民主主義の基礎9(信頼関係7)

中高所得層に対する低賃金下の圧力は世界のトレンドであって、日本でも昨日書いたとおり中高所得層への圧迫が酷くなるばかりです。
この惨状進行に対して,民の生活に責任のある政府は放置出来ません。
日本政府は支配者のためにあるガバメントではなく、民のための政府ですから,党派性に馴染まない社会です・・労働組合がなくとも江戸時代から備荒米を備えたり各藩政府は庶民生活を守るのに熱心でした。
千年近く支配層を形成して来た武士層の出自は、元々地下人・農業を基礎とする庶民であって,政権担当するようになっても多くの下級武士は半農半兵で幕末までやって来ました。
正確には,関東へ領地替えになった徳川家の家臣団は先祖代々の農地から切り離されました・・領地のある旗本もほとんど自領に言ったことがなく村から時々報告に来る状態でしたし,領地のないご家人は農業から切り離された「切り米」等で生活するサラリーマンになっていました。
その他戦国時代からの大名家では,家臣団と言っても戦国時代に入る前から,耕して来た一定領地があってこその騎馬武者(小豪族)が地域中小豪族〜大名家臣団に取り込まれて来た歴史ですから,大小の違いがあっても,地位相応の支配地=農地があってお城から帰ると支配地ないの農作業を指揮したり,自分自身もある程度先頭に立ってやるなどいわゆる半農半士の状態でした。
最近までの地方公務員には旧家の息子が多く,村役場から帰ると農作業に従事していたのはその名残です。
このように約千年間支配階層を形成していたとは言え,幕臣・譜代大名家以外の武士の多くは自営農民・・中堅層と繋がっていましたので・・足腰も強かったし,昭和の3・15事件、2・26事件での青年将校の蹶起は,「彼ら自身農村部の窮迫を実感していたからである」と習って育ちました。
明治維新・・壬申戸籍では,「士」身分呼称が残っていましたその後の士分の呼称がなくなると,庶民は武家の生き方に少しでも近づくことを理想として七五三の行事その他各種行事も武家のしきたりを自分の家でも出来るようになることが夢としてやって来ました。
戦後もみんな「士」になることが夢でしたし,運転手→運転士、看護婦→看護士、保育士その他いろんな専門職がみんな「士」に昇格して来た歴史を書いたことがあります。
トラック運転手も「士」になることによって,仕事に誇りを持つようになって心構えも少しは変わって来たと言うことでしょう。
このように日本人は明治維新で形式的に見れば庶民も名字帯刀の苗字を持つようになり元々の武士も刀を棄てましたが、意識では「士」の志を持つようにみんな底上げされて来たのです。
この結果、みんなが武士の志を持つように教育され,政治に参加する資格を持つようになったので、(アメリカのピープルのように対象として大事にしますと言うだけではなく当事者として)江戸時代までに形式上(能力さえあれば取り立てられたので事実上身分の流動性がありました)参加していなかった士分未満の庶民も加わるようになったことになります。
選挙権があるかどうか以前に,支配層に入れる裾野が広がったのが明治維新です。
このように政府内への庶民階層の血が入る仕組みで,政権担当者が庶民の心を重視する仕組み・・受容力のない人は出世出来ない仕組みですから,出世したエリートは社会の実情を知らないと言う批判は欧米価値観の受け売りでしかありません。
声なき声を感知する受容能力がない人はどんなに鋭い意見を吐いていた大学秀才でも採用段階で県で多くはふるい落とされ,うまく就職出来ても内部昇進して行けないので自分の能力が政党に評価されないと言う不満で在野に出て行き,一匹狼になるしかない宿命です。
野党文化人とは明治新政府から弾かれて在野で活躍した野党の始祖?を見てもこう言う傾向の人材が多い印象です。
共産党が顕著ですが、その他の野党で東大卒・・弁護士・医師その他ふあっとした民意を汲む能力を要する組織内で地位を得たことがない・・学歴的優秀者が幅を利かす組織で名を表した人が多い特徴を持つ所以です。
野党系の特徴は自分達は進んでいるから,庶民を指導して行くべきと言う基礎思考が強固な点です。
