新旧日米安保条約と日本の防衛3

トランプ氏は一方で基地経費発言していることからすると,世界での役割は別としてアジアに関しては,「基地経費負担するならばその地域の警察官をやっても良い」と言う意思表示に読めます。
完全にやめるのではなくコスト次第と言う一見自分勝手に見えるものの、商売人らしいしたたかな?分り易い計算がみえます。
いわゆる「雇い兵」ですが、日本政府の直接の雇い兵ではなく飽くまでアメリカに指揮権のある基地利用を条件とする「いいとこ取り」ですが、これを如何にしたたかに交渉して日本に取り込んで行くか・・米軍縮小に合わせた日本軍強化・の手腕が日本に問われています。
幕末ペリーの強引な手法に日本の上層部は驚きましたが,粗暴な人間は一見相手を驚かしますが時間の経過で粗暴な方が手玉でにとられるのが普通です。
商売人の腰が低いのは、長期的には腰の低い方に有利に働くことを知っているからです。
これを日頃から強引にやっているつもりが、「結果的にやられっぱなしになっている現状にストレスが溜まりカンシャクを起こしたのがアメリカのピープルでありこれの支持を受けているトランプ旋風である」と言う見立てで書いてきました。
今後の日米関係がどうあるべきかは,アメリカのプレゼンス縮小の移行期間に合わせて暗黙のうちに当然決まって行くことですから、(民進党は日本が困るのを期待しているのでしょうが実は)日本古代からの交渉実力から言ってそれほどの心配はありません。
日本にとってアメリカ軍の後ろ盾が控えていることが一定期間(この間に中国共産党政権が自壊して平和国家に変身してくれる期待もあります)重要でしょう。
トランプ氏も巨大な米軍設備・軍需産業・将兵をイキナリ本土防衛に必要なだけに縮小することは国内雇用問題だけとしても不可能ですし,まして国外にも既存の複雑な利害構築していた関係の整理がありますから、すぐには無茶を出来ません。
上記移行交渉には長期間を要することは間違いがありません。
多角交渉だと腕力による優位性が利かないのが面白くないので、今後はアメリカが強い立場を利用して一対一の2国間交渉を求めるのがトランプ氏の基本戦略のようですが,1対1の交渉でしかも粘り強い交渉になれば,日本の方が格段に交渉力が上です。
長期細かな交渉過程があれば、結果的に日本の立場を守れる・・徐々に米軍に引き上げてもらうのに比例して日本防衛力をアップして行く関係になることは、過去の交渉実績が示しています。
この関係が続いている限り中国は簡単に日本に手を出せないし,その間に日本の自衛力が強化されて行きます・・逆に時間をかければ,中国がつぶれそうな気配ですから時間が日本に味方するでしょう。
イギリスとEUの離脱交渉も複雑ですから,老かいなイギリスがどのような交渉能力を発揮するかの関心で,見物する方には面白い展開になるでしょう。
日本としてはトランプ氏を敵に回さずに(おだてながら)同氏がうまく政治を出来るように軟着陸させることに協力して行くしかありません。
今までも日本はアメリカの補完勢力として,陰日向なく協力して来た実績があるので、今後もアメリカの補完勢力に徹することが重要です。
トランプ氏の強引な手法では却って女房役の取りなしが必要になりますので,日本の役割が減じることがありません。
日本の国際役割・補完性機能に付いては2016/02/28/「覇道の限界と日本の補完性7」前後で連載中で途中になっていますが,動乱期にこそ再び脚光を浴びるべきでしょう。
16年2月に書いて来た補完機能は,アメリカは世界中でうまく行かなくなって来て日本の助けを必要としている現状を書いたものでした・・。
日本の助けを借りて漸く運営する・・オバマがあちこちでオタオタしているのに我慢出来なくなった国民がちゃぶ台返しをして「世界から引き上げろ」と言うヒステリーを起こしたのが今回大統領選「アメリカ第一」のスローガンの基礎です。
そうなると今後の日本のアメリカに対する補完機能の発露の方法を修正して行く必要がありますが,複雑になればなるほどうまくやれる能力の人が日本には一杯いますから心配はいりません。
話題が変わりますが,何千年も話し合いで解決して来た成熟した我が国で戦後イキナリ話し合い解決機能が何故なくなってしまったかの関心でこの数日60年安保条約騒動を例にして書いてきました。
