12月14日総選挙と戦後政策の総決算2

米ソ冷戦が終わり中国の台頭→従来の保守=アメリカべったり、革新=中ソべったりの棲み分けがずれて来ました。
第二次世界大戦の戦後処理に関して元々底流に澱んでいた占領軍アメリカに対する不満が次第に顕在化して来て、日本では保守層でも中国寄り政治家が増えていました。
中国がこの10年前後「こっちの水は甘いぞ!と対日懐柔策を採用していれば、日本民族は1も2もなく中国寄りに軸足を移していたでしょう。
人種差別意識の強いアメリカにとっては、アジア連合ができると困るので、背後で中韓に対する陰陽のささやき・教唆があって、「今のうちに日本批判や攻撃したらアメリカは背後で応援するから・・」とささやいて中韓に日本批判を巧みに示唆した可能性が大です。
(この辺の揣摩憶測(ユダヤの陰謀のたぐいと言われるかも知れません)を繰り返し書いてきました)
中韓政府にとっては、政権維持のためにはアジア民族の欧米からの自立達成よりは、日本に対する劣等感の克服こそが優先順位・大事ですから、この示唆によって、チャンスとばかりに(アメリカの後押しもあって)中韓が日本に無理難題を仕掛けて来たのが、ここ5〜6年来の東アジアの国際情勢です。
中韓両国が「日本が孤立している」とやけに自信を持ってやって来たのには、それだけの理由(密約ないしアメリカの後押し)があったことになるでしょう。
しかし、アメリカは日本を完全敵対関係に持って行く必要がない点が戦前の日米・米中関係とは事情が違います。
戦前は日本を主敵に定めて対日戦争をしかける口実を探しているときだったので、中国はアメリカの手先で動き回ればうまくやれていましたが、アメリカの今回の主敵は中国ですから、日本が中韓と仲違いさえしてくれれば良い・・最後まで敵に回す予定がありません。
中国との騒動の結果、日本人が「やはり中国よりはアメリカ大事」と思うようになれば目的達成ですから、適当なところで仲裁役っぽく行動し恩を着せるためにギリギリのところで、日本に対する防衛協力を表明します。
22日冒頭と25日最後に書いたとおり、アメリカによる戦後支配が揺らいでいること(裏でアメリカが糸を引いていること)を前提に安倍総理はアメリカだけを頼らずにアジア諸国との協力関係・・中韓包囲網を築き上げました。
タマタマ経済状況的にも反日暴動に懲りた日本企業は東南アジアやインドへの投資を増やして、いわゆる脱中国に動いていたことも幸運でした。
第二次世界大戦は日本が東南アジア解放戦争の結果を招いた事実が実績として残っているので、アジア諸国では、欧米が何と宣伝しようとも日本軍が解放者であった事実は変わりません。
日本敵視政策をやってしまった中韓は、アメリカに日本応援・・尖閣諸島は日米同盟の防衛対象と公式発表されてしまい、はしごを外された状況に陥りました。
アジア諸国では、中韓の方こそ孤立状況になって来たのですが、国内的に後に引けずに困っているのが現状です。
日本では、もともと中韓がアメリカの犬として動き回っていた事は知っていたものの、今回の行動は露骨過ぎたことから、日本人の多くが心底怒ってしまったので、最早簡単には中韓と仲良くしたい国民は殆どいなくなったと言っても過言ではないでしょう。
中韓キライの世論調査比率が高率になっている結果が報道されています。
以下ニュース引用ですが、中韓に対する国民意識がハッキリしている状況です。
・・中韓による圧力・事実上の侵略行為が恒常化していて、アメリカの態度がはっきりしない状況下では、自国防衛のために集団自衛権行使・友好国と協力関係を作ろうとする動き・政策変更が、民意に反する(集団防衛とは孤立しないための協力関係のことですが、この政策が世界で孤立する?・戦争する国・軍国主義復活)と言うマスコミ宣伝は、中韓主張のおうむ返しになっていて、以下のニュースから見ても民意に反していたことが明らかです。
この1週間ほど大問題になっているソニーに対するサイバーテロを見ても分るように、秘密保護法関連の必要性も待ったなしですから、今やこれに反対しているのは、「日本の高度技術漏洩・持ち出しを中韓に良いようにやらせろ」と言う主張とほぼ同じと見ている国民が多いでしょう。
産経ニュース
2014.12.20 17:37