本来庶民に一番近い筈の労組や野党・・在野の方が観念的になっていて、庶民感覚に疎い傾向があるのが我がクニです。
野党・労働組合や人権団体が本来の働き・・庶民の気持ちの代弁をしない分・・政府が率先して人件費の引き上げ運動をここ3〜4年執心しているのは、この原点の違いに由来します。
野党や労組が本来中間層の転落を心配し,その防止政策を提案すべきなのに、党派的主張主張・・憲法違反などの空理空論にエネルギーを費やして具体的生活に根ざした議論に弱い・・本来の働きをしていない・・民のために意を尽くすべき「政治家」の仕事をしていないからです。
繰り返しになりますが,九州弁連大会の結果紹介によりますと,防犯カメラで犯罪抑止を目指すよりは,犯罪のない社会を作る方が重要だからプライバシー権侵害の理由で反対すると言うのですが,どうやって犯罪ゼロ社会を実現出来るかの提案がありません。
同じく非武装平和論も,戦争のない社会を作ることが重要なのは分りますが,現実にロシアによるクリミヤ半島占領・併合の事実・・その他世界では,あちこちで実力行使が絶えることがありません。
彼らが親近感を抱いていると思われる中国自身が,日本の領海侵犯等の実力行使に出ている状態で,どうすれば中国の理不尽な行動をやめさせられるかの提案もありません。
国防強化よりは,仲良くすることが先決だと言っても実際にはどうにもならない現実に付いてはだんまりのままです。
犯罪のない社会にするのが先決だと言いながら,中国人犯罪集団の跋扈に怯えているのがここ数十年の日本社会です。
野党や文化人が空理空論で満足するのではなく,国民生活を具体的にどうやってより良くして行くかのテーマに付いては語るところがありません。
生活保護基準を緩和しろとか,各種手当創設やアップや支給基準緩和に奔走するなどの決まりきった主義主張をしている程度の印象しかありません。
アメリカの選挙で書いて来ましたが、国民は保護基準を緩和したり支給額のアップをしてくれるよりか,自分の働きで生活したいのですから,社会保障アップよりは働ける環境整備の提案の方が前向きです。
日本の野党ももっと良いことを提案をしているかも知れませんが,報道では全く出て来ません。
日本では代弁政党がなくとも・・選挙の票数だけでは分らない民意を重視・・ソンタクする社会ですから、あらゆる組織で衆議をソンタク出来ないような人は世話役や責任のある政治家になれません。
11月16日以来書いて来ましたが、欧米の場合「統治の主体」としてのガバメントですから思いっきり自己主張・リーダーシップを強調して喝采を浴びるのが目的ですが,日本の「政(マツリごと)」とは、声なき声を聞き取る・神懸かり・民意忖度能力が近代化されたものであって、政治家はすべからく民意が奈辺にあるかをじっくり聞き取る能力が求められています。
自己主張して自己満足していても、国民はそう言う人を選びません。
リーダシップを重視社会・・庶民ピープルがリーダーに従って行動し,集会では歓声を上げる社会・・欧米価値観をそのまま尊敬しているマスコミ・文化人は、日本にはリーダーが生まれないと嘆きますが、日本は元々民意を汲み取る能力・調整型政治家が求められているのですから,無い物ねだりと言うか,数千年遅れの欧米の真似を要求する方がおかしいと言うのが年来の意見です。
政治(まつりごと)はリーダーシップを競い,自己主張するためにある西欧のガバメント能力とは違います。

自治体の拒否権9(許認可権2)

我が国・・明治政府の地方制度は、本来国家的関心事項を貫徹させる・統治の便宜のため・・効率・合理性の趣旨で地方に区分して分散させていたに過ぎません。
占領軍・アメリカの意向でこれを連邦的自治事務方向への改変し、中央政府の行為に付いてまでも地方が政府の上位機関として許認可権があるかのような逆転した制度設計にしようとしていたのですが、実態を変えて行くには時間がかかります。
その途中で日本が独立しました。
超戦争後の米ソ対決によって、アメリカ自身の日本弱体化方針が変わりました。
ここで左翼文化人じは、内実は中ソ応援目的ですが、表向きアメリカ型民主主義礼賛が始まります。
