増税と景気効果2

ここで、増税反対論が多いので、国債発行や国有資産売却による資金源獲得と増税による資金獲得の経済に与える影響の違いを考えておきましょう。
どちらも市中から紙幣を引き上げて政府が使う点は同じですが、国債の場合、預貯金で眠っている資金が国債購入に充てられるだけですから、個人消費は変わりません。
個人は預貯金や株券を国債に振り替えるだけであって手持ち流動資産は同じです。
今回のように復興資金が必要な場合、むしろ政府は必要があって発行する以上、取得した資金を100%使ってしまうことから・同額の国内消費が増えて個人が預金で持っているより経済が活性化します。
ただしこの場合、預貯金を有効利用出来る銀行等があれば話が違ってきますが、この20年ばかり、紙幣がだぶついていて銀行や郵政公社も預貯金の使い道がなくて、国債を大量に買っている状態ですから、民間が使うべき自由なお金を政府が奪っていることにはなりません。
銀行の金融機能・信用創造機能喪失については、以前から何回も書いてきました。
増税の場合、使い道のない・どうせ貯金しているお金の余っている人だけが自由に拠出するのではなく、収入が多くても使い道のある人や生活カツカツの人からまで強制的に税を取るので、そういう人の民間消費分が萎縮することがあり得るだけです。
しかし、年収数千万円の高額所得者の場合、50万や60万円増税になってもその人の消費水準がいきなり変わるとも思えませんし、(その年の貯蓄が少し減る可能性があるだけです)自由に任せれば海外でも使うでしょうが、同じ金額を税で取れば100%国内消費ですから税の方が、国内消費拡大向きです。
中低所得者の場合(極貧は別として)でも、増税があっても子供の学費・家賃や光熱費その他支出がそのままの家庭が多い筈ですから、その年の貯蓄が減るかも知れませんが増税分そっくり消費が減ることはありません。
(年間平均100〜150万円貯蓄していた人の貯蓄が1〜2割減るなど)
他方、政府は必要があって増税するので増税分を100%使うことになれば、国内全体での支出はやはり増税しないよりも増加します。
国債も増税も集めた資金は100%消費することは同じですが、増税の場合は増税による増収分を100%使っても増税された国民がたとえば5%しか消費を控えないとすれば、95%しか消費が増えないことになるだけであって、全体の消費が伸びることは同じです。
ですから増税は景気を冷やすという主張・俗説(ほぼ100%の学者がそう言う説ですから・・私の意見が俗説となるのかな?)は事実に反していて、単に選挙民におもねる主張に過ぎません。
過去に増税した翌年に景気下降したと一般に主張されていますが、そのときは、財政健全化のために公的支出抑制と同時実施だったからです。
増税するだけで、政府支出を増税前と同じにすれば、上記の例で言えば5%の消費縮小効果だけ残ります。
赤字幅削減のための増税・・増税によって集めた資金を一銭も使わずにそのまま赤字国債償還に充てると増税による増収分と同額の紙幣が市中に戻りますが、国債償還を受けた方は元々余裕資金ですから、預貯金を増やすだけで(何%かは使うでしょうが・・)消費がは殆ど増えませんが、増税された国民一般は、(余裕のある人ばかりではないので)ある程度(前記の例で言えば5%)消費が萎縮するだけマイナス効果になります。
前年比政府支出を同じにして増税分をそっくり国債償還資金にした場合、いわば、国民平均から増税によってお金を集めて、国債保有者・金持ちに配り直す所得再分配に似た結果になります。
まして・増税した分を支出に回さずに赤字削減のために全部使ってしまうどころか、同時に前年比何割減の支出削減をすればその減少分がそっくり消費減→経済縮小になるのは当たり前であって、景気悪化は増税の効果ではなく支出抑制の効果に過ぎません。
実際にはこの中間が普通であって増税による増収の半分ないし3分の1を過去の赤字削減に使い、半分を追加支出に使うなどのバリエーションがあります。
今回の復旧経費資金のように、追加支出のための増税であれば、増税した分だけ政府支出が増えるので(・・復興需要が生じ)景気が良くなるだけですが、増税に対する国民のアレルギーが強いために、増税は政府支出の緊縮策との同時実施が一般的です。
気前良く使いたいので増税したいとは言えないために、にっちもさっちもいかなくなってからの増税になりがちです。
今度のギリシャ危機でも同じですが、支出の削減で間に合わない分の増税ですから、増税と公共工事・給与削減などとセットになってしまうのです。

原発コスト22(安全基準2)