「中韓に「親しみ感じない」過去最高 米好印象続く 印は伯仲 内閣府世論調査」
「内閣府が20日に公表した外交に関する世論調査によると、中国に「親しみを感じない」との回答が83・1%、韓国に対しては66・4%となり、昭和53年の調査開始以来、いずれも最高となった。特に対韓国では前年比8・4ポイント急増しており、慰安婦問題や産経新聞前ソウル支局長の訴追などをめぐり反日的な言動を繰り返す朴(パク)槿恵(クネ)政権や韓国社会への不信感が如実に表れたようだ。」

12月14日総選挙と戦後政策の総決算1

マスコミ発表を国民が信じていなくとも、政治家と違って投票による是正方法がないのでスキなように報道出来て都合が良いのですが、その代わりマスコミは自己満足・裸の王様になり勝ちです。
マスコミ意見と民意が乖離して来ると選挙が怖くなるので・・「大義なき解散」とか選挙費用が勿体ないとか選挙を回避したいような報道が充満していたのかも知れません。
そう言えば選挙の御陰で年末の忘年会などパーテイのキャンセルが多く困っていると言う変な特集記事まで大きく出ていました。
報道の自由が民主社会において重視されるのは、自由な批判によって健全な民意を育成する必要があるからですが、報道機関が、金がかかるなどと民意反映手段である選挙を怖がっているのでは、本末転倒・・存在意義がなくなっていることを自白しているようなものです。
こう言う馬鹿げた報道をを繰り返しているうちに新聞購読者やテレビ視聴者が減って行き、ネット経由情報に負けて行くことになる→ネット系で食べて行けるならば、本当のことを発表出来る場所に人材が集まるようになって行くでしょう。
物販がデパートからスーパーへ更にはコンビニに主役が変わって行くのに比例して人材も入れ替わって行くのと似ています。
この後で書いて行きますが、日弁連も国民の信任を直接必要としていない点では同様の弱点を抱えています。
「争点がない」「大義がない」と言う今回の選挙期間中のマスコミ主張に戻ります。
マスコミや人権団体は安倍政権の各種政策決定を「国民の意思に反する」と(国民の意思を判定して)宣伝していたのに、選挙になるとこれらを争点にしなくなりました。
マスコミが勝手に決めたことだけが争点であるべきであり、それ以外を国民が判定するのはけしからんとでも言うような勢いです。
「争点がない」としきりに宣伝するのは安倍政権の信任・選挙効果・民意を薄める工夫に励んでいるのではないかと言う批判が起きてきました。
このネット批判に抗し切れなくなったのか?(争点がなくて投票したい人がなくとも)「投票に行きましょう」と宣伝しているのは、半ば行かない方が良いと言っているようなものですが・・)途中からアベノミクスは大失敗と言う意見記載が増えてきました。
ちなみにここ数十年入れたい人がない・・と言う選挙忌避誘導系の報道が幅を利かすようになっていましたが、マスコミあg何の根拠でこう言う報道を垂れ流すようになったのかも不思議です。
