原発のコスト11(備えなければ憂いあり!)

最近は原発のコストが安いと言う正面からの解説が減りましたが、その代わり、脱原発を言うとヒステリック・パニック的反応だとして議論をしないで問答無用的に切り捨てる論調が増えてきました。
論争に負けると、社会勢力の強い立場の勢力にとっては、いつもお決まりの方法ですが、戦前では非国民のレッテル、戦後から昭和年代末までは「あいつは赤だから・・」等の言論封殺方式がいつも出て来ます。
コスト論を言うならば、今回の大事故の損害を全部自己費用で賠償をしても(政府保障なしでも)東電は儲かっているという計算を示してからにすべきです。
電源喪失は想定外という言い訳自体が怪しいことが分ってきましたが、今になると「従来通りの安全基準でこれからも原発は絶対安全です」とはいくら厚顔な人でも言えなくなっていますが、コスト論だけはどうして従来コスト計算のままでで「安い」と言い張っているのでしょうか?
業界一丸になっても東電の一事業所に過ぎない福島原発の起こした損害賠償資金を準備していなかったし、賠償資金を市場で借りることすら出来ないほど賠償能力がない・・これをきちんとコストに含めていたら原発コストはいくらになったのかの計算を示してから安いか高いかの主張をすべきです。
日通でもヤマト運輸でも、日本航空でも一事業所で起きた事故の賠償金ぐらい現金または手元流動資金で用意して持っているのが普通の経営と言うものでしょう。
今回の大震災で言えば、千葉でも化学工場が爆発炎上して燃え尽きるまで燃え続けましたが、その爆発でその会社の経営がどうなったという話を聞きません。
あらゆる企業にとって、もしも事故があったらどうするかのマニュアルを用意しているのが普通です。
「当社は充分な安全対策を施しているので、保険も何も要りません・・まして爆発炎上などまるで予定していないので消防に連絡したり避難したり周辺住民への連絡体制もマニュアルにありません」という大手の会社はないでしょう。
万全の安全対策をしていても事故はあり得るのでもしも事故になった場合のために、それなりの備えをしておくべきことは産業人の常識ですが、東電にはその常識がなかったから、イザというときの資金備えもなければ対応マニュアル・・電源喪失時の手動マニュアルがなくて泥縄式に対処して時間を食ったなど・・もなくてオタオタしてしまったのです。
「安全です」の呪文に酔い痴れていて何も準備しておらず、結果が出てみると業界束になっても払えない・・事故が起きてから、賠償資金を捻出するために世間から借金するための社債発行の仕組みを漸く整えたところですから、(泥縄式どころの話ではありません・・)事前に賠償基金を東電だけではなく業界全体で合計しても充分に積み立てていなかったことが証明されました。
電源喪失自体については日本のような地震の心配のないアメリカでさえも、30年前から検討すべきテーマになっていてこれが日本でも指摘されていたのに、そんなことまで一々し心配してたらコストがいくらあっても足りない・・割り切るしかないという論法(班目原子力委員長の浜岡原発訴訟での証言です)で無視して来た結果がこれです。
電源喪失は想定外の津波よる被害だけではなく、その後の余震程度でさえも電源喪失があちこちの原発で起きてギリギリのところで回復した事故が起きているのですから、身近にいつでも起こりうる事故だったことが分っています。

原発のコスト10(損害賠償リスク)

