社会保険の赤字10(定義の重要性1)

公的保険赤字は、赤字になると分っている鉄道を政治力で無理に引かせておいて、国鉄に赤字を負担させていたのが間違っていたのと同じことです。
国鉄マンが経営努力しても政治介入分が赤字になるのは理の当然ですから、労働意欲が落ちます・・マスコミはこれを咎めて国鉄マンが如何に働かないか、だらしないかの大合唱でしたが、大もとの原因隠蔽に手を貸していた・・大もとは政治介入による労働意欲減退だったことは民営化した後の働きぶりによって証明されています。
※ダラ漢・無責任労働者がはびこっていたことも事実ですが、大もとが腐っているときに外部から見れば末端の無気力が可視的になるのはどこの組織でも同じです。
幹部が経営責任を持てなくなっていたので、労働組合も組織がどうなっても良いと言う価値観が浸透し、利用者無視のストライキばかりやるようになってしまったのです。
社会保険庁の無能ぶりが民主党+マスコミによって大騒ぎして暴かれ,政権交代になりましたが、赤字をどうやって解決していいか分らない(国民・・主として人権派が大判振る舞い運動しながらお金を出すのをいやがっている矛盾が、集中的に現れていた)憂さ晴らしに、職員をスケープゴートにしてどうなるものではありません。
国鉄であれ、社会保険であれ、経済原理を無視した優遇を要求する以上は例外措置によって生じたコスト・資金は、税で賄うべきですから税で賄った分=保険料で賄えない分を赤字と言っているのですが、赤字の意味が民間(社会常識)と違っています。
民間の経済に関しては赤字と言えば放置すれば倒産の危機に及ぶ大変な事態として知られていますが、民間経済用語を会計システムの違う公的機関に持ち込むのは用語のすり替えでしかありません。
この辺は財務省が財政赤字と繰り返し宣伝しているのと同類のすり替えです。
私が繰り返し書いて来たように、公共団体の場合には例えば収支トントンの団体が、ある年100億円で港湾や学校を作ると、100億円分そっくり赤字になりますが、同時に100億円の資産が増えたことを計算に入れない変則的な会計制度だからそうなっているだけです。
個人で言えば年収1000万円生活費900万円の人・・収支黒字100万円・預貯金・投資金5000万円の人が、(投資金をそのまま運用したままで)4000万借金して、4000万のマンションや大手企業の株式を買った場合,その年だけの金融収支としては、取得したマンションや株式価値などのプラス資産を問題にしないので、年収入1000万−(生活費等支出900万+4000)=3900万の赤字・・年収比3、9倍の赤字です
財政赤字とはこのようにその年度の債務負担だけ見て年収・GDP比何%になったと言うのですが、この概念に何の有用性があるか分りません。
家計であれ、企業であれ、財務の健全性を見るには、蓄積した+資産と金融資産とのバランスで見るべきですが、財務省(あるいはその意を受けたエコノミスト・マスコミは敢えてミスリードしているのか分りません)は、資産部門の増減を全く問題にしていません。
どこの誰も認めないようなこねくり回した独自概念を一般概念と同じであるかのような印象でマスコミに流布して、年収・GDP比何倍だから大変と主張し続けているが何が大変なのか、合理的に理解出来ない・・マサに虚偽説明そのものとプロの世界では評価されているので、国債市場や円相場はびくともしていません。
公的機関が独特の概念(国語?)を作ってマスコミに流布させているだけですから、比喩的に言えば、「役所では晴れた日を雨」と言うことに用語統一した場合、それは内部の隠語・符牒であって外部に一般概念同様に流布させるのは言語の混乱を招いてしまいます。
社会に流通している意味では、明日晴れと予想されるときに、気象庁が内部符牒のママ「明日雨です」と国民に発表すると雨を前提で仕入れたり行動する国民を欺く行為です。
こう言う場合直ぐに結果が出るので、「気象庁は何をしている!」と言う非難轟々でしょうが、経済や政治現象で言葉の定義を勝手に変えて発表すると国民は常識的意味で誤解してしまいますが、虚偽であることがすぐに分らないので、国民を欺き易い・・欺かれている方は長期的に大損害を被ります。
内部独特の符牒概念を一般概念のように使うのを「嘘つき」と言うのではないでしょうか?
同じ「ドル」でも香港ドルやオーストラリアドルや◯◯ドルごとに価値が違いますので、米ドルで交渉してまとまったときに香港ドルを払うつもりだったイキナリと言うのでは詐欺になります。

