円高適応力3

パナソニックやシャープ・・家電業界を比喩的に言えば、白物家電など不採算事業の撤退で仮に1万人のリストラがあっても同一企業内で高度産業部門にシフトして1000人雇用が出来て(高度化の結果)一人当たり10倍の稼ぎがあれば、残り9000人を社内で清掃や見学者案内その他で遊ばしておいてもやって行けます。
これを社外に出せば9000人の失業発生になりますが、9000人政府が雇えるほどの納税をして所得再分配資金にすれば、その税で介護や医療従事者の拡大・フィットネスクラブサービス業その他新たなビジネスになります。
鉱工業生産部門から第三次産業へシフトするには、鉱工業分野の稼ぎで養えるだけの収益がなければなりません。
鉱工業あるいは農業等の人口比率の高い社会とは、言い換えれば生産に従事しない余剰人口を多く養えない社会ですから、第一次第二次産業の余剰収益性の低い社会・・生産性の低い社会の別名と言えます。
円高で国内企業の減った分だけ勝ち組が大儲けしてくれれば、その資金で(所得再分配)街を掃除したり子どもを預かったり病人の世話・高齢者介護・芸術活動する人、美術館で働く人などへの支出が増えて、いろんな非生産分野で働く余力が出るので、生活水準が上がります。
円高が続いてもトータルとして貿易収支が黒字であり続けている場合、衰退した産業分野に変わる高収益産業・分野が出て来ていることを意味しているのですから、国のあり方として問題がないばかりか、めでたいことです。
円高=高賃金でもなお国際貿易競争に勝っていて貿易黒字を維持出来ている以上は、日本経済は適応出来ていることになりますから、この段階で不適応の結果生じる失業者は介護などへ職業訓練などで移行させて行く・・サービス分野を増やして国民の生活水準を上げる方向へ誘導すべきであって、何重苦などと言って騒いでいるのは間違いです。
スポーツでも勉強・研究でも順次ランクの高いチームに移籍して行っても、そこでもレギュラー・・一定の上位集団に入れる限度で、より高レベルのチームへ移籍して行く方が本人の修行のためにいい結果になります。
円高によって10の事業が海外に出て行きその結果50万人の職場が失われても、残った優良企業の円高対応力が上がって50万人分の失業者を養うほどの利益を得ているならば国家経済としては収支トントンです。
(円高になっても経常収支が黒字ということはこういうことでしょう)
円高でも儲かってる企業からの税の投入や彼らの消費によって、所得再分配方法として失業保険を払う代わりに介護職員や美術館やサービス業等の職員を50万人増やせば失業者はゼロになります。
円安政策は、円高に見合った多くの介護従事者その他を養うに足りるほど高額な稼ぎの出来る高度企業・分野が育っていないにも拘らず、能力以上に円高になったとき・・即ちその結果貿易赤字に転落するときにこそ必要です。
ここ数年の超円高では、対応能力する暇がないほど急激過ぎたとすれば、(誰が判定するかと言えば貿易赤字になるかどうかを基準にするしかないでしょうが・・)高度化対応に一息つくまでの時間稼ぎとしてはさし当たりの円安政策は意味があるでしょう。
近代産業で負け続けて貿易赤字になるのを待ってから・・自然に円安になるのを待っていると恒常的な貿易赤字になってからになりますので、その時点=円高適応に失敗して産業がメタメタに負けてしまってから漸く円安になっても最早、再起不能になってしまいかねません。
我が国は所得収支の黒字が大きいので、貿易赤字になってからでも何年間も経常収支赤字にならない(・・一見貯蓄があると良いようですが、資源国同様に却って問題が大きくなります)このために円高是正措置が遅れるリスクが大きくなります。

