国家と国民2(租税の取り合いその他)

在外国民の徴兵制から原発政策に話題がそれましたが、国際間移動が頻繁になって諸民族が入り組んで生活する時代が来ると、在外国民の権利義務の問題は課税面では早くから発生しています。
この問題は平和時にも必要なことですから、早くから国民にとっては二重課税回避・国家間の税の取り合い問題として国際的解決の枠組み交渉進んでいますが、時代の進展に併せてしょっ中新たな議論が続いているのはご承知のとおりです。
最近の新しい現象は年金問題です。
海外勤務中の期間、その国で年金を天引きされていた勤労者が帰国した場合、日本国内の年金加入期間がその分抜けてしまう・・他方で外国で支払った年金は5〜6年程度で本国へ戻ったり、他の国へ転勤して行くようになると全額掛け捨てになるのが不都合です。
同じ企業からの海外転勤の場合は、その企業でフォローしてくれるのが普通ですが、個人で外国企業を転々した場合は制度問題になります。
国内で企業間を転職した場合の年金の移動については、(国民背番号制になるなど)大分整備が進んできました。
これを国際間でどうするかが、問題になってきています。
他方、国民の側からは、海外勤務中でも選挙権を行使したいという人が増えて来る(兵役の義務とセットなら別でしょうが・・)し,複雑化の一方です。
国家間の法人税引き下げ競争だけではなく、今やいろんな分野で国家と国民・企業のあいだで綱の引き合いが始まっているので、19世紀型民族国家の仕組み自体が揺らいでいるように思われます。
個人や企業は、税や兵役等の義務の少ない割合に待遇の良いところを選びたい気持ちになるのは消費者としての立場ではどこの店が料金の割においしいか,サービスが良いかで選ぶのと同じ基準です。
自由に居住地を選べる企業や国民の数は限定されていましたが、中小企業まで海外進出する時代ではこの比率が上昇する一方です。
国家(供給者)は少しの負担(コスト)で多くの税を取り、国民に多くの義務を負わせたいし、国民や企業はその逆ですから、国家間競争というよりは国家対個人・企業との争いになって来つつあるように思えます。
サービス競争の結果、世界中の先進国や自治体では財政赤字が進んで来たのです。
財政赤字国や自治体は国民や居住者から取る税(負担)より提供するサービスが過剰になっている国のことですし、財政黒字はその逆です。
財政赤字問題に関して「最先端社会に生きる6(中間層の重要性1)」 January 17, 2013で「学校その他の投資(壊れかけた橋を直さないなど)をしないで逆に学校や公園を売れば赤字は減りますが、その自治体首長は良い政治家でしょうか?」という意見を書いたことがあります。
兵役の義務に戻りますと、兵役の義務は国民の納税義務と並ぶ古代から続く最大の義務ですから、課税のように国際間の話し合いで解決して行ければ合理的ですし、難しい問題ですが、国際紛争解決の手段としての戦争を減らすためにも税金の取り合い以上に合理化・・進めて行くべきでしょう。
人の国境を越えた移動が今よりももっと簡易になって来ると、企業が法人税の安い国へ本社所在地を移転したくなるように国民個々人も義務負担の重い国から軽い国へ逃げ出す船籍同様に住民票だけを香港に動かすなど・・)時代が来るかも知れません。
村上ファンドの村上氏がシンガポールへ逃げ出したのは、この走りでした。
その意味では、国外脱出希望の強い中韓両国民は結果から見れば世界で最も進んだ?(周回後れの)国民かも知れません。
真偽不明ですが、村上氏は台湾から帰化した人と言う噂です。
欧州の場合も欧州の民族国家意識はナポレン戦争で生まれたに過ぎない付け焼き刃ですから、不都合になれば簡単に足下から崩して行けるのかも知れません。
日本の場合は、古代の白村江の戦い(663年・天で2年)以降ずっと強固に維持して来た同胞意識で長い歴史があり、民族・同胞意識の強固さは千年単位の差・・年季が違います。
しかも大陸からかなり離れた島国だったことから、遣唐使や鑑真和上のように時々少数者が往来する程度で人的交流は糸電話のように細々としかなかったことも、地続きの欧州諸国・アジア諸外国とは環境がまるで違います。
明治維新での開国時もエリートをちょっと招聘しただけですし、庶民まで大量に来た米軍占領時でも会話能力の関係で売春婦以外は殆ど接触しないで終わったでしょう。