そもそも選挙は入れたい人がいるから選挙があるのではなく、一定期間・一定のタイミングで誰かがやめたときの後任選びに参加出来ることに意義があるのです。
誰かをある人の後任にしたいと狙っている人ばかりではなく、選挙権のある人がその後任選びに参加出来ることに意味があるのは当然であって、予め自分の意中の人がいることの方が少ないのは当然です。
これは各種の受験採点であれ、面接試験であれ前もって誰かを通したい思って試験官になっていることの方が例外であると言えば分るでしょう。
今秋北京で開かれたAPEC大会直前からの小笠原諸島に中国漁船が大量に領海侵犯・珊瑚乱獲騒動で言えば、海上保安庁が巡視船を増派した結果漸く収まってきました。
非武装平和論者・・戸締まり不要論者はこういう事態に備えてどう言う効果を期待して非武装・戸締まり不要論を主張していたかを、これら侵犯事件直後の選挙戦で明らかにすべきでした。
12月22日ころから北朝鮮によるソニーピクチャーズに対するサイバーテロが国際問題になっているように、韓国による慰安婦騒動や中国の南京大虐殺宣伝も情報戦と言う意味では現在の国防論の一種・最前線に位置するものでした。
安全保障政策は国家・国民の重大関心事ですから、これが具体化している最中の選挙では、これが重要争点であるのが明らかです。
日本社会では自己が正しければ黙って耐えていてもいつか理解を得られる・・相手が恥ずかしくなって自制するようになる前提です。
アメリカの支配する国際社会ではアメリカに都合の良いようにでっち上げた噓がそのまま歴史として積み重ねられて行く・・不正が横行する社会であると言う現実です。
中国による反日暴動に続く尖閣諸島侵略行為、小笠原での白昼公然の強盗的な資源略奪や東南アジア諸国に対する侵略行為・・これに連携した韓国の慰安婦騒動で明らかになったことは、反論・反撃すべきときには反論・反撃すると言う毅然たる行動が必要と言うことではないでしょうか?
中韓両国は日本が我慢していれば、噓を更に大きくして来るし、いくらでも侵略して来る図々しい民族であると言う事実です。
でっち上げ情報による要求に対して断固反撃して行ったことが、中韓の主張を根拠なく事実であるかのように繰り返していた朝日新聞を謝罪発表に追い込み日本の名誉を守ったと理解している国民が多いのではないでしょうか?
何の反論もしないで相手が噓でも損をしたと要求して来れば謝罪の繰り返しが正しいとする戦後政治・・これは非武装論と結びついていた行動様式だったように思えます。
22日ブログ冒頭に書いたようにアメリカ支配・・戦後秩序の揺らぎにあわせて、今回は戦後政策を総括すべき選挙だったように見えます。
アメリカ一強の時代には、憲法前文に書いてあるとおり、アメリカの「諸国民の公正と信義」を信じていてもそれなりのメリットがあったのですが、パックスアメリカーナが崩れ始まるとそんな悠長なことを言ってられなくなります。
小笠原諸島での珊瑚強奪行為はまさに白昼の強盗行為そのものですが、強盗したい国が周辺に跋扈している以上は、自分である程度国民の生命財産を守るしかないと考えるかどうかの選挙でした。

