発光ダイオード特許事件8(日本文化批判はどうなる?6)

話題が逸れましたが、後先見ずの感情論にひた走るのは気持ちがいいでしょうが、言い足りない点は後でカバーし易いですが、後先見ずに言いすぎた点の取り消し不可能です。
中村氏にとっては、感情に走りすぎた点が大きな失点(立場によっては逆評価?)
だったでしょう。
ところで
「ノーベル賞学者が、日本企業と研究する機会が失われてしまったのも事実だ。」
という意味が不明ですが、日亜化学との真の和解ない限り日本社会が受け入れない・他企業も近づけないということでしょうか?
普通の事件ならば、事件に関係ない人には知らないことですが、自分からメデイア利用したのか利用されたのか不明ですが、少なくとも自分の意思で記者発表をした以上は、全国区の話題になってしまったことは確かです。
全国向けに司法批判、日本企業・文化批判・否定的意見を大量露出した以上は、これに不快感を持つ人も増えますので全国的居場所をなくすリスクを負うべきでしょう。
大久保利通が郷土鹿児島で受け入れられていない不遇を紹介しましたが、彼は薩摩藩という狭い枠を超えて統一した民族国家確立に奔走していたのですから、郷土の不満にあまり配慮しなかったのは理解可能です。
中村教授の批判は日本社会をもっと独創的意見を持つ人が優遇される社会にしたいという前向き批判だったのでしょうが、批判されるほうは全否定されるかのような印象を受けたのでしょう。
古来から何か大きなことをなした人は、他の批判しないで自分の生き方を貫いていくのが多くの日本偉人の生き方でした。
この例外は他宗を非難した日蓮聖人だったので弾圧も受けたし、その反動で不受不施派という極端な主義主張も生まれたのでしょうか。
現在日本では共産党だけが、政治資金を受けないし他政党との共同もしない唯我独尊的政党になっています。
現在でも日本ではヒト・他国の生き方を批判しないで自分の信念に従い黙々と刻苦勉励していつか国際社会でハエある地位を得られれば良いという生き方でやってきました。
中村氏は会社の開発打ち切り方針に反してなお一途に青色発光ダイオードの開発可能性を信じて黙々と?一筋に研究を続け、企業も企業方針に反する研究を続ける中村氏の研究を禁止しないどころか研究開発資金・人材をつぎ込んでくれた結果、遂に偉業を成し遂げたもののようです。
以下に紹介する森の生き物観察と違い、産業系研究を続けるには禁止されないだけではなく積極的に巨額資金人材応援がいります。
ようするに日本精神の統合結果がこの大成果を生み出した原動力です。
米国流の短期成果を求める民族性・ちょっとでも成果が出ないと資金が潮の引くように去ってしまう社会(ファンド市場評価で資金集まる社会は逃げ足も速い)と異なり、「長期間粘れる人が粘る」のを暖かく見守る風土・・研究開発部門で言えば、一つのことに取り組んだら一生涯成果がなくとも粘り続ける根性こそが日本民族の強みではないでしょうか?
9月23日の日経新聞朝刊最終ページ(文化28p)には31歳でテレビ局技術者をやめて北海道の森に住み着いてにシマフクロウの生態観測(生息環境作りしている人の手記が出ていましたが、日本にはこういう人が各地にいますし、周囲も成果の有無にかかわらずそれを立派なことだと応援する人が必ずいるのも強みです。
別に元勤務先のテレビ局が応援してくれないと不満を言わないし、政府に対する不満も言わずと自分ができる限りのことをしているだけの生き方です。
私はここ数十年朝起きるとまずは自宅周辺掃き掃除をするのが日課ですが、公共団体や近所の人も掃除すべきだと不満を持ったこともなく、ただ掃いているだけです。
「ひと様の悪口を言うのは浅ましい」という考えで韓国による長年にわたる反日告げ口外交に直接反論しないでいたところ、ありもしない日本軍による慰安婦強制連行論が国際社会に浸透してしまったのには日本人の多くが驚いたばかりです。
中期的には声の大きい方が勝っているように見えても長期的には「正しい方が認められる」というのが日本民族の価値観です。
日本列島では異民族の侵入がなく数百年以上定住社会でしたから50〜100年程度嘘でごまかせても仕方ないというのが大方の考え方です。