高齢化と社会保険の赤字9(矛盾報道の害)

新薬や高額機器に対する保険適用が増えて来た結果コストが上がり、あるいは一定額以上は無料にしたり、貧困者の負担を軽くするなどを決めれば、その分それに対応して一般の保険料を上げるべきであって、これが政治的に無理ならば・・国民が同意していないと言うことですから、シビアーに言うと国民意思に反した決定をしていることになります。
「保険料値上げはイヤだが税金で賄うなら良い」と言う意見が論理的にあり得るのかも知れませんが、負担名目が違うだけで最終的には国民負担になる点は同じです。
税なら法人税、固定資産税その他が含まれるから自分の負担率が低くて得だと言うのでしょうが、(可哀相な人を救うのはいいが自分が負担するのはイヤと言う気持ちが背景にあります)結果的に公的施設・文化振興などの整備に回る費用がその分減少するので、国民が薄く広く負担する点は同じです。
ただ、朝三暮四の故事と同じで、目の前で自分のお金が出て行かなければ良いという気持ちもあるのでしょうか?
とは言うものの高額医療に対する保険適用を認めて行きあるいは、可哀相だからと免除対象を増やして行くと、増やした分だけ保険料を上げない限り保険は赤字になるしかありません。
かと言って赤字だから明日から保険給付出来ませんとは言えないので、赤字分は踏み倒せないし、実際に踏み倒していませんので、国税で補填しているので赤字とは言うもの収支は均衡している筈です。
赤字、赤字といつも騒ぐので大変なことになっている印象ですが、経理的に収支均衡しているに決まっているので、収入源が保険掛け金だけか国税によるかの違いです。
国税からの収入分を赤字と騒いでいることになります。
保険赤字が如何にも悪いことのように言う意見は、保険は保険収入だけ賄うべきと言うに等しい論理です。
民間ならば当然条件ですが、公的保険の場合、保険料が保障額比例ではなく収入差による掛け金設計ですから、収入の基礎からして経済合理性を無視しています。
支出の方も掛け金に関係のない病種によって、負担率の差を付けるなど、その他各種優遇措置の積み重ねですから、収支計算のときだけ保険論理を持って来て均衡させろと言うのは無理があります。
赤字と言っても実際には収支均衡していて、収入が保険料だけで賄っていない=不足分=税投入と言うだけですから、不足の原因が社会福祉政策によるならば、その分に税を投入するのが何故赤字と言い、悪いことのように言うのか分りません。
公立小中学校の経営を独立採算にして、税を投入しているから赤字を何とかしなくてはならないと言っても笑い物です。
元々税で負担すべきものは税で負担するのが当たり前のことでこれを赤字とは言わないでしょう。
赤字のうち保険制度に関係ない、福祉政策分は税で見るべきですから「赤字」の中身の分析が必要でしょう。