憲法前文
「・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。・・」 

クリスマス・イヴ

ことしもイヴになったので、日常世俗的意見からはなれた特別ブログです。
いつも書いていますが私はキリスト教徒でもないし、単なる日常のイベントとしての家族的行事の1つにして楽しみを増やして来ただけです。
キリスト教自体を悪くも善くも言うつもりはありませんが、この行事自体は我が国の冬至の行事を現在風にアレンジした楽しみとして我が国にも根付いているのは良いことです。
まして平成に入ってから、天皇誕生日と連続するのは、なお便利で目出たい運のよさと言うべきでしょう。
昨年あたりからイヴは、ウイークデーのために前日の天皇誕生日と合体して祝い・楽しむことにしています。
最近は午後3時ころからデパート地下での買い物をして、夕方からゆっくり楽しむようになったので、休日でないと困ります。
その内仕事を辞めればウイークデーでも何でも良いのですが、今のところ仕事を休んでまで・・とは行かないので、一日早く天皇誕生日のお祝いを兼ねて楽しんでおくことになります。
子宝と言う言葉がありますが、子供達の小さいころのクリスマスも良い思い出ですが、娘達が大人になってもやはり娘と買い物に行くのは楽しいものです。
これが年寄りだけで、華やかなデパ地下の買い物に行くようになるのでは、どこか侘しいような気がします。
よる年波に勝てないと言われるように、若いころのように目一杯おいしいものを食べる楽しみがなくなってきたのは少しばかり残念です。
とは言うもののまだ(あれも食べたいこれも食べたい・・)慾がありますが、実際には量を食べられなくなって来たのも自覚しているので、徐々に食べたい意欲が縮小して来ているので自然に適応して行けそうです。
高齢化は、こうして悟り(レベルの低い悟りですが・・)の境地に自然に変化して行くものなのでしょう。
若い人から見れば、「あれも出来ないこれも出来ない高齢者は可哀相だ」と思うでしょうが、実は日々体力・知力の衰えを自覚しながら生きているので、日々悟りの境地を切り開いて・・仏様に近づいているのが高齢者です。
出来ることがドンドン少なくなり、その都度体力の減退を悟っている内に、出来ることの方が少なくなって、最後は息を引き取るのが高齢化進行であって、言わば100%出来なくなる=100%の悟り・仏様に近づいていることになり・・有り難いことかも知れません。
自分が出来なくなったことを次々世代・・孫でなくとも他人の子供でも冷たい手で寒風の中を走り回っているの見るのが楽しみになって来るのが高齢者です。
自分の慾が細って行き、自分の若かったころの慾を代わって満たす存在、次世代に引き継いで行く精神になって行くのが高齢化の効能?といえるのでしょう。
とは言うものの、自分に関しては一定時間歩くと疲れ易くなったのを自覚する程度で、まだ出来ないことは殆どないと思っているのが現状ですから・・周りは言い難いだけでしょうが・・これが老害と言われるものかも知れません。
弁護士会では、若手弁護士の担当する委員会からは大分前から足を洗っていますし、それほど老害をまき散らしていないと思います。(まき散らすほど偉くない・・?)
自分で経営している事務所は、老害と思えば客が来なくなる・・市場チェックが働くので客が来る限りその評価によれば良いことで、出処進退を心配しなくとも良いのが有り難いことです。
ただ、味やセンスが悪いから客が来なくなるようなお店系とは違い、弁護士の場合は、弁護士能力低下に気がつかない客が来てくれるだけかも知れず、受任してミスが起きたら大変です。
この辺が資格に頼る業態の難点で、客が選んでくれるから客が来る限りいつまでもやっていて良いと言えない難点があります。
老害と言うのは言わば組織内に滞る弊害の問題ですが、個人の場合、老化に応じて飛んだり走ったりしないようにするのと同じで、自衛のために若手向きの仕事から徐々に手を引いて行くしかないのでしょう。
今年もいつものとおり賑やかなデパ地下での買い物を楽しみに午後から出かけましたが、近年牛肉は胃にもたれて困るようになったのですが、クリスマスは鶏肉中心ですから気楽です。
大混雑の中で多くの若者が買い物に並んでいる熱気に触れるのを楽しみに行くことになります。
今年はこれまで使っていたロウソクを近代的にしようと言うことで、LEDを利用した大型のロウソクみたいなものをネットで買い求めました。
ローソクの形になっていて炎が揺れるよう見える仕組みですが、内容はLEDなのでロウが垂れることもなく綺麗で、しかも長時間使えてオシャレです。
玄関ホールを暗くしておいてこれをおくと背後の壁に大きな炎の影がゆらゆらと映るので、クリスマス前から楽しんでいます。