彼らは日本弱体化路線をアメリから受け継ぎ「明治政府の中央集権制が良くない」と言う宣伝・・私もそう言う教育を受けて来ました・・がどう考えても何故日本のような自治制度が必要かが分らないまま丸ごと信用して来た人が多いと思います。
この10年くらい自分で考えているうちに、アメリカの強制した自治制度は、占領政策の一環として日本弱体化目的だったのではないかと気が付いて来た次第です。
日本弱体化に資することなら何でも進めるし、発展しそうなことは何でも反対するのが左翼系文化人ですからここぞとばかりに自治制度の強化・悪用に精出して来たように見えます。
ところで、日本の中央集権と言ってもフランス等とは違い鎌倉幕府以来の各地独自性・封建制の伝統があるので最大限地方の独自性尊重の社会です。
中央と地方の関係は地方特有の事情に通じた自治体の意見を尊重して政策決定すれば足りるものであって、合理的根拠の有無にかかわらず地方が国策に対して何でも反対・・根拠の有無にかかわらない拒否権があるのでは統一国家と矛盾してしまいます。
これは主権国家間の条約によって出来上がっている世界の連合体やEUでも同じで、構成国が何でも拒否権がある条約は「条約」の意味をなしません。
部分的に拒否権留保付きで条約を結べばその部分に限り条約の効力がない仕組みです。
民間の契約でも一方が約束を守らなくても良いと言う契約は、契約としての効力がないのが法の原則です。
民法
(随意条件)
第百三十四条  停止条件付法律行為は、その条件が単に債務者の意思のみに係るときは、無効とする。

上記は日本の法原理でしかありませんが、明治維新当時にナポレン法典を基本に西欧の法制度の精髄を取り入れたもので、今でも世界標準の法原理であることは間違いがないでしょう。
現在明治以来の民法典の大改正作業が進展中ですが、この法原理の見直しがあるとは(私が知らないだけです)聞いていません。
統一国家・統一体である限り意思の統一が取れないと動き出来ない点は動物でもクルマでも皆同じです。
※ブレーキを踏むと一方で加速したり、アクセルを踏むとブレーキがかかるような設計のクルマでは無理があるでしょう。
日本国憲法もそこまでは要求していません。
日本国憲法
第九十四条  地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

上記のとおり中央政府が制定した法律に反した条例を作れないと言う意味は、中央政府の政策と矛盾行為をする権利がない・・拒否権がないと言う意味です。
上記のとおり地方には拒否権がないのですが、与えられている許認可権を「空くよう」して政府施策実行に必要な工事等の許認可をしないと言う便法を編み出して来たのがこの数十年の反政府派首長のやり方です。
これは一見合法「的」ですが実質的には憲法の趣旨に反する濫用行為です。
現在の沖縄の普天間基地移転に関する訴訟の基礎的構造(形式的合法の装い)は、国家としての意思統一破壊を目指す勢力が、15年ほど前に行政法の大改正に成功した結果、従来の機関委任事務から地方の独自権限(法定受託事務や地方事務)になったコトにあるらしいです。
行政法に関する素人的考え(憲法の基本によれば)では、国家・中央政府と地方の関係は飽くまで本社と支社等の関係になぞらえる(・・なぞらえると言う表現自体からして私はこの道の素人なので正確な言い方を出来ませんが・・)べきでしょう。
元々ゴミ集積場所や処理施設や学校の設置場所、道路新設や変更などは、地元に詳しい自治体が処理するのが合理的であるから地元権限にしていたに過ぎません。
国策を阻止する権限を与えるためにこの種の権限が始まったものではないのにアメリカの置き土産「自治権拡大」が左翼文化人によるねじ曲げ運用解釈によってこのような変な運用が始まったのですから元の法の精神・・ニッポン民族のあり方に応じた制度に戻すべきです。
以下にあるように知事の罷免制度は行き過ぎとしても、その他の権限関係に付いては修正するべきでしょう。
アメリカが既に放棄した占領政策の総仕上げとも言うべき行政法の大改革については、https://ja.wikipedia.org/wiki/によると以下のとおりです。
