国際競争力低下7と観光亡国1

国民の御機嫌取りのための内需拡大政策は、国内産業を強化して外貨を稼ぐどころか、却って資金流出加速策・・・対外借金増を繰り返していたので、その咎めが遂に出たのが、リーマンショックを単純化したストーリイです。
不景気が来れば内需拡大よりは韓国のように極端なウオン安にして行って輸出増加政策をするのが(相手にとっては失業の輸出で困りますが・・)正しいのです。
アメリカの場合、強いドルを演出しないと沽券・過去の栄光に拘ることから、連続的な貿易赤字なのに強いドルを軍事力・金融支配力で下支えして来たのですから,無理は無理ですからいつかは破綻します。
無理の咎めがリーマンショック以降の現在のドルのじり安に繋がっているのです。
ただし、世界中が質素倹約で売ることばかり考えていると世界全体の需要が減退してしまい、まさに世界大恐慌の到来ですから、黒字国は内需拡大して赤字国は内需を縮小して(歯を食いしばって)技術を磨いて輸出力を回復して行くのが正しい処方箋です。
最近話題のギリシャ危機について、ここでちょっと書いておきましょう。
ユーロ危機震源地のギリシャなどは元々赤字国(対外純債務国)ですし、観光業も既に成熟していますから、これ以上財政支出による内需振興をやっていると余計国際競争力がなく増す。
内需拡大目的ですから不要な投資が多くこの設備投資負担が重荷になって高コスト社会になって行き、ひいては企業に対する税その他の間接的な高コストに繋がって結果的に余計国際競争力がそがれて行きます。
観光業などにシフトしても同じことで道路のタイルばりなど無駄なインフラ整備でその負担が税に跳ね返ってきます。
根本的解決には内需拡大よりは輸出力回復によって外貨を稼ぐことしかないのですが、長年輸出競争で負け続けている国が短期に輸出力を回復することは不可能です。
外から稼ぐ能力がなければ、山で遭難したときと同じで、先ずは身の丈を縮めて風圧を避けるのが本則です。
ずばり言うのは気の毒ですが、外貨を稼いでいる範囲まで「節約・生活水準を落とすしかない」と言えば分りよいでしょう
ギリシャ国民よりも生活水準の低いスロバキアが、支援策に最後まで反対していたのはこうした背景があるからです。
輸出競争で負け続けているのはそれ相応の原因がある・・知的レベルが低いとか不器用とか根気がない、あるいは技術の蓄積がないなど長期的要因によるところが大きいので、長期的な計画的施策が必要で短期的対応策などあり得ません。
政府や市町村の行政府・政治家は、50年単位の長期的施策では自分の成果にならないので、直ぐに手っ取り早い観光とか、イベント開催に走りがちです。
観光立国と言っては、キャンペインにお金を使い、駐車場を整備し遊歩道や休憩所や手すりを造るなど土木工事が中心で、土木業者が潤うだけですので、公共工事中心の内需拡大は人気がなくなったので言葉を変えているだけでしょう。
観光立国とは形を変えた内需振興でしか有りません。
これをもって観光「産業」と言うか疑問が有りますが,観光業には何の教育訓練も要らず、何とか県民会議などの会議さえ開いていれば良いので安易すぎます。
20年ほど前に姫路支部の裁判に行った際に、2泊して竜野の城下町を散策しましたが、このときに童謡の里と言う公園に行ってみると綺麗に整備された食事処が出来ているのですが、そこで食事するのは私たち夫婦だけでした。
時々観光バスが来るのですが、さっと見てトイレに行ったりゴミを捨てて行くだけで誰も食事などしません。
大型バスが入れるような広い道や大規模な駐車場整備など億単位の税金で使っているのでしょうが、観光客は公の施設をただで利用して行くだけでした。
千葉県内の大多喜城へ行ったときのことを昨年あたりに書いたと思いますが、駅から少し離れた坂道にさしかかると小高い丘か山に掛けて(城は丘陵の上に有るので)歩道付きのしかも高価そうな欄干を付けた立派な道路が出来ておおきな駐車場も出来ているのですが、観光客は私たち夫婦の外はまばらで、(数人出会っただけです)お城管理や受付の人は4〜5人いたのと入り口付近にある食堂の店員がいたので、彼らの雇用には役立っているかも知れませんが、(お城の維持管理費用は博物館という別の項目で自治体から補助金が出ているのでしょう)食べているのは私達のように電車で来た夫婦くらいで、採算が取れているのか怪しい感じです。
竜野市の公園と共通して言えることは、食堂のパートのおばさん一人プラスアルファの職場を確保している程度にしては税金の使い過ぎではないかということです。

