浪人2

今回は室町から江戸時代初期までは牢人と言い、中期以降は浪人と言うようになったと言う一般の理解に対する疑問・・・江戸中期以降・失業した武士が職を求めて諸国を浪々していたかの疑問がテーマです。
武士を召し抱えることが出来るのは大小名しかなく、江戸時代中期以降は、どこでも財政難・・人減らしに躍起でしたから、よほどの才能がなければ新規召し抱えを期待出来ませんでしたし、大名は妻子とともに江戸詰めの期間が殆どですから、自ずから藩政の重要事項も江戸屋敷で決める習慣になっていました。
こうなると職を求めて諸国をウロウロしていても、歩行距離が伸びるばかりで就職のチャンスは滅多にありません。
Aの城からB〜Cの城まで順に歩くよりは、江戸の大名屋敷を巡った方が効率的ですし情報も豊富です。
しかも国元には責任者不在ですから、今で言えば本社採用希望者が地方の工場を訪問しているようなことになります。
徳川政権創業当初は、諸大名の政治は国元中心の政治でしたが、何代も江戸屋敷で生まれ育つことが続くと国元へは「帰るのではなく出張する」ような実態になっていた・今の企業で言えば3〜4代前に創業したときの工場が地方にあって創業者の故郷としても、4代目の社長が東京本社からその工場を訪問するような感じになります。
徳川政権が安定したころには、失業者はチャンスを求めて江戸(蔵屋敷関係の才能のあるものは大阪)に集中することになりますので、江戸中期以降職を求めて諸国をウロウロする習慣はなくなっていたことになります。
後述する新井白石も、失業中は諸国をウロウロしたことはなく江戸にいたのです。
職を求めて諸国をウロウロするから、浪人と言うようになったと言う現在の説明は、実態に合わないばかりか、室町時代以降江戸時代初期までは牢人と言っていたのが江戸中期以降、浪人と名称が変わったと言う一般的に行われている説明はなおさら無理があります。
むしろ群雄割拠の戦国時代の方が、腕に覚えのある英雄豪傑が諸国を遍歴することが多かったでしょう。
ウロウロするから浪人と言うのは、江戸中期以降の求職活動の実情に合っていないので、この頃から浪人と言うように変わったと言う説明は無理があります。
大塩平八郎の説明も元天満与力と言うのが普通で浪人とは言いませんし、新井白石も失業していた期間がありますが浪人新井白石と言いません。
浪人と言う用例が何時から一般的に使われるようになったかの疑問ですが、戦後学歴主義・・進学熱が高まってくると受験に失敗して再挑戦中の受験生が増えて社会問題になりましたが、彼らに対して、受験「浪人」と言う名称が普及していたことは私が実際に経験しているので間違いはありません。
これは再挑戦してに苦労している状態を江戸中期以降の浪人のイメージに重ねたもので、ゼロからの創作ではなかったかも知れませんが、元々一般的ではなかった用語をリメイクしてヒットさせたに過ぎないように思われます。
もしかしたら浪人と言う言葉はこの頃から一般化したに過ぎず、もしも過去にあったとしても受験浪人ほど一般的用法ではなかったにもかかわらず、戦後受験「浪人」が一般的になったので、時代小説を書く際に如何にも昔から一般に使われていた言葉であるかのように利用するようになった疑いがあります。
過去の用例を見て行きますと、主家を持たない武士が全部浪人かと言うとそうではありません。
近江聖人と言われる中江藤樹のように親の世話をするために退職しても故郷で塾を開いている人もいるし、平賀源内や松尾芭蕉あるいは一派を立てて剣道場を開いていた有名な人が一杯います。
武士=仕官していなければならないものではなく、上記のように武士でも自活能力を持てば主家がなくとも浪人とは言わないのです。
ただし、戦闘員だけを武士と言うならば、平和な社会では自立・自活出来るのは山賊ぐらいしかいないことになりますので、剣道場主以外で塾を開いたりして自立している人は本来の武士をやめた人・教育者や産業人と言えるかもしれません。
飽くまで武士・戦闘能力にこだわっていて平和な時代に自活する能力がなく主家を持てない・・職を求めて失業中の人だけを浪人といったのでしょうか?
しかし江戸中期以降では、戦闘能力の高さだけの売りでは、特に優れていた場合でも剣道場を自分で開くくらいが関の山で採用までは滅多にされません。
上記のように戦闘能力だけにこだわる失業者を浪人とする定義ですと、再就職は絶望的でその内に食い詰めて行くばかりで短期間で飢え死に必至(あるいは犯罪予備軍)の状態の人をさすことになってしまいますから、こういう人は直ぐに死に絶えて行ったか、生き残るために武士をやめて農民化等転職して行った筈で、社会的階層を形作るまでは行かなかったでしょう。

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