「機関委任事務(きかんいにんじむ)は、地方公共団体の首長(都道府県知事、市町村長)等が法令に基いて国から委任され、「国の機関」として処理する事務のことである。1999年の地方分権一括法により廃止された。
機関委任事務とされた事務は、法的にはあくまで委任した「国の事務」であって、「地方公共団体の事務」とは観念されない。このため当該事務に関しては地方公共団体の条例制定権が及ばず、地方議会の関与も制限されていた。機関委任事務について国は包括的な指揮監督権を有し(通達も参照)、これを制度的に担保するものとして職務執行命令訴訟が存在した。国は、都道府県知事が機関委任事務の管理執行について違法や怠慢があった場合に、職務執行命令訴訟を経て主務大臣による代執行を行うことができるうえ、最終的には内閣総理大臣による知事の罷免が可能であった。ただし、実際にこの制度に基づいて知事が罷免された例はなく、公選による知事の身分を奪うことは不適当であるから、知事罷免制度については1991年の地方自治法改正により廃止された。」
地方公共団体が処理する事務はすべて「地方公共団体の事務」となり、かつて機関委任事務とされていた事務の大半は自治事務及び法定受託事務に再編され、一部の事務は国の直接執行とされるか、事務自体が廃止された。」
開発行為許可や建築確認、海面埋め立てその他が地方の独自権限だとしても、政府の施策行為を例外・・政府決定や政府行為には地方の許認可を不要とするか・・条文技術的には「許認可を受けるべきものから、中央政府の行為を除く」とすれば良いことですが、これを入れると折角政府方針骨抜き目的の法改正をする意味がないと言うことでしょう。
政府行為の除外がないのを悪用して、自治体首長が、自己の所属または推薦母体になっている政党の主張が採用されていない国策に関しては、(何かスルニは何かの建設や開発行為が必要なのが普通です)許可しなければ良い・・沖縄辺野古基地移転騒動は新知事による海面埋め立て許可取り消しが争われていることから分るように、与野党対決法案で決まった重要国策をその自治体が関与する限度で全て麻痺させてしまうことが可能です。
多分世界中の国防軍の基地設置工事や行動について、(地元意思を出来るだけ尊重するのは)当然としても法的に地元同意にかかっている国などあり得ないと思われます。

金融政策の限界9

先進国で必要とされているのは、生活レベルアップ向けの投資や研究開発ですが、これは投資乗数が低いのが原則です。
運転を快適にするために道路補修を4年1回から2年に1回にしたところで、その社会の産業効率・生産性は殆ど上がりません。
豊かになれば経営者も自宅の内装.備品をグレードアップしますが、それによって経営効率が目に見えて良くなる訳が有りません。
自宅の文化レベルが上がると文化系次世代が育つ可能性を期待出来る程度でしょう。
景気対策としての財政出動・・凸凹道を舗装し曲がりくねった道を直線にするのは投資乗数が大きいのですが、こうした投資はキャッチアップ型後進国経済には有効ですが、(開発独裁が有効な所以です)先進国では後進国への生産移管が始まって以降、規模拡大型よりは、生産力過剰→整理統合縮小が主たるテーマですから、投資誘発効果を求めるのは無理があります。
利用の減った山間僻地の道路や電線水道設備を閉鎖して行く決断の方が求められていて、他方で都市のトイレや道路美化(植栽の手入れや電柱地中化など)などの投資が求められています。
景気対策としての財政出等は特定分野狙い打ちの需要創出(長野オリンピックあるいは、映画舞台化による一時的観光ブーム=地域限定バブル・・エコ減税や地デジ切り替えなどの場合特定産業バブル)にしかならず、その期間が終わると却って後遺症に苦しみます。
ジャパンデスプレイの例で分るように一種のゾンビ(企業ではなく日本が棄てて行かねばらない)生産品の延命策も、いくら資金を補充しても切りがありません。
8月6日経新聞では革新機構からジャパンデスプレイに資本注入予定と出ていましたが,市場採算の取れない特定物の生産にこだわるのが無理になって来たのではないでしょうか?