だから、神ならぬ身、何もわからないので自分はこの生き方が良いと思っても周囲に強制しないし、(行基も西行も良寛さんも自分の行き方を貫くだけでしょう)周囲の人もその変わった生き方を黙って見ているだけで嫌がらせもしません。
これが八百万信仰の基礎となる寛容な民族性を形成してきた基本精神と思われます。
こうしてみると、時流に流されず10年でも20年でも根気よくやれる人材豊富なのが日本の強みであり、それで良かったと思うのは私だけはないと思います。
それにしては報酬がすくなすぎるという個人的関心は訴訟限定でよかったのではないでしょうか?
なぜ訴訟外・・場外乱闘的行為をしたのでしょうか?
しかも運動の仕方がメデイアが煽りすぎて過激だったので、却って企業大方・日本人古き価値観に受け入れられなかったのでしょうか?
中村氏は黙って訴訟だけやってればどうだったのでしょうか?
訴訟で勝った内容が公表され、それがじわじわと社会を動かしていく・インパクトは少ないかもしれませんが、社会変悪に対する影響度はメデイアで騒がなとも結果は同じだったように見えるのですが・・.。
メデイアを通じて大騒ぎしたので日本社会に与えたインパクトが大きかった→「捨て石に徹する」気持ちでやったのであれば成功だったのかな・・・。
大方の受容態度は「そこまで言わなくとも良かったのに・・」と言う評価・言い過ぎた責任を取るしかないのでないか?
というのが、コンセンサスではないでしょうか?
江戸時代に直訴や一揆など起こした場合、主張は正しいとして幕府に採用されても、直訴などのルール違反の咎(御政道に楯突いた秩序違反)で処罰される伝統的価値観が現在社会に残っているからでしょうか?
佐倉義民伝や荘内藩転封に関して領民が反対運動を起こしたカゴ訴に対しては江戸町奉行の調べで水野忠邦の不正が背景と断定され、籠訴を企画した佐藤某氏の事件を9月6日に書き初めていましたが途中横道に逸れています。
民主政治社会では「お上に楯突く」のではなく国民こそが主人ですが、個々人が主人ではなく、国民総意が尊重されるのであって個々人の意見がストレートに尊重されることではないということでしょうか?
公務員は国民の公僕である・あるいは消費者は王様という言葉を自分が王様になったかのように誤解する人もいますが、こういう人はクレーマーになりやすいのでしょう。
消費動向に商人は従うしかないのですが、個々の消費者が消費動向を表しているとは限りません。
民意も同様で一人の意見が国民総意を代表することもあればその逆もあります。
そこで集団徒党を組めば目立って「自分一人ではないぞ!と威勢を示せるので集団行動が行われるのですが、命がけの一揆を起こすには、已むに已まれぬ民意が凝縮されていると見るのが普通です。
しかし「俺は王様だ」としょっちゅう威張り散らすようになると物分かりの悪い子供がしょっちゅう駄々を捏ねているのと何が違う?となります。
現在のデモ活動は参加したことで処罰や不利な処遇をされるリスク皆無でしかも特定集団内では「俺は昨日も言ってきたぞ!と自慢できる材料になっています。
いわばあるアイドルの追っかけをしている自慢と変わりません。
政治分野でもデモ参加は安全地帯にいてただ「憂さ晴らし」をいつでも行えるあんちょこな手段になっているでしょう。
現在社会は、じっくり吟味してからの消費では、量が増えないので衝動買いをさせる工夫が溢れていますが、政治主張したい組織では、政治参加の敷居を低くする工夫・如何にあんちょこにでも活動に参加させるの工夫を凝らしてきました。
私が大卒の頃には共産党系民青がの青年層への浸透作戦として、「歌って踊って民青」というフレーズが流行りました。
若者にとっては魅力的フレーズでしたので、いまでも耳に残っています。
こうい状況が続いてでデモの必死さが希釈されて「またやってる」という程度の印象になってきました。
そもそも民主的意見表明手段のない時には、デモや一揆は命がけの抵抗権的意義があったし現在でも中露など専制社会では必要なことでしょう。
赤ちゃんには表現力がないので、お腹がすけば泣いて危急を母に知らせる必要があるのと同じです。
電車など公共空間で大きくなっても駄々をコネ続けると「バカじゃないの!と思われるように、デモや大声を張り上げる行為の価値は必要性との兼ね合いです。

