利害調整不全7(地域エゴ野放し2)

地元処理の論理が正しいとして、柏市内で解決することになった場合、市内のどこか一箇所を特定すると「市全体のゴミをなぜこの地域だけで処分するのか?」と反対運動の名分になります。
市内全域(例えば市内地域が五箇所に分かれている場合、五箇所に一箇所づつ)公平負担としても、その集落地域内でも、地域内のここだけ(自宅の隣で)なぜ引き受けるか?となれば、際限ない争いが続きます。
こういう反対論理が正当化されると火葬場も墓地も葬儀場も医療施設も皆自宅内処理し家庭ごみも皆自宅内処理すべきとなりそうです。
昭和40年代の杉並ゴミ戦争が有名ですが、都が埼玉千葉県にゴミ処理を頼らない点は立派ですが、都内処理の地区間不公平問題が勃発しました。
東京23区は、江東区等の東京湾埋め立てに頼っていたのが限界になってきたので各区内での焼却が必要になったのに、杉並区住民が区内焼却場設置に反対したのが発端だったように記憶しています。
この問題では江東区が態度硬化して杉並区のゴミ受け入れ拒否するという騒動に発展し、この解決までの間、杉並区内あちこちに臨時のゴミ集積所設置案ができたのですが、今度は臨時ゴミ集積所設置自体に近隣住民の反対が出るなど、エゴ連鎖の結果、最後は強制収用決定となり、それにも抵抗して訴訟になり裁判所の勧告に従い杉並のエゴが不発に終わった記憶です。
詳しくは東京ゴミ戦争のテーマでウイキペデイアに出ていますので参照してください。
住民意思最大限尊重姿勢の(社共支持?推薦の)美濃部都政でこのような矛盾が生じたのは、偶然ではなかったでしょう。
草の根の意見重視といっても噴出する両立しない利害をいつかは調整しないと為政者としての役割を果たせません。
保育所不足が女性の社会参加推進少子化対策等で重要テーマになっている現在・・しょっちゅう待機児童数の発表されるほど関心の高い状態ですが、数年前に住宅街での保育所設置反対運動が起きていて新設困難になっているニュースがありました。
保育所も学校も近いのはありがたいが、自宅の隣は困ると反対する・・少しの負担も引き受けない人が増えてきました。
反対派エゴ・・道路掃除当番非協力程度で無視できるなら害が少ないのですが、これが保護されるべき権利→制度上効果=反対がエゴに基づくものであっても反対がある限り公共施設が設置できない結果を認めるようになると、エゴ主張を権利として保護するのと似た効果が生じます。
共同社会→何らかの自己負担が前提ですが、税や会費負担あるいは週1回の道路や公園掃除当番など直接的負担を超えて「送り迎えの車が増えるので反対」という程度の自己負担も嫌と(と思うのは自由ですが、公的運動までするように)なれば、自己負担拒否感の強さに驚くばかりです。
「舌も出ししたくない」ような非協力を競う社会・・エゴに基づく拒否権の承認をするのか?
バラマキ政治はこの行き着いた究極の政治スタイルというべきでしょう。
最低賃金倍増、所得税減税や障害者保護や生活保護費倍増、保育料高校大学学費無料、高齢者入場料無料等々のバラマキ型主張は、その一つ一つが誰の権利を阻害するか直接効果が不明なので対立相手を直接作らないのがミソです。
無責任な甘い公約の言いたい放題ですが、増税しない限りその資金負担分=どこかに振り向けていた資金がその分減らすしかない筈です。
この支出を減らしてその資金で教育費を無償化すべきという主張、または同額の増税をすべきという主張が責任ある態度でしょう。
私が弁護士になった頃の共産党の主張は、戦闘機一機で何々が作れるという主張でした。
無責任主張は相手にされない時代だったようです。