ところで後ろ向きの応援をする革新機構って意味があるでしょうか?
http://www.nikkei.com/article/DGKKZO05759850W6A800C1MM8000からの引用です。
「スマートフォン向け液晶パネル大手のジャパンディスプレイ(JDI)が筆頭株主の官民ファンド、産業革新機構に金融支援を要請したことが分かった。液晶パ ネルの販売が振るわず資金繰りが悪化していた。革新機構による債務保証や融資などが浮上している。数百億円規模の支援を得て財務の健全性を高める。(関連記事企業総合面に)」
後進国・・キャッチアップ型の場合業界結集しあるいは財政資金投入してモデルケ事業育成するのは意味がありますが、先進国では既存産業技術は日々陳腐化に曝されてるので革新脱皮していく・・「リストラクチャリングして行く」のは個別企業の責務です・・。
トヨタでもトーレでもコマツでも1企業の中身を見れば、日々革新に励んでいる→新製品開発に挑戦してこそ生き残れる・・裏から見れば陳腐化した旧製造設備はしょっ中廃棄しているから生きのこって行けるのです。
世界の工場の地位を失いつつあって規模縮小予定の先進国では何を廃棄して行くべきか、その間の経営をどうするかは市場原理に委ねるが原則ですから、国策策定は無理があるので、業界総意による出資と言う形にしてこれに一部財政投融資するのも緩やかな国策・・お茶を濁してるのですが、ジャパンデスプレイの例を見ると、業界のどこの企業も維持出来ない(市場性のない)製品を業界上げて生産力維持するのは無理があることがわかります。
中国では全体的な経済低迷にも拘らずエコカー減税等の(国産優遇の部品指定?)テコ入れ策によって中国国産の新車販売が伸びているようですが、これは需要の先取りでしかありません。
・・優遇期間が終われば・・あるいは優遇(減税)をそのまま続けても数年分の需要を先食いしている以上は、数年でメッキがはがれ、反動減が来ることが明らかです。
先進国では反動減が怖いので、特定産業や地域限定プッシュ型をやめて日米欧で社会全般の消費力アップを図る金融緩和論が政策の中心課題になって来たのは、当然の流れです。
ただ中国では緩和をテコに直ぐにマンション需要に火がつく・・これもバブルの再燃再拡大が議論されていますが、その外に需要の先取りと在庫が増える点で需要減問題を先に送って行きます。
中国では、この10年間ほどマンションその他焦点を絞っての優遇策でその分野ごとのバブルを煽っては損をさせて(例えば1昨年暮れ頃から政府推奨の「株は儲かるぞ!」式のバブルを煽って於いて昨夏の株式暴落)は、別のターゲットを決めてまたバブル化させることの繰り返しでしたが、もはや、再転嫁すべき対象がなくなって来た・・国民資金の底が尽き始めた印象です。
中国や韓国の場合、モラルハザードになり易い(と言いますがまだモラルが出来ていない)社会では緩和さえすれば良い訳ではありませんが、先送り政策に頼っていることになります。
これでも・・目先の経済停滞を誤摩化すことは可能ですが、カンフル同様で問題解決を先に送っているだけですから、いつかは行き詰まるだけはなく先に送る都度おまけが膨らむ傾向があるので最後は大変なことになります。
例えば100万円借りて返せないときに借り換えると金利や紹介手数料を含めて120万借りる・・120万返すために150万借りる〜200万円などと繰り返しているうち瞬く間に最初に借りた100万が1000万になるのと同じです。
金融緩和(金融調政策)の役割が先進国・純債権国・豊かな社会では終わっていることをここでは書いています。
億単位の預貯金を持っている人は、銀行金利が下がっても消費を増やしたりすることはありません。
政府の号令一下・・金利をちょっと下げれば設備投資が増え、住宅や各種ローン購入者が増える・・国民が政府の思うように消費を増やしたり減らしたりする単純反応する時代は終わっています。
先進国である筈のアメリカが金融政策に単純反応する社会・・ここ数年の異次元金融緩和によってクルマローン安によるクルマ購入の拡大はサブプライムローンの再現と言われているのは、新興国・・から絶え間なく流入する移民の存在と貧民層が多いからではないかと思われます。
