大統領令4と法の優劣

レーガン大統領のトキに議会で成立したスーパー301条は2年間限定の時限立法だったので失効していた筈ですが,クリントン大統領が301条を行政命令で復活させたと1月27日に紹介しましたが,ここでズバリ大統領令・行政命令とはどう言うものかを見ておきましょう。
大統領令に関するウイキペデイア(正確かどうかは別として一応の解説)からの引用です。
「君主国や立憲君主国における勅令に相当し、法律と同等の効力を持つが、アメリカの大統領令の場合、権限の制限範囲はアメリカ合衆国憲法で明確に規定されているわけではない。
アメリカ合衆国大統領は、1789年以降、行政官による任務遂行の命令に助言するために大統領令を発してきた。大統領令は連邦議会の制定する法律に従い、その法律による大統領への委任を受けて発することもあり、その場合法的強制力が付与される。」
「日本で有名なものに1942年2月19日付けのフランクリン・ルーズベルト大統領による『大統領令9066号』がある。これは軍が国防上の必要があると認めた場合には強制的に立ち退きさせることを認めたもので、これが大規模な日系人の強制収用の根拠となった。」
仮に大統領令に戦前の勅令同様の効力があるとしても,法と抵触する場合どちらが優先すると言うルールがないと混乱します。
上記ウイキペデイア説明では「法と同等の効力を持つ」となっていますが,同等と言うことは法理論上後から出来た法が改正法になりますから,後法優先と言う意味でしょう。
喩えば、逮捕状がなければ逮捕出来ないと言う法律があっても,大統領の指定したものは無制限逮捕・勾留権をもつと言う大統領令が仮に出るとそれが優先することになります。
この適用例が何らの違法行為もしていないのに日系人と言うだけで日系人に対する強制収容・資産没収令の執行だったのでしょう。
フィリッピンのドウテルテ大統領の麻薬犯罪者現場射殺命令?も同じ原理かも知れません。
現在トランプ大統領が関税をイキナリ45%に引き上げるとか水責めなどの拷問取り調べ復活を主張しているのが報道されても・・日本的に膨大な法改正が必要と言う前提で考えると緻密膨大な関税関連法や移民法・・人権保障手続が網の目のように張り巡らされている現在、「無茶なことがそう簡単に実現出来る訳がない」・・・これらの法改正には数年かかるがその間事実上の運用で嫌がらせされるのが怖いので企業などがなびいているだけと思っていた人が大多数だったでしょう。
こう言う前提論で選挙時の極端なスロ−ガンは、大統領になれば現実的なものに修正されて行くだろうと言う読みが一般的でした。
ところが、就任後も選挙中の放言?とおり,有言実行とばかりに続々と大統領令が出て来て、直ちに入国制限が始まったのでみんな驚いています。
入国制限や関税を35〜45%にしたい思えば議会を通さずに大統領令に署名さえすれば、(ウイキペデイアの解説によれば)現行法より後から出来た大統領令が優先する以上、数分間の署名だけで即時発効してしまうとすれば、法改正の困難さに直面して現実化されることはなさそうです。
日本では法を一瞬にして無効化出来る制度がないので,そんな乱暴なことが出来るわけがないと思うのが普通ですが,アメリカでは彼が大統領令に署名すると既存の人権保障手続による制約を即時に無効化出来る前提になっているとすれば、全てその場で実現出来るシステムですから彼は自信を持って言っていたことになります。
ただ無茶をやれば支持率が下がるので、その塩梅をどのように見ているか・・支持が下がっても次の選挙に出ない覚悟ならば何でも出来ます。
(支持さえあれば何でも出来てしまう制度の危うさは別に書きます)です。
移民法も膨大ですし、関税法も緻密に出来あがっていますが,45%とか35%課税と言っても簡単に議会を通せないだろうと思う人が多かったのですが、トランプ氏が大統領令の威力を前提にしていたとすれば納得です。
自由自在に現行法と同等の命令(後で作った法が優先とすれば)を発効させられるのが大統領令となれば,どんなに緻密な法令システムが出来上がっていても署名だけで即時に無効化してしまえる・・生殺予奪の権を持つ専制君主制とほぼ同じです。
ある犯罪は懲役5年と決まっている場合,大統領令で「10年」と決めればそのときからそれが優先させられるとすれば驚くべき制度です。