民主主義と利害調整力不全2

米国では自己主張が強すぎて人種間、地域間、産業間、個々の人間あるいは資本家と労働者、新移民と古参移民、貧富格差、LGBTその他あらゆる分野で各種各層ごとに妥協できない社会になっている印象を受けます。
自己主張が繰り広げられるようになると、それが討論を経て止揚統合していくのではなく不満は不満のまま終わる状態になって行きます。
価値観相克の場合、討論しても解決にならないので、多数派が押し切るしかないことが多いので、価値観相克のママとなり、却って無力感が高まり過激な行動に走る傾向が出てきます。
個々人や組織は激しいデモ行動・・これに呼応する政治家は特定主張の代弁者として妥協しないことが取り柄・・極端主張をして政界に躍り出る→政界で話し合いによる価値統合が不可能化してきたのが現状ではないでしょうか?
ヘゲモニーを握るのが目的で立候補しているのではなくフラストレーション発散目的ですので、政党にもなるかならないかの少数勢力・・一人でも2人でも自分らの代表を国会に送り込めれば満足というパターンの場合、それを法に仕上げる目標は遠すぎるので、その支持を受けた代表は政界での孤立を物ともせずに華々しく主張を繰り替えしてればよいのであって、政治家としての利害調整妥協の技術を学ぶ必要がありません。
米国のトランプ氏や英国のジョンソン首相の強硬なEU離脱論が、影響力が大きいので目立ちますが、元々ドイツで緑の党に始まり、米国では茶会党など、先鋭な主張で特定主張に特化する政治家が勢力を伸ばし始めたのは偶然ではありません。
わが国の歴史で見れば、旧社会党がサンフランシスコ講和条約反対の中ソ側に偏った政策・・当時の国際情勢で実現不可能な全面講和論にこだわり結果的に日本独立反対論で一貫して、その帳尻合わせ的に非武装中立論という空想的主張に固執して徐々に日本社会の支持を失っていく過程で、孤立化していくにつれていよいよ頑固一徹になることで岩盤支持層の維持に特化して言ったようです。
結果的に妥協できないので「何でも反対の社会党」という蔑称が一般化するようになり、ついに多くの政治家が去り、離合集散を経て民主党政権の誕生になったのものです。
60年安保当時はまだエリートの影響力が強かったので政治のわからない左翼系学者や大手メデイアの影響力のまま、これまた未熟な若者大動員に成功しただけで多くの国民の支持があったものではありません。
社会実質から浮き上がっていた安保騒動を頂点として以来急激に支持率を落とすようになり、なんでも反対→国会運営妨害が主目的になってきたのが旧社会党で、消費税前身の税反対の機運に乗って当時の土井党首の「ダメなものはダメ!」式の断固たる態度がもてはやされたように、「妥協しない」ことが特徴でした。
安保騒動も消費税反対も日g路の社会党の主張に共感していたからでなく、たまたま他のテーマのブームに乗っただけ・・実力以上のブーム景気だったのでそのブームが去ると逆に弱い体質が拡大露呈します。
死亡直前、いきなり元気になる病人のような現象です。
旧社会党から逃げ出した政治家中心に結成した民主党が、これまた政権交代を1回は見て見たいというブームに乗って、政権獲得したものの、能力以上のブームだったのですぐに能力不足を露呈した結果、政権獲得前よりずっと存在感を低下させてしまいました。
スポーツでも何でも実力で上がっていれば、連続優勝できないからといって、前年優勝者が大差で大負けするとは考えにくいものです。
箱根駅伝のように選手が毎年25%づつ入れ替わるシステムでも、優勝校が翌年シード落ちするようなことはないでしょう。
国民数%の支持があるかどうか程度の偏った主張にこだわる場合には、国家社会をどうしたいという前向き・建設的意見皆無で、国民のフラストレーションを煽るだけですので、こういうスタイルが日常化する社会・・ただ不満をぶちまけ騒動を起こす集団が蠢くようになると国家社会が混乱する一方です。
ただ何かのきっかけがあると不満を表すのに、日頃から活動している不満集団のデモに便乗する人が増えるということでしょうか?
米国ミネソタ州の黒人被害事件で全国規模で盛り上がったデモ騒ぎは、各種不満層が黒人差別反対という大義に便乗した側面が大きいように見えます。
旧社会党系が総選挙ごとに支持を失いこの10年程では約2%の得票で生き残っている状態ですが、これは現在中韓係の代弁集団に特化しているように色づけられている関係で、その他の不満集団の受け皿として存在意義を保ち、右では在特会のような嫌韓特化集団、その他個別不満集団が誕生しています。
・・・NHK反対というだけで、その他主義主張は白紙状態で先の衆議院選で当選した政党があります。
右翼系・・日韓断交を主張する政党も一点突破でその他政治に関しての具体主張不要ですので、それぞれ一定の得票を見込めれば良いという主張です。
山本太郎と〇〇とかという政党・・今は「令和新鮮組」というようですが、何かまとまった主張集団というより「不満な人集まれ」式で一定の支持を得ている印象です。
念のためにウイキペデイアで公約等を見て見ましたが、具体的にどうするのか不明ですが、特定弱者救済というより狭間にある多種多様な弱者全般に焦点を当てて、救済を訴えている・救済のばらまき?型でしょうか?
全部実行する資金はどうなるという視点がはっきりしません。
この結果各種多様な弱者層からの、票が集まるしかけのようです。
特定主張で極端な訴えする場合、その他無数にある国内利害調整が必要ですが、その点をはっきりさせないまま実現だけ断定的に公約するので分かり良いのが売りです。
国政全般のことはわからないが、奨学金免除してくれる、最低賃金を引き上げてくれるならこの人に投票しようか?ということになりそうです。