アメリカとしては、異次元緩和を早くやめたい状況ですが、中国の破綻・・世界経済混乱を恐れて政策変更出来ずに困っています・・日本とは状況が違っています。

国際政治力学の流動化9(IMFのSDR採用)

経済政策を抜きにしてみると、日本孤立化政策の締めくくりとも言うべき最後仕上げであったTPPに日本を招き入れることになったのは,過去約30年来の対日包囲網をやめる意思表示ですから、大方針転換・・従来アメリカの御先棒担ぎをして来た国々にとっては大変な事態です。
アメリカの悪質な反日デマを守るために「戦後秩序改変を許さない」と新撰組みたいに頑張って来た韓国の立場はどうにもならなくなってきました。
幕府・徳川慶喜は大政奉還・自分だけ恭順の意を表して、新撰組切り捨て→鳥羽伏見の役になったのと同じ構図です。
アメリカは今なお強い立場ですから方針さえ変えれば、自分の本陣・連邦議会へ安倍総理を迎え入れて拍手喝采をし、「方針を変えました」と言って,その証しとしてTPP参加を認める・・広島訪問程度でことが済みますが、世界戦略のお先棒を担いで来たサウジやイスラエル、アジアでは韓国・中国が2階に上がってはしごを外された状態で戸惑っているのは当然です。
アメリカの対イラン制裁解除にサウジは怒って原油増産→相場下落攻勢でアメリカのシェールオイル生産の妨害をしていますが,この我慢比べの結果、サウジ自身の外貨準備が急速に枯渇し始めているとも言われています。
韓国は怒ってもアメリカに挑戦する力がない・・暴発して単独で日本を攻める力もないので、米中のハザマで漂流するしかない状態です。
今更スワップ協定お願いや?TPPの仲間に入れて下さいと日本に頼むみたくとも格好がつかない状態です。
西欧諸国は、アメリカにやられっぱなしの点で肚に含むところがありますので、従来からアメリカの意に反する親中路線をとってきました。
今回(5月26〜27)の伊勢志摩サミットを見れば分るように7カ国サミットなのに、会合人数9人で西欧人が(英仏独伊+EU委員長と議長?)6人を占めています。
このように多くの国際会議(理事数)では、伝統の力と言うべきか人数的に西欧諸国は圧倒的多数を占める仕組みになっています。
IMF(結局は西欧諸国多数の理事会になっています)は、中国の発展を囃して日米の反対を圧して強引に昨年末に国際通貨として人民元をSDRに採用してしまいました。
英国財務大臣は、これからは中国の時代として親中政策採用に熱心な動きをして来た等々を見ると、西欧諸国は中国経済に関する客観情報を敢えて無視して中国贔屓を来たように見えます。 
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20151214-OYT8T50024.html
015年12月14日 14時28分みずほ総合研究所 長谷川 克之
IMFが11月30日に人民元をSDR構成通貨として採用することを正式に決定すると、中国国営新華社は即座に速報を打ち、「歴史的な一歩」と歓迎した。李克強首相も中国の改革・開放の成果を国際社会が認めたものとして高く評価した。

IMFは昨年11月30日にSDR採用を認めたのですが、今年に入ると世界の銀行の集まりである国際金融協会(金融プロの集まり)が以下のとおりの発表をしています。
http://ameblo.jp/katsumatahisayoshi/day-20160509.html勝又氏の経済時評5月9日の一部から引用です。
『ロイター』(4月25日付)は、次のように報じた。
①「国際金融協会(IIF)は4月25日、中国から今年流出する資本額は5380億ドルになると見通した。昨年の資本流出額は6740億ドルだったため、流出ペースは鈍化する。IIFは最新の報告で『人民元の急激な下落が、中国との貿易関係が密接な国々など、他の新興国市場国も、競争的(通貨)引き下げを行う事態につながる恐れもある』と警告する」。
②「中国の外貨準備にも懸念が広がる。外貨準備がどの水準を下回れば、中国当局が懸念を持つようになるのかが分かっていない。外貨準備は、2014年6月の約4兆ドルから今年2月の3兆2000億ドル前後に減少した。大半の国と比べると、なお高水準だ。一方、国際通貨基金(IMF)が開発した別の算出方法を用いると、実際の準備高と必要となる可能性がある水準の間に存在する、緩衝の厚さは約2年前の50%から15%に縮小している。IIFは、『この観点でいえば、多額の資本が流出する事態が続く場合、資本規制を厳しく強化しなければ、国の公的準備が不十分とみなされる水準にまで縮小する恐れもある』と指摘した」。