限定戦争と原発政策1

相手国内に自国資産・・進出企業の資産などが多くなると相手を空爆しているようでいて、自国企業の資産を空爆することになり兼ねません。
進出企業だけ避けてその周辺をピンポイント空爆してもその企業のサプライチェーンや従業員が被害受けると事業活動が出来ません。
先日千葉の裁判所の近くにあるキ・ボールというところの一階ホールで、千葉の空襲や広島長崎に対する原爆の写真展があったのでみてきましたが、長崎付近には米軍の捕虜収容所があるからどうするかと言う意見に対し、(そんなのを一々気にしていられないということで)直ちに却下して、当初計画どおりに長崎へ投下したと書かれていました。
中世の発想・・王様が国民と関係なく戦争していたように国家間で戦争してもそれぞれの企業活動はそのまま続けたり、政治と経済・民族間憎悪を切り離すなどしない限り・・グローバル化の進んだ現在では波及効果が大きく複雑になり過ぎて、全面戦争をするのは現実的ではなくなります。
例えば尖閣諸島の帰属を争ってお互いの本土で爆弾を落としあうとすれば、双方の被害は尖閣諸島の100〜1000倍以上も発生してしまいます。
こうなると、「国益を守るための戦争」と言う概念は自己矛盾になりますので、そこまでして全面戦争しなければならない意味が何か?となってきます。
欧州が二度の大戦に懲りて戦争しない仕組みづくり・・EU成立になったと言いますが、要はヨーロッパでは国家間の人や企業の移動入り組みが複雑になり過ぎて国単位で喧嘩出来なくなった・・民族単位での争いが意味をなさなくなったことによります。
原爆の場合象徴的ですが、その他の戦争・・通常兵器でも空爆その他近代兵器(第二次世界大戦末期の米軍による焼夷弾攻撃など)になって来ると非戦闘員を巻き込む形になるので、一定エリア内にいる自国民・企業も巻き込むしかありません。
今後の戦争は原爆保有国も安易に原爆を使用出来ない国際道義があって・・全面戦争をすることが不可能になっています。
・・アメリカもベトナム戦争で面倒だから原爆を落とすと言えなかったし、中国も日本に対して尖閣諸島の領有問題で原爆による脅しを使えていません。
原爆による脅しをもしも中国が使えば、直ちに日本が核武装に走ることが目に見えているので、示唆すら出来ない状態です。
日本は核武装を実際にしなくとも、イザとなれば短期間にレーアメタルの代替品を開発したように、いつでも核開発出来る能力を持っていることが、中国等への核抑止力になっているのです。
原発単体での経済面の採算性だけを議論するのではなく、原発やロケット技術の維持は国防上のカードとして必須でしょう・・。
原発自体は廃棄費用・損害賠償まで考えると一定の赤字になるとしても、最先端技術を維持することで技術輸出で儲けられる面があるうえに、他方で核兵器の恒常的保有コストが不要になるメリットも大きいので、これらを総合して結果的に安いかどうかの議論が必要です。
医薬品でも何でもそうですが、研究開発部門だけ見れば100%赤字に決まっています。
クルマでも何でも研究開発の成果を活かして世界展開してどれだけ儲けられるかによって、研究開発費がペイするかどうかが決まるのです。
原発反対運動論には廃棄費用や一定率の損害発生費用・危険性を見込めばそもそも化石燃料等に比べて割高ではないか?と言う意見が多くを占めていますが、その種意見の場合にはこの技術を利用して世界展開して儲けを還元出来る場合にも(その儲け・・多くの人材雇用を生み出しているメリットを含めて)割高かどうかを検証しないと合理的な議論とは言えません。
原発反対運動家が原発が割高だと主張しながら、原発技術の海外輸出批判・・海外展開によるコスト引き下げ努力を批判しているのは、矛盾主張になります。