サンフランシスコ平和条約が中ソ・共産系除外で成立した後遺症・・当時中ソの立場に固執する・・西側軍事力低下を最大目標とする中ソ系マスコミや外国資金で動く勢力は、日本の利益よりも中ソ系利益を優先する思想ですから、何を言っても受入れる余地がなかった・・話し合い解決の成立余地がなかったことに原因がありその後遺症を今に引きずっているのではないかと言う関心です。
数日前まで書いて来たようにこの延長上で60年安保騒動が起きたように見えます。
60年安保はサンフランすすこ平和条約による独立時に同時成立していた日本に極端に不利な条約の改訂・・日本に有利な改訂ですから、完全な対等条約を勝ち取るにはまだ無理があるにしても少しでも良くすることに反対する理由がなかった反対運動であったことを書いて来ました。
合理的理由があるとしたら米軍不利な改訂を阻止したい米軍スジの意向と,西側陣営に組み入れられている条約自体に反対するものであった・・西側陣営参加のサンフランシスコ平和条約反対運動・・要は日本独立を阻止したい勢力の蒸し返しでしょう。
アメリカ系の資金流入の有無は分りませんが(・・アメリカはソ連のようにまだつぶれていないにので・・)60年安保はソ連の資金と人的応援で行なわれていたことがソ連崩壊後分って来ました。
しかも昨年の集団自衛権論争は既に60年安保条約で(日本施政権内限定ですが)認められていたことが、12月2日に紹介した条文で分りました。
昨年マスコミ報道だけで,安保の条文をよく見ていませんでしたが,既存条文を見ると相互防衛義務負担が新たに生じるのではなく,共同防衛義務の範囲が広がることに対する反対だったのに集団自衛権ばかり(か分りませんが印象としては)氾濫していたように思えますが・・・。
たとえば、朝日の報道で見ると以下のとおりです。http://www.asahi.com/topics/word/%E9%9B%86%E5%9B%A3%E7%9A%84%E8%87%AA%E8%A1%9B%E6%A8%A9.htmlからの記事です。
集団的自衛権(2015年05月12日 朝刊)
同盟国などが攻撃されたとき、自国への攻撃と見なし、反撃できる権利。国連憲章など国際法で認められている。日本の歴代内閣は「保有しているが、憲法9条との関係で行使できない」との解釈を示していたが、安倍内閣は昨年7月の閣議決定で、解釈を変更。(1)日本と密接な関係にある他国が武力攻撃され、日本の存立が脅かされる明白な危険がある事態(存立危機事態)(2)我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない(3)必要最小限度の実力行使——の新たな3要件を満たせば、集団的自衛権による武力行使を憲法上可能とした。
上記のとおり集団自衛権行使が憲法違反かどうかばかりが朝日新聞に限らず大規模報道されていましたし、昨日の日経新聞でも「安倍政権のこの一年の成果として「集団自衛権がどうの・・」と言う記事がでていす。
集団自衛権・・共同対処は既に60年安保に規定されていてこれが国会通過していたのですから,何故いまごろ再び大騒ぎし直したか疑問です。
ここ4〜5年来の国防上の大きなテーマは、60安保条約の限界・・日本施政権下範囲を日本施政権外に共同防衛行為をする範囲拡大が許されるか?だったことなります。

新旧日米安保条約と日本の防衛2

旧安保条約はポツダム宣言同様に一方的に押し付けたモノで,日本の権利・アメリカの義務が全くない・・条約とは言えない代物であった上に条約期限もない無期限条約でしたので,これをパーフェクトに対等でないまでもその当時の日本の国力相応に少しでも有利に改訂し,10年後に更に見直し可能な条約の盛り込んだのは日本にとって格段に有利な結果でした。
そうすると60年安保騒動が何故起きたのか?・・・政治活動には相応の到達目標がある筈ですから,どこの利益を図るための騒動だったのか,今になると不思議な現象でした。
新球場分を見比べると疑問の余地なく日本に利益になる改訂でしたが,ニッポン民族が有利になると困る勢力が運動を煽っていたとすれば,「パーフェクトでないと行けない」と言い張って結果的に交渉決裂を目指していたと解釈すれば合理的理解可能です。