「公的準備の不十分」な通貨とは言わば、ちょっとしたことで通貨危機に陥る通貨と言う意味です。
緩衝保有額・・ゆとりが15%しかないと(平均的決済必要額が85%)・・家計で言えば100万円の預金があるが、毎月85万円の収支で均衡していると言うのでは、ホンの1〜2割の臨時支出があると余裕ゼロ・・ちょっとした誤差でデフォルトになってしまう水準です。
サラリーマンの場合月収が安定してい上に病気や失業に備えた各種保険・災害保険制度がありますが、それでも多くの人が年収程度の預貯金をしているのが普通です。
40歳以上の家庭持ちで年収の1〜1、5割しか預貯金のない人の方が少ないでしょう。
収支の安定しない商売人であればすごくリスキーな資金繰り経営です。
商人の場合には銀行との当座貸越契約で一定枠の補填が予約されているので、目一杯現金制預金を持っていなくとも良いし、国の場合にはスワップ協定制度があります。
中国の場合どことスワップ協定をしているかですが,反日騒動に関連して韓国とスワップ協定をしましたが、国力規模が違い過ぎて中国が1000億ドル単位で資金不足に見舞われた場合とてもその補填能力はありません。
国の場合ギリギリ間に合えば良いのではなく、ギリギリとなれば通貨や株の狼狽売りが起きるし、そうでなくともジョージソロスのようなプロによる先物売りが膨らみ売りが売りを呼んで大暴落・・支払不能になってしまいます。
上記ロイターによればIMF基準によれば中国外貨準備は危機的状況に陥るすれすれの範囲に入っていますが、このようなリスキーな通貨を危機時のアンカー通貨の1つとしてSDRに採用した(日米以外の)IMF理事達は、自己の設定した価値基準を無視していた疑いが生じます。
IMF理事会が自己の決めた基準では、通貨危機が間近に迫っている国の通貨を安定通貨としてSDRに何故採用したかの疑問です。
中国寄りになってからの西欧諸国は従来の価値基準を棄てて、人権侵害に目をつむる、独裁運用する予定のAIIBに参加するなど従来の価値基準に反する行動が続いていました。
人民元のSDR採用決定には裏でかなり不純な政治動機が働いた可能性が否定出来ません。

量的資源に頼るアメリカ

西欧は産業革命→植民地支配によって自分の働き以上の何倍もの良い生活していた結果、収入源の植民地を失った後で本来の能力に応じた生活に戻る・・軟着陸するのに苦労しています。
日本による欧米の植民地支配批判を黙らせるために,ABCD包囲網・・更には植民地ごとのブロック経済化によって、日本を締め上げた結果、日本を戦争に引きずり込み叩き潰すのには成功しましたが、西欧は植民地をあっという間に日本に占領されて赤恥を掻いた(非支配民族が自身を取り戻した)結果、戦後植民地支配を復活出来ませんでした。
これに対する日本に対する西欧の恨みの深さが分ります。
アメリカは牧畜であれ、農業(綿花栽培も含めて)であれ、資源採掘であれ、広大な原野を切り開いた大規模運営が特徴ですが、当初これに対応する目に大規模な奴隷「仕入れ」」工業化後はドイツアイルランド等の移民に頼り、移民・・多くは未熟練者ですからこの適正に応じたベルトコンベアー式大量生産時代の幕を開けたものです。
ついでに書きますと,南北戦争は北部工業地帯の発達で奴隷労働では採算が取れなくなったことによるそうです。
奴隷とは、労働契約的に見れば、日本江戸時代の遊郭の前金制度みたいなものですから、一生分の代金前払いになり,途中でいらなくなったからと言って前金を返してもらえないし、今で言う終身雇用であるばかりか死ぬまで面倒見る義務があります。
綿花栽培労働と違って工場生産要員になると(生産して全部売れるとは限らないし)景気変動があるので、一種のリース・・働いて欲しいときだけ働いてくれる・・給金制の方が合理的です。
他方で工場労働的習慣性となるとアフリカ育ちの奴隷は(綿花摘みクライは適応しまししたが・・)そう言う習慣がないし5大湖周辺は寒くて気候的にあわないでしょうから、ドイツ系・アイルランド系の方がきちんと働けることから、この頃からドイツ系移民が急増しています。