国家と国民1

韓国の兵士になるならば、家族を連れて日本から出て行ってくれないかという議論が高まるのは必然です。
ここで書いているのは韓国系日本人に対する差別ではなく、韓国籍を持ったまま(だから徴兵問題が起きるのです)の在日に対する処遇意見をどうするかですから、お間違いのないようにして下さい。
在日韓国人は徴兵に応じるかどうか自由に選択出来るのですから、その選択の結果に応じた責任を負うべきかも知れません。
韓国政府による徴兵の実施(・・あるいは任意勧誘であっても)が本当ならば、(あるいは噂でもこうした噂が流布されるようになったことは・・)在日韓国人は日本国籍を取らないで韓国籍のママでいるヌエ的態度をいよいよはっきりさせられる時期が迫って来たのかも知れません。
韓国政府からすれば、在日に対して「本当は(日本と韓国の)どっちが好きなんだ」と迫るための踏み絵に使おうとしているのでしょうか。
韓国政府が自国民だから(対日戦争要員として)兵士に徴用すると言い出せば、形式論としてはそのとおりですが、大変なことになります。
韓国政府の徴兵実施論・・国民である以上当然の義務だという意見は、日本の右翼が(本国・実家が日本を非難しているだけで在日が一緒に日本非難しているとは限らないのに)「日本がそんなに嫌なら在日は韓国へ帰れ」と主張しているのと同じで、考えは単純で分りよいですが、智恵のない話です。
対日戦争用の兵士の留守家族を日本で養っているのでは、日本人が納得出来ないので、いやがらせの自粛どころか日本国籍を持たない在日兵士の妻子・親族の強制送還への動きが強まるでしょう。
在日韓国人は兵役を拒否して日本に忠誠を誓う・・他方韓国では兵役の義務を果たさない以上国民と認めない・・国籍剥奪するか?となります。
日韓対立が激化した場合、在日の微妙な立場を理解して在日韓国人の徴兵義務には手を着けない・・日本人も彼らを苛めないのが大人の智恵ですが、韓国の場合、こうした智恵が働かないで逆に尖鋭化・・日本に対して「苛めるなら苛めてみろ!」と開き直って来る傾向があります。
弟が社会的に成功している兄に向かって無茶苦茶言い募っているうちに逆切れして、自分から預かって貰っている息子を連れて帰るといきり立っているようなものです。
もめ事が起きるような国同士ではその前提として民間人の交流が相互に多くなっているので、いつの時代でもどこの国でもこの種の問題は起きる筈ですが、韓国のように自国民を人質にして逆切れと言うか逆に迫る(可能性のある)国がないので、今までうやむやになっていただけです。
ここで問題にしているのは日本国籍を持たず、且つ韓国の徴兵に応じて帰国してしまった場合の問題ですから、太平洋戦争中の日系人強制収容問題は、米国籍があっても人種によって強制収容したのですから問題点が違います。
ただ中国の場合も仮に日中開戦になれば、自国にいる日本人を官製の暴徒が襲撃する可能性が高いので日本人は急いで引き上げるしかないでしょうから、同じことかも知れません。
結局は、相互に入り組んで自国民が住んでいる場合や企業活動が毛細血管のように入り組んでいる場合に、もめ事を起こすと戦場だけが紛争の場ではなく、その波及効果が複雑化して大変なことになるので、もめ事をなるべく起こさないようにする知恵が働くようになります。
とは言え、もめ事は関係が深いからこそ起きるものですから、ヨーロッパ中世のように王様だけが勝手に戦争していたような仕組み・・発想に戻さない限り、戦争をすると勝者敗者双方にとって毛細血管までずたずたにしてしまった損害・傷痕が大きくなり過ぎて、双方が大損害を受けて、世界での序列が双方共に大幅低下してしまいます。
第一次〜第二次世界大戦後欧州の地位が大幅低下したことがその先例です。
(第一次世界大戦までの欧州での覇権争いは中世のように王様個人の戦争ではなくなったものの英仏7年戦争と言っても本国での戦争をしないで植民地での出先の戦争ばかりでした)
古くは、決着のつかない戦いでは、煬帝の朝鮮半島遠征失敗の結果隋が滅び、モンゴル(元)が日本遠征失敗で滅び、明が秀吉の朝鮮侵攻に応戦して負けた訳ではないものの結果的に滅び、日本も秀吉政権が滅びました。

