原発のコスト12(備えなければ憂いあり2)

8月8日の日経新聞朝刊第5面「リーマンショック第2幕」と題する紙面に(根拠を書いていませんが、)今後「廃炉や放射性物質除染費用に数十兆円必要との見方もある」と書かれていました。
8月10日に紹介したように何しろ使用済み燃料棒のウラン235だけで約130トンもあり、上記のように今後の除染や廃炉費用だけで数十兆円必要の見方が出ているというのに、8月18日に紹介した原発賠償法第7条では1基当たり1200億円以内の供託で足りるようになっています。
これですべての被害を賄えるような印象・・・政府の政策・・法律がそうなっているのは、この法律を造った当時の政権の責任です。
これは一種の営業保証金であって総損害がこれで足りるという性質のものではなかったでしょうが、供託金がこのように低いと関係者は何となくこれさえ用意しておけばいいような気持ちになりがちですし、実際そのように運用して来たのでしょう。
この辺は、August 23, 2011「損害賠償金の引き当て1(保険1)」以下で賠償引当金を会計処理上要求していなかった監査法人・会計事務所にも責任があるのではないかと書きました。
民間の自主的な会計処理に委ねないで、(充分な引当金を会計上要求していたら、大赤字で経営が成り立たなかった筈ですから、そこまで会計士が要求しきれなかったのでしょう)今後は原子力施設一基当たり数十兆円の基金積み立てがなければ設置を認めないくらいの厳格な設置基準が必要です。
事故が起きたらその企業どころか業界全部束になっても損害を賄えない・・・・政府すら全部賄う資金がなくて国債に頼るしかない・・結局は国民の懐を当てにしているのでは、国民は安心していられません。
原子力発電に関しては、東電や原子力安全・保安院など多くの官僚や学者がチェックしているので、五重の安全網などと豪語していながら、もしも事故が起きたときに備えた手順をまるで用意していなかったことが明らかになっていますが、これと同じように、イザというときの避難マニュアルもなければ賠償システムもなかったし、賠償資金の準備も全くしていなかったことになります。
政府(これを決めたのは自民党政権時代ですが・・・)は何を根拠に1200億円以内で充分と考えていたのでしょうか?
原子力の安全基準・・その先は分らないから安全ということにしておこうとするのと同様に、1200億以上ではなく「1200億もあれば充分」というとんでもない基準で運用していたことが、この法律とこれを受けた業界の会計処理・・それ以上の引当金処理しなくとも適正だとする会計処理がまかり通っていたとすれば・・会計事務所の責任というよりは、原発推進派の政府関係者の暗黙の合意であったことが明らかになります。
事故がなくても、いつか莫大な廃炉費用は必要なことですが、これについても経理処理上どうなっていたのか心もとない感じです。
法律上全面的賠償責任が明記されている以上は、これに対応する適正な損害引当金が準備されていなければ法の要求するコスト計上不足なのに、(法律を無視しようとする暗黙の政治的合意が仮にあったとしても法律違反の談合に過ぎませんから、これに従って)法の要求を無視して適正意見を書いていたとすれば、会計監査法人の責任は免責される余地がありません。
とすれば、適正意見を信じて株式を保有していた株主から株暴落によって損を被ったことによる損害賠償請求の対象になる可能性は否定出来ません。
もしも適正な引当金処理をしていななかったにも拘らず会計士が適正意見を歴年書いて来たとすれば、(支配層の暗黙の合意があったとして)法を守るべき国の支配層が法律違反を推進していたことを明らかにするためにも、損害賠償請求を株主が提起すべきかも知れません。

原発のコスト11(備えなければ憂いあり!)

最近は原発のコストが安いと言う正面からの解説が減りましたが、その代わり、脱原発を言うとヒステリック・パニック的反応だとして議論をしないで問答無用的に切り捨てる論調が増えてきました。
論争に負けると、社会勢力の強い立場の勢力にとっては、いつもお決まりの方法ですが、戦前では非国民のレッテル、戦後から昭和年代末までは「あいつは赤だから・・」等の言論封殺方式がいつも出て来ます。
コスト論を言うならば、今回の大事故の損害を全部自己費用で賠償をしても(政府保障なしでも)東電は儲かっているという計算を示してからにすべきです。
電源喪失は想定外という言い訳自体が怪しいことが分ってきましたが、今になると「従来通りの安全基準でこれからも原発は絶対安全です」とはいくら厚顔な人でも言えなくなっていますが、コスト論だけはどうして従来コスト計算のままでで「安い」と言い張っているのでしょうか?
業界一丸になっても東電の一事業所に過ぎない福島原発の起こした損害賠償資金を準備していなかったし、賠償資金を市場で借りることすら出来ないほど賠償能力がない・・これをきちんとコストに含めていたら原発コストはいくらになったのかの計算を示してから安いか高いかの主張をすべきです。
日通でもヤマト運輸でも、日本航空でも一事業所で起きた事故の賠償金ぐらい現金または手元流動資金で用意して持っているのが普通の経営と言うものでしょう。
今回の大震災で言えば、千葉でも化学工場が爆発炎上して燃え尽きるまで燃え続けましたが、その爆発でその会社の経営がどうなったという話を聞きません。
あらゆる企業にとって、もしも事故があったらどうするかのマニュアルを用意しているのが普通です。
「当社は充分な安全対策を施しているので、保険も何も要りません・・まして爆発炎上などまるで予定していないので消防に連絡したり避難したり周辺住民への連絡体制もマニュアルにありません」という大手の会社はないでしょう。
万全の安全対策をしていても事故はあり得るのでもしも事故になった場合のために、それなりの備えをしておくべきことは産業人の常識ですが、東電にはその常識がなかったから、イザというときの資金備えもなければ対応マニュアル・・電源喪失時の手動マニュアルがなくて泥縄式に対処して時間を食ったなど・・もなくてオタオタしてしまったのです。
「安全です」の呪文に酔い痴れていて何も準備しておらず、結果が出てみると業界束になっても払えない・・事故が起きてから、賠償資金を捻出するために世間から借金するための社債発行の仕組みを漸く整えたところですから、(泥縄式どころの話ではありません・・)事前に賠償基金を東電だけではなく業界全体で合計しても充分に積み立てていなかったことが証明されました。
電源喪失自体については日本のような地震の心配のないアメリカでさえも、30年前から検討すべきテーマになっていてこれが日本でも指摘されていたのに、そんなことまで一々し心配してたらコストがいくらあっても足りない・・割り切るしかないという論法(班目原子力委員長の浜岡原発訴訟での証言です)で無視して来た結果がこれです。
電源喪失は想定外の津波よる被害だけではなく、その後の余震程度でさえも電源喪失があちこちの原発で起きてギリギリのところで回復した事故が起きているのですから、身近にいつでも起こりうる事故だったことが分っています。

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