奴隷解放の結果、奴隷の生活を見る義務がなくなった結果?巷に放り出されてしまうなど、元奴隷が解放前よりも悲惨な状態になったと言われています。
大量の人手に頼る生産方式に話を戻します。
農業や畜産に限らず資源採掘でも、この圧倒的大量生産方式と一体化して世界制覇の基礎を作りましたが、資源保有の有利さが領土拡張競争に拍車をかけて来たことをどこかに書いてきました。
アメリカの13州独立以来の領土拡張の勢いはすごいものでした。
ちなみにドイツの強国化は、産業革命の基礎となる鉄鉱石と石炭の双方を手に入れた・・領内にあったことが大きな要因でした。
鉄鉱石の出るアルザスロレーヌ地方をプロシャが普仏戦争で奪った経緯は、ドーデの「最後授業」で有名になっています。
その結果・・近くのルール地方炭田と一体化した独逸重工業化発展の基礎を得たのです。
この地域の鉄鉱石・石炭の資源争奪は普仏戦争〜第1次〜第2次世界大戦に続く独仏間の領土争いのテーマになっていましたが現在は最後に勝った?仏領になっていると思います。
EUは元々欧州石炭鉄鋼共同体で始まったことを7月2日に紹介しましたが、産業革命後必要となった資源を巡る怨恨の歴史経緯があるからです。
ロシアがアメリカにアラスカを売ったときには、まだ資源の重要性が認識されていなかった・あるいは極寒の地での採掘技術がなかったことによります。
以下はhttp://matome.naver.jp/odai/2139674489665795001からの引用です。
「1867年に帝政ロシアからアラスカを買ったときの値段はさらに安く、わずか720万ドルである」
豊富な資源力・広大な国土に見合った流れ作業方式・・大量生産時代を切り開いたアメリカは、労働者の実力以上の収入を得て来たのですが、今では先進国の収入源は汎用品から知財やソフト・文化力・・精巧な手作り品・工芸品などの重要性に移っています。
汎用品生産量で勝負する時代が終われば、人口の多さよりは資質が重要ですし、量産系資源力の相対化によってアメリカの優位性が失われて行くのは目に見えています。
物量を運び生産するには10人よりは100人(トラックや機械の量に比例)の方が有利ですが、デザインや知財や美術・金融取引等になると下手な人が百人いても優秀なデザイナーや絵描き一人に叶いません。
とりわけ大量生産系・汎用品組み立ては低賃金単純労働向けの新興国の産業となっていて、これに対応する石炭・鉄鉱石・原油等の量で勝負する資源力が国力そのものではなくなった・・相対化して来た事は明らかでしょう。
ある国単位で考えれば分りますが石炭石油・レアアース等の採掘現場が、大都会や首都あるいは高級住宅街にありますか?と言う比較です。
ロシアであれアメリカであれ、どこの国でも資源採掘現場は、人里離れた荒野あるいは禿げ山にあるものです。
国単位になると資源があると自慢しているようですが、過去佐渡の金採掘作業が囚人の仕事であったように近代の炭坑夫も過酷な労働でした。
最近コマツの重機が無人運転出来るようになっているようですが、資源採掘従事者は泥にまみれ汚い現場で、最低生活層が従事しています。
彼らが作業着のママ都会に出て来てホテルで食事しません。
採掘現場を走り回るような重機や巨大ダンプが住宅街や都会を走ることはありません。
国の果てにある資源を利用する遠くの資本家が良い思いをしているだけであって、資源そのものに従事するグループが良い思いを出来ません。
これがタマタマ同じ国内にあると言うだけであって、シベリアが別の国であってモスクワ経由で売りさばいている場合も結果は同じです。
この理を用いてアメリカは中東の石油利権の獲得に動き、いわゆる「メジャー」支配をして来たのです。
アメリカのシェールガスやサンドオイル回帰は、アラブの民族意識の高まりを背景に現地政府の力が強くなって来て、メジャー支配の旨味がなくなって来たところで、国内資源利用に変更したに過ぎません。
19末〜20世紀に成功したモデル・・量的資源(人的資源も量を求める)に頼る政策そのままです。

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