12月14日総選挙と民意3

選挙で信を問わない政治・・「国民はバカだから選挙のときは誤摩化せば良い」のだと言うマスコミの基本姿勢に関する批判は「2院制と制限選挙論Published October 3, 2012」で引用しているように野田政権の増税決定の頃に連載しました。
実際、私の弁護士駆け出しころの革新政党・・オルグに来る人たちは、エリート意識が強く「庶民は無知蒙昧だから啓蒙する・指導してやる」と言う前衛思想で満ちあふれていました。
少しばかり分ったような応答をすると、「先生のように理解されている方は良いのですが・・」と反対論者を如何にも理解の悪いバカ使いするのが普通でした。
バカだと言われるのが恐くて、みんなもの分りよくなる便利な説得方法です。
裸の王様を裸と言えないようにして行くやり方と言うべきでしょうか?
繰り返し書いていますが、共謀罪法案反対論者が「近代刑法の精神に反する」と言う意味不明のブランド提示で相手の反論を封じて満足しているのもその一環です。
現在のありようならば国民が肌で知っていますが、「近代刑法の法理」違反と言われると目くらましにあったような感じで、反論する方にはためらいが生じる・・「近代刑法の法理」ってどう言うものですか?と聞き返す勇気のある人が少ないのです。
聞き返すと自分の無学が知れてしまうような感じで黙ってしまう・・のを狙ったものでしょう。
お勉強した自分たちだけが知っているブランドを提示すれば、専門に勉強したことのない者(私のような法律家の端くれでも一瞬「あれっ!何だったかな」と迷い、充分に理解していないことがバレるのが怖い気持ちがします)は黙ってしまう効果を狙ったものですが、これも・・「俺たちは偉いんだぞ!」と言う前衛思想のバリエーションです。
そもそも増税の可否は国民にもっとも利害のあることで高尚な学問がなくとも誰でも理解可能ですし、(イギリスの革命もアメリカの独立革命も税負担に端を発してることは歴史が証明しています)一国経済の浮沈に関わる大事ですから、今回の増税可否騒動は、選挙最大の争点になるべきでした。
野田政権では、マスコミ界全部と経済学者や官僚がこぞって選挙しないで実行してしまうべきだと言う変な論理だったことについて、私は今日コラム冒頭に記載のとおり違和感を持っていました。
今春の3%増税だけで大幅な経済失速が始まっているのですから、この上に追い討ち的増税実行すれば経済学者がどのようにひねくろうとも日本経済が大打撃を受けるのが誰の目(素人目)にも分っている・・その結果・政治効果で見れば安倍政権転覆に繋がるのは目に見えていました。
日本経済がどうなるかよりは、これを無理に実行させて安倍政権を潰そうとする自民党内の勢力が財務省や野党と連携して増税実行の大合唱をしていた疑いがあります。
この包囲網に対して、安倍総理が解散に打って出て、「増税反対に反対するならしてみろ」と勝負をかけたことによって、政界やマスコミは一斉に増税実行要求を翻して延期賛成論・・不戦敗方針に転じてしまい、「争点なき選挙」だと宣伝し始めたと言う印象でした。
争点がないと言う宣伝が、低投票誘導・・民主政治否定論・・マスコミに自殺行為だとして、ネット批判を浴びるようになると、アベノミクスの功罪について、増税後の今夏以降の景気失速を(増税実行の結果によることを抜きにして)アベノミクスの失敗が露呈したとそれとなく攻撃する論文を次々と掲載していました。
マスコミがすり替え宣伝をしていても、何が経済失速の原因になっていたかを賢こい国民が黙ってみています。
以前から書いていますが、ネット発達によってマスコミによる情報独占がなくなると、日本の場合国民レベルが高いので、マスコミ宣伝に誘導されにくい社会になっていることをマスコミ関係者は「まだ充分に」理解していないようです。
衆議院解散が決まると政治家やマスコミが態度をころっと変えたことから見れば、増税は国民の意思に反していることを彼らは知っていたと推定されます。
マスコミ総動員して増税必要性を洗脳しようとしても国民の意思を変えられなかったことを知っていながら、なお「争点がない」と欺瞞的報道をしていたのは、まだ報道次第で国民を誤摩化せると言う不思議な信念・・国民の理解度・レベルを十分理解していないからと思われます。
自分たちと国民の理解度・知能レベルには、隔絶的な差があると言うエリート意識・過信が基礎にあるからではないでしょうか。
実際には情報操作能力差があって国民はマスコミに反した意見を発表する場がなかった・・本当の意味での言論の自由がなかったに過ぎないことを、まだ押し通そうとしているのではないでしょうか?
専制国家では裸の王様を見ても、誰も裸だと言える国民がいなかったのと同じです。
古代アテネの民主主義と言っても、一握りの市民間だけでの民主主義だったのと同じで、現在社会で言論の自由と言ってもマスコミの気に入った意見しか発表されない自由でしかなかったのです。
朝日新聞等の投書欄でも朝日の誘導したい方向の意見しか採用されないと普通に言われています。
このことは池上彰氏の担当していたコラムで朝日新聞の慰安婦報道の謝罪不足を書いたら、掲載拒否された事件が起きたことからも証明されています。
池上氏のような高名な人の連載記事でさえ、意見があわないと掲載拒否していたのですから、名もない庶民の投書が没にされても誰も文句を言いませんし、ヤミの中です。
これの繰り返しの結果、朝日新聞に限らず大手マスコミの気に入った思想傾向の人しか投書さえしなくなりますし、一本釣りの論文などは言わずもがな・・一定方向の論文ばかり報道されます。
このようにマスコミによる情報操作が激しくなり、マスコミの言う民意と国民意見の違いが大きくなりますと、選挙で特定争点を明示してマトモに民意を問うとマスコミの言う国民の意見と大違いの結果が出る心配が生じます。
そこで総選挙では意図的な争点ぼかし、あるいはマスコミがでっち上げた?国民に関心のない別の争点造りが流行になって来て国民は選挙に行く気がしなくなる・・投票率低下を演出して来たのはないでしょうか?