発光ダイオード特許事件7(日本文化批判はどうなる?5)

今の価値観では分が悪いから政治運動して新たな規則ルールに変えてもらおうと言うならば政治の場で決めるべきであって、訴訟の場はは現行ルールで勝敗を決する場です。
政治で勝つには数百マンの支持でも少数政党にすぎませんが、裁判所を取り巻くにはわずか数百人も集まれば大勢力です。
訴訟を、応援団の多い方が勝つ仕組みにしてしまうのは危険です。
国会周辺への動員も同様で、わずか1〜2万人(1億人とすれば0、01〜0、02%の勢力)でも大報道して国会議決に影響を与えようとするかのような報道姿勢が見られます。
代議制民主主義は代議員の討議の結果、多数決で決める制度であって国会周辺に集まる支持者の数で決めるものではありません。
こういう組織動員勢力を過大評価するためにメデイアは、国民大多数の集団であるかのようなすり替え報道しています。
ルールがどうあるべきかの政治問題は政治の場面で民主的に決めることであり、司法は政治問題で決まったルールに原被告どちらが適合しているかを最終決定する機関であって裁判所に集まる支持者の数で決める手続きではありまん。
9月20日日経新聞朝刊では、原発事故に関する東電経営陣の無罪判決が出ていますが、天災等の発生確率に対する判断が結果的に違った場合、(いまにも大雨が降りそうな時に雨具の用意をしないような一見明白な場合に備えを怠ったのとは違い、東北大地震は文字通りの天災です)100年一回の災害でも備えをどの程度すべきかの政治責任や経営責任を問うのは別として、司法で刑事責任まで追求するセンスを疑うの私だけでしょうか?
9月9日午前5時頃に千葉市を襲った台風15号による房総半島ほぼ全域にわたる停電〜水道供給停止〜自家発電装置の燃料切れなどの連鎖による広範な災害をみてもわかりますが、台風情報は前から出ていたし、台風の規模等事前情報がありました。
そういう強力な台風があれば倒木あること等を前提に電車等は計画的に運休して備えていたということは、東電も倒木被害による電線切断や電柱の倒壊なども予想可能であったこととになります。
そうするとこの台風→停電によって人身被害を受けた人に対する犯罪者として「刑事訴追すべき」という世論になるのでしょうか?
15号台風は日本列島全体で見れば、(昨年関空を襲った台風21号より風速が遅い)東北大震災ほど想定外の想定外台風ではありません。
民事責任あるいは補償は別として、刑事責任まで追及すべきという意見は滅多にいないのではないでしょうか?
(この辺は私の根拠なき推測ですが、論理的に言えばもしも民事上の過失責任があるならば、刑事上の過失責任も問うべきという論法では、体育その他全て萎縮してしまうからです。)
崖っぷちの危険道路や丸木橋も必要性との兼ね合いで通行禁止しない・事故が起きたらその限度で対応というのが世の中のあり様ではないでしょうか?
9月20日の日経新聞43pを見ると決まり文句の「検察官役『判決国に忖度と批判』と大きく出ています。
「国に忖度」という批判論(内容を読む気がしませんが、多分中村教授同様の定型的非論理的主観意見でしょう)メデイア界にはこういう主観的意見を持っている人が多いのでこういう具体性のない感情論を報道したくて仕方ないのでしょうか?
反政府運動的訴訟で負ければ「不当判決」などの感情論的決めつけ論が横行していま
す。
合理的批判は社会発展に必要ですが、事実適示のないまま、司法が政府を「忖度」しているとか「腐っている」という感情論を煽るだけでは合理的な批判精神も育ちません。
「何が腐っている」のか忖度の根拠等の具体論がないままでは、国に忖度というのでは、個人訴訟で裁判に負けた方が「裁判官と相手が癒着している」とひがみっぽくいうの同じレベルではないでしょうか?
検察官役と書いているので弁護士・それも腕利きの弁護士でしょうが、プロ中のプロが具体的論証なしにこう言う主観論を堂々と発表するとは驚きです。
発光ダイオード事件では、「司法が腐っている」という発言は弁護士から出たものではありませんでしたが・・。
もしかして具体的論証できる資料があってその説明をしたが、メデイアは長々と引用できないので結論だけを記事にした場合もあります。
とはいえ、「忖度」などという曖昧概念を証拠でどうやって論証できたのか、理解不能です。
「凡庸な弁護士に分かるはずがない」秘術がある点が、「やりて弁護士」という評判をとっている源泉かもしれません。
こんなことを弁護士が大手新聞の前で言うのでは、司法制度の存在を前提とする弁護士自身が司法制度を否定しているようなものです。
現行司法制度を変更したり、否定したいならば、政治の世界(その前提として、司法界の実務家意見が重視されるのでその協議会等で発言すべきもの)で運動をすべきでしょう。
市民感覚が・・(上記同日の日経社説にもこの種の表現がされています)と言う感情論で訴訟をやって来たのでしょうか?
誰が市民感覚を代弁する権利があるのか?民主国家においては代議士の集合体・国会意思ではないでしょうか?
弁護士や報道機関が何の根拠で市民感覚を代表しているつもりになれるのか不思議です。
もしかして、こういう主観論に秀でた人をメデイアで持ち上げているのかな?
市民感覚と言う感情論で刑事罰が決まるのでは恐るべき社会になります。

