弁護士会の政治活動3

日本社会で共謀程度でも犯罪化する必要性・・立法事実があると見るべきかどうかについてここまで書いてきましたが、これは政治判断ですから、人によって意見が分かれても良いことです。
必要性があっても共謀だけで処罰するのでは、前倒しが激し過ぎて限界を超えている・・人権擁護上危険だと言う意見もあるでしょう。
日弁連が強調すべきは後者ではないでしょうか?
後者の具体論・・共謀段階の処罰法制定がどれだけ危険か、言うほど危険でないかについてはこの後で書いて行きます。
専門家はそれを国民に知らせるべきですが、その結果と、社会防衛の必要性を見比べてテロ計画等を規制した方が良いか否かは国民・・政治が決めることです。
エボラ出血熱で言えば入国時にリベリア経由などの自主申告義務がありますが、そのことによるプライバシー侵害と社会防衛のどちらをとるべきかは国民の判断権であって法律家がその判断まで介入する権利はありません。
立法事実の有無に関しては、・・「立法事実」と言う変な専門用語を使うので、法律家の専権事項のような印象ですが、要は社会的必要性・・政策総合判断です。
日弁連や法律家が総合判断の専門家ではないのですから、専門家として総合判断について専門家のように意見を言い、これを理由に政治運動するのは誇大広告?っぽい・・権利の乱用っぽいことになります。
日弁連は人権擁護にリスクがある場合に意見を言う専門集団であって、法制定の必要性・・政策判断になるとかなり関係が遠くなります。
あまり関係が遠くなり過ぎると、日弁連存在目的逸脱の危険・・疑いが生じてきます。
仮に日本だけが共謀罪に反対したままですと、テロの謀議は日本では許される・・日本をテロ謀議フリーにしておくことが、国際社会で仲間はずれにならないかの視点が重要です。
国内政治どころか日本の国際的立場の判断まで伴うとなれば、超高度な政策判断能力が求められます。
こうした高度な政治に関する終局判断を行なうのは、政治家の職分です。
政治家でなくとも、例えば政治関連のシンクタンクなどはそう言う政策提言をし、政治を後押しし、あるいは批判をするのも1つの方法です。
その他素人であろうと専門家であろうと独自に意見の合う集団を結成して政治に影響を及ぼすべく政治活動するのは民主国家において許された行為です。
日弁連や各地単位会は法律専門家集団はそうした政治をするために結成した専門家集団ではないので、組織構成員に関連することがら以外には、・・一般的政治意見を組織として主張する立場ではありません。
法律家が一般的政治意見を集団で提言したいならば、独自の政治目的集団を組織して行なうべきです。
例えば在特会などは、いろんな職業の人で成り立っていると思いますが、そうやって活動すれば良いのです。
10月20日にニコニコ動画で在特会会長と会談した橋下大阪市長は「選挙に出ろ」と繰り返し言い張って、政治家以外の政治運動を否定するかのような発言に終始していましたが、私はそう言う意見ではありません。
政治家や政治集団ではなくとも、意見の合う人が集団になって行動し意見を発表することが否定されるべきはありません。
弁護士も政治活動したければ同志を募って、◯◯会を結成して運動するのは問題とは思いません。
これまで書いているように日弁連は法律制定そのものには人権擁護上関係があるので、その法案に意見を述べるだけではなく、悪法制定阻止運動することもその職分です。
結果として法案が通ってしまっても、その前に国民の反対運動や人権侵害意識が高まれば、制定した法律の運用が慎重になって、結果的に人権侵害リスクが減るメリットがあります。
そう言う視点では、人権侵害の危険のある法制定反対運動は相応の意味がありますから、ある程度の政治活動は必要です。
人権擁護と関連すると言うだけで関連性の範囲に明確な線引きがないので、余程自制して行かないと設立目的と離れ過ぎてしまわないのかが心配です。
政治目的で設立されたものではない団体が、設立目的からかなり離れた政治問題で偏った運動しているのではないかと社会から思われたり、疑いをもたれるようになると、(狼少年の寓話のように)本来の活動能力・・社会信用が低下してしまうリスクがあります。