稼働中の原子炉や使用済み燃料棒の貯蔵施設・プールでは水の循環で冷却していたのですから、この循環システムが壊れてしまうと、電源があっても3時間以内にその修理をして再開出来るかの問題に帰します。
一般家庭で言えば、停電しなくとも、洗濯機が壊れれば修理するまで動かないのと同じです。
装置が全面的に壊れている場合、(特に今回の場合)修理が短時間で出来ないことは直ぐに分りますから、3時間半以内に外部からどうやって格納容器に水を送り込んで冷やし続けて冷却装置の復旧までの時間を稼ぐかの問題になります。
(マスコミでは電源喪失・確保に焦点を当てて報道していましたが、実際には電源の補完だけしても装置は動かないので、平行して如何に早く冷却用の水を供給出来るかが、関係者にとっては焦眉の急だったことになります)
事故後半年以上経過したいまでも、100度以下の冷温停止状態に持ち込めない・・未だに蒸発を続け、放射能の拡散が続いている(・・これを遮蔽・封じ込めるためにするために建家の再建築を急いでいますが、これが年末頃までかかるという報道です。)ことから明らかなように電源喪失の問題ではなかったのです。
(1号機が約一ヶ月前に3号機が9月19日にようやく連続100度以下になったと報道されたばかりです)
上記の通り今回の大事故・・冷却装置故障→過熱によるメルトダウンや水素爆発は電源喪失によるのではなく冷却関連施設の破壊・故障・・その復旧作業が短期間では出来なかったことによることが明らかとなってきました。
関係者には地震発生と同時に分っていたことでしょうが、これを報道すると何故そんな単純な準備をしておかなかったのかの批判が起きるので津波による電源喪失という一点にしぼって報道しているのではないでしょうか?
ここで安全基準のあり方に戻りますが、ずんぐりしたカプセルみたいな格納容器は容器ごと揺れるようにしておけば内部は一緒に揺れるので震度8でも10でも理論的には対応可能ですが、配管類は建家その他各種周辺施設や地面に固定して伸びていて格納容器に繋がっているので、固定部分・支持基盤ごとに違った揺れをします。
ずんぐりした容器と違い、縦横に伸びていて支持基盤ごとに違った揺れをする配管類は地震に対する耐性が単体の格納容器とは違って格段に弱いのですから、これに対する耐震性こそを優先的に研究しておく必要があったことが分ります。
この研究・準備をせずに格納容器・お城で言えば、天守閣だけ残せば良いという発想で地震その他の災害に対する備えをして満足していたのですから不思議です。
天守閣だけの丸裸状態になれば、城主が腹を切る時間(原発で言えば3時間半)を稼げるだけであって、最早戦闘能力皆無と言うべきでしょう。
原発敷地内の諸設備は原発・原子炉を維持して行くために必要な設備ですから、冷却水循環用配管に限らずこれらに付随する設備全部が壊れても、丸裸の格納容器だけ残れば安全だという安全基準の設定自体がおかしかったことになります。

原発コスト18(安全基準2)