議会による法の制定には(関連業界の意見聴取など)与野党の綱引きを経るなど膨大な時間がかかります・・数年かけてやっと法が成立しても、極端なことを言えば,大統領がその法律を気に入らなければ,その10〜30分後に反対内容の大統領令に署名すれば,逆の法が生じてしまいます。
戦前日本の勅令だって天皇が個人の思いつきで出していたものではなく,それなりの手続を経て出していたものですし,日本の政令は閣議決定が必要であり,省令も省内のしかるべき手順を踏んで決まります。
局長通達でさえ内部手順があり局長が個人的に出す文書が全部通達になるものではありません。
ところがアメリカの大統領制は、日本の閣議のような手続がいらない・・各行政部門のトップは大統領の部下・・企業の部長みたいな扱いで社長は直截なんでも出来る企業のようなシステムに見えます。
大統領令を無効化するにはもう一度大統領令に反対の法案を可決すれば,後から出来た法が有効になりますが,大統領署名には順次の内部手続すらいらないとすれば、その10〜30分もあれば次の署名が出来るので効力否定競争では大統領の方が格段に有利です。
司法によるチェック・・憲法違反の無効判決を仮に得ても、直後にちょっと変えてまた施行すれば、次の最高裁判決が出るまでの期間は有効です。
国内政治の争点は憲法問題は滅多にない・・ちょっとしたことでしょっ中法律が出来ているので(憲法違反になるような政治案件は少ないので,)大方は大統領令を後出しされたらおしまいです。
例えば税率を何%にするか,産業振興のための◯◯法など新たな分野でこれを刑事処罰の対象にするか、ある種の犯罪の刑を何年にするかなどの意見相違で法律が議会を通過した場合、憲法違反をテーマにするのは難しいのが普通です。
結果的に大統領の意見に反した法律を審議会を経て何年もかけて議会で通しても・直後に懲役何年・税率何%(消費税適用除外品目など)と言う大統領令を出されたら直ぐ変更になってしまうのでは,議員が地元民の意向を吸い上げ,議会で何年も議論した意味がなくなります。
これでは議会と大統領の関係は対等どころか圧倒的に大統領有利・・殆ど専制支配と変わりません。
実際にはこう言う泥仕合は起こらなかったのは・・国民の支持が少ない大統領令を濫発すると次の選挙で落選するし、明白な憲法違反を繰り返すと革命騒動が起きるでしょうから,歴代大統領が自制して来たので大きな問題が起きないまま現在に来たと思われます。
この結果、せいぜい反発の少ない少数民族・・戦時中の日系人だけ、(ドイツ系民は何千万人もいるので出来なかった?)今回はアラブ人だけを標的にしているように,少数者迫害向けの大統領令が多くなる傾向があります。
今回もマスコミが支持率の多少を気にしているのは,法律論・・人権保障よりは、「多数の支持さえあれば良い」と言う実際的効果の重要性を意識しているからです。
支持率の多さだけを基準に少数民族に対して何をしても良いと言うのでは,(実際今回の入国制限で最も被害を受けるアラブ系米国人が反対運動さえ出来ていない弱さをみれば・・)ナチスのユダヤ人迫害とどのように違うのかの基準が見えません。
戦時中の日系人迫害に対して日系人は反対運動することが出来ませんでしたし,数年前にはトヨタ標的の言いがかり的騒動でも「でっち上げ」と言う反論さえ許さない雰囲気でした。
古くはハンマーで日本製品をぶちこわす・・ナチスバリにいつもスケープゴートを作り上げては、マスコミ挙げて興奮する・・巨額課徴金を徴収するなどの繰り返しでした。
専制君主以上の権限を持つ大統領制と民主主義の関係を日本が危惧しても意味がない・・ソモソモ全人類破滅に追い込む核のボタンすらも,彼・大統領一人の判断で出来る制度設計からすれば専制的権力を持っていても驚くにあたらないかも知れません。
「民意に基づく政治4(大統領制と議院内閣制3)」その他で民主主義のランク付けでJuly 16, 2013「議院内閣制に比べて大統領制は民度が一段遅れた社会向け・・専制支配権力行使を前提に任期と選任手続が担保されるようになった違いだけ」と言う意見を連載して来ましたが,大統領令にその制度的担保が残されていたことになります。

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