共謀罪8と立法事実5

共謀をしているだけで法が予め決めた実行行為をしない限り、検挙すべきではないと言う意見は、「襲撃計画だけ決めたがいつ実行するかはまだ不明」と実行予定者から堂々と警察に予告されても、通報者が凶器等を準備していない限りその通報者の動静を見張っている程度で放置しているしかない・・放置すべきだと言う意見になるのでしょうか?
(未遂を罰する犯罪では、凶器を持っていなくとも実行に着手するとその段階で検挙出来ますが、例えば殺人行為に着手するまで放置するのでは目の前に警官がいない限り間に合いません。)
共謀罪新設反対論者はアメリカとは違い拳銃等所持自体が禁止されているので、これらを所持していればその段階で拳銃発砲前に検挙出来るのが根拠のようです。
しかし、仮にヒットマンを予め特定出来て警官が張り付いていても、ヒットマン数人が何も持たずに殺害目的人物にくっついて歩いていたばあい、その段階では何も持っていないので予め検挙出来ません。
誰かがその場にイキナリ拳銃やナイフあるいは爆発物やサリン等毒物を届けてその瞬間にバラまくようなやり方だと事件防止に間に合いません。
凶器がなくともイキナリ飛びかかって数人でしめ殺すことだって出来ます。
スーパー等への爆破予告や食品に毒を入れるなどの通報をすれば、脅迫罪や業務妨害罪になりますが、警察に対して店名を言わないで抽象的爆破計画通報だけでは社会不安が起きても脅迫罪や業務妨害にならないように思いますが、共謀罪反対運動をやっているプロではないのでよく分りません。
※ ただし、カナダ議会乱射事件のように一人計画の場合、事前把握しても共謀相手がいないのですから、共謀罪処罰法が出来ても処罰も検挙も出来ません・・今の時代一人で犯行計画している限り大勢の計画より害が少ないので、まだまだこの程度では我慢しなければならないと言う価値判断でしょう。
実行者が一人でも、大勢で練り上げた計画の方が被害が大きい場合が多いので、複数人で計画した場合との程度差をつけるのは意味があります。
既存法で見ても傷害行為等の実行前段階である凶器準備「集合」罪があるように、集合・・集団化すると、その結果発生する被害規模が大きいことを立法の理由にしています。
日本に共謀段階で処罰しなければならないような事態・必要性が起きていないと言う日弁連意見書は、日本社会を標的に破壊するようなテロの動きが現実化していないと言う狭い意味と思われます。
1〜2週間前に判明した元北大生の事件やサリン事件に参集した若者の特徴・・社会からの孤立・・個人的閉塞感が容易に・・短絡的に過激派の勧誘に応じてしまう土壌は、地下鉄サリン事件以降収束して行くどころか、拡大して行く一方だと思うのが普通ではないでしょうか?
北大生がテロ組織イスラム国兵士に応募していたとしても、それは日本社会を標的にしたものではないから、日本には共謀を罰しなければならないような危険な事態がまだ起きていないと言う主張になるのでしょうか?
仮に我が国は標的にされる心配がない・・我が国で、いくらテロ行為の謀議や訓練・準備されていても野放しにしておいて良い、被害を受けるのはアメリカやアフガンや中東諸国だからと言うような受け取り方をされてしまう論理が国際的に通用する議論でしょうか?
秘密保護法の場合も同じですが、日本だけ知る権利を守ると主張して秘密をダダ漏れにしていると、友好国が日本と特定秘密を共有したがらない弊害が指摘されています。
(発明発見競争の激しい現在、いろんな秘密をとり放題・・軽微な刑罰しかないのでは、経済的に重要な影響のある時代・問題です)
以上一般弁護士の目で見てきましたが、我が国でも共謀段階での取締の現実的必要性が高まっている・・いわゆる立法事実があると見るのが普通ではないでしょうか?
日弁連意見は、日本には共謀だけで処罰しなければらないような事態が起きていないと言うのですが、サリン事件はまさにそうした重大事態が現実に発生した事例だと思いますが、この辺は専門的に反対運動をしていない素人(一般弁護士)の意見です。