大化の改新と中央集権国家化

古代からずっと専制君主制・中央集権国家できた中国では地方官吏を自由に任免する制度しかないのですから、専制君主制が馴染まない風土・・地方小豪族を無視出来ない国柄の我が国の地方制度に同じ漢字を持って来て当てはめるのは、意味が分れば分かるほど無理があったことは確かです。
言うならば中央集権・専制国家の地方制度・・これに基づく熟語をそのまま我が国に持ち込むのは無理ありました。
・・このために我が国独自の造語・・後に書いて行きますが「国司」「郡司」が出来て来たと思いますが、白村江の戦い(663年)で負けた我が国としては国内一丸にならねば唐・新羅連合軍に攻め滅ぼされてしまう恐怖感があって、しゃにむに天下統一・・国内部族連合から、中央集権国家化・国軍編成が急務でした。
弱肉強食の西洋列強が押し寄せる中で、中央集権国家化を急いだ明治維新のときと状況が同じでした。
大化の改新以前には、国造よりは少し支配服従関係の強い朝廷直轄地の一部支配を認められているアガタ主(旧豪族)に縣を当てたりするなど微温的と言うか国内実情に合わせた間接統治体制だったのでしょうが、そんな悠長なことでは間に合わない緊迫感下にあったのが白村江敗戦以降の国際情勢でした。
国内再編の大型事件としては、天武・持統朝成立に関する壬申の乱でしょう。
壬申の乱は単なる朝廷内の勢力争い・・クーデ・ターに留まらず、大和朝廷の国家枠組みを変革する大事件だったことになります。
この辺に関する私独自の解釈については、02/03/04「吉宗以降の改革とフランス革命」で少し書いています。
この結果、朝廷親衛軍が強化され国内諸豪族の支配地返上の気運が盛り上がります。
この機運に乗じて先ずは、朝廷の支配領域から、アガタヌシによる間接統治をなくして行った・・模範を示した可能性があります。
薩長土肥が先ず自分の兵を明治新政府軍に差し出したのと同じ流れです。
白村江の敗戦以来、朝廷は国内統一・集権化の先がけとして、服従度・忠誠心の高いアガタヌシに率先垂範を求めた可能性があります。
ご存知の通り律令制導入の経済的基礎は、朝廷が版籍を全部把握した上で公民に区分田を支給する班田収受法ですから、中間の豪族を不要にする制度設計・・中国同様の専制君主制に編成し直す試みでした。
兵士も各部族から拠出するのではなく、朝廷が直接把握した名簿(戸口)によって防人としてあるいは租庸調の1つとして公民を個人的に徴兵して軍務につくようになります。
部族の私兵がなくなって行くので、明治維新で薩長土肥が藩兵を提供して国民皆兵制・・徴兵制に切り替えたのと同じやり方です。
これが一時的に大和朝廷成立前からの旧勢力の力を削ぐのに成功し、大和朝廷成立時の旧豪族は宮廷貴族化していきます。
彼らは最早自前の兵も地盤を持たないので、中央で失脚すればおしまいです・・この象徴的事件が菅原道真や伴大納言の失脚でしょう。
しかし、これは中央の制度問題に過ぎず、我が国の社会実態・・・・基礎的産業構造は谷津地など狭い丘陵地の間の水田を基礎とする農業社会である実態が変わったわけでないので、中央による直接管理は無理がありました。
全国一律の暦を配っても神棚に上げておくような実態については、03/04/03「桃の節句 2(旧暦と新暦)」や11/26/05「日本に科挙が導入されなかった理由2(地方分権社会2)」等で紹介しました。
10世紀頃からは旧豪族に代わって新たに生まれてくる地元勢力・荘園に蚕食される一方となり、戦国乱世以降は全部大名領地となって朝廷把握の領地は皆無・・逆に徳川家から支給される関係になってしまいました。
版籍の全面回復は、明治の版籍奉還・廃藩置県(古代史の名称で言えば荘園の廃止)まで約900年間待たねばならなかったのです。
明治の版籍奉還(荘園廃止)が、大和朝廷による中央集権の最終的完成であったことになりますから、大和朝廷の成立は明治2年(1869)と言うことになるのでしょうか?
版籍の「版」とは版図・範囲のことですから、その実務を行うためには地番を正確に付し、地積を測量して行く作業が始まり、(土地登記制度によって完成します)版籍の「籍」とは戸籍のことで戸籍整備作業が続いていたことを、February 15, 2011「戸籍制度整備1」からApril 12, 2011「戸籍制度存在意義3(相続制度改正1)」までのコラムで紹介して来た通りです。
大化の改新以降中央集権化を計る場合、大きな部族が抵抗すれば戦などで滅ぼして行けますが、小さな部族は稲作に必要な基礎集団なので残して行くしかなかったので国造から郡司さんに格下げされながらも残りましたが、それでも國のオサから郡のオサに権限を縮小して行くのです。
州や縣長官制度は、当時の唐の現役の制度でしたので我が国だけ終身制の縣の長官アガタヌシ制は誤った漢字の使用法となるので落ち着きが悪かったでしょう。
郡長官も中国では元は中央任命の官吏ですが、律令制導入時には既に郡が実在していなかったので(地名としての郡名が残っていても郡庁制度があったかどうかと言う意味です)終身乃至世襲制の郡司(国造の横滑り職)に持って来てもボカし易かったので、郡司に利用出来たのかも知れません。
世襲制(実質は民選)の郡司の下に中央から派遣した県知事を置くことは指揮命令系統上不可能ですから、この時点で縣制度は存在出来なくなりました。
その内に国司の権限を強化して郡司の権限を縮小して行く計画・心づもりではあったでしょう。
国造を横滑りさせたにも拘らず「郡主」ではなく「郡司」にしたのは、政府任命によると言う意味・・世襲出来るのは飽くまで事実上の権利・期待権でしかないことを強調したかったからでしょう。
そうは言っても徳川家家臣の形式をとっても外様大名の子孫は事実上の世襲権を持っていて、これを剥奪出来なかったのと同じです。
実際に同時に出来た国司は、任期制が貫徹されていて最後まで世襲出来なかったのですが、却って地元に定着している郡司に次第に実権を奪われて行きます。