賠償責任限定にこだわる産業界の動きを見ると、賠償責任を限定しないと株式・社債市場で信任を受けられない・業界そろって株式も社債も暴落する業界って、本当に経済的に成り立っているの?と言う疑問に戻ってしまいます。
航空会社や運送業界で「事故が起きた場合の責任は取りません」という仕組みでないと儲からない責任限定したときだけ「儲かっている」と言われても、それって優良企業って言うのでしょうか?
「業者の責任を限定してそれ以上の損害があっても国民・被害者は泣き寝入りしろ」という法律は無理ですから、仮に総損害の5分の1あるいは一定額・1〜5兆円限定とした場合、それ以上の損害は国が面倒見るしかないでしょう。
政府が払うとすれば、その負担は国民全員の負担ですから、結果的に普段安いと言われている電気料金の代わりに税で負担することになります。
June 11, 2011「巨額交付金と事前準備3」前後で連載したように、巨額の税を立地市町村に交付金として投入しているのですが、それをマスコミがまるで報じません。
税で見る分はコスト計算しなくとも良い・・会社ごとの会計原則上はそうでしょうが、税を負担する国民の立場から見れば税による負担分を含めて総損害額を原発のコストに上乗せしないと原発が安いかどうか分らないことには変わりがありません。
これらの一連の動きを見れば、政府保証であれ何であれ、一旦事故が起きればどんな優良企業が束(業界一丸)になっても、(借り換えするばかりで返済しきれそうもない)社債を発行(借金)しない限り、発生してしまった損害を賠償しきれないという現実を経済界全員で認めているということです。
事故が起きたら賠償しきれない・・これをコストに含めれば経営が成り立たないことを前提にしながら、産業界やマスコミによる「原発のコストの方が安い」という主張は論理矛盾しているのではないでしょうか?
イザとなれば政府保証による社債発行で資金を集めなければ事故の賠償を充分には出来ない会計基準で東電が経営していたとすれば、原子力は安いとは言うものの充分な賠償基金を積み立てないでコスト計算していたと断定するしかありません。
と言うことは、従来の基準によるコスト計算は何の役にも立っていないのですから、従来のコスト計算に基づく意見を恥ずかしくて言えないのが普通の心理です。
今でも原発の方がコストが安い、あるいはやめたら電気代が上がって大変なことになると宣伝するならば、従来の予測コストを大幅に越える大きな被害が現実に起きているのですから、これを集計し、あるいは今回の被害総額を基礎に将来の被害総額を予測計算した上でなければ誰もコストに関する責任ある意見(・・安いという方の意見)を言えない筈です。
にも拘らず経済界やマスコミが(根拠もなく・・賠償コストを計算しないまま従来コスト計算に基づき)「原発をやめるとコスト増になる」とするキャンペインをはっているのは、論理的なルール違反です。

原発事故損害賠償資金3(政府保証3)

国債破綻問題から原発賠償資金向け新機構発行社債に対する政府保証に話題を戻します。
政府保証債で調達した資金については、国債同様に借り換えの繰り返しを前提にしているので、東電としては、結局自己資金を全く使わないでも済む仕組みです。
国債暴落時期不明を良いことにして(数年先でも時期が分れば分った時点で大暴落・デフォルト状態になります)政府債務のデフォルト判明までの間に投資家が一定期間金利を取得してから売り逃げ出来る(終わり頃に買った投資家だけが損をする仕組み)チャンスがある点の違いがあります。
言わば、東電の責任を国税で面倒見るのではなく、投資家に分担させて負担(リスク)を内外に分散させようとする政策です。
現在の政治のやり方・・・借り増してはその場の資金調達して行くばかりですから、債務が際限なく膨らみ遠い将来破綻することがほぼ明らか・借り換えばかりで最後は踏み倒す予定ならば、結局東電は一銭も自分の売上金から負担しないと宣言しているのと同じです。
そんなことが目に見えているならば、東電の責任を名目上・法律上100%にしないで、3分の1〜5分の1に限定してやる代わりに(無限責任を定めた原発賠償法の改正)少しでも自費で今・現在払わせた方が放射能被害でおののいている国民としては納得出来る感じです。
僅か3分の1でも5分の1でも東電が直接支払うのでは、市場の信認を得られないほど東電の体力がない・・賠償金が巨額過ぎる予想ということでしょうか?
東電の責任を仮に5分の1と限定すれば、残り5分の4が国(国民全部)の責任となります。
そうなると直ちに、国・政府では予算化しなければなりませんが、これまで書いているように「原発は安いぞ!」と言うキャンペインをしている手前、損害総額の見積もりをしたくない・・August 16, 2011「学問の自由と社会の利益」で書いたように、そんなにコストがかかるのかと国民に公表し知られたくないのが今の国・・伝統的勢力の姿勢です。
それと予算化するにしても、とてもその分をそっくり増税する勇気がない・・他方で何かの支出を減らして穴埋め出来る政治状況ではないので、ほぼそっくり赤字国債の増発しかありません。
財政赤字累積で大変なときに巨額の赤字国債の増発を出来れば避けたいところですから、保証という隠れ国債化の道を選んだのでしょう。
ところで、目先の倒産を防ぎ、これからの賠償金(今後の債務と言えるか・・法的には既存債務になるでしょう)支払に当てるためならば、更生法申請や再生手続きでやる方が合理的です。
今回のスキームではこれまで連載して来たとおり、賠償金の資金手当の前の段階・・・次々と到来する既存債務支払のデフォルトを避けるために、先ず既存債務の返済を円滑にすることから始まっています。
そして当面の危機をやり過ごせば、行く行くは、賠償金支払が始まりますが、その資金手当のための新たな(借り換えのためではない)賠償資金手当としての社債発行もして行こうとするようです。
これまでの社債は設備投資資金等に充てるために発行している前向き用途向けが普通ですから、そこから予定通り生み出されて来る回収金がその社債に対する支払原資になりますが、今後借換債の外に賠償金用に新規発行する社債は過去の賠償金支払資金用ですから、そこで取り入れた資金で何の前向き投資もしないのですから社債とは言うものの、実質は赤字国債や消費者信用・サラ金債務同様に何の利益も生み出しません。
このために借りた資金からは元本を完済するまでの利息支払用の利益も生み出さないし、元本自体を削減して行くための利益も生み出しません。