共謀罪7と立法事実4

犯罪の前倒し化は、交通事故や工場災害・ストーカーその他個別パターンごとの事前行為の類型を定めて、事前行為段階の規制を類型的に強めている・・この規制違反を犯罪とする方向で社会の安全を図って来たのが現在社会です。
政治家で言えば賄賂になる前の段階・・政治資金規正法での帳簿整備義務・・虚偽記載や形式的不記載程度でさえも大事件になっていることは周知のとおりです。
このように実際の賄賂収受や公害発生・交通事故発生を待たずに、その前段階の規制とその違反による摘発の前倒しを進めて来たのが現在社会です。
産業構造・社会様式変化等に即した類型化・・大量発生が予測される分野では事前規制方式で何とかなりますが、テロに関しては、次々と最新テロ方法が生まれて来るし、事前類型化し難いのが普通です。
犯罪者はその都度(法網をくぐり抜けるために)個別の新たな工夫をして来るのが普通です。
予め国会や省庁が規則等で指定する方法以外の犯行を工夫する・・次も同じサリンでやろうとする集団は滅多にいない筈です。
その意味ではサリンなんとか法は、後追いで慌てて作ったものの、同じ方法で実行する団体は多分でないでしょうから、法があること自体に意味がある程度しか機能していません。
犯罪集団の工夫の方が先行する傾向があるので、新たに工夫された犯罪準備行為を見つけてもこれを規制する法律がない場合、検挙出来ない現行法体系では、治安機関は反抗グループが現実に犯罪を実行するのを待っているしかないことになります。
仮に法で事前指定した方法でテロ組織が準備したとしても、最近のテロに関しては、サリン事件や9・11のように瞬時に大規模被害が起きる可能性が高まっているので、実行を待っているしかないのでは社会の安全感を阻害します。
反抗グループが準備する薬品や凶器が法で指定されたものではなくとも、殺人やテロの計画自体が発覚した以上は、どんな薬品を作っているか(不明としても)に関わらず手入れ出来る法律=共謀罪が必要という意見は合理性があるように思います。
これは私がこのコラムを書いていて思いついた程度の事例ですが、国際条約の議論では、私の知らない極秘の情報・・情報機関が世界中で起きたいろんなテロ計画を把握しながら阻止出来なった事例・・計画段階で阻止出来れば、かなり有効と言う事例が大量に(秘密)報告されて議論の対象にされて来たと思われます。
法律家の言う立法事実が現に起きているか否かの具体的議論が、共謀法反対論の議論からすっぽり抜けたまま、立法事実もないと断定的に主張されています。
このように具体的な議論を抜きにしたままの共謀罪反対論者の意見によると、日本には、共謀段階で処罰しなければならないような立法事実がないのに、外国の都合に強制されているかのような主張になります。
しかし日本のサリン事件発生こそ、上記のように犯罪実行前でもこの計画が分れば、共謀罪処罰規定がないとどうにもならない重要な事例の1つとして世界中を震撼させた・・世界に先駆けた立法事実だったのではないでしょうか?
アメリカの9・11事件以降過激テロ組織「イスラム国」等の台頭で、武器の準備をしなくてもゲリラ要員募集をしていて、これに応募していた北大生が出国寸前であったことが最近分ったばかりです。
殺人行為をやってくれる人の募集や、犯罪行為の仲間募集をネットでやっていて、これに応じて殺人実行した事例も出ています。
これらを野放し・・ネット公開しているのを警察が把握していても「犯行計画を練り上げるのは許されたことだから自由にやっていなさい」と凶器等を準備していない限り殺人行為実行まで放置しておいて良い訳がありません。
ただし、私は一般の弁護士でしかなく、その道のプロではありませんのでプロから見れば、それはそれで別に検挙する法律手続があるから共謀罪が不要と言うのかもしれません。
このコラムで繰り返し書いてきましたが、私は弁護士と言うだけでそれぞれの専門家から見れば素人ですから、素人的疑問を書いているものに過ぎず、学術論文ではありませんのでそのつもりでお読み下さい。
世の中は素人の方が多いのですから、共謀罪法案に反対している委員会・・プロ集団・・日弁連が世論に訴えようとしている以上は素人弁護士にも分るように主張して欲しいものです。
近代刑法の精神のどこが危険に瀕するのか、人権擁護のために対応努力すれば足るのか対応不能かなど具体的に書いて欲しいものです。

