・台湾等の急激な経済成長は、アメリカ主導による日本に対する急激な円高要求・・プラザ合意以降のことです。
そのころはまだ自動化が進んでいなかったので日本企業が東南アジア等で現地人の訓練に(・・規則正しい労働にさえ馴れていないことも問題でした)苦労する姿がしょっ中報道されてました。
上記のように大変化は政治によってもたらされることがあるので、その意味では政治の影響力は大きいのですが、経済の個別内容自体に関して政治の決定が影響を与えるのは却って危険です。
迂回輸出が始まった結果、韓国、台湾・東南アジア諸国は雁行的発展・・工業製品輸出国になり、更には中国の改革開放政策により、それぞれが日本の競争相手になって来たのであって、(ブーメラン効果は早くから危惧されて来たことです・・)自由主義経済学者の意見によるものではありません。
中国や新興国の桁違いに安い人件費を基礎にして、世界中から新興国へ工場進出が殺到して最初は食料品・衣類等軽工業から始まりその後は車、半導体等先端技術に及んできました。
今では世界最先端を走るアップルの製品の大半が中国で生産されている時代です。
各種大量生産品目が雪崩のように逆輸入されるようになって、世界中の先進国では国内生産業が淘汰されるようになったのは、新自由主義経済学の結果ではありません。
これまで書いているように、海外生産移行拡大→大量の逆輸入が生じた結果国内大量生産業が順次淘汰されて行く過程で、大量生産に携わって来た中間層以下・工場労働者の職域が縮小されて行ったのは必然の結果でした。

モラルハザード4(生活保護と収入源1)

全国から集まった寄付金の一律的配分の場合も、低所得層ほど損害補填率が高くなり有利になります。
このように考えて行くと、全国からの寄付金は損害度合いに応じて傾斜配分していれば公平だったことになりますが、データ化は容易ではないので一律配分しか出来ません。
そうなると生活保護所帯は失ったものが最も少ない割に良い思いをしていることになるので、現金給付分だけでも生活保護費を差し引く・・一般の論理で運用するのが公平ではないでしょうか。
マスコミが「生活保護費を差し引くのはひどい・・」と騒ぐものだから、事務所に別の件で相談に来る人まで、(その人はどのような根拠で言っているのか不明ですが・・・)「生活保護からまで引くようなとんでもない役人だから・・」という発言をして、脈絡なく役人批判をして行く人がいますが、マスコミの責任は重大です。
マスコミが煽ると一般の人は、そのまま無批判に便乗するのが普通でしょう。
マスコミはどう言う根拠で、(生活保護はどうあるべきか・どう言う社会ステムが良いという前提で)非難しているのか不明です。
もし批判するならば、今後被保護者がもっている現金の出所によっては、いくらお金があっても別途生活費を支給すべきだという基本政策論でも展開しないと論理的ではありません。
現在までの生活保護システムは、どんな理由・原因で手に入れたものであれ、現在お金がある人に対してその限度で保護する必要がないシステムです。
(生活費月15万円必要なときに5万円持っていれば、その不足分10万円だけ保護する原理です)
子供が死んだのと引き換えに入手した最も悲しい慰藉料や生命保険の入金あるいは、親の死亡による生命保険であろうと、お金の入手原因が何であれ、あるいは自分が交通事故で痛い目にあった慰藉料としてもらったお金でさえ、「一定額以上お金があるなら、保護する必要がないでしょう」というのが生活保護システムのコンセンサスです。
子供死亡の慰藉料等として1000万円単位のお金があって、充分な生活をしている人が、「このお金は別だから生活保護してくれ・・」という光景を考えれば明らかですが、一所懸命働いて月二〇数万円しか収入のない人から集めた税金で、こういう人を援助するのはおかしいでしょう。
何らかの違法な所得・・ヤクザが覚せい剤・ミカジメ料・恐喝その他の所得で豪邸に住んでいる場合、違法な金だからカウントしないないと言って、生活保護受けられるのではお笑いです。
所得原因を問わない・・裏返せば貧しくなった原因も問わない・・暴飲暴食やシンナーに溺れていた結果でも、病気や障害で収入が現実にないならば、ともかく保護してくれるシステムが生活保護の精神です。
原因を問わない生活保護原理を、震災の見まい金に限って何故変える必要があるかの根拠も示さないまま、政府批判を煽っているのは無責任です。
ただし、これの訴えを認めた判決・支給額減額措置の取り消し?・・が出ているようですが、まだその判決文を読んでいないので論理構成が分っていません。
私の考えが誤っていると分れば、勿論「改むるに憚ることなし」です。
誤った風潮(私だけの意見かな?)に負けたのか今回の震災では、寄付金からの収入をカウントしない扱いになっているように思いますが、今のところ正確に知りません。