利害調整能力8(価値観激変時代2)

アメリカが、まだ行ける(ある程度やれる)ことは認めるとしても、最後の力を使い尽くして、衰退をはやめるかは後世歴史家が判断することです。
長期籠城して食うや食わずになってから落城するより、体力のあるうちに出撃して攻撃軍に一矢報いるのに似ています。
ドイツの挑戦を受けて当初懐柔策で対応したチェンバレンが、際限ない譲歩に追い込まれ失敗だったと言われ、受けて立ったチャーチルが米国の応援で辛うじて勝者になって英雄扱いですが、結果的に世界覇者の地位を失いました。
終わって見れば挑戦者であり、敗者になった筈の日独が昭和40年頃から約50年間も世界経済のトップグループになり、英仏は2番手グループに下がり現在に至ります。
EU内でドイツの発言力は、英仏の及ぶところではありません。
チャーチルの決断・・何千マンという戦争被害者を出した先の大戦はなんだったのか?(植民地支配→人種差別が終わったのは日本の功績ですが・・)短期的には大被害を世界にばらまいただけに見えます。
地力変化の動きを腕力に任せて通商交渉その他で強引に制約を課しても、(日米繊維〜家電〜半導体交渉など)恫喝等では阻止できないということでしょう。
ただし、ドイツは日本と違いむき出しの武力挑戦を挑み続けた(・中国による南シナ海での公海埋め立てと同じく)ので放置できなかったでしょうが、日本の場合今もそうですが、米英に対して剝き出しの武力での抵抗を挑んでいたわけではありません。
武力挑戦をしていない日本も一緒にやっつけようとしたのは(日本が国際連で人種差別を問題視したことに対する意趣返し)剥き出しの人種差別意識があったからでしょう。
その不純さが却って日本による植民地解放戦争につながってしまったのは皮肉な結果でした。
親子あるいは企業統治で、高齢社長がまだ行けると反抗する息子や次世代リーダーを解任する力を見せつけることができても、だからどうなるの?ということがあります。
大塚家具騒動では、反抗期の娘の方が内部闘争で勝ったものの、経営不振の極みです。
世代高交代は一家や企業あるいは国際的覇権維持でもどうすれば良いか難しいものです。
実力関係の変化に合わせて、徐々に地位を下げて行くのが賢いやり方ではないでしょうか?
足利政治に戻しますと、初めっから独自武力のない政権でしたので、強権決済不可能・その場限りで揉め事の「とりなし」ばかりやってきた足利政治の特徴は、ウイキペデイアによる以下の御所巻き事例紹介でもあきらかです。
後白河が清盛の兵士動員にしょっちゅう脅されていたのと同じ仕組みでした。
最後の義輝(いわゆる剣法将軍です)が御所巻きの脅迫に屈せず強気を貫いて三好三人衆に公然と将軍が斬り殺される終末を迎えます。
ウイキペデイア御所巻きの引用です。