豪華クルーズ船対応批判8と米国の対応2(文春引用)

文春引用の続きです。

“感染可能性”62人が船内を自由に動いていた
ハワイ4島をめぐり、帰港するメキシコへと向かっている途中、前のメキシコ・クルーズに乗船していた71歳の男性が下船後、新型コロナで亡くなったという一報を受ける。また、下船した別の乗客も感染し、入院していることがわかった。
船内でも、11人の乗員と10人の乗客が、新型コロナの症状ともいえる風邪やインフルエンザのような症状を訴えるという異変が起きていた。3月4日、船は、急遽、サンフランシスコへ向けて方向転換することになった。
ハワイ・クルーズには、サンフランシスコから乗船した客以外に、死者と感染者が出たメキシコ・クルーズに参加していた62人の乗客も、引き続き参加していた。CDCは、感染している可能性が考えられる62人に対し、自室から出ないよう指示を出した。
しかし、ここで問題なのは、62人の乗客は、隔離命令が出されるまでは自由に船内を動き回っていたということだ。サンフランシスコ港を発ち、隔離命令が出た3月4日までの13日間は、普通にクルーズ旅行を楽しんでいたのである。
また、隔離命令が出されたのは62人に対してだけだったことにも疑問を感じる。サンフランシスコから乗船した客も自室に留まって自主隔離していたのか、また、乗員が乗客にどのような形で食べ物などをサービスしていたかは不明だ。
(日本寄港した)「ダイヤモンド・プリンセス号」の場合、適切な防護装備を与えられず、ガイダンスやトレーニングも受けていない乗員が乗客に対応していたことが問題だった。乗員は同じ手袋を身につけたままで多くの部屋に食べ物を運び、乗客と対面していたことが、船内感染が広がった原因ではないかと言われている。