構造変化と格差21(結果拡大社会4)

明治維新以降の近代化の構造変化において、農業から都会人になった人でも経営層あるいはこれに準ずるホワイトカラー層(公務員)に食い込めた人材と底辺労働に組み込まれて行った人材がありました。
これまで書いているように、能力相応の格差は何時の時代にも(古代から)当然存在していたのです。
グローバル化までは、底辺労働でもそれなり生活が安定していた(今でも韓国や中国に比べて何倍という賃金格差があります)のと、我が国では元々上層部と労働者の所得格差が低い社会ですので能力相応に細かく分かれた格差は、大した問題ではありませんでした。
高度成長期に急拡大したホワイトカラーや工場労働者層(中間層)が、今回のグローバル化によって分解されて、本社に残れる5〜10%のエリート以外は中年になると関連会社に出されたり、割り増し退職金をもらって社外に出てしまう・・結果的に非正規雇用の職場しかなくなる不安定な身分に落ち込みました。
(これに連動して幹部候補生としてのホワイトカラーの新卒採用自体が激減です)
高度成長期にこれも拡大した現場労働者(・建設現場労務者・工場労働者)層の多くが、国内製造業の海外進出による職場喪失によって期間工や派遣・フリーター等になってしまいました。
こういう時代にこそ,新たなことに挑戦して新たな仕事を見つけて行くしか国の活路が開けません。
新たなことに挑戦して成功する人と成功しない人がいてこそ、(成功しない人が負け組です)社会変化に国が適応して行けるので、挑戦自体を否定していては民族の将来がありません。
とは言え、全員が変革の旗手になる・・成功するのは無理でしょうし、高度技術者になるのも無理ですから、負ける人の方が多く出るのは当然です。
負ける人がいなければ勝つ人がいない・・「負け組を造るな」の主張は、勝つことを許さない響きがあって、誰も新しいことに挑戦して成功してはいけない社会を理想にしていることになるとすれば、亡国の議論になります。
リクルートの江副氏に始まりホリエモン、村上ファンドなど新しく出て来た人材が直ぐに逮捕されたのは、それなりに指弾される理由はあるのでしょうが、ここ20年ばかりの検察の動きを見ると我が国では「結果として何か新しいことで成功すると、直ぐに摘発されてしまうような印象をもたれる社会」になっています。
昨年末頃に最高裁で無罪になった、ウイニーとか言うファイル交換ソフトを開発した元東京大学助手金子勇さんの例もありますが、新しいことをやると直ぐに逮捕・摘発が続くのでは、(後で無罪になっても)時代の進展に先駆けた能力を発揮しづらい社会になっています。
「負け組を造るな」・・あるいは「格差反対」のキャッチフレーズが流行っていると、本来防止しなければならない大きすぎる格差是正の問題としてではなく、庶民的には、「努力しなくっていいのか」と言う響きで受け入れられ易い危険があります。
(庶民の味方である・・庶民で構成されている警察が、そのように誤解して新規産業に敵意を抱いているのでしょうか)
優勝劣敗があって、その結果をどうするか・・セーフテイーネットの構築は別問題であって、競争→結果の差が生じること自体を否定していては、世界の発展に遅れてしまい、日本の将来はありません。
格差は変化に対する適応競争の結果生じることであって、逆にどんなに努力しても結果が同じでは困るでしょう。
国民全員が社会変化に同じ比率で適応出来ることはあり得ませんから、(個々人の適応力に凹凸があるのは当然です)その結果ウマく適応した人と出来なかった人の差が生じるのは当然です。
問題点・・修正すべき点は中間層が分裂してしまい、(比喩的に50〜60点の人が10〜20点の人と同じ扱いなってしまう)格差が大きくなり過ぎることではないでしょうか?
アメリカンドリームは、結果の格差が巨大であることを賞賛する社会ですが、我が国民性には馴染みません。