国債破綻7

国力低下に伴いじりじりと円や国債の価値が下がって行く・実力に合わせた円や国債下落は仕方がないとして、仕手筋による催促相場を超えた乱調気味になったときには一時的に市場を正常化させるための介入手段・アメリカに勝てないまでも中小国の侵略を防ぐに足る程度の防衛力維持が必要なのと同じ論理で・・ある程度の防衛力を準備しておくべきです。
これからは円高相場介入準備よりは、イザというときに国債暴落相場介入の必要性の方が、現実的・・しかも暴落すると国家経済にとって致命的なことになるので、介入・危機管理能力が問われるかも知れません。
実力=経済的基礎と全く関係のない仕手・過熱相場戦は起きないので、危機がささやかれるに足る相応の原因があってのことですし、仕手筋は日本政府は支えきれないと読んだときに行動するものですから、暴落相場に一旦突入したらどんな準備をしていても手の付けようがないかも知れません。
大暴落による急変・・経済活動麻痺を防ぐためには、実力低下が始まって来たときには、これに合わせて円下落をそのまま受け入れて行くことが肝要です。
実態を糊塗するために無理に円下落を防止せずに徐々に下落させて行けば、ダム決壊のような大暴落が起きません。
国債下落問題も経済実態に反して無理な信用維持をしているとその差を狙って突っ込みが入って却って大混乱になるので、徐々に信用が低下して行けばいつも経済実態に合致していることになります。
現在のアメリカドル下落は長年双子の赤字なのに超大国の威信によってドルが実力以上に高く維持されて来た無理が出て来ただけのことです。
経常収支が赤字転落し始めると対外的にも収入よりも支出が多い借金経済になり、一定期間経過で我が国が純債務国に転落しそうになったときに、論理的にもそのトドメになるのでしょうが、それがいつかは今のところ誰にも分りません。
アメリカの場合は、唯一の超大国だったので純債務国になってからも赤字の垂れ流しをし続けても最近まで持ちこたえていましたが、その限界が近づいたのが2008年秋のリーマンショック以降の波状的危機の始まりです。
軍事力その他で無理していた分、下落すると大きな下落になる可能性があります。
純債権国とは言っても、海外投資残高は金融資産と違い直ぐに換金出来ない性質のものですから、純債務国に転落さえしなければ良いのではなく、換金可能な外貨準備・金融資産が減って来たときから危ないのです。
逆から言えば、純債務国でも毎年黒字計上している堅調な国であれば、その紙幣の下落はありませんし売り浴びせも受けません。
経常収支が赤字になると、且つ国内金融資産残高を国債残高が超過し始める前から、ちょくちょくと投機筋の標的になり始め、その都度何とか凌いだとしてもいつかは、本格的な国債の大暴落が始まる前触れですから、破綻が近づいている可能性を否定出来ません。
ゲルマン民族の大移動も初めっから大規模だったのではなく波状的に起きたものです。
年に100兆円ぐらいづつ国債残高を増やして行くと、他方で国民の方は高齢化して来て金融資産を食いつぶして行く人が増える一方ですから、現在1400兆円の金融資産はその内1000兆円台に減少して行くでしょうから、この交差点と経常収支の赤字化の交差点が意外に同時期頃に来る可能性があります。

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