引用中ですが、ここで一言私見を挟みます。
日本入港のクルーズ船対策が複雑化した原因は経営は米国の企業でありながら船籍=主権が英国にあったので、船内管理は一次的には米企業の社内ルール(米企業の企業姿勢・従業員のレベル)であり、その企業が従うべき法令は英国の主権下にあり、日本政府は直接何も指示できず隔離命令・行政指導?など出せない状態です。
香港下船者(死亡だったか?)の一人が、コロナ検査陽性だっというニュースで始まった騒動ですので、香港から日本への移動中の3日間くらいが船内感染拡大の重要時間でしたが、この間の運営は運営会社の危機管理能力にかかっていたとになります。
日本中が豪華客船が日本に近づくのに合わせて危機感が上昇して入港拒否するか否か、受け入れる場合下船させるか、その場合の受け入れや検査体制をどうするかなど多角的議論沸騰中であったにも関わらず、肝腎の船内では日本に着くと厳しい規制を受けるから?ということらしく横浜到着の前夜には、サヨナラパーテイを盛大に開催していた・・日常的にレストランその他の共有施設閉鎖など全くしていなかった・・隔離どころではなかったイメージが伝わってきます。
日本政府としては、感染者一人出たという程度の情報しかなくその後船内隔離体制がどうなっているか発症者がどのくらい出ているのかすら不明で・・せいぜい数名くらいは出ているか?の憶測で検査に臨んだようです。
蓋を開けたら10名もの陽性が出たので、これは「大変だ全員検査する必要」と急遽(当日深夜午前2時頃での会議で)方針変更になったようです。
もともと米国企業の船で、かつ船籍が英国での関係もあって事前情報が少なかった他に企業側の危機意識が低すぎたことが1ヶ月後に発生した米国での同一企業運営クルーズ船対応でも明らかになったようです。
しかも当時の英国ジョンソン首相は集団免疫拡大論を展開していて外出自粛や隔離を認めていなかったから、英国政府自体が日本から要請があったとしても協力的でなかったと推測されます。
https://www.fnn.jp/articles/-/32265

・・・政府関係者は、DP号の船籍国はイギリスだったため、1日の陽性発覚直後に公海上にいるDP号に対し客室待機などの措置をとることは「権限もないし、命令できなかった」と説明する。また別の政府関係者は次のように振り返っている。
むしろ政府内には船籍国であるイギリスへの不満が強い。DP号のオペレーションに関わった政府関係者は「クルーズ船が日本に到着して感染者が続発して、日本の責任だと言われても、じゃあ船会社や船籍国は何もしなかったじゃないかと言いたい。BBC(イギリスの公共放送)の記者だって日本政府の対応を批判しているが自分たちの国は何もしなかったじゃないかと言いたい」と批判する。ほかにも、「イギリスはジョンソン首相になって、おかしな国になってしまった」という恨みの声も聞かれた。

船内情報もよその國経由→間接的です。
米国のクルーズ船も日本に寄港した船と同じ企業経営でしたが、米英両船籍というニュースでしたし、上記引用したように航行中にCDCが直接62名の隔離命令できたということですから(サンフランシスコを母港とするのかな?)この船の場合米国籍にしていたのでしょうか?
船内秩序が、米国支配下にあった点が大きな違いです。
日本には船内への主権がおよばない結果、船内の衛生管理などの調査報告を求める権利や行政指導権も命令権もありませんし、横浜入港前からすでに大規模クラスターが発生していたのか、船内検査中に感染が広がったのか、今もって不明・・日本政府には船内調査権がないので事情聴取できない・・状態ではないでしょうか。
米国で問題になったクルーズ船は日本での大規模騒動中の2月11日に感染を真摯に気にせず・・出港した時にまともな健康検査しないで乗船を認め出港したこと(これは米国の乗客が損害賠償訴訟で主張していることらしいです)といい、乗員訓練その他感染防止に対する企業意識レベルが低かったことが報道されています。
米企業の認識はそんな程度だったのです。
企業に限らず大統領を先頭に米国民一般の意識がそんなものだったので、コロナ被害が現在のところ世界一大きい国になっているのではないでしょうか?