円高適応力2

円安の効果は何でしょうか?
円安は労せずして(個別の賃金引き下げは大変ですが、全体の水準低下は簡単です・・大掛かりな賃下げ政策です)海外との低賃金競争に下駄を履かせて貰える効果があります。
日本と中国の人件費あるいは地代等が2倍の格差があるときに、仮に円が半値になれば座したままで、コスト競争力が対等になってしまう魔術です。
今はまだ約10倍の格差ですが、これが円安によって仮に7〜8倍程度の差になると技術力の差で十分な競争力があることになって行くという論法です。
韓国製品との競合で言えば、日本製が2〜3割高い程度の競争なら負けないときに2倍も高くなったので、最近の日本の電気業界が大変なことになっていたのです。
アベノミクスがあろうとなかろうと昨日まで書いたとおり原発事故による資源輸入の増加によって貿易赤字定着傾向になっていたので、円の地合が安くなる傾向のときでした。
原発事故→資源輸入の拡大→貿易赤字→円安→日本企業救済に一時的・・早めに役立つことになったと言えます。
ただし、レベルが高過ぎる学校に入ると努力してもどうにもならず精神を病んでしまうことがあるように、円が高すぎると企業努力の限界を越えて海外脱出になりますが、逆に現状で余裕の学校に行けば楽に良い成績を取れる代わりに将来への発展性がありません。
ほどほどの円高が国の発展を保障するのであって、円が安過ぎても企業努力が弛んで衰退の道を歩むことになります。
資源国は、マトモに働かなくともそれで食えるので多くの国民が遊んでしまう・・失業者が増えるリスクがあることをJanuary 20, 2013「中間層の重要性4(テロ・暴動の基盤1)」以下で連載したばかりですが、この逆張りで国難とも言える原発事故によって資源輸入が増大した結果、何十年も続いた黒字国の日本も貿易赤字国に転落してしまいました。
原発事故鬼よる貿易赤字を防ぐには今まで以上に働かなくてはならない・・放っておけば貿易赤字が続くことになるので、その分円安になり、結果的に国際的に見て労賃が下がって国際競争力がついて、国内産業が息を吹き返す・・国内の仕事が増えるという有り難い結果になります。
円安とは、国際的に見れば日本人の労賃を安売りすることになる点は同じですから、どうせ一定数の職場あるいは一定の所得があるならば、高賃金の方が良いに決まっています。
個々人で言えば少しでも自分の給与が高い方が良いでしょうが、高望みすると就職出来ないから困っているのです。
高度技術者1人で10人分稼いで、その代わり高度化についてけない9人は(失業ではなく)従来の家内労働・・介護やサービス業で生きて行く方が、その社会の生活水準がより高度になります。
低賃金で夫婦で夜遅くまであるいは土日は別の職場で働いていて、家に草花を植えたりするヒマもなく家事・育児をマトモに出来ないような家庭よりは、夫婦どちらかが高給取りで他方が家事を充分に切り盛りしている方が(あるいは夫婦とも半日だけ働いて充分な生活を出来る方が)生活水準が豊かになります。
同じ国内所得水準ならば鉱工業従事者数の比率を下げて家事(男女に限らず家庭内の仕事・子どもと一緒にいる時間その他)医療やサ−ビス業の比率が高い方が、国民が豊かなサービスを享受出来るのでより良い生活を楽しめます。
ですから円高でついて行けない産業が生じること自体が悪ではなく、これまで稼いでいたのに、円高に適応出来ずに衰退した産業の代わりに稼げる産業が生まれるかどうかにかかっています。
円高の結果貿易黒字から赤字に転落するとすれば、その時点で円高は日本経済の適応能力を越えている(実力以上の高評価を受けて却って損をする関係)ことになり、日本にとってマイナス要因となります。

