転籍と寄留届け

ところで、どうせ寄留届けを出す必要があるなら引っ越した人にとっては本籍異動届でも良いようなものですが、本籍異動届では、(人別帳とは違い戸籍簿には)同居していない一族全部が記載されているようになったので、構成員全員の書き換えになるので手続きが面倒だったこともあるでしょう。
届ける方は簡単でも届けられた村役人の方が、その都度僅か10〜20番地違いの場所で新たに戸籍簿を造り直さねばならない・・外に出ている人の再確認などの必要性・・役人の方が面倒がっていたのかもしれません。
(今のようにまとめてコピー・ペースト出来る時代ではなく、すべて毛筆書きの手作業ですから大変です)
何十年に一回しかない農家の家の建て替えと違い、都市住民の場合、経済活動が活発化してくるに従って移動が頻繁となりますから、現に一緒にいる家族の居場所変更だけで良い寄留届出で済ます例がもっと多かったと思われます。
農家の建て替えのような同じ村内移動の場合、みんな知り合いなので「あなたのところの次男・弟さんはその後どうしてますか?」など・・質問も簡単ですが、都市住民の場合別の生活圏への移動が多くなります。
東京から大阪神奈川県(逆に地方から上京する場合が多かったでしょう)など遠くへ移動する場合、受け入れる役人の方では、同居している家族だけではなくその他の家族構成まではまるで知る手がかりがないので、新戸籍編成作業は困難を極めた筈です。
転籍すると従前戸籍の承継ではなく、転籍先の役場での「新戸籍編成」になるのは現在でも同じです。
(機会があればご自分の戸籍謄本を見て下さい・・婚姻あるいは転籍と同時に新戸籍編成と書いてあって、その当時に存在する戸籍内の人全部を記載して始まり、その後増減した家族の記載をして行くする仕組みです)
従前地の戸籍謄本を持って来させれば簡明で良いようなものですが、今のようにコピー機がないので、従前地の役人に(当時は毛筆です)一々全部書き写して貰って持ってくるとすれば大変な作業になります。
現在の戸籍謄本は家族構成も少なくて簡単ですが、前戸主から傍系の嫁や子供まで書いている戸籍謄本は何ページにもなる大部なものです。
私は職務の必要性から、いわゆる改正前原(ハラ)戸籍謄本(戦前までの家族法に基づく戸籍謄本)を職務上しょっ中取り寄せていますが、これらには、前戸主から戸主夫婦及びその子とその嫁や孫、弟らの嫁、その子・甥・孫の代までみんな入っている戸籍ですから(ご存知のとおり除籍された・・死亡や嫁や婿に行った人もその該当箇所に×上書きして戸籍記載にはそのまま残っています)何ページにもなっている大部のものです。
今はコピーで出てくるので5ページでも6ページでもそれほどの手間ではないですが、これを全部間違いなく手作業・それも毛筆で写すとなれば、大変な作業になります。
戸籍謄本交付制度が何時から始まったか知りませんが、(もしかしてコピー機以前のいわゆる(PCBをつかった)青焼きが発達してからのことだったかもしれません)かなり大変な作業であったことは間違いがないでしょう。
古くは平家納経、現在でも写経と言えば大変な作業ですが、何ページもある戸籍簿を正確に写し取ることはよほどの事態でもない限り出来ないので、誰でも気楽に申請さえれば(今では何百円ですがそんな安いお金で)発行するようになったのは、戦後大分経って機械化が進んでからのことかもしれません。
手作業・毛筆の時代には全部の写しは大変すぎるので、一部の記載証明で済ましていた時代が長かったと思われます。
(いわゆるお寺の過去帳を研究者が資料として見せてもらうことはあっても、お寺で書き写してまで貰えることは・・かなりのお礼をしない限り・・殆どなかった筈ですから、自分でメモして帰るしかなかった筈です・・今ではコピー機持参?)
現在の住民登録制度では、転出証明を持参して転入届けする扱いですが・・・明治の昔では持って来た文書の正確性の担保もない・・今のように電話で確認・問い合わせることすら出来ない時代です。
届出人自身からしても、自分の子の生年月日や婚姻日くらいは知っているでしょうが、(これも結婚式の日と届け出日はずれていることが普通ですので意外に分らないものです)甥姪の生年月日や名前や弟の婚姻日、嫁の名前やどのような漢字を書くかなどその他詳細を正確に知っている人は稀です。
仮に文書の真正の有無を確認するとすれば、受け入れた役所で持って来た文書をそのまま(当時は毛筆しかない時代です)毛筆でそっくり写して転入者の前住所の戸籍役場に郵送して正確かどうかの返事をもらうような手続きが必要になります。
これを繰り返すくらいならば、転入者が予め写しを持って来ても無駄ですから、受け入れ役所の方で、転出して来た前住所の役所へ連絡して写しを送ってもらう形式になって行ったのでしょうが、いずれにせよ元の役所の方では大変な手間になりますし、受け入れる方も送って来た文書を元にもう一度転入者を呼び出して現状の事実・・・・・送って来た戸籍簿の写しに記載している外の事情・・甥姪などその後の結婚や死亡者がいないか嫁や婿に行ったものや生まれた子供がいないかなど・を確認する必要があるので双方の役所で膨大な手間がかかります。

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