豪華クルーズ船対応批判2

クルーズ船対応の批判論を公開して(批判を受けて?)削除してしまった人物が、翌月「クルーズ船での対応は失敗した」の表題でのメデイア記事発表に協力した以上は、一旦撤回削除した主張のどこが正しくどこが誤りだったかの釈明をしたものと読者が期待します。
ところが読み進んでもクルーズ船対応の何が失敗だったかの説明がないままです。
まともな批判論がないと書く場合、逐一引用しないと「ない」証明ができない不便さがありますが、全部引用は煩雑ですので、記事中のクルーズ船に関する小見出し部分だけ引用しておきます。
全文が気になる方はご自分で記事内容に入っていただくようにお願いします。https://toyokeizai.net/articles/-/335971?page=7

――岩田教授は2月18日、クルーズ船内部の状況についての動画をYouTubeで公開しました。ウイルスのない「グリーン・ゾーン」とウイルスが存在して感染の危険がある「レッド・ゾーン」が「ぐちゃぐちゃになっていた」と。改めて、課題は何だったのでしょうか。
クルーズ船というのは閉鎖的な空間にたくさんの人がいて、おまけに高齢者が多い。非常に感染しやすく、リスクも高い。感染症対策上は下船させることが正しくても、実際には周辺の医療機関にそれだけの受け入れキャパシティーがなければ、ただ下船させるというわけにはいかない。そこが最初のジレンマになる。
そのジレンマの中で、感染リスクが高いクルーズ船の中に14日間とどめ置いて検疫をするという判断を日本はした。その判断が間違っていたのかどうかわからないが、そういう選択をしたのであれば、船の中の感染対策は完璧にする必要があった。
しかし、感染症の専門家がしっかり入ってオペレーション(運営)をするのではなく、感染対策のプランは官僚主体でつくったものになっていた。専門家は結局、少し入っただけだった。日本環境感染学会の専門家も入ったが、結局はすぐ撤退してしまった。
入れ替わり立ち替わり専門家が入っているが、専門家がリーダーシップをとった対策づくりができていなかった。
――下船した乗客の感染が後になって判明したり、作業に当たっていた厚生労働省の職員や検疫官に感染者が出たりしました。

「下船した乗客の感染が後になって判明した」点については、検査の正確度が低いことが知られている通りです。
https://www.asahi.com/articles/ASN3M7G1XN3MULBJ01C.html

新型コロナ検査、どれくらい正確? 感度と特異度の意味

酒井健司 2020年3月23日 9時00分
日本プライマリ・ケア連合学会の診療の手引きによれば、「PCR検査はウイルスゲノムを検出するという原理から、一般論として感度は低く、特異度が高いと考えられます。初期のPCR検査で陰性だが後日陽性となった患者等の検討により、感度は30~70%程度、特異度は99%以上と推定されています」とあります。ほかの専門家のコメントでもだいたい同じぐらいです。

わずか30〜70%ですから、陽性判定された人の陽性率は99%ですが陽性判定されなかった人も7〜3割が再検査すれば陽性になる可能性があるのです。
この比率は現在も変わっていないようです。
陰性2回の退院ルール下でも退院後陽性になることもあると言われ、(1回の検査で最大7割が漏れるとすれば、2回検査後でも35%が漏れている計算です)もう一度感染したのか(免疫にならないのか?)検査の正確度が低い問題なのかすらわかっていないのが現状です。
下船後の陽性反応が出た人が数名?程度出たとしても、感染防御体制不備の主張とどう関係するか不明の主張です。
現在と違いまだ大量の検査治療経験のない試行錯誤的段階の検査能力レベル批判とクルーズ船受け入れ体制不備批判とは次元の異なる議論です。
以下対応に当たった人員に二次感染が起きた等の結果責任に議論がすり替わって行き受け入れ体制批判の具体的説明がありません。
岩田氏の基本主張は、キャパが足りないという(船内のほうが、検査環境が良い)理由で、下船させないで船での検査を選択したのであれば「船の中の感染対策は完璧にする必要があった。」という立論のようです。
船内検査の場合、下船後検査よりも「完璧」であるべきかの前提事実が意味不明です。
そもそも完璧とは?
研究所の化学実験でも100%の成功に漕ぎつけるには膨大な反復実験が必須です。
実験がなく、いきなり3750人にのぼる乗員乗客のいるクルーズ船での感染問題が起き上がったのが現実でした。
一斉検査を密室状態のクルーズ船内でどうやって実施するか、検査機器や検査熟練者を全国から短期間に呼びあつめ、その船に乗ったこともない感染症専門家?が狭い船内配置図とにらめっこで、検査採取空間や事務部門の後方配置(記録化や、ネット空間の設営)とのレイアウト、動線確保・・検査機器や事務処理用機器の搬入、交代要員の人繰り等々を、全世界未経験対応で緊急出動が要請されてまず活動開始するしかない段階で「完璧」対応が可能だったかの説明こそが重要です。
岩田氏の主張は、下船させて検査するのを原則とし、原則的方法を取らない以上は上陸後の検査よりも「完璧でなければならない」という主義主張を前提にする思考法のように見えます。
ただし、彼は冒頭に重要論点を不明化する発言をしています。
その部分を再引用しておきます。