円高適応力1

21日までのコラムは1昨年秋ころから書いていたものを基調に若干日付などを修正して掲載したものですが、この間に昨年末に総選挙があって、現在は安倍自民党政権になっていることから、所謂アベノミクスが世上大流行語になっています。
これまでのテーマとの関連で、アベノミクス・金融・財政政策ひいては為替相場に関して現在どうなっているかなろうとしているかを書いて行きます。
アベのミクスの内、円安誘導目標は安倍氏が自民党党首になったころから早くも円安効果が出始めたとして世上囃し立てていますが、その功罪をどう見るべきでしょうか?
これまで書いているように低金利政策だけでは、資金が海外に出て行く(海外投資が進む)・・ひいては国内産業空洞化が進む一方になります。
前回まで書いて来たように海外進出ブームでも国内に居残ってなお勝ち進んでいるトヨタやコマツ等の会社がありますが、そうした会社でも海外工場比率が上がる一方ですし、(国内生産を減らさないで頑張るのがやっとで)しかも国内に踏みとどまる企業は少数派になりつつあります。
大方の企業はこれ以上円高が進むと海外に逃げるしかないという立場ですから・・国内職場が減って海外から利益送金してくる所得で所得再分配をする社会(円高定着で)になった場合を想定してみましょう。
海外進出→国内空洞化が進んで輸出が減っても、その代わり海外からの利益送金が増えて経常収支としては同じになる場合があります。
この場合労働需給側面で見れば職場が減るので、職場が減った分と同じだけ少子化が進んで労働力減小が進んでいない限り、国内失業者が増えるので国内的には不健全な状態になります。
アラブ等で頻発している最近の政権転覆の事例で書いたように、資源国等で革命騒乱が起き易いのは国民の労働に頼る比率が低く、少数労働者の働きだけで巨額収入が得られる産業構造に問題があることをJanuary 20, 2013「中間層の重要性4(テロ・暴動の基盤1)」以下で連載したばかりです。
日本社会が安定しているのは末端まで仕事が行き渡っていて精神が健全に維持されているからですが、少数の高度技術者や国内にとどまっても輸出出来る少数特殊勝ち組企業の高収入と海外進出による海外からの配当収入に国民総所得が頼るようになると、国際収支が黒字でも資源国では所得の割合に職場が少ないのと同様に国内で働いている人が減ります。
失業者が溢れるのでは、大変なこととなります。
この受け皿として失業させて失業保険を長期間払うよりは、税を使ってでも公共工事あるいは介護関連職種への移行が期待されています。
失業対策と言うか所得再分配と言うかの違いです。
すなわち、お父さんの稼ぎが良いときには専業主婦が多くなり易いですが彼女らが失業給付を受けているのではありませんが、家庭生活水準が上がります。
トヨタやコマツ等の特定企業の稼ぎや海外からの送金で日本経済が成り立つ時代には、高収入の分配が家庭内だけではなく社会的に行われないと失業者だらけになります。
特定者に偏る収入を社会的再分配システムにしたのが介護などの社会化と言えるでしょう。
介護関連事業へのシフトが失業の代わりという位置づけですと、海外からの送金や高度化成功者や高収入者の税に頼る分だけ、所得再分配・失業救済事業的要素があって賃金が安くなる傾向・・所得格差が広がる傾向があります。
高額所得者がいて、これをサービス分野に再分配出来れば、国民が豊かな生活が出来ることについて、この直ぐ後に書いて行きます。
以上の次第で円高は国民の労賃を高く評価してくれる代わりについて行けない国民は(新たな職業を税で作ってくれない限り)仕事を失うのが原則ですので、目出たいことだと喜んでばかりいられません。
学校の授業レベルをどの辺に置くのかの議論と似ていて、数人の生徒しか理解出来ないレベルに引き上げて「自分のクラスは高度な数学を教えている」と自慢していても生徒の大多数が眠ってしまうのでは困ります。
4〜5人が稼いで残り95〜6人を養ってやるよりは、9割以上の人が働いている社会の方が幸せですし、政治の方も気楽です。
国内雇用対策として国内公共工事を増やしても海外企業の受注を阻止出来ないし、資材輸入比率も上がる傾向があるので、ある程度しり抜けになりますが、それでもまだ国内企業の受注が8〜9割以上を占めているでしょうし、(資金が1〜2割海外流出しても)何よりも工事場所が国内にあるので、国内物流や現場労務者等向けの国内雇用が維持出来ます。
(資材を海外から輸入するなどもあって投資除数効果が低くなっていることは認めざるをませんが・・)
それと公共工事に使用する資材の大本である鉄鉱石や原油(ビニールパイプその他全て元はと言えば)輸入資材ばかりですから、結局は内需拡大=貿易赤字推進策→円安効果になります。
一般家庭で言えば、工務店を自分で経営していても家を直せば、家計が赤字になるのと同じです。
既にアベ政権誕生直前ころから貿易の巨額赤字発生によって、(20日の日経夕刊には2013年1月単月の貿易赤字額が何と1兆6294億円と出ていました。)赤字になればその赤字分だけ決済用に円で外貨を買わねばならないので、需給の原理によって実際に円安傾向になっていましたが、これに加えてアベ政権の金融・財政出動政策期待によって円安が加速される傾向が出ています。