記録によって「御所巻」とみなされる行為、あるいは記録がなくてもその前後のやり取りから「御所巻」とみなせる行為として以下のものが挙げられる。
貞和5年(1349年)に高師直らが足利直義一派の追放を求めて将軍・足利尊氏の邸宅を包囲する(観応の擾乱)。
康暦元年(1379年)に斯波義将らが細川頼之一派の追放を求めて将軍・足利義満の邸宅を包囲する(康暦の政変)。
文正元年(1466年)に細川勝元・山名宗全らが伊勢貞親一派の追放を求めて将軍・足利義政の邸宅を包囲する(文正の政変)。
応仁元年(1467年)に細川勝元・畠山政長らが畠山義就の追放を求めて将軍・足利義政の邸宅を包囲しようとしたところ、これを知った山名宗全・畠山義就らが畠山政長の追放を求めて足利義政の邸宅を包囲、更にそれを細川勝元・畠山政長・京極持清が包囲する。義政は原因である畠山政長・畠山義就のみで決着をつける(他の大名はこれ以上関与しない)条件で両陣営を取り成し、御霊合戦に発展する(応仁の乱)。
永禄8年(1566年)に三好三人衆らが側近集団(進士晴舎らか?)の処刑を求めて将軍・足利義輝の邸宅を包囲するが拒絶されて将軍殺害に至る(永禄の変)。

断固たる決断ができなかったのは、足利本家直属の兵力がなかったことによる面が大きいので、徳川政権ではいわゆる旗本8万騎・・旗本制度を確立します。

利害調整能力7(価値観激変時代1)

いざという時に真っ先にかけつけ「先陣をやらせてください」くらいの意気込みがないと、次に自分が困った時に応援を渋られます。
このために、いざという時に「着到」順の名簿書きに真っ先に駆けつけた(もちろん騎馬何名と動員戦力の書き込みも重要です)実績が重視されて皆一刻も早く旗幟鮮明にする努力を怠らなかったのです。
このように日頃恩義を感じている関係の場合には、武士団も無償奉仕を厭わないでしょうが、何の義理もない天下り着任したばかりの守護からの動員命令では、(前任守護には義理を受けている地元豪族がいても新任の守護になんの恩義も受けていない)無償奉仕の負担感は大きかったはずです。
恩賞にこだわるというと金に汚いようですが、日頃義理のない関係で物事を頼むには行動にはコストががかかるということです。
北条氏が各地守護に名を連ねても、私兵として本当に利用できる軍勢はすぐに増えるわけではありません。
吉良で言えば、足利家先祖伝来の領地ですから、北条家の誰かが仮に三河国の守護になっても吉良一党が従うかどうかは足利本家からの下知優先だったでしょうから、鎌倉幕府または三河守護が三河国で何かしようとする場合には、まずは幕府内で足利本家に「ご協力お願い」の根回しが必要になっていたでしょう。
鎌倉末期における足利家の強みは、つる草のように各地に一族の根を下ろしこれが、各地に土着して強力な血族集団を形成していたことでしょう。
全国展開・・軍の移動には、各地宿営を重ね進に連れていく先のより正確な情報・兵糧等の補給が必要ですが、2〜3日歩けば身内の村落があると安心です。
義朝が平治の乱で負けて東国の地盤に落ち延びていく途中、長田庄司に謀殺されますが、このように気心の知れた一族を頼りながら移動していくものです。
強固な信頼関係で結ばれた家人が、主君を裏切るとは当時としては驚天動地の出来事だったでしょう。
源氏が天下を握った後この長田の庄司の運命がどうなったのでしょうか?
蒙古襲来・防備目的で西国方面で北条一族が守護として名目地位を得たものの、私的な兵の動員力が高くなったのではなく逆に守護の地位を追われた元々の武士団や九州北部防備のために駆り出された不満をもたれたことになるでしょう。
竹崎季長のように奮戦して(もしかしてもらえるならば)近隣領地を少し広げる方が、5人でも10人でも農民を増やし一族郎党の拡大になると言えます。
足利直義は御成敗式目の思想を理想とする・正義一直線傾向があって(特定論文意見しか知らない・私は暇つぶしに読んでいるだけですから多くの論文を読んでいない・・受け売り意見です)あやふやな態度に終始した老獪な尊氏に負けてしまったように見えます。
あやふやといえば無能そうですが、価値観激変時代には硬直した価値観ではやっていけない時代であったといえます。
今の世界は19〜20世紀型価値観の再編成期ですから、柔軟対応能力が問われる時代に入ったというべきでしょう。
尊氏の政治的立場は、楠木正成討伐軍として出動しながら、京都郊外に布陣したまま動かず最後に反幕府を旗幟鮮明にしたために(・・応援にきた背後の大軍が敵方となれば前線は壊滅です)鎌倉幕府軍潰走の原因となり、観応の擾乱でも当初は高一族と行動を共にしながらも最後は直義と袂を分かつなど巧妙な動き方は、保元〜平治の乱で清盛がどちらつかずで有利な立場を築いていった点で似ています。
足利氏と新田氏は鎌倉幕府内で源氏直系高貴な血筋として同列競合関係にあったのですが、宮廷工作的能力に欠ける新田氏が長年冷や飯食い的立場に置かれてきたのと比べて官僚的立ち回りの巧妙さで鎌倉幕府内で重きをなすようになり、徐々に全国各地に飛び地的所領を獲得していき(吉良のように各地に勢力を扶植し各地の土着力となり)存在感を大きくして行ったものです。
ドチラつかずの宮廷官僚的生き残り能力は、官僚としては有効な能力ですが、トップの能力としては問題があります。
専制支配までは必要ないとしてもトップに立った以上は揉め事の採決や決断すべき時にはビシッと決める能力がトップには必要でしょう。
悪く言えば優柔不断の典型でしょうし、結果的に際限ない武力抗争を引き起こし、最後の応仁の乱で収拾不能な結果をきたして文字通り「天下が麻のごとく」乱れてしまい戦国時代に入って行き、将軍家権威が完全喪失してしまいます。
現在社会で言えば、オバマ政権の柔弱政治が中国による米国に対する「鼎の軽重を問う」動き(太平洋2分論〜一帯一路政策)につながり、現在の国際価値観混乱の元になっているのと同じです。
「まだまだ行ける、バカにするな!」と最後の力を振り絞って、強権政治に切り替えたのがトランプですが・・。オバマの柔弱政治は米国の力が弱ったことを前提に無理しない賢明な姿勢とも言えますが・・。