赤字のうち,保険料をアップすべきものをしない分は保険設計者の怠慢・ミスですし、政治決定で貧者の保険料を下げたり高額医療費の自己負担を下げているならばその分は税で見るべきです。
税で見るべき保険赤字=税投入であるとすれば、これを何とかする必要があると言う意見は、税投入をなくせと言うに等しいでしょう。
何かあると可哀相だと言う報道ばかりで誰も反対出来ない状態・・やっと保険適用が認められたと言う・・如何にもこれまで適用が認められなかったのが遅れた状態であるかのような報道を繰り返していながら、他方で保険赤字を批判する矛盾したマスコミ論調は、子供のわがままを大人が言っているような姿となります。
マスコミは中立であるべきですから、相対立する主張を併記しても良いのですが、併記ではなくある場面では患者家族の苦労を報道してやっと高額医療に保険適用が認められて良かったと言う前向き記事ばかり連載しておいて、かなり経過してから、赤字論を展開する・・このときは社会保険庁の役人がだらしないと言うイメージ記事中心になっていて政治的決定による本来の赤字の原因を全く書かない・・これでは両論併記ではないでしょう。
中立→併記するならば、高額医療の自己負担減額を認めるかどうかのときに「これを認めると国民負担が年間これだけ増える」と言う紹介こそが必要でしょう。
上記のとおり保険の赤字とは殆どが国税注入の言い換えですから、保険の経済原理を離れた社会保障コスト(生活保護者の無料化や障碍者の無料化などなど・・透析コスト)は税で負担すべきであるとすれば、赤字批判=税投入批判ですから、一方で税投入するしかない免除決定に賛同しておきながら、赤字解消=税投入反対の議論自体が矛盾です。
赤字論は透析などの高額医療に保険適用を認めるかどうかの議論のときに紹介すべきです。
赤字分がよくないと言うことは税投入が良くないと言う言い換えですから、収入源のうち税投入をやめるならば、保険料の増額しかないし、これもイヤならば、支出を抑える・・高度医療の適用を否定し高額医療の負担減免措置等をやめるか縮小するのどちらかはっきりした両論併記すべきです。
今の赤字論は、・・「可哀相だ」と言いながら、自分がお金を負担することを嫌がって「赤字,赤字(税投入いや)」と言っているに過ぎません。
マスコミは国民がわがままなので仕方なしにそのとおり矛盾した報道をしていると言うのかも知れませんが、それならば、同時に矛盾記事を載せるべきです・・そうすれば国民はどちらが良いか合理的判断をすることが出来ます。
これをしないのは、マスコミが中立義務を放棄して一方(可哀相論)への肩入れをしているからではないでしょうか?
「高額医療の免除を認めるとその穴埋めがどうなる」と言う子供でも分る論理を報道しない・・見ないことにしていても支出が増える一方ですから、赤字が累積して行くのは当然です・・。
その辻褄合わせに「高齢化が原因だ」とすり替え合唱している姿になります。
マスコミが合唱していて異論が全くないときには、大方怪しいのが普通です。