日本独立に反対する勢力が西側陣営だけとの講和条約反対→独立反対を唱えていたのと同じ構図です。
今になって記録を見ると60年安保は当時のマスコミ報道とは全く違って,(私の独自解釈ですが・・)全面講和論で日本の独立に反対した勢力の蒸し返し運動と折角有利な条約を改定したくないアメリカの意を裏で受けた勢力の合作騒動だった印象です。
その頃のスローガンでは,(高校生の頃で良く覚えていませんが・・)日本が米ソ戦争に巻き込まれると言うだけの運動だった印象です。
3日に紹介したとおり日本が共同防衛義務を負うのは「日本施政権下」=国内の戦争に関してだけです。
ソ連(に限らず外国)が日本国内に攻め込んで来たときに守ってくれる米軍と一緒に戦うと言う米軍協力義務の明記すると、日本が米ソの戦争に巻き込まれるという主張は無理があり過ぎます。
これを誤摩化すために?マスコミは,日本に基地があると一緒に攻撃を受けるとか,米軍の展開する極東の範囲が問題だとしきり宣伝し社会党もこれを煽っていました。
しかし,上記のとおり改訂しなければ旧条約のママであり,旧条約締結(1951年9月八日のトキには米軍は駐留していて朝鮮戦争を戦っていましたし,極東と言う意味不明の地域で軍事活動していましたから,(無期限条約なので)改訂を拒否すれば旧条約がそのままですから,米軍がいなくなる訳ではありません・・。
ウイキペデイアによると以下のとおりです。
  朝鮮戦争(ちょうせんせんそう、1950年6月25日 – 1953年7月27日休戦)
旧条約は独立のとき1951年9月8日ですから,米軍は日本の基地から出撃を繰り返している最中でした。
マスコミ報道は反対論を煽るためのものばかりで,条約改訂によって危険になるものではない不安を煽っていたことが分ります。
旧条約締結時には問答無用的関係・・独立を認めてもらう弱い立場だったので日本がいろいろな注文をつけられなかったのに比べて新条約では,条約交渉プロセスの経緯が記録に残るので・・高官同士のやり取りから米軍の自由度が逆に狭まっただけのことです。
何故これに国民が憤激したのか意味不明ですが,ソ連の意を受けたマスコミの脚色報道が原因だったのではないでしょうか?
上記米ソ戦争に巻き込まれると言う宣伝も論理的でない主張の1つですが,でも激化に大きな影響を与えた樺美智子さんの死因に関しても以下のとおりであることが分って来ました。
http://yabusaka.moo.jp/60anpo.htmによる樺美智子さんの死因に関する報道と事実の違いは以下のとおりです。
※樺美智子の死因と報道・・・・樺美智子の遺体は慶応病院法医学教室で解剖され、「内臓器圧迫による出血のための急死。致命傷となる外傷はない」という結果が出た。ところが、解剖に立ち会った社会党参議院議員と代々木病院副院長は「扼殺の疑いが強い」と異なる発表をした。さらに社会党弾圧対策委員会は殺人罪で告発。「樺美智子さんは警棒で殴られたうえ、踏まれて死亡したのではないか」という報道も加勢した。しかし後日、東京地検は現場写真や参加者の証言などからその説を否定している。」
樺美智子さんの死は私も知っている程当時の国民に大ショックを与えただいショッキング報道でしたが,その原因は客観事実に反した社会党の発表や虚偽報道にる煽動行為に原因があったことが今になると分ります。
マスコミは客観事実さえ報道しないのですから,その他報道姿勢の偏り方が半端でなかったことが分ります。
その後の経過は以下のとおりです。
 17日、樺美智子の死に抗議した約7,000人が、再び国会前に集まった。
 新聞社7社は、「暴力を排し、議会政治を守れ」との「7社共同宣言」を発表。
 同じ日、国会では社会党・河上丈太郎代議士刺傷事件が起こる。
 18日午前11時、東京・日比谷で樺美智子を慎む全学連総決起大会開催。午後には東 大で合同慰霊祭が開催される。
 強行採決からちょうど1ヶ月後の19日午前0時、前夜からでも隊33万人が国会を取り 巻くなか、新安保条約が自然承認される。新条約は内乱鎮圧条約や、 第三国への軍事的便益提供禁止などは削除され、条約存続期間は10年とされた。