国外就職1(韓国7)

卒業時1割しか内定がない→大卒時に9割の学生が内定のない状態で卒業しその後の就職活動で、何処かになんとか潜り込んで就業率67%に上がったとしても・卒業後に就職できた57%のほとんどが不本意就職というべきでしょう。
格好付けにフリーランサーを名乗っていても結局は不本意(不安定)境遇になっている現実を直視すべきです。
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/article/476103

韓国就職難、若者は日本へ 2年で3割増、初の2万人超え 政権後押し補助金30億円 早期離職も多く
2018年12月28日 06時00分 11月に韓国・釜山市で開かれた日本企業の合同就職説明会。日本企業112社に対し、千人を超える韓国の若者が参加した
韓国では就職難が深刻化しており、韓国政府は国を挙げて海外就労を支援。人材不足や訪日外国人の増加など日本側の事情もあり、日本で就労ビザを得て働く韓国人は2017年に初めて2万人を超え、15年から2年間で3割増えた。
韓国の昨年の失業率は3・7%。20~24歳が10・9%、25~29歳が9・5%と若年層で際立って厳しい。対照的に日本の10月の有効求人倍率(季節調整値)は1・62倍と高水準で推移。11月に韓国・釜山市であった日本企業の合同就職説明会には、千人を超える韓国人の若者が参加した。
松清社長が問題視するのは、韓国政府が力を入れる海外就職支援事業「K-ムーブスクール」だ。韓国の大学や専門学校と提携し、語学研修費など学生1人当たり約80万円を各校に支給する制度。朴槿恵(パククネ)前政権時代に始まり、事業費は年間約30億円に上る。
同制度は提携時に学校側へ支援金の7割が支給され、残り3割は学生の就職実績などによって「成功報酬」のような形で支払われる仕組みだ。一部の学校は支援金目当てに学生の希望や資質に合わない業種でも就職を勧め、失望した学生が早々に会社を辞める構図が生まれているという。

https://www.sankei.com/premium/news/180907/prm1809070004-n1.html

韓国人の日本就職急増…2万人突破 雇用環境悪化で韓国政府も後押し、目標は「今後5年で1万人」
2018.9.7 07:00
外交面では日韓関係の改善が進まないなか、日本企業への就職を目指す韓国の若者が急増している。母国の雇用環境の悪化を背景に、韓国人留学生らの日本での就職者数は昨年、初めて計2万人を突破。韓国政府も後押しし、日本での就職者数の目標を新たに「今後5年で1万人」に設定する支援策を打ち出している。(インターン記者 門間圭祐)