高齢化と社会保険の赤字8

平均寿命アップ→高齢化には、乳幼児や青少年・中年の生存率等が上ったことを多く含んでいることと、この生存率アップのために高額医療費が使われている可能性が高いと推測されます。
高齢化と医療費増加に関係があることは事実でしょうが、因果関係が逆ではないか?
高額医療に糸目を付けずに支出していることが高齢化に結びついている可能性・・高齢化による医療費増加よりも、高額医療の増加が高齢化を促進している方が高いように思えます。
高齢者が多く医療費を使うようになったことが、保険赤字の原因のようなイメージ宣伝は、実態とあっていない疑問があります。
たまたま数日前に日経新聞論壇だったかで経済学者のこの1ヶ月間ほどに出版された書籍の寸評みたいなものを読んでいると、どの学者か忘れましたが、社会保障費増加問題については医療費高額化進行の面を検討する必要性を主張している論説があると紹介されていました。(我が意を得たりと言うところです)
こうした疑問に答える意味でも、各人別・・これに直ぐには対応出来ないならば当面死亡年齢別医療費の詳細を公表すべきです。
高額医療費に関しては、月額一定額以上を還付する制度になっていることから、3割の自己負担が事実上なくなる制度になっているので、その分を保険料アップで補充しない限り保険制度はどうにもなりません。
この穴埋め負担・・保険掛け金増額に協力出来ないと言う国民意思ならば、これは別の福祉政策の結果として別途税負担コスト計算すべきかどうかの吟味が必要です。
そのための増税にも反対と言うならば、高額医療を無償にするとか1〜2万円しか負担しない決定に国民が反対していることになります。
3割負担を根拠にして保険料率を決めているはずなのに、高額医療に関して逆に月額6万円前後を限度にしてそれ以上は天井知らずの高額医療を認めているのは、保険制度の根幹に反しているように思えます。
保険と言うのは掛け金と関連で「この限度までしか保険が利きません」と言うものであるべきですし、多くの保険はそう言う仕組みです。
交通事故の物損保険額や火災保険や盗難保険,入院給付金等々身近な例で知られているように、保障金額が500万〜1000万〜2000万円か無制限かの保障限度額によって月額保険料が違うのが原則です。
社会保険も経済原理から言えば、第1種保険では月額50万円までは保障〜第2種の場合100万円までなど多段階の保険制度・・納付保険料との関連で保障内容を決めて行くべきです。
そうすると人の命がお金の有る無しで等級的に決まるのか?と言う根底からの疑問が起きてきます。
命の値段ではなく保険のかけられる人が、自分の能力に応じて掛けられる限度の掛け金を掛ければ良いとも言えますが・・。
生命の問題は保険制度のあり方で割り切れないのも現実です。
この結果、障害児が成人すると障害年金をもらえますし、生活保護その他の社会保障として保険料免除制度などがあります。
今の保険は限度額を決めていないどころか、逆に高額医療の方が(一定額以上は無償になるので結果的に)負担率が低くなるのが不思議です・これは保険ではなく、社会保障の分野です。
民間ならば経済原理に従わない限り倒産してしまうのですが、公的制度と言うことで経済原理を歪めれば、その歪めた分掛け金による運営が赤字になるのは理の当然です。
高齢化に関わらず誰でも人生の最後がありますが、最後の療養期間が昔に比べてどのくらい延びて、そのためにどのくらい保険財政を圧迫しているかも重要です。
例えば私の最後の医療費が数百万円になっても、これまでだけでも約50年も払って来た・・今後なお10年位払うとすると、納付した保険料以上に使わないように思いますが・・。
まして高齢化が伸びると抵抗力が低くなるので最後の病気をすると手術に耐えられないから・・高額医療の世話になるヒマもなく、直ぐに終わりと言う事態の確率の方が高いでしょう。
私の母は100歳の祝いの翌年なくなりましたが、これと言った治療行為をしませんでした。

高齢化と社会保険の赤字7(透析の場合2)

昔でも貴族など生活水準の高い人は高齢者が多かったことを昨日書きましたが、平均寿命の上昇には生活水準向上が大きな役割を果たしています。
70〜80〜90歳まで生きる人が徐々に増えるようになったのは、言わば庶民生活の底上げが進んだことによります。
私の母の事例をJanuary 21, 2016「高齢化と社会保険の赤字1」で書きましたが、母が、90〜95〜100歳と齢を重ねたもののその間、これと言った病気をしていない・・高齢化してから特別な医療を受けたことがないので、庶民が100歳まで生きられたのは、社会全体の生活水準が上がったことによります。
私の母にガンが見つかったとき(100歳のお祝いの翌年)兄から連絡があってお見舞いに行ったときにも、母が退屈しのぎに籠を編んだりしていて,当然のことながら自分で歩いてトイレなど済ましていました。
何十年もの間、徐々に年をとっていることを知っていましたが、母の病気を聞いたのはこのときが初めてで,始めて病院へお見舞い行ったのです。
ガン騒ぎの前に時々訪問したときの話では、趣味の編み物材料などを高齢者向けの手押しクルマを押して買い物したりしているとのことでした。
高齢化(平均寿命アップ)とは、乳幼児や若年死亡率低下効果による効果が大きいとすれば、高齢化による医療費大幅上昇の意味には、子供や若年者に対する医療費増加が大きな比率を占めている可能性があります。
4〜50歳で心臓疾患・糖尿病等で死亡していた多くの人や、救急救命処置の進歩がこれを助けていることも平均寿命アップに寄与し,且つ透析等を考えても分るように医療費アップに大きな影響を与えています。
透析医療のデータを1月31日紹介した関連で透析利用者の1年生存率、5年生存率等の変化を見て行きます。
以下はhttp://docs.jsdt.or.jp/overview/pdf2014/p029.pdfからの引用です。