 23日午前10時20分、新安保条約は東京・白金の外相公邸で批准書の交換が行なわれ、すべての手続きを終えた。そして岸内閣は「人心一新「政局転換を理 由に、この政治的混乱の責任をとって総辞職を発表。
 7月14日に池田勇人が党総裁に選出され、19日に池田政権が発足。 
 そして7月の3つの県知事選では、社会党系候補は全敗、自民党系候補が当選した。自民党は11月の総選挙でも前回より9議席増やした。」
上記によれば、運動エネルギーに大きな影響を与えた樺美智子さんの死因についても社会党やマスコミは明白に虚偽発表・報道をして国民を誤った方向へ煽っていたことになります。
声なき声・・国民の多くは、マスコミの煽動に乗らずに事実をよく見ていたコトがその後の選挙結果・社会党の敗北)で分ります。
大規模デモ隊と言っても国民の0、1%にもなるかならないか程度が普通ですから,(デモ参加者が13万人でも一億数千万の人口比で、0,1%しかいません)感情を煽る一方の非論理的なマスコミ意見に成熟しない高校生や大学生等の若者中心に反応してしまっただけのことだったと見るべきでしょう。
マスコミは感情を煽るのではなく,中立の立場で客間的な経過説明をして国民の冷静な判断のチャンスを与えるべきでしょう。
この反対運動によって,条約改訂がもしも出来なかったならば、日本はアメリカ軍の占領支配を跳ね返すチャンスを失い半永久的に支配を受け続けるしかなかったことになります。
話題が飛びましたが,アメリカは元々日本防衛のために駐留していたものではない・・・今もアジア全域のために出動しているだけで日本防衛には寄与していません・・精々基地があるから・・おつきあい程度に防衛協力しましょうと言うだけです。
アメリカ自身に危険が及ぶような相手・・日本にとって最も危険な相手ですが・肝腎の防衛が必要になれば尻ゴミするに決まっている・・核の傘は実は大して当てにならないことは昔から誰でも知っていることです。
日本が独立を守るためには,いつかは自前の防衛力整備が必須であることを知っているからこそ,警察予備隊の時代からニッポン民族独立に反対の勢力・・反日勢力は必死になって防衛力強化に反対し妨害してきました。
アメリカも日本の防衛をしたくないものの日本軍事力が強化されるの防ぐために守ってやると言うしかなかった面もあるでしょう。
その意味では守る気もないのに日本の核武装を阻止して来た歴代政権より、「日本を守ってやらないから日本は自分で核武装すべきだ」と言うトランプ氏の方が正直です。
政治献金や講演料名目でマネーロンダリングしている?ヒラリー氏よりも、12月2日に米国企業キャリーを脅して?メキシコへの工場進出を中止させたことに関連して書きましたが,ズバリ企業やクニを脅して落とし前を取って行くことになりそうなトランプ氏の方が分り良い面があります。

新旧日米安保条約と日本の防衛1

岸政権の60年安保改訂交渉は、米軍の意思次第でいつでも軍が日本人を鎮圧出動出来る権利を認めた第一条削除を筆頭に占領軍としての米軍を(今もアメリカの支配下にあると言う実質は別として)法形式上全面否定した・・形式的にも日本独立後約10年経過でようやく軍事的独立を果たした大成果でした。
占領軍の本質を前提とした旧条約では,法律上も駐留軍は肝腎の日本防衛義務を全く負わない仕組みでした。
アメリカとしては日本を占領支配するだけで何の義務も負わなかった占領軍の本質が、独立前の竹島占領や北方領土占領を黙認した基礎に繋がっているのです・・。
昨日紹介した旧条約の条文によると共同防衛義務が全く記載されませんが,元々米軍は占領軍でしかないからアメリカとしては日本の独立を認める代わりに占領軍が従来と何ら権限が変わることなく継続さえ出来れば良いのであって、日本を防衛する義務など想定すら出来なかったからでしょう。
アメリカ軍支配を侵す勢力があれば、アメリカ軍の支配地(縄張り)を守るために?撃退する関心があっただけです。
強盗が折角の略奪品を奪われそうになればこれを撃退するのと同じで,被害者を次の泥棒や強盗から守る義務などに関心がありません。