損害賠償費、事故処理費用や廃炉費用を加えてコストが明らかにしても、結果的に火力発電と同じくらいのコストで仮に収まるとした場合、国民の不安心理からすれば、「同じ程度のコストだったら火力・水力発電にしてよ!」という国民が圧倒的多数でしょう。
仮に原子力発電のコストが半値でもどうかな?という国民が多いのではないでしょうか?
月平均1万円前後の電気代が2倍の2万円になっても、月々1万円のためにこんな危険と隣り合わせに生きて行く必要がないという人が多いでしょう。
元々1万円くらいは、ちょっと良い思いをするためにちょっと高めの洋服を買ったりアクセサリーや嗜好品に使っている人が多い時代です。
あるいは健康維持のために中国産ではない割高な国産農産物や健康食品・化粧品などを買ったりしている人が多いのですが、その追加出費額は月間1万円どころではありません。
あるいはちょっとした付き合いで、気持ちよく過ごすために冠婚葬祭や懇親会費として1万円程度のお金を包んだり出費することはいくらもあるでしょう。
放射能汚染地域で1万円出せば放射能汚染がなくなる魔法の設備が仮にあった場合、そんな便利なものがあれば1万円出してでも安心して暮らしたい人が多いのではないでしょうか?
事故直後放射能汚染された水を恐れてペットボトルを買う人が急増した事実がありますが、ペットボトルだけ月に数千円よけい出費しても空から降って来る放射性物質その他による被曝を避けられないのですが、飲み水にだけでもそれだけのよけいな出費を厭わない人が多い事実を重視すべきです。
とは言え、個人生活は別として、産業界が海外に比べてあまりに高い電力料金で流行って行けないという問題があるので、悩ましいことです。
どんなに国債競争上不利でも損害リスクをないものとした架空のコスト計算では意味がないので、繰り返し書いているようにもしも事故があった場合の損害コストを加算したコストでなければ意味がありませんから、ここはやはり損害を加味したらきっちりしたコスト計算を示して欲しいものです。
原子力事業に関する何重のチェック体制があろうとも、そのチェック目的が危険回避目的ではなく、事業をやって行ける範囲で国民の不安に応えて行けば良いという逆転の発想であったことが、今回の大事故に繋がったものと思われます。
9月16日にヤフーニュースに掲載された各地の原発訴訟を担当した元裁判官10人のコメント・印象が報道されていましたが、一旦原発を停めるとなると大変なコストがかかる・・国全体で原発を推進しようとしているときにそんなこして良いのか・と言う心理的圧力がかかってしまう・・結果的に格好がつく程度の証拠調べをして先ず認めてしまう心理状況が全体として流れている感じです。
(読み方・読後感は正確ではないかも知れませんので皆さん独自にお読み下さい)
この後で原子力安全・保安委員会班目委員長の浜岡原発訴訟での証言を紹介しますが、一々対応していると事業をやってられないと言う「割り切りが重要だ」という視点で安全度を判定していたことが分っています。
安全かどうかではなくコスト的にやれるかどうかを基準に保安院はチェックして来たことを自ら如実に証言しています。
こうした運用の結果、原発は火力より安いと言われても、火力より安くあげられる範囲で安全審査をして来た結果であれば、同義反復でしかありません。
各地の原発訴訟での裁判所の判断基準もやれる範囲でしか原告の主張を認めない・・どこもかしこも循環論法ですから安全審査も基準も意味がなかったのです。

原発のコスト16(問答無用2)

日本人は愛国心・公徳心が強いので、日本経済がどうなっても良いと思ってる人は滅多になく、コストが本当はどうなるのかを知りたがっているのですが、伝統的支配勢力はコスト計算を公開したオープンな議論をしないまま、「早く再開しないと電気料金が上がって国際競争力がなくなる」と意味不明の主張が充満しているのは不思議です。
本当にコストアップ社会になって大変だと自信を持って言えるなら、気前良く各種データを公開し・・あるいはいろんな人に資金を出してデータ収集させたりして、コストに関する活発な議論をさせれば良い筈です。
元々今回の事故前から、我が国の電力料金が諸外国よりも高いと言われていますが、そこからメスを入れて行く必要があるでしょう。
以前からバカ高いのに、これ以上値上がりすると企業が海外に逃げざるを得ないという論理ですが、その前提として何故我が国はそんなに他国よりも高いのかの議論が必要です。
常識的に考えて我が国は、人口密集地が多いので送電距離も短くて済み、本来有利な筈ですが・・・。
現在のマスコミ論調を見ていると、コスト関連のデータを公開しないまま時間が経過して値上げだけして行けば、結果としてみんな困るから原発再開の方へ傾くだろう式のやり方です。
イキナリ計画停電で脅かしたのを手始めに、原発反対しているとこんな目に遭うぞとばかりにパンチを食らわしてきましたが、あまりにも見え透いていたので、却って東電が怨嗟の的になってこのやり方は直ぐに引っ込めました。
批判が強すぎてその後は節電に切り替えましたが、東電の供給源の1つである福島第一原発が停まっているので電力不足になったという構図で計画停電の後は節電要請でした。
これでうまく行きかけてところで、福島原発の停止に関係のない東北電力の方が先に(豪雨の影響で)電力不足になって東電から大規模な電力融通が行われる結果になりました。
実は発電能力は余っていることは業界内では常識だったの(でしょう)で、「足りないとキャンペインしている最中なので融通する訳に行かない」とも言い切れなかったのでしょう。
この結果、東電の電力不足のキャンペインは何だったのかまるで根拠不明となっていますが、これに関してマスコミでは何の説明もなくうやむやです。
原発停止で供給電力が足りなくなるというキャンペインで東北電力や中部電力から、融通を受ける計画が出ていた筈の東京電力が、最大ピーク時である筈の真夏に逆に大規模に東北電力に融通出来たのですから、「何のために(需要ピーク時でもない)事故直後に計画停電したの?」「話が違うんじゃない?」「な〜んだ余ってたの?」と言う素朴な疑問が起きているのですが、これらに対して、マスコミは全く応えようとも検証しようともしないままです。
また、コスト・データを開示しないままでも、今直ぐに火力発電に切り替えるとコストが上がるので、従来の電気料金の引き上げは不可避でしょうから、その事実・・先ず値上げをして国民を威嚇しようとしているとも見えます。
この戦法は、悪質なすり替えです。
いま火力に切り替えるとさしあたり従来よりもコストが上がることは当然ですが、だからと言って原発よりも火力発電コストが高いことの証明にはなりません。
今までの原発による電気料金は、損害賠償や事故処理コスト・廃炉費用をコスト計算に加えていなかったのですから、安かったのは当たり前です。
今後これらのコストを加えて行った場合の原発コストと火力発電のコストを比べるべきだ・・その結果どちらがどれだけ安いのかを知りたい国民の関心に応えず、先ず値上げから入って行こうとする現下の動きは、国民の正当な疑問・関心から意図的に目をそらそうとするものです。