「感染症対策上は下船させることが正しくても、実際には周辺の医療機関にそれだけの受け入れキャパシティーがなければ、ただ下船させるというわけにはいかない。そこが最初のジレンマになる。」として
「そのジレンマの中で・・・感染リスクが高いクルーズ船の中に14日間とどめ置いて検疫をするという判断を日本はした。その判断が間違っていたのかどうかわからないが、そういう選択をしたのであれば、船の中の感染対策は完璧にする必要があった。」

以上によれば「選択をしたのであれば」の単語には選択関係という前提があり、その選択判断のジレンマ?をキャパシティの問題に微妙に矮小化?しています。
キャパだけの問題であれば分散受け入れや、3700人全員一斉下船でなく3分の1〜半分だけ下船させ残りは船内待機またはその一部(一定の症状が出ている人優先に)を検査にするなど工夫の余地があるので両立可能・・二律背反の関係ではありません。
周到に「最初のジレンマ」と言っていて、本来のジレンマを伏せたまま議論が進んでいくようです。
本来のジレンマでないことを論争点に持ち出して、その議論は乗客のためにより良い医療サービスを目指すものだという前提を置く結果、
「その判断が間違っていたのかどうかわからないが」と言いながら「そういう選択をしたのであれば、船の中の感染対策は完璧にする必要があった。」と言い切ってその後の論理を進めています。
「最初のジレンマ」と言いながら次のジレンマを説明しないまま最初のジレンマだけを前提にした対応批判するのは「そんなテーマの議論でなかった」虚偽説明という批判からの逃げ場を用意したものでしょうか?

暫定的隔離の必要性2(岩田氏の豪華クルーズ船対応批判1)

話がそれましたが、社会防衛の必要性から一定の合理的疑念があれば、検査に必要な期間の拘束(ゆるい隔離)も許されるという法律ができても憲法違反ではないでしょう。
隣で咳をすれば、嫌な顔をして席を移ったり避けるだけなら社会問題ですみますが、精神病や法定伝染病の場合強制隔離する点で国家強制になるのでその折り合いが難しいところです。
今回のクルーズ船対応でも、感染しているか不明の人(潜伏期間とされる2週間経過まで)を下船させない政府対応を非難していた専門家やメデイアが主流?・・批判論が具体的でなく外国で評判が悪いというだけだったようですが、すでに書いた様に日本は入国を認める前に検査をしていただけで、入国後法的根拠なく拘束していたのではありません。
何事も批判さえすれば解決できるものではありません。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-02-19/Q5XSCEDWLU6Q01

2020年2月19日 18:17 JST
「船内な悲惨な状態」と国内専門家
国内の専門家からも批判
船内の感染拡大防止に向けた政府の対応については、日本国内の感染症対策の専門家からも疑問の声が上がっている。
神戸大学の岩田健太郎教授(感染治療学)は医療従事者らへの二次感染を防ぐ管理が不十分だったと18日に公開した動画の中で批判。専門家の視点から見ると「超非常識なことを平気でやっている」と述べた。
厚生労働省は14日間の健康観察を終えたとして症状がなく、陰性が確認された乗客の下船を認め、19日は約500人が下船。共同通信によると、下船した乗客はバスで横浜駅など複数のターミナル駅に移動、帰宅の途に就いた。感染者と同室だった人などは、健康観察期間が継続する。