「占領支配の沽券にかかわるかどうか」だけの関心であったから、北方領土でも李承晩ライン・竹島(要は漁業権の争いですからアメリカの軍事関心「沽券」には関係がなかったのでしょう)もスキなようにさせていたことが今の日露,日韓のしこりになって残っている原因です。
最早占領軍ではないと言う意味を明らかにするために60年安保では防衛義務を新条約第5条で明記させたのですが,相手の防衛義務を明記する以上は日本も相互負担するのは当然です。
日本で大騒動になった60年安保のテーマを見ておきましょう。
11月30日現在のhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E4%BF%9D%E9%97%98%E4%BA%89の記事からです。
「1951年(昭和26年)に締結された安保条約は、1958年(昭和33年)頃から自由民主党の岸信介内閣によって改定の交渉が行われ、1960年(昭和35年)1月に岸首相以下全権団が訪米、ドワイト・D・アイゼンハワー大統領と会談し、新安保条約の調印と同大統領の訪日で合意。1月19日に新条約が調印された。
新安保条約は、
内乱に関する条項の削除
日米共同防衛の明文化(日本をアメリカ軍が守る代わりに、在日米軍への攻撃に対しても自衛隊と在日米軍が共同で防衛行動を行う)※アメリカ軍の防衛の明文化はされていないとの反論が多数されている。
在日米軍の配置・装備に対する両国政府の事前協議制度の設置
など、安保条約を単にアメリカ軍に基地を提供するための条約から、日米共同防衛を義務づけたより平等な条約に改正するものであった(※より平等でないとの意見もあり)。」
独立時の条約は独立を認める代わりの既得権として,(沖縄返還時の基地既得権自我条件だったのと同じです)基地無償使用権をそのまま維持するものでしたが,今度は日本に基地を置く以上は,日本の要請があれば日本防衛義務を分担する外、軍や設備の配置も米軍が勝手に出来ず日本との「事前協議」のタガを嵌めると言う当たり前の条約に改訂しようとするものでした。
「日本に基地を置きながら日本防衛に協力しないならば何のための条約だ!」となります・・まさに旧条約はアメリカが占領を続けたいだけの条約だったことが分ります。
昨日紹介した旧条約には、期限がない・・・破棄・・一方的なけんか腰の破棄をする以外には,やめらない条約でしたが,この改訂で10年間に限定されました。
もしも改訂が出来なければ、日本がアメリカと喧嘩するほどの関係にならない限り(今でもびくびくして付き合っていますが・・)アメリカは従来どおり植民地支配軍として「半永久的」に居座っていられる関係だったことが分ります。
ウイキペデイアの記事は当てにならないと言う批判がありますので,外務省の公式記録による60年安保条約そのものを見ておきましょう。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/jyoyaku.html
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約
第一条
 締約国は、国際連合憲章に定めるところに従い、それぞれが関係することのある国際紛争を平和的手段によつて国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決し、並びにそれぞれの国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むことを約束する。
 締約国は、他の平和愛好国と協同して、国際の平和及び安全を維持する国際連合の任務が一層効果的に遂行されるように国際連合を強化することに努力する。
第二条
 締約国は、その自由な諸制度を強化することにより、これらの制度の基礎をなす原則の理解を促進することにより、並びに安定及び福祉の条件を助長することによつて、平和的かつ友好的な国際関係の一層の発展に貢献する。締約国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の間の経済的協力を促進する。
第三条
 締約国は、個別的に及び相互に協力して、継続的かつ効果的な自助及び相互援助により、武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従うことを条件として、維持し発展させる。