原発のコスト12(備えなければ憂いあり2)

8月8日の日経新聞朝刊第5面「リーマンショック第2幕」と題する紙面に(根拠を書いていませんが、)今後「廃炉や放射性物質除染費用に数十兆円必要との見方もある」と書かれていました。
8月10日に紹介したように何しろ使用済み燃料棒のウラン235だけで約130トンもあり、上記のように今後の除染や廃炉費用だけで数十兆円必要の見方が出ているというのに、8月18日に紹介した原発賠償法第7条では1基当たり1200億円以内の供託で足りるようになっています。
これですべての被害を賄えるような印象・・・政府の政策・・法律がそうなっているのは、この法律を造った当時の政権の責任です。
これは一種の営業保証金であって総損害がこれで足りるという性質のものではなかったでしょうが、供託金がこのように低いと関係者は何となくこれさえ用意しておけばいいような気持ちになりがちですし、実際そのように運用して来たのでしょう。
この辺は、August 23, 2011「損害賠償金の引き当て1(保険1)」以下で賠償引当金を会計処理上要求していなかった監査法人・会計事務所にも責任があるのではないかと書きました。
民間の自主的な会計処理に委ねないで、(充分な引当金を会計上要求していたら、大赤字で経営が成り立たなかった筈ですから、そこまで会計士が要求しきれなかったのでしょう)今後は原子力施設一基当たり数十兆円の基金積み立てがなければ設置を認めないくらいの厳格な設置基準が必要です。
事故が起きたらその企業どころか業界全部束になっても損害を賄えない・・・・政府すら全部賄う資金がなくて国債に頼るしかない・・結局は国民の懐を当てにしているのでは、国民は安心していられません。
原子力発電に関しては、東電や原子力安全・保安院など多くの官僚や学者がチェックしているので、五重の安全網などと豪語していながら、もしも事故が起きたときに備えた手順をまるで用意していなかったことが明らかになっていますが、これと同じように、イザというときの避難マニュアルもなければ賠償システムもなかったし、賠償資金の準備も全くしていなかったことになります。
政府(これを決めたのは自民党政権時代ですが・・・)は何を根拠に1200億円以内で充分と考えていたのでしょうか?
原子力の安全基準・・その先は分らないから安全ということにしておこうとするのと同様に、1200億以上ではなく「1200億もあれば充分」というとんでもない基準で運用していたことが、この法律とこれを受けた業界の会計処理・・それ以上の引当金処理しなくとも適正だとする会計処理がまかり通っていたとすれば・・会計事務所の責任というよりは、原発推進派の政府関係者の暗黙の合意であったことが明らかになります。
事故がなくても、いつか莫大な廃炉費用は必要なことですが、これについても経理処理上どうなっていたのか心もとない感じです。
法律上全面的賠償責任が明記されている以上は、これに対応する適正な損害引当金が準備されていなければ法の要求するコスト計上不足なのに、(法律を無視しようとする暗黙の政治的合意が仮にあったとしても法律違反の談合に過ぎませんから、これに従って)法の要求を無視して適正意見を書いていたとすれば、会計監査法人の責任は免責される余地がありません。
とすれば、適正意見を信じて株式を保有していた株主から株暴落によって損を被ったことによる損害賠償請求の対象になる可能性は否定出来ません。
もしも適正な引当金処理をしていななかったにも拘らず会計士が適正意見を歴年書いて来たとすれば、(支配層の暗黙の合意があったとして)法を守るべき国の支配層が法律違反を推進していたことを明らかにするためにも、損害賠償請求を株主が提起すべきかも知れません。

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