上記によると1983年からデータ化されているのでこれを一部抽出をしますと、以下のとおりです。

       1年生存率   5年生存率   10年生存率   20年生存率
1983年  0、818   0,585   0,419    0,222
1993年  0,832   0、540   0、342    0,161 
2000年  0,855   0,588   0,367    データなし
2002年  0、857   0、589   0、360
2012   0,866   0、598   データなし   
2012   0,876   データなし

文書説明によると、12年の1年生存率が87、6%と書いていますので、この単位であることが分ります。
生存率は、過去における導入者の追跡調査で出したのではなく、現在生存者・透析利用者が過去何年前から導入しているかのデータにしたように読めます。
(5年以上の生存率がでていないので・・)
2013年に調査して生存者=通院者にいつから始めているかを聞いて、あるいはカルテで判断して、1年前からだと12年の導入者の生存率が87、6%となり5年前からと答える人の数を2008年の導入者の5年生存率が何人・%と書いているように読めます。
これによると2013年に10年生存率を見るには10年前の、2002年に始めた人の数字がこれにあたることになります。
このようにしてみると、2013年調査時点で20年も続けている人が約21%もいるし、10年前からの人も36%,5年前からの人は59%など累積して行きますので、年々透析患者が増えることになります。
(生存率が上がれば上がる程現役の患者が増えますし、高齢化して行きます。)
但し、20年生存率が21%あることが分っていますが、30年生存率は統計がなくて不明としても高齢化による他病併発がありますので、25年程度で累積して行く限界が来る可能性があります。
上記データは、各年に始めた人の何%ですから、各年度合計は当然100%になりません。
(1年、5年、10年、20年の4年分合計であれば、合計400%が分母になります)
透析利用者の平均年齢は、1月31日紹介したとおり平均年齢が、67、5歳となっていますが,上記のとおり10年前から始めた人が36%も生き残っているのですから、生存率が高くなったこと=高齢化による医療費の増加と言えば言えますが、元々65〜70前後で始めた人が20年も生きているとは思えないので、中高年者の始めた医療だったことが分ります。
高齢化社会になったことで近年7〜80歳になってから透析が必要な人の参入が始まったようで利用者平均年齢が上がっていますが、その代わり平均生存率が下がる方向になって来たようです。
100歳前後の人でもガンの手術をするようになって、これを平均生存率に加えるとすれば、急激に平均生存率が下がるのと同じで、まさか80台になって透析を始めても基礎体力がないので、何年も生きられないでしょう。
高齢者透析を始めると、「始めて10〜20日であえなく最後」と言う人が結構出て来るかも知れません・・今後はコンピューター時代に合わせてもっと詳しく「何歳で始めた人の生存率」と言う統計にしないと意味がなくなって来るでしょう。

高齢化と社会保険の赤字6(負担率のオープン化)