第四条
 締約国は、この条約の実施に関して随時協議し、また、日本国の安全又は極東における国際の平和及び安全に対する脅威が生じたときはいつでも、いずれか一方の締約国の要請により協議する。
第五条
 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
 前記の武力攻撃及びその結果として執つたすべての措置は、国際連合憲章第五十一条の規定に従つて直ちに国際連合安全保障理事会に報告しなければならない。その措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置を執つたときは、終止しなければならない。
第六条
 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。
第十条
 この条約は、日本区域における国際の平和及び安全の維持のため十分な定めをする国際連合の措置が効力を生じたと日本国政府及びアメリカ合衆国政府が認める時まで効力を有する。
 もつとも、この条約が十年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行なわれた後一年で終了する。
 以上の証拠として、下名の全権委員は、この条約に署名した。
 千九百六十年一月十九日にワシントンで、ひとしく正文である日本語及び英語により本書二通を作成した。
日本国のために
 岸信介
 藤山愛一郎
 石井光次郎
 足立正
 朝海浩一郎
アメリカ合衆国のために
 クリスチャン・A・ハーター
 ダグラス・マックアーサー二世
 J・グレイアム・パースンズ
上記を見ると,旧条約第一条の内乱条項がなくなり米軍が国内で勝手に軍事力行使出来ない・・当たり前の条約になっています。
代わりに第5条で日本施政権下の米軍に対する攻撃に対する共同防衛義務が明記されましたが,これは米軍日本防衛にあたることになった以上,日本防衛のために出動した多米軍と共同軍事行動するのは当然のことであって仮に明記されなくとも米軍と一体化して戦うベキは解釈上でも出て来ることです。
友人に引っ越しや大掃除をの手伝いを頼めば,頼んだ本人がテレビを見て遊んでいる訳には行きません・・喩えば、日本上陸作戦をしている侵略軍と戦ってくれているアメリカ軍に弾薬や食糧を届けたり見張り報告程度の協力をするのは当たり前のことです。
何故これが60年安保で大問題になったのか意味不明です。
以下に紹介するとおり,60年安保のときに極東の範囲を問題にしてソ連が,「歯舞色丹を返すのをやめた」と通告して来たこともありますが,旧条約で元々書いてあった上に,60年安保でも米軍の防衛義務は日本施政権範囲内だけですから,日本の施政権外での協同防衛義務はありませんから、何も変わっていないのです。
新安保条約でもソ連が日本の政権下の地域へ侵略しない限り共同軍事行動がないのですから,この条項をソ連敵視とソ連が怒るのは(ソ連を刺激すると反対する国内運動家も),日本侵略意図があると言う意思表示だったのでしょうか?
一方で極東の範囲が不明だと言うのも大きな反対理由になっていたようですが,この条文は元々旧条約に入っていたのですから,新安保で変わったことではないのに、何故国内で大反対理由になるのか?も不思議です(無期限条約でしたから,改訂しない限り旧条約のママです)し、ましてソ連が日ソ共同宣言を何故破棄出来る理由にするのか不明です。
日ソ不可侵条約破棄→満州から日本人大量に拉致したのと同様に、国際合意を守る気持ちが元々もない・・・相手が(国内デモストライキ等で)弱れば,何をしても言っても,しても良い・・力関係次第と言う信用出来ない体質が再び出ただけのことです。
こんな国相手に先行協力すると,(中国も韓国も日本の世話になるだけ世話になって今になると如何に日本をやっつけるかに智恵を絞るクニですが・・)取るものだけ取ってから「破棄する」と言うドンデン返しがいつあるか知れません。

近代法理の変容8(社会防衛と人権擁護2)