為替変動と物価(金融政策の限界1)

収支均衡の国ならば、現状維持努力が成功しても円は上がらないでしょうが、日本の場合長期間約20兆円もの経常収支黒字が続いていましたので、現状維持努力が成功すれば黒字がそのまま続くことになります。
製品高度化=生産性上昇の努力により、海外よりも高賃金でも貿易黒字を維持出来る・・空洞化阻止に成功すれば、輸出競争力維持=黒字のままですから円が上がってしまうので、再びこれに対する適応努力・・成功すればこれの繰り返しですから、際限ない努力が必要です。
それでも円安の進行による(生活水準低下による)均衡よりは、生産性上昇による均衡努力の方が生活水準が上がる楽しみがありますから、頑張りきれるところまで頑張るしかないでしょう。
高度化努力を怠り貿易赤字になるのを甘受して、結果としてもたらされる円安やインフレよる実質賃金低下に安住するのは、受験で言えば一ランク下の高校や大学を受験して楽しようとするのと似ています。
安易な円安を期待しないで円高期待・・「高くなればなったでそれ以上に努力して切り上がった円相場でも更に儲けられるようにして行くしかない」と腹を決めるのが我が国の正攻法と言うべきでしょう。
円安期待とは、逆説的ですが、競争力を維持出来ないことを見越して・・競争力強化努力が失敗した場合貿易赤字になって円安になります・・を結果的に期待していることになります。
競争力維持努力が成功すれば、これまで通り・・即ち黒字維持によって更に円が上がることの繰り返しですから、この努力が続く限り日本経済はインフレにはならず、デフレ傾向が続くことになります。
貿易黒字の蓄積=円高は輸入物価の下落によってデフレ要因ですし、貿易赤字=円安はインフレ要因です・・インフレ期待も考えてみれば貿易赤字を前提とした変な議論です。
古典的な紙幣供給とインフレ理論が妥当する時代が長かったのですが、今は社会状況が変わっていて、紙幣をいくら乱発しても閉鎖された一国経済と違い海外からいくらでも安い輸入品が入るので、物価は上がりません。
金融政策と言うと難しい理論のようですが、結局は紙幣の量(紙幣も金同様に商品交換対象の商品の1つです)と商品数との需給による価格決定メカニズムの一場面に過ぎません。
例えば古典的理論では大根や牛乳その他商品の供給量が一定の場合、紙幣を2倍供給すれば大根や牛乳その他商品の値段が2倍になる理屈を利用して、金融調節によってインフレ抑制したりデフレからの脱却をして来たのです。
金利の上下や預金準備率の上下は、結果的に市場に出回っている紙幣を金融機関に吸収したり放出することによって量を間接的に調節をする政策であり、量的緩和はズバリ紙幣自体を大量供給する政策です。
しかし消費市場が成熟しグロ−バル化している現在では、これらの政策は底抜けのザルに水を注いでいるようなもので殆ど効果ありません。
大根や牛乳その他商品が消化し切れないほど供給されている日本社会では、給与が2倍になってもその前から飲みたいだけ飲んでいるので)牛乳を従来の2倍も買いたい人がいないどころか殆ど増えないので、価格は同じままで供給された紙幣は預金に回るだけです。
生産材も同様で、輸出低迷による供給過剰状態で低迷しているのですから金融緩和をしても、その資金で思い切って過剰設備を廃棄するのに使うくらいで、設備増強出来る企業は稀です。
(政府から資金を押しけられた銀行も借り手がなく、使い道が分らなくて主に国債を購入しています )

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