共謀罪と組織犯罪防止条約3

日弁連委員会ニュース10月号によれば、日本の場合実行の着手前の窃盗用のピッキング用具の所持や凶器準備集合罪や銃刀法所持自体を処罰する前段階の規定があるから「共謀段階で処罰する規定は不要」の方向で運動をして行くような印象です。
ニュースの題名は、「近代刑法の原則に反する共謀罪法案」のままですから、そうすれば意思だけで処罰する近代刑法の精神に反する事態が避けられるからでしょうか?
昨日紹介した国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約5条の条文を見ると、
「相談することを犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。」
と明記されていて、共謀罪の国内法整備が明文で要求されているのに、どう言う根拠で国内法整備不要を国際的に主張出来るのか疑問です。
反対論自体が(客観的行為がない意思表示段階で処罰し、取り締まる法規制が)「近代刑法の精神に反する」と反対論の根拠を従来大々的に強調してきました。(上記ニュースの題字も同じままです)
凶器等を準備する客観的行為を伴う準備段階の処罰法規の存在と客観的実行行為を何もしていない相談段階の処罰新設は、次元の異なるステージであることは、法律家にとって常識です。
だからこそ、行為のない意思表示だけで処罰するのか?と危機感を強調していたのですから、今更事前の客観行為で間に合う・・同じだと言う論理構成は無理があるでしょう。
条約文にある 「相談することを犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。」
とは、客観的基準備行為をする以前の相談=法律用語で言えば「共謀」を処罰対象にする必要があるという国際合意です。
今さら、「客観的な凶器の準備行為をした場合だけ処罰すれば足りるでしょう」と言うのでは、国際合意に反していて・・議論の蒸し返しを意図していることになります。
もしそう言う意見を主張したいならば、条約案文制定・作成準備段階でそう主張すれば良かったことになりますが、(当然そう言う意見は準備段階で誰か、どこかの国が主張して検討したでしょう)それが採用されなかった・・もっと前段階処罰の必要性を支持する意見が多かったからこそ、「相談する」こと自体を犯罪とする国内法整備を義務づける条文が採択されていると思われます。
国内法整備が義務づけられていること自体が、条約作成段階で条約参加者の多くの国が共謀罪規定がなかったり不十分だったことを前提にしています。
近代刑法の精神に抵触する問題があることを前提にしながらも、(22日に紹介したように条約成立までに約10年かけて国際的に議論が行なわれて来たのですから、当然そう言う議論は尽くされている筈です・・)それでも来たるべき時代に向けて相談段階での取締が必要・・新法令制定が必要と言う認識で国際社会が一致したからこう言う条文が採択されたのではないでしょうか?
その議論経過を知りませんので想像の域を出ませんが、今どき武器の準備や航空機乗っ取りに着手するまで、警察が手出し出来ない・検挙出来ないのでは間に合わないと言う意見が大勢を占めたと推測されます。
従来どおり武器を携行していればそれで制止出来ますが、仮にある薬品らしきものを所持している場合、それが(サリンかどうか)武器にあたるかどうか不明でも、共謀さえ認定出来たら何を持っているか分らなくとも犯罪実行前に制止出来ることにしたいと言う国際合意でしょう。
犯行に利用する武器・道具に限っても、地下鉄サリン事件の例でも分るように予想外の化学製品利用があり得ますので、何を準備したら違法になると、法律で前もって指定するのは不可能です。
ここ1ヶ月間ほどエボラ出血熱の感染で大騒ぎですが、狂信的テロ組織が自爆テロ同様にいわゆる戦士を教育して故意にエボラ出血熱に罹患させて、長期の潜伏期間を利用して先進国の雑踏を歩き回って接触しまくる行為をしたらどうなる?と言う危機管理がささやかれています。
このように犯罪に利用する種・材料は無限大にあるので、予め長期間を要する国会決議による法制定を待って、法が指定している◯◯を所持していれば検挙出来る→持っていないと検挙出来ない・・この間は野放しで良いと言う図式では間に合わない時代が来ていることは明らかです。