12月14日総選挙と民意2

今回の選挙では、集団自衛権行使閣議決定の変更や秘密保護法制定や増税の可否・・中国による尖閣諸島侵犯・小笠原諸島海域での漁船団による侵略的操業、慰安婦騒動で冷却化している韓国との関係処理の軸足をどうすべきかなどなど、戦後秩序を揺るがす大事件が連続的に発生していたので国家の基本方針を決めるべき大きな課題が目白押しでした。
(韓国の中国への軸足変化も含めて)根底にはアメリカ支配・戦後秩序が揺らいできたことにあると言うべきでしょう。
戦後秩序の基礎が揺らぎ始めた大変革の始まりにあたって、日本の立ち位置を決めるべき大争点が目白押しであったにもかかわらず、解散が決まるとマスコミは「争点のない・大義のない解散だ」と言う報道を繰り返していて、ネットでは、争点隠しに励んでいると言われるようになりました。
選挙は国民の意思・民意を知るために存在するものですから、政治家はぼやけている争点の輪郭を明らかにして国民意思をより正確に聞き取る努力をすべきです。
「争点がなくて自分は何を訴えて良いか分りませんが兎も角私に投票して下さい」と言う政治家は辞めた方が良いでしょう。
マスコミは、(本来マスコミと非民主政治は相容れない筈です)個々の政治家が明らかにできない争点の輪郭を組織力で明らかにして国民に提示するべき業界です。
解散が決まるといきなり「争点がない」と言い出すのでは、マスコミ業界の怠慢ですし、民主政治否定論に近いと批判されても仕方のない自殺行為ではないでしょうか?
時間軸で見ると、安部政権誕生後約2年間のアベノミクスに対する評価と中韓両国による戦後秩序に対する挑戦・・重要事態連続発に対処して来た安倍政権の各種の施策(秘密保護法制定や集団自衛権解釈変更や武器禁輸幅の変更など)に対する採点・・信任投票が必要な時期が来ていたように思います。
(今時4年間も白紙委任では長過ぎるので、アメリカでは2年ごとに中間選挙があるのはこの点で合理的です)
まして大事件があったときにはすぐに民意を問うべきでしょう。
沖縄普天間基地対応の拙劣さ〜原発事故対応の拙劣さが問題にされた民主党鳩山〜菅政権に対する国民評価が必要であったのに、すぐに選挙して民意を問わなかったのは民主制の根本に反していましたから、先送りした選挙でその分の不満が大きくなって大敗してしまったのです。
先送りすれば民意の不満がそれだけ溜まって行く点では、小泉総理引退後福田〜安倍、麻生政権が選挙先送りしていて大敗したことに共通します。
このように、政権獲得後想定外の大事件があると、これに対する民意を問うていないのですから事後に対応の是非について直ぐに信を問うのが本来的な民主制の基礎です。
緊急処理すれば事後に直ぐ上司や議会等の事後承認を得るのが一般社会でも常識です。
選挙のテーマとしては、増税を決めた民主党だけではなく、自民党内にも根強かった増税実行路線を、安倍政権が解散決断と同時に変更したことを国民が支持するのか、支持しないのかこそが目先の最大争点になるべきでした。
小泉元総理の郵政選挙では、郵政民営化に飽くまで反対していた勢力が大打撃を受けた経験から、今回は安倍政権が増税延期を決めると同時に解散・総選挙を決めると、増税要求派の政治家はあっさり延期賛成に転じた結果如何にも争点がなくなったかのような外見を呈していました。
しかしこれは増税派が正面から戦うことを避けた・不戦敗を選んだ選挙戦術によるものであって、増税実行圧力を跳ね返すために安倍政権が解散に打って出たことは明らかでしたから、国民に問うべき直接の最大争点は増税の可否であったことはまぎれもなかったでしょう。
「争点がないから国民はしらけている」と言う大宣伝をマスコミが繰り返して、選挙に行っても意味がないかのようないわゆるネガティヴキャンペインを大々的にやっていることがネット批判されていました。
この批判の結果か?途中から争点がないと言う宣伝が少なくなり、選挙後の報道でも投票率が低かったことの主張も(あることはあるものの)控えめですし、争点がなかったと言うマスコミ批判はいまのところほぼ封印されています。
マスコミがネット批判に負けて報道姿勢を変更せざるを得なくなった記念すべき事件ではないでしょうか?

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