為替相場と物価変動2(金融政策の限界2)

有史以来日本のバブル期ころまでは何千年も供給不足社会が続いていましたので、紙幣供給あるいは融資の拡大によって、購買力さえ上げれば、それまで欲しくても買えなかった人が購入に走った(それに対する供給を簡単に増やせなかった)ので需要供給の力関係で、一割紙幣を増やせばほぼ一割物価が上がる関係でした。
こうしたもの不足社会を前提にして初めて、実物と交換すべき商品の1つである紙幣量の増減(これは政府が簡単に増減出来ますので、一対一の交換比率のときに紙幣を2倍増やせば2対1の交換比率・2割増やせば12対10の交換比率になります))で物価を調節出来ていたに過ぎません。
(今でも供給者の論理・供給に限界がある前提で社会が回っている部分が多くて、これが日本社会の停滞を招いているのです)
国内で商品が飽和状態にあるだけではなく、仮に足りなくても中国等から需要に応じていくらでも短期間で商品が供給される時代では、仮に紙幣供給が商品量より多くなっても価格に影響を与えることは殆どありません。
この状態が約20年以上も続いているのが我が国の状態です。
供給過剰・グローバル化社会では、紙幣供給量の調節(金利政策も根っこは同じです)の効果よりは、物価の上下は為替相場変動が輸入物価の上下を通じて大きな役割を果たすようになっているので、円高傾向にある限り輸入物価は下がり続ける・・デフレ化しかありません。
逆に円安に振れれば金利如何にかかわらず輸入物価を直撃して上昇し、簡単にインフレになります。
今、円安に振れ始めましたが円が1割下がれば原油等燃料がその分上がって、物価を直撃する大変なことになるのは誰でも分るでしょう。
グローバル化による効果は日本に限らず外国でも同じで、その国の金利を上げて紙幣供給を絞っても、円キャリー取引等を通じて金利の安い他所から調達した資金がいくらでも流入して来る点は物の供給と同じです。
日本はグローバル化以降奔流のように押し寄せる低価格品に圧倒されていましたが、その代わりに低金利で貨幣を大量発行して高金利国に資金を送り込んで(海外工場建設投資などもその一種です)資金輸出していたことになります。
その結果日本は円高によるデフレが進行するばかりですし、他方で中国やアメリカは日本から低金利で調達した資金が大量に流れ込んだ(日本はいくら量的緩和しても国内での需要がない)ので、インフレが進行していたのです。
ちなみに中国ではまだ白物家電その他の生活用品が先進国並みには行き渡っていないので、資金さえ供給されればまだまだ購買意欲が旺盛ですので古典的経済論通りに上昇します。
上記のとおり、現在の成熟国では物価の上下変動の基本は、紙幣供給・金利動向よりはむしろ円高になるか円安に振れるか為替相場次第になっているのです。
日銀・中央銀行の金融調節による物価調節役割は我が国ではとっくに終わっているのに、学者を始めみんなで金融による金融調節にこだわって議論したり金融政策に反応して株を上げたり下げたりしているのは馬鹿げたことです。
こんな過ぎ去った幻みたいな基準にこだわって、上記のとおり日銀は金融調節によって物価を上げ下げする能力などないのにインフレ目標など掲げてみたりして無駄な政策に頭を悩ましているし、マスコミも経常収支の黒字を求めながらデフレは困るなどと矛盾した願望で政治は降り回されているから、何も解決にならないで経済が低迷している面があります。
日本は約20年前から世界最先進国の経済になったのですから、(約20年遅れでアメリカのリーマンショック・超低金利・・追ってギリシャ危機となり日本がやって来た道を辿っていますし、昨年の原発事故もそうですが、すべての分野で世界の未経験の先頭を走っているのが日本社会です)過去に妥当した経済理論のまま遅れた経済社会であるアメリカや欧州などの意見で政治・経済政策をやってもうまく行く訳がありません。

為替変動と物価(金融政策の限界1)