 共謀罪と組織犯罪防止条約1

近代法に反すると言うだけの法制定反対論は、結果的にそんな規制は必要がないと言う結果を期待しているとしか思えません。
繰り返し書いていますが、単なる参考意見に留まらず政治運動をする以上はそのもたらす結果から考えて行くべきです。
そうとすれば、この条約が成立しかけている段階で頑張るべきであって、成立後14年も経過してしまっている現在になって、規制内容が近代法の精神に反すると言う理由だけで、国内法整備に反対し続けることがどのような政治結果を目指していることになるのでしょうか?
国内法整備義務に応じられない・・異議を唱えて日本だけが条約から脱退しろ・・そんな勝手なことが世界経済に組み込まれている現在社会でも通用するとでも言うのでしょうか?
日本は既に2000年ころにこの条約に署名し国会承認も終えているのに、対応する国内法整備を条約に反して怠っている状態で14年も経過しています。
その結果、日本が犯罪組織に寛容過ぎるという国際勧告を何回も受けている状態にあるようです。
・・国際常識から孤立していることをしょっ中訴えることのスキな弁護士会や左翼文化人はこれを公平に公表していません。
ことしに入ってフランスの大手銀行(バリバだったか?)が、テロ・犯罪組織だったかに融資〜銀行取引をしていたと言うカドで1兆円規模の罰金支払い命令を受けて国際ニュースになっていましたが、これ以上日本の取締が緩過ぎると日系銀行も1兆円規模の罰金を科されるリスクが現実化しています。
1年〜半年ほど前にみずほ銀行系列組織(日本信販系)が暴力団関係に融資していたことがニュースになりましたが、国内ニュースで終わる保障がない不安・・こんなことを繰り返していると、いつアメリカによる金融制裁対象にならないかの不安が現実化していることが確かです。
20年ほど前に大和銀行がアメリカで不正取引が摘発されて、国際業務から全面撤退となって、今では銀行自体がなくなっていることを想起しても良いでしょう。
今では日本だけが勝手に世界基準に反して国際業務を出来ない時代です。
共謀罪新設に対する反対論の中核は「近代法の精神に反する」と言うだけのようですから、国際社会で共通化している時代精神の変化に対応出来ていないことを自ら暴露しているようなものです。
(現在社会は近代社会ではないのですから、現在社会が必要としている法制度の必要性を正面から議論することが必須です)
国際社会では近代法の精神を十分理解しながらも新しい時代に対応するべく苦心して議論を尽くした結果、このような国際法規順・・国際条約が生まれて来たと思われます。
日本の法学者や弁護士だけが、西欧で発達した近代法の精神を知っている訳ではありません。
近代法精神確立の本家である欧米主導で決まって来た国際標準・・組織犯罪防止条約の履行が「近代法の精神に反する」と言うだけでは、「何を言ってるの?」と思うのが普通ではないでしょうか?
日本の法学者や弁護士が、国際社会で進行中のテロや組織犯罪防止対策が、近代法の精神に反すると批判することが自明であると主張するならば、西洋その他先進国が、何故近代法の精神に反する筈のテロ対策の合意をするに至ったのかの議論・・必要性論を紹介した上で、実際の社会状況(立法事実)を前提にしても、そんな対策が不要と言う意見ならば、その論陣を堂々と張るべきです。
法律は、現実社会に必要な道具であって机上の空論のための道具ではないのですから、法律論の優劣はその意見を現実社会に適用すれば、人権を守りながら社会が合理的に回って行くことが出来るか否かの問題です。
災害弱者を救済するためにはプライバシーに配慮しながら、救助関係者に災害弱者の情報を与えておく必要がある・・他方でどのようにすれば、この情報が悪徳業者等に漏れないかの具体的作業システムが問題になっているのが現在社会です。
このように、モノゴトは「知る権利・プライバシー権・思想の自由を守れ」「弱者救済」などの観念論だけでは、解決出来ないようになっている・・具体的議論をして決めて行くのが現在社会です。
この緻密な作業を全くしないで「近代法の精神に反する」と言う抽象論ばかりでは、そもそも法律論を戦わせるべき一般的論争ルールにも反しています。

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