ソフト化社会4と紛争当事者1

話が大阪の地盤沈下と橋下氏の政治手法にそれましたが、生活水準向上・・社会のソフト化と訴訟事件あるいは法的トラブル増減の関連に戻ります。
私が職務上経験する直感では、私が弁護士になったころの顧客の中心は中小企業経営者あるいはある程度の資産保有者でした。
今では、こうした人々は事件を起こしたり事件に巻き込まれなくなって顧客の中心から外れています。
今では生活保護すれすれの人・・まだ生活水準上昇の恩恵に浴していない階層の顧客が、交通事故であれ離婚であれ、少年事件であれ貧困層が中心です。
最近の若手弁護士の受任事件の傾向を見ているとその殆どが国選事件や法テラス(支援センター)からの事件・・基本的に生活困窮者の事件が、大方を占めている状態です。
資産家の争いのように見える遺産相続事件でさえも、被相続人は一定の遺産を残しているのに次世代は非正規雇用等貧困層中心で、生活に困っている人・・何でも大きな声で争う人々中心に移行しつつあります。
鳩山元総理やホンダ自動車,あるいはソニーや西武など大手企業創業者の遺産相続のような巨額遺産相続人が、法的紛争をしないのが一般的であるように,一定の中産階層でも穏便に片付いているのが普通です。
相続が開始するときには次世代が既に50〜60代ですから,ホワイトカラー層は言うに及ばず、工場労働者でも安定的に働いて来た階層では,既に持ち家に住んでいて生活に不自由を感じていないのが普通です。
この段階で,母親が死亡しても(父の死亡時にはよほど生活に困った子供がいてゴネない限り母親に一任するのが一般的です)母親の面倒を見て来た子供が一定の分配案を示すとこれに反対して兄弟喧嘩までする人は滅多にいません。
母と同居していた兄や姉あるいは弟妹の提案が仮に若干不公平で正しい数字を要求すればさらに数百万前後自分の取得分が多くなるとしても,自分の生活が安定的に回っている人にとっては、預金通帳の残高が少し増えるだけで日常生活に変化がないのですから,そんな程度のために兄弟が一生口をきけなくなるような争いをするのは割に会わないからです。
衣食がある程度足りている人は余程のことがないと争いをしなくなるのが,我が国の文化習慣ですし,むやみに喧嘩っぽい・争う人は人間のレベルが低いと見なされてしまう社会です。
生活の安定・・水準向上の結果,今では貧困層あるいは精神的におかしな人?が,紛争の中心になっています。
教育現場ではモンスターと言われ,企業の消費者問題ではクレーマーと呼ばれる人の増加ですが,彼らは精神病ではないものの,相手が少しでも悪かった(是正対応が終わっても・・)となれば粘着質というのか際限なくクレームを要求して来る傾向があります。
しかも会社に何回も繰り返し来て,来ると4時間でも5時間でも粘るのが普通で,会社としては担当者(安全のために複数対応するとなお大変です)が長時間対応に追われて日常業務が麻痺してしまうので困りきって弁護士相談になります。
こういうことは・・昔はヤクザの言いがかりが多かったのですが、今はヤクザが彼らを就職先として吸収しなくなったのか今は一般人化していて、(クレーム以外は善良?な市民ですから)企業は対応に苦労しています。
昔はヤクザ相手なので法的処理が簡単でしたが,今は「消費者は王様」の肩書きで来るので,簡単に刑事事件にもならないし,ギリギリまで丁寧対応が要請されるので弁護士対応になるまで相当の時間が経過しています。
学校現場は子供の教育的配慮が絡んでいるのでなお親の態度が強くなる感じで,自分が給食費など納金しない非を棚に上げて、子供が同じように配慮されないのはおかしいというような使い分け論理まで多くなっています。
この使い分け論理が加わった結果一般消費者のクレーマー的要求を越えているので,「モンスターペアレント」という概念が生まれて来たのでしょう。
交通事故損害賠償分野では,保険会社が担当していますので,一定基準以上の法外な?要求の場合機械的に弁護士対応としている(システム化されている)ので,それほどクレーマーに悩まされていません。
ただ,千葉県弁護士会だけで見てもかなりの数の弁護士が保険会社の代理人として相当量の債務不存在事件の受任をしている様子ですから,世の中には膨大なクレーマーがいることになります。
実際には09/01/02「交通事故の損害賠償額について2(保険会社の役割 2)」前後で連載したことがありますが,保険会社の基準による損害賠償額は訴訟基準よりは半額程度のことが多いのです。
実は多くの人がこれを知らずに,本に書いてるとおりの基準で払われるなら仕方がないか・・と示談していることが多いので、保険会社の基準自体に問題がないとは言えないので,これを肯んじない人がすべてクレーマーではありません。
訴訟結果を統計化しないと正確なことが分りません。
しかし、このような正当な主張に対して弁護士対応になった場合,裁判の結果が分かっているので,弁護士会基準(赤い本・あるいは青い本)に計算し直して示談に落ち着いているのが普通です。
それでも示談出来ずにプロの弁護士が債務不存在確認の訴えを提起する事件では,その大方は被害者の主張は不当な請求だった・・あるいは似たような結果になっていることが、多いものと推定されます。
弁護士が保険会社の代理人として受任するのは,保険会社の担当者では手に負えない・・基準を大幅にずれた主張をする被害者に対する分だけですが,千葉では保険会社の代理人として事務所収入の多くを依存している法律事務所がいくつもあります。
これだけクレーマー的被害者・主張が多いことが推定されます。