収支均衡の国ならば、現状維持努力が成功しても円は上がらないでしょうが、日本の場合長期間約20兆円もの経常収支黒字が続いていましたので、現状維持努力が成功すれば黒字がそのまま続くことになります。
製品高度化=生産性上昇の努力により、海外よりも高賃金でも貿易黒字を維持出来る・・空洞化阻止に成功すれば、輸出競争力維持=黒字のままですから円が上がってしまうので、再びこれに対する適応努力・・成功すればこれの繰り返しですから、際限ない努力が必要です。
それでも円安の進行による(生活水準低下による)均衡よりは、生産性上昇による均衡努力の方が生活水準が上がる楽しみがありますから、頑張りきれるところまで頑張るしかないでしょう。
高度化努力を怠り貿易赤字になるのを甘受して、結果としてもたらされる円安やインフレよる実質賃金低下に安住するのは、受験で言えば一ランク下の高校や大学を受験して楽しようとするのと似ています。
安易な円安を期待しないで円高期待・・「高くなればなったでそれ以上に努力して切り上がった円相場でも更に儲けられるようにして行くしかない」と腹を決めるのが我が国の正攻法と言うべきでしょう。
円安期待とは、逆説的ですが、競争力を維持出来ないことを見越して・・競争力強化努力が失敗した場合貿易赤字になって円安になります・・を結果的に期待していることになります。
競争力維持努力が成功すれば、これまで通り・・即ち黒字維持によって更に円が上がることの繰り返しですから、この努力が続く限り日本経済はインフレにはならず、デフレ傾向が続くことになります。
貿易黒字の蓄積=円高は輸入物価の下落によってデフレ要因ですし、貿易赤字=円安はインフレ要因です・・インフレ期待も考えてみれば貿易赤字を前提とした変な議論です。
古典的な紙幣供給とインフレ理論が妥当する時代が長かったのですが、今は社会状況が変わっていて、紙幣をいくら乱発しても閉鎖された一国経済と違い海外からいくらでも安い輸入品が入るので、物価は上がりません。
金融政策と言うと難しい理論のようですが、結局は紙幣の量(紙幣も金同様に商品交換対象の商品の1つです)と商品数との需給による価格決定メカニズムの一場面に過ぎません。
例えば古典的理論では大根や牛乳その他商品の供給量が一定の場合、紙幣を2倍供給すれば大根や牛乳その他商品の値段が2倍になる理屈を利用して、金融調節によってインフレ抑制したりデフレからの脱却をして来たのです。
金利の上下や預金準備率の上下は、結果的に市場に出回っている紙幣を金融機関に吸収したり放出することによって量を間接的に調節をする政策であり、量的緩和はズバリ紙幣自体を大量供給する政策です。
しかし消費市場が成熟しグロ−バル化している現在では、これらの政策は底抜けのザルに水を注いでいるようなもので殆ど効果ありません。
大根や牛乳その他商品が消化し切れないほど供給されている日本社会では、給与が2倍になってもその前から飲みたいだけ飲んでいるので)牛乳を従来の2倍も買いたい人がいないどころか殆ど増えないので、価格は同じままで供給された紙幣は預金に回るだけです。
生産材も同様で、輸出低迷による供給過剰状態で低迷しているのですから金融緩和をしても、その資金で思い切って過剰設備を廃棄するのに使うくらいで、設備増強出来る企業は稀です。
(政府から資金を押しけられた銀行も借り手がなく、使い道が分らなくて主に国債を購入しています )

為替変動と企業努力2

為替が上がれば為替の下がった国での生産を増やす・・・単純明快な企業合理的行動に走らずに民族意識に基づいてある地域での生産に飽くまでこだわるのが、我が国の企業行動です。
このためには、円が1割上がれば生産性を1割上げねばならない・・生産性を引き上げて輸出減を防いでいると、黒字が減らないので円がさらに上がっていきます。
企業努力の結果奏功して輸出減を防ぐ繰り返しでしたから、円が恒常的に上がるトレンドで来たのですが、こうした企業精神・努力の場合、絶え間ない円高=外圧が生産性向上努力を強制する状態です。
これは大変なストレスになりますが、この外圧による不断の努力を怠らなかった結果、我が国は戦後絶え間なく生産性向上が進み、生活水準が切り上がって来たのです。
日本企業の場合は、我が社意識・・幕藩体制以来・・実は一所懸命の語源通りもっと前の土に根ざした武士勃興以来と言えるでしょうが・・の郷土意識の残滓が強力です。
半端なことでは地元を捨てて簡単に外に出ようとはしませんし、海外に出るにしても国内既存工場の存続を前提とした増産分としては始めるのが普通です。
石にしがみついても・・の意識で最後の最後まで頑張る傾向があって、その分円高トレンドに負けないように生産性向上に資するメリットがあります。
オラが企業の強力な意識が、(安易に海外に逃げようとはしないで・・)際限のない熾烈なコスト削減努力が、省エネ技術や新たな製品・・コスト上有利な新部品を生み出す原動力にもなっていたのです・・。
海外株主比率・・あるいは国債保有比率・社債保有比率が上がって来るとそうはいかないでしょうから、我が国のためには外国人保有比率を上げない方がいいでしょう。
(民族意識に基づく非合理なしがみつき努力は薄まり、人件費の安いところで造れば良いに決まってるのに、何を無理して国内にしがみつくのか・・となり勝ちです)
経営者が外国人であるゴーン氏に変わっている日産では、数年前に特定車種だけですが日本国内向けの生産まで全量タイへ生産移管してしまったことは(マーチ効果と言われています)ショックとなって国民の記憶に新しいところです。
日産の外国人株主構成(ルノー1社で44、33%)も重要ですが、経営トップが外国人となっていることが、その決断を導いた大きな要因でしょう。
企業の損得だけで行動すれば前回書いた通り、為替相場の最適生産地を選んで生産量の調節をして行けば良いので、円高は企業が悲鳴を上げるべき問題ではなく、企業の生産地変更について行けない国民が悲鳴を上げるべき問題です。
アメリカの場合、例えばGMで見ても分りますが、最適地生産という合理主義ですから、(国内生産を死守するということはなく)昨年の世界販売台数のトップシェアーを奪回したと言っても、海外生産がその多くを占めていてアメリカ国内での生産が大幅に増えた訳ではなさそうです。
外国人投資家の売り越を心配するマスコミ論調が多いのですが、私は外国人比率が減ること自体は結果的に歓迎すべきことだと思っていることをJan 14, 2012「海外投資家比率(国民の利益)2」までのコラムで書きました。
外国人投資家に人気がないのは相応の原因があると考えて、反省すべき材料にはなりますので外国人が一定比率を保有しているとその傾向が理解できるメリットがありますが、一定量を超えてしまうと、その意向で運営しなければならないのでは、同胞意識で運営していきたい日本企業にとって困ったことになります。
仮に日産がマーチに限らず全生産を外国に移管したことによって生き残ったり利益を出している時代が来ても、国内雇用がゼロになって(勿論今はそこまで進んでいませんが・・分りよい極端に進んだ場合で議論すればの話です)しかも株主の大半が外国人投資家になった場合、日本人にとってめでたく、有り難いことでしょうか?