浅野内匠頭の殿中での刃傷行為が仮に乱心した結果とされていても、それは故意にルール破った=幕府の掟破りをしたのではない・・その結果、お家取りつぶしを免れる可能性があると言うだけで、個人責任を全く取らないことまでは予定されていません。
この点は私の推測ですので、タマタマ自宅にある牧英正・藤原明久編著「日本法制史」227pを見てみると、公事方御定書では乱心の場合も殺人は死刑が原則ですが、被害者の宥免願いが考慮され(今でいう示談解決)、また連座・縁坐責任が免除されると書いてあります。
浅野内匠頭でいえば、犯人である彼自身が処刑(切腹を命じ)されても連座・縁坐・・累が及ばない可能性があったと言うことです。
意思能力のないものは責任能力がないから犯罪不成立と言う観念的なルール・・西欧で半可通的に発達した近代刑法の「理念」に従うと行為者も誰も責任を取らなくて良いことになって不都合ですから、我が国の江戸時代に成立していた刑事法制の方が合理的でした。
明治以降西欧の近代?法原理を導入した結果、俗にいう気違い・狂人・意思能力のない場合、すべて無罪放免→誰も責任を取らないで放置して来たのですが、これでは社会の安全が保てません。
政治責任者は相手・原因者が、悪意でやったか・気違いだったかは別として兎も角、(意思に関係のない天災であれ何であれ、)一定の被害から社会を守る必要があります。
為政者にとって、意思に基づくか天災によるかに関わらず結果としての国民の安全確保が最重要課題です。
マスコミ・文化人は、西洋伝来の意思主義にこだわるから、天災が起きてもこれに今後どのように対応するかの議論よりは、何でも人災に結びつけ・責任者探しに走りたがります。
個人責任主義の思想に毒されているので、何でも誰か個人の責任にしないと前に進まないと思っているのです。
日本政府・民族の分裂弱体化を狙うアメリカの置き土産に合致し、その後を狙う中韓両国の思惑に合致するからでしょう。
近代法の仕組みも同じで、何かあると無理に意思責任主義にこじつけるために雇用主や上司の監督責任にしていますが、(未成年者の起こした不法行為事件について親の責任を問うために、判例も親の監督責任を(擬制)認定していますが、実はその基準は恣意的です・・夜遊びを知らなかったと言っては親の監督責任を問い、知っていて何度も注意しても聞かないので困っていたと言うと、知っていながら注意するばかりでそれ以上何もしないで放置していた責任を問うなど、不良息子が外で何かした場合、親が結果的になんやかやと責任を問われる印象です。
責任感のある親の方が、こんな息子では知らない都会に追い出すと(そこで何をしても離れたところにいる親には責任がなく)やって行けなくなって世間に迷惑をかけるのではないかと心配して手元に置くと、却って監督責任を問われてしまうしくみです。
秋葉原事件で言えばもしも親と同居していれば、親は大変な社会非難を受けたでしょう・・どちらが良いか分りませんが、この大きな違いは個人の意思責任に還元して監督責任と言うフィクションを用いているところによると思われます。
こんな無茶苦茶なこじつけ裁判結果・・兎も角親に責任を問う結果になっても親が不服を言わないのは、監督責任と言う意思主義以前に「子供の行為は、親が責任を取るべき」と言う国民精神・・意思責任ではないと言う暗黙の合意があるからです。
交通事故があると、運転手のハンドル操作のミスや子供の飛び出しに気づくのが遅かったことに会社・経営者がどう言う監督責任があるか意味不明です・・。
裁判では、充分な教育が足りなかったと言うフィクションや、・・飲酒運転事件では、運転開始時のチェック体制が緩かったとか・・何でも責任を負わせる理由は付けられます。
このように何でも個人意思に責任を求める考え方や論理が、素朴な国民感情に合致していない・・あちこちで無理が来ています。
西洋近代の誤った個人の意思責任論にこだわる結果、交通事故が起きたり子供がいじめっ子になったりすると会社や親の監督責任と言う図式を作り上げてフィクション化しているのですが、国民はこのフィクション自体を納得して受入れているのではなく、古来からの団体責任思想を受入れているので、その基準をはみ出していない限り不満を言わない・・別の日本の法理で納得していることになります。

証拠法則と科学技術5(自白重視5)