本来保険料率決定は、直近・・例えば集計に必要な期間を加味して喩えば、(レセプトのコンピューター化が進めば期間短縮が進むでしょう)前年6月末までにかかった総医療費と翌年度費用の(伸び率や縮小率)予測を総合して翌年4月以降の会員数で割って一人当たり金額を決めて行くのが合理的です。
これによって年々増えて行く高度医療機器や薬品・手術の利用具合が翌年度保険料へ加味されて行くし、予測誤差も少なくなります。
保険である以上は、負担は平等であるべきですが、国営であるために?収入格差もある程度加味する必要がある・・受診時の自己負担率も収入によってある程度修正するなどの組み合わせが必要・・最近目立っているのは特定寮費に関して自己負担率ではなく、定額負担にしていてしかも負担額を極端に引き下げる制度が発達していることをどのように評価するかです。
クルマや火災保険、入通院保険や生命保険を見れば分るように、金持ちも貧乏人も自分の掛けた保証金額に応じた保険料を納めるのが保険の本質です。
公的保険の場合、収入の低い人は掛け金が少なくて良い・・しかも高額保証を受けるには高額負担が民間保険では原則なのに、自己負担率も低くする傾向があって、総べて保険の本質と逆になっています。
保険の本質に反する逆修正措置が次々と出来て例外が原則化してくると、もはや社会保障の分野であって、保険制度としておくのは無理があります。
全員平等負担を前提にした保険料率のままだとその分だけ赤字が拡大するのは、理の当然です。
「特定難病◯◯の自己負担を1〜2万円の限度額負担にすると、または、この高度医療機器の保険適用を認めると年間利用予定数から見てトータルで◯兆円の赤字です・・これを国民全員で負担すると、一人あたり何円の保険料金アップが必要です。」
と、データを明らかにした上で、これに同意するかどうかの民意を問うてから、負担限度額その他の優遇条件を決めるべきです。
国民に見えない密室運動の強さ・・医薬品・機器業界の圧力に合わせて国民不在で限度額を決めて行き・・民意を聞かないで勝手に決めて来たことから、赤字になっても保険料引き揚げ提案が出来ないで赤字が累積して行く・・これを高齢化の所為にして誤摩化しているように見えます。
昔から高齢者がいたことについては、01/01/03「お正月を迎えて」のコラムで、アリストテレスや孔子あるいは、家康、秀吉の例を引いて昔から70歳でころまで生きていたことを書いてきました。
最近見た例では、藤原道長を引き立てた女性群・・詮子,彰子(以下括弧書きはウイキペデイアによります・・ふじわら の しょうし/あきこ、永延2年(988年) – 承保元年10月3日(1074年10月25日)、穆子、倫子などの生年月日と死亡年月日を見ると大方80〜90歳まで生きていることが分ります。
平均寿命の上昇・・高齢化の大きな要因は、難病等で0歳から2〜3歳ころには、死亡していた乳幼児が高度医療の御陰で15〜20歳まで生きられるようになると、医療費が高額になるだけではなく国民全体の平均寿命が大幅に上がります。
高齢化とは元々高齢だった人が更に高齢になるよりも、出産直後に零歳前後で死亡していた人が助かって5〜60歳まで生きた場合の方が急激に平均寿命が高齢化します。
例えば3人子供を生み、2人が70歳で死亡しその内一人が零歳で死亡した場合、3人の平均寿命は140÷3=46、6歳ですが、零歳で死亡していた子が産院の発達などで死亡率が下がり同じく70歳まで生きると平均寿命がイキナリ70歳に上がります。
難病で3歳でなくなっていた子が20〜25歳まで生きるようになるときも似たように急激な平均寿命の上昇になります。
若年死亡率を下げることが、70歳の人が72歳まで生きるようにするのに比べて、高齢化率・平均寿命が大幅に上がる効率の良い仕組みですし、医療費増加の大きな原因です。
70歳が72〜75〜80歳へと伸びるのは、高額医療費のかかる特定難病の治療効果によるよりは、病気しないことの方が効果が大きい・・医療よりも環境衛生向上の役割が重要です。
(80〜90歳で難病にかかる人は少ないでしょうし、高額医療を受けたい人も少ないでしょう・・)
健康意識や冷暖房やウオッシュレットなどアメニテイ設備、介護能力向上・・交通機関等(エスカレーター等)の発達その他で、高齢者に優しい社会化が進んだ効果が大きいでしょう。

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