為替変動と企業努力1

2011年夏以降の超円高によって、さすがのトヨタ自動車も国内に踏みとどまれるか微妙になってきましたが、今後は世界シェアー何割を抑えられるような高々度技術を持つ分野の業種だけが、日本に生き残れるのであって、汎用品で少しくらい技術が高くっても国内で生き残るのは難しい時代です。
部品の競争力が世界一と言っても、そこの製品を使えば例えば他所よりも1割くらい安く造れる・不良率が低い・1割耐久性が高い・・その結果1割くらい高くても売れるような場合、円が1割以上高くなるとやって行けません。
ですから、高度部品で世界でトップシェアーを握っているとしても、際限のない円高耐性をもっている訳ではありません。
これに対して、たとえば味の好みに関しては好みにさえ合えば、円が上がってもウマければ1割や2割高くしても買う傾向があります。
紀文の各種製品や桃屋のつゆ、西京漬等、この種の物に関しては「ここの味」と言う特定の味覚の顧客を造れば、少しくらい高くとも(逆から言えばよほど生活に困らなければ少しくらい安くともまずい物を我慢して食べないでしょう)1割や2割上がっても関係がないでしょう。
ゲームソフト、エンターテイメント類などもこの部類に属します。
何回も紹介していますが、2007年には1ドル120円平均でしたが最近約1ヶ月間では76〜77円です。
上記のとおり、コストパフォーマンスが良くて、値段・コスト競争で勝っているだけでは、(勝てば貿易黒字→円高になる仕組みです)コスト競争力のある分以上に円が上がればおしまいですから、コスト競争での生き残りを目指すには、国内の同業他社・他業種の輸出競争力平均以上の競争力がない限り脱落して行きます。
(円相場は理論的には(資本・所得移転を除けば・・)輸入輸出全体の加重平均・結果としての貿易黒字)で決まることを1月9日のコラムで書きました。
ある時期の円高に耐えられても、その次の円高には耐えられないとその時点で脱落ですから、儲けなければ脱落するし、儲ければ円高に追われて際限のないコスト削減競争を続けるしか企業は国内生産を維持出来ない時代です。
企業の方は、全世界に平均的に工場を分散させていれば、円が2割上がって従来より生産性を2割アップしなければ日本国内製品が国際競争出来ないとすれば、2割下がって競争上有利になった国での生産を拡大し、日本国内の工場生産を廃止・縮小すれば済みます。
国民の方はホンの少ししか工場の海外展開について行けないので、殆どが失業してしまいます。
世界展開している企業にとっては為替相場の変動に対応するには、各国での生産比率の変更で足りるし・・展開不足の企業も為替の下がった国での展開を加速すれば良いのです。
為替変動による貿易収支均衡論は、世界くまなく工場網を張り巡らしている企業にとっては、相場変動に対応してそれぞれの国の生産量を調節すれば良いので、結果的に国ごとの貿易不均衡は是正されて行く仕組みです。
この場合、円高に負けないようにする生産性向上努力は不要と言うよりは、そんな努力をするといつまでたっても貿易不均衡は是正されないでしょうから、円高対応努力は為替による均衡理論では本来予定されていないことになります。
この場合、自己節制として不断の努力をしないと同業他社に負けることになるだけで、為替変動による外圧は世界企業には本来予定されていません。

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