実際には、人は弱い者で、いろんな状況下で刑事に迎合してやってもいないことを言えば、刑が軽くなるかと思ったりして妥協してしまう傾向があります。
平成26年12月6日の日経朝刊第一面の春秋欄には、この機微を書いています。
曰く、江戸時代、辣腕の吟味与力がある日、自分の下男に言いがかりで罪をなすり付けて試してみたところ、下男は最初否認していたがその内に罪を認めてしまったのにショックを受けて、辞職し隠居したと言う話が書かれています。
(国立公文書館で開催中の「罪と罰展」で「知った」と書いていますが、何を読んだのか出典を書いていないので、どう言う公式記録にあったのか、誰かのフィクション・・解説だったのか明らかではありません。)
良く知られているところでは、痴漢疑いで逮捕されたサラリーマンが半年近く拘束されて裁判で争っていると会社に知られてクビになってしまうことから、認めれば罰金程度ですぐに出られると言われると刑事に迎合して認めてしまうリスクがあります。
多くのえん罪事件は「素直に認めれば大した結果にならないから・・」と言う刑事の誘導に負けてしまい、やってもいない自白(刑事の描くストーリーにあわせて述べる・・自白をしてしまうことが圧倒的に多いのです。
補強証拠さえあれば良いと言う近代法の証拠法則では、この種のえん罪を防げません。
歴史と同様に事実はいろんな矛盾証拠(事実)その他で成り立っていますから、論者に都合の良い事実だけ拾い出せば一応一貫した筋立てにあう証拠もそろっています。
刑事の想定するスジ建てにあう事実・証拠だけ開示し提出すれば、矛盾はなくなりますし、裁判所は「自白が一貫していて補強証拠とも合うし自白が信用出来るとなってしまいます。
問題は大阪地検の証拠改ざん事件は、矛盾・両立しない証拠があったことから、検事がデータを改ざんしたい誘惑に駆られた結果の事件です。
パソコンなどを駆使した事件の場合、自分の作った物ですから、ここにこう言う記録をしてあった筈などと覚えています・・これが検事による改ざんがバレる原因となり、検事の命取りになりました。
従来型型実務では、矛盾証拠が滅多にある訳がありません。
満員電車内での痴漢事件のように、被害者の背後にいた5〜6人が全員痴漢する可能性があって、誰もが矛盾証拠を出せない場合が殆どです。
ところが残り全員がその場を離れていて最早特定出来ない状態で、タマタマ一人だけ標的にされてアリバイや絶対出来なかった位置関係など矛盾証拠を出せと言われても偶然背が高過ぎたり・・右手不自由だったりなどの特殊事情がない限り・・中肉中背の平均的な人の場合、反論しようがないのが普通です。
こう言う場合、裁判所は補強証拠がないと言うのではなく、(被害者が「この人に違いない」と断言する程度で?)被害者があえて噓を言う必要性がないなどと言う変な論理で有罪と認めてしまうのですから怖いものです。
こう言う運用が「やっていなくとも早く認めて罰金にして貰おう」とする自白者が輩出する土壌です。
話を戻しますと、数年前に発生した大阪地検特捜部の記録改ざん事件以来、捜査手続改革に関して流行になっている取り調べ可視化問題は、証拠としての自白の重要性を前提に自白取得過程を録音録画しよう(「しゃべらないといつまでも出られないようにしてやるからな!」とかの脅しや拷問がなかった証拠のために)と言うだけです。
全面可視化は望ましい事は確かですが、何人もの刑事が交代で調べた延べ何百時間に及ぶ取り調べ過程全般を仮に録画しているとした場合、その同じ時間弁護士は録画をチェックしなければならない、1回見るだけでも取り調べに要したのと同じ時間かかります。
ビデオ録画は書物のように斜め読みのように早送りしていたのでは、ビデオが警察に都合良く編集しているのかどうかを見破ることは出来ません。
まして気になるところを巻き戻して(他の供述や帳簿等と付き合わせてみるには)何回も見直したりすれば、取り調べ時間の何倍も時間を取られます。
録画を見たり聞いたするのが、弁護業務の全てではなく、その他膨大な資料の読み込み証拠のチェックや面会に行っての打ち合わせ時間などを考えれば、天文学的時間を要することになります。

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