日本メデイアはNHK初め先ずは、政府批判・・いかにブザマな対応かの材料探し一色だったのかな?
日本では上記のような引用を見るだけでは、何が批判されているかの事実指摘がなく抽象的批判ばかりで、NHKやライブドアーを見ても以下のとおり何が後手なのかの具体的事実記載がなく誰それが批判しているという誹謗中傷に類する引用だけの記事です。
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/31092.html

政府の対応が「後手」に回ったと、国内外から厳しい批判にさらされている。
クルーズ船で何が起きていたのか。政府関係者や専門家に取材した。

https://news.livedoor.com/article/detail/17832997/

海外の複数のメディアが日本政府のクルーズ船対応を痛烈に批判している
一連の報道からは、日本政府に対する不信感が伝わってくると筆者は綴った
危機管理能力のない政府の対応に乗客や乗務員も苦しんでいるという
今、アメリカのメディアは、こんな見出しで、ダイヤモンド・プリンセス号の感染の惨状を報じている。
日本政府にはいったい危機管理能力があるのだろうか? アメリカのメディアはそんな疑問を抱いているに違いない。彼らの報道からは、日本政府に対する不信感がありありと伝わってくる。

と、いかにも日本政府のブザマな対応といわんかのような政府批判を海外報道引用の形式で日本のメデイアは散々批判してきました。
しかし後講釈は誰でもできると言われますが、批判論を見る限り日本政府はどうすべきであったという後講釈さえ紹介がないまま、国外批判があるという根拠だけでメデイアは煽りに煽っている様子です。
こんな主張方式が許されるならば、メデイア界でタッグを組み、1社が根拠ない批判をすると他社が、X社でこう言う批判がしていると大々的に報道し、これをさらに他社が報じる連鎖で世界世論?なっていく仕組みになります。
これを狙ったのが韓国による慰安婦騒動の手口でした。
朝日新聞の検証委員会報告書は、朝日新聞を引用したメデイアの数は少ないという証拠に基づいて責任はそれほど重くないかのような結論だった記憶(正確な記憶ないので誤解のないように読者の方でご確認お願い)ですが、お互い順次引用して行けば良いので噂の大モトの直接引用数を問題にすること自体、当初から朝日の責任を小さく見せようとする調査方法であったとの批判がありうるでしょう。
批判論の大元として報道されている上記岩田氏が誰かの説得を受けてブログか?ツイッターを消してしまったので本当にどういう不手際があったのか不明でしたが、約1ヶ月後のインタビュー?記事が出ていることが分かりましたので「見出し」につられてクルーズ船の何が問題だったかを知りたくて読んで見ました。
読むとクルーズ船のことはお義理にちょっと(具体論がなく)触れるのみで?全般的に抑制されているというか、当たり障りのない意見中心で何が問題であり約1ヶ月経過して時点で彼の批判が正しかったと言えるかの論証が一切ありません。
メデイア界としては、「クルーズ船対応が失敗だった」と既成事実化したい意図が先走って以下の見出しになったのでしょうか。
https://toyokeizai.net/articles/-/335971?page=7

岩田健太郎「非科学的なコロナ対策が危ない」
クルーズ船の失敗を繰り返してはならない  2020/03/12 5:30
クルーズ船での対応は失敗した
――日本政府は3月9日から、中国と韓国からの入国者に対する入国制限を強化し、2週間の検疫を開始しました。
流行している国からの入国を拒むというのは現段階でも有効だ。ただ、流行していない地域や、流行が終わりつつある地域からの入国も拒むのは有効性としてどうかと思う。現段階では、対象の国や地域に合理的な整合性がとれているのか、それとも政治的な思惑で入国制限が決まっているかが不明確だ。

表題「クルーズ船の失敗を繰り返してはならない」は、クルーズ船対策失敗論の説明ではなく、自分のした批判がメデイア界で流布したので、それの立証をする必要がないと既成事実化した上で?さらにこういう不手際があるという上乗せ主張のようです。

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