構造変化と格差18(部品高度化6)

マスコミ人やアジアの意見はここ数年で世界順位何十番までの大企業が入れ替わっていて日本企業は激減しているので、もう日本は駄目だという意見が多いのですが、今後は小さな部品で勝負の時代ですから、大型の世界企業・大量雇用企業の多さで競う感覚は時代遅れです。
彼らの意識・価値基準の尺度が古すぎるのです。
知識人というのは過去の決まった意見・価値観を修得しているだけの人が多いので、現実を自分の目で見て構想する力がないからでしょう。
今回の円高を主導した儲け企業・・各種分野の世界シェアートップクラスの部品業界にとっては当然の円相場ですから、円が上がることには痛痒を感じません。
この種事業で儲けている企業の会社説明では、当社は円建て取引なので円高は関係がないとなっていますが、仕入れ先は円が1〜2割上がろうがそこの部品しか買えない強みがあるようです。
(もっとも長期的にはあまりにも割高だとかなり技術力が劣っても、半値〜10分の1の値段を提示する韓国等の企業に競り負けるので安閑とは出来ませんので、この点は後に書きます)
為替相場が貿易収支の結果で決まるとすれば、(その結果溜まった儲けを海外投資するので所得収支や移転収支も影響してきますが、その基本は貿易収支黒字があってのことです)その決まり方は突出して儲けている産業の競争力だけで決まるのではなく、利益率2〜3%から5〜6%のようにちょっとしか儲けていない企業や、すでにマイナスになって輸入している分野(原油や鉄鉱石など資源系・食料系は元から輸入です)を総平均して、国の貿易収支が黒字になった度合いで決まるものですから、突出している企業にとっては、平均値で上がった分には(円の切り上がった分の何割かは値下げしても)、なお十分な利益が出る仕組みです。
円が1割上がると苦しいのは数%から1割程度の利益率・・すれすれで輸出している企業です。
合格ラインを40点から50〜60点に引き上げても80〜90点取っている受験生には関係がないのと同じです。
円相場は国の(輸出企業の平均ではなく輸入分を総合した)平均能力で決まって来るとすれば、円高でやって行けないと騒ぐ企業は、日本の輸出企業の中で平均的能力以下(最下位付近・スレスレ)であることの自白です。
これまでの稼ぎ頭であった自動車業界も、今回の円高で国内に踏みとどまれなくなってしまう懸念があると報道されますが、その報道が正しければ、自動車の輸出利益率は他の輸出業界よりも低いことになります。
今回の円高が、もしも貿易黒字の蓄積の結果であるとすれば、自動車業界の儲けによる寄与分が少なく、他業種(いろんな部品系やソフトなどで)の儲け・・黒字の蓄積によって生じていたことになります。
ちょうど電機系輸出が伸びて繊維系が振り落とされて行ったときの繊維・・自動車が伸びて電機系が振り落とされて行ったときのような役回りになっていることになるでしょう。
とすれば、自動車が輸出産業として駄目になっても、元々輸出で大して儲けていなかったとすれば、貿易収支上のダメージが少ないことになります。
ただし利益率が数%しかなくとも数量が巨額ですので、これがそっくりなくなると金額的には大変なダメージになります。

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