破綻主義3と婚姻率低下1

そもそも放浪癖のあるオスを定着させるために、メスが手を替え品を替えてサービスしてオスを居着かせようとして来た歴史が婚姻制度の起源であるとする私の意見から見れば、オスは元はと言えば妻のサービスに飽きてくれば、好きなようにいつでも家に帰って来ない権利と言うより自由なものであるべきでした 。
原始時代の放浪権を留保するだけなら、農耕社会になってからでもオスは婿に入っているだけならば、飽きて来てじっとしているのが嫌になれば、放浪の旅に出れば良いので原始時代のままでも良かったでしょう 。
ところが女性グループが始めた農耕の権利をオスが握るようになると、オスが出て行って帰らないのではなくメスが追い出される・・実家に帰らざるを得なくなって来たので、追い出される女性の生活保障が社会的に問題になってどういう場合に離婚出来るか・・離婚権と言うものが観念されるようになって来たと言えます 。
江戸時代の三行半・みくだりはんは、夫による一方的な離婚権として批判されて来ましたが、それまではどういうことをすれば離婚出来るかのルールさえ決まっていなかったことから見れば、一歩前進だったのです 。
この時代には、その前提として婚姻制度が確立して来たこともあるでしょうし、(それまではどういう関係が正式な夫婦かの基準・・主君に認められた場合・習俗的な儀式を挙げた場合等々地域によっても違っていたでしょうがある程度固まって来たのです)世襲財産以外にこれと言って生活手段のない静止(安定)社会になってくると、追い出されると婿であれ嫁であれ生活に困る時代であったことからルール化されたとも言えます 。
江戸時代の三行半の制度は、かっちりした家庭制度が確立して妻の家庭内の地位が確立してくると、妻による家庭サービスの劣悪化を防ぐために、男にとって切り札となる伝家の宝刀みたいなものでしたが、女性の地位が極端に不安定(独自の収入源・生活能力がなかった)であったために、却ってこの宝刀が滅多に使えなくなってしまい錆び付いていました 。
特に有責配偶者・・普通は男の浮気・・・からの請求の場合は、破綻していると言う理由では、(男からの身勝手な離婚を許さない為に出来た制度趣旨から言っておかしなことになるからです)離婚請求を認めない判例でした。
そこで裁判上の離婚請求は、明治以降では逆に女性側からの要求権に変質して来ていたと言えます 。
男性側からの離婚請求権が事実上だけではなく、明治以降法律上も滅多に行使出来なくなると、男の家庭内の地位はどうやって守って行く・・均衡がとれるのでしょうか?

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