上記の通り、国内では政府主導で反日運動が盛りあがっていますが、日本企業就職予備校?的利用としての日本留学が増えているようです。
以下は17年データのようですが、
http://ponko69.blog118.fc2.com/blog-entry-4992.html

法務省の統計によると、2017年末時点で、大学での専攻などを生かして日本で業務にあたる「技術・人文知識・国際業務」ビザ(査証)を取得した“ホワイトカラー”の韓国人は2万1603人。前年末(1万8936人)比で約14%増加した。
日本留学を目指す若者も増えており、日本学生支援機構によると、外国人留学生が日本の大学受験の際に利用する「日本留学試験」(6月実施)で、韓国での受験者数は3669人に上った。過去5年間で3倍に増加し、国外受験者の約6割を占める。

日本に大挙押し寄せているとニュースになっている韓国からのニワカ求職学生のほかに、2年前から日本留学をしておく事実上の就職活動が先行しているらしいですが・・・。
韓国では海外就職のために英語熱が盛ん・あるいは子どもの時から英語圏に母子転居する雁家族同様の発想でしょう。
マネーロンダリングならぬ学歴ロンダリングでしょうか?
ついでに比較のために日本大卒就職率を見ておきましょう。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30672610Y8A510C1MM0000/

大卒就職率98.0% 18年春、3年連続で最高  2018/5/18 8:56

19年春の統計はまだ出ないでしょうが、ほぼ(ミスマッチによる就職拒否などを除けば)100%と見るのが普通です。
韓国では10人に一人しか(しかも卒業までかかる教育費が半端ではありません)学歴に応じた就職ができないのでは、若者の不満は半端でない・・腐るでしょうし、借金地獄に苦しみながらようやく進学させた親も困ります。
移民熱に合わせて国民こぞって英語教育に熱心・・金をかけて育てて、成人すると外国移住するのでは亡国の兆し・始まりに見えます。
日本の地方経済疲弊の原因・・・せっせと時間をかけて育てた次世代が、学業であれスポーツであれ優秀な順に東京に行ってしまう・・地元に人材が残らない構図を15年ほど前に書いたことがありますが、これが国単位で行われているようです。
韓国では、国外脱出熱がフィーバー状態で、幼児期からの英語教育が盛んです。
日本人学生ではおよびもつかないほど多くの学生が高得点を得ていると言う報道もしょっちゅうですが、移民熱に裏打ちされているのでしょうか。

英語先進国「韓国」と英語後進国「日本」という結果を招いた3つの違い

2015/11/04
英語先進国「韓国」と英語後進国「日本」という結果を招いた3つの違い
TOEICテストを作成しているETSの報告書によると、2013年のTOEICの平均スコアは、「韓国632点」に対して「日本512点」と100点以上の大差をつけられています。
1.英語がなければ生き残れない状況の「韓国」
韓国の大学生における財閥企業への入社願望は非常に高いものがあります。当然、企業側も志願者には高い英語力を求めます。あるデータによれば、韓国の約8割の企業が、就職時の志願者に一定水準の英語能力を求めるということです。まさに、韓国人にとっての英語は、なければ生き残ることができないものなのです。
2.インプット能力を重視した「日本」、アウトプット能力も重視した「韓国」
3.受験競争が過熱する「韓国」社会
最終的な目標となる大学受験を目指して小学生の頃から自由時間を犠牲にして、夜遅くまで塾に通うのは当然とされています。
また、韓国の保護者が子供にかける教育費はOECD加盟国の中でトップだそうです。何よりも受験競争を優先する意識は国民に浸透しており、入試会場に遅刻しそうな生徒は警察が白バイで送ってくれます。離島に住む生徒には陸軍がヘリを使って送迎してくれることもあります。

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