原発賠償支援スキーム3

政府保証がついていても払う義務のあるのは債務者本人ですから、社債がいつか発行出来なくなるときに備えて本来元金を徐々に蓄積しておくべきですが、8月21〜22日に社債の仕組みで書いたように、どこの優良企業も利息さえ払って行けば良い仕組みです。
我が国の赤字国債同様にうっかりすると利息支払分までも次の社債で手当てしている企業が多いのではないでしょうか?
国債がデフォルトになるときには国債を大量に買い込んでいる国内各種金融機関も軒並みデフォルトになり、多くの貸付金も大方焦げ付く事態でしょうから、国債がデフォルトのときしかデフォルトにならない債務は、国内的には超優良債務と言えます。
ちなみに、政府保証付きでも信用がなくなって次の借り換え用の社債発を行出来ないとき・・5年もの債権とすれば5年先に政府が保証債務を払えないと言う予測が立っているときですが、実は誰も5年先のことは分らないので、現時点で既に国債がデフォルト寸前であって初めて「今払えない者が5年先の保証するなんておかしいよ!」となるものです。
原発大事故まで東電は世界の超優良企業だった筈ですが、それでもひとたび事故にあって次に借り換え用の社債発行が出来なくなりデフォルトの危機に見舞われる状態ですが、政府保証の神通力が効かなくなったときにいきなり東電や新機構が自前資金で次々と到来する社債を償還出来る筈がありません。
東電の持っている銀行株や大手国内優良株を売って資金にしようとしても、国債がデフォルト状態になれば上記のように銀行株や大手企業株の大暴落で売って資金を作るどころの話ではありません。
借り換えが出来なくなるときには、国内企業全部が連鎖倒産ですから自分のお金で払うことは全く予定していない・・元々不可能な設計です。
政府保証が現実化するとき・・機構が新規社債発行不能のときとは、政府債務が破綻して政府保証の効能がなくなったときのことですから、政府保証とは言うものの、イザ保証債務を支払うときには既に政府が破綻しているのですから、政府自身も1銭も払わない結果で終わる予定になります。
政府保証とは言っても最後は東電も機構も、政府もみんなでそろって踏み倒すことを前提にしていることになります。
このように社債や国債発行スキームは名目上発行の度に利息分を上乗せして行って膨らみますが、最後まで払う気がない詐欺みたいな仕組みです。
ニクソンショック以降、金の裏付けがなくなった後の貨幣や国債・政府保証債・大手企業の社債などは、政府や大手企業が先頭に立ってモラルハザードを拡大しているのが現状と言えるでしょう。
景気沈滞を嫌がって必ず来る景気下降期にその都度紙幣の乱発・これを吸収するための国債乱発をして来た咎めの帳尻合わせがリーマンショック以降南欧諸国など鎖の弱いところから世界を駆け巡りながら徐々に続いているのです。
この最後に来るのが我が国の国債デフォルトと言うことでしょうか?
原発被害を100%賠償しますとは言っても、実際は社債と言う紙の発行の繰り返しで先送りするだけで関係者は誰も自腹をいためない仕組みです。
政府が払えないときは、最後に一種の徳政令で終わりですから、お互い気楽なものです。

原発賠償支援スキーム2

東電が直接社債発行するならその資金用途を投資家に説明する必要がありますが、新機構が機構名義で発行する場合その資金が東電の既発債返済資金に使うのか、あるいは東電の通常の運転資金用か・新たに必要となった賠償資金用に貸し出すのかを説明する必要がないことになるのでしょう。
言わば銀行がどこに貸すかを言わないで社債を発行するのと似たような役割になっていると思われます。
銀行のように預金を庶民から集めないし決済機能を有しないものの一種の金融業になります。
(条文自体を見ないと正確には分らないのですが、会員企業にだけ提供するので・互助会的扱いも可能でしょう)
当然のことながら新機構は構成員企業が一定額を出資して設立されるのでしょうが、それでは大した金額にならないので当初発行社債で入手する資金は先ずは新機構の基金積み増し(準備金)用になってしまい、その後蓄積した基金を何の用途に貸し出すかは機構の内部処理・・密室作業になります。
銀行が返済能力の見込めないことが分っている賠償資金に貸出すのは故意の不良貸し付けとして背任行為になるのでしょうが、新機構は赤字で返済能力のなさそうな(市場判定を受けている)東電に貸す目的で設立されたのならば、貸付先である東電や原子力事業者の返済能力を気にせずに貸し出せる点が違います。
事故賠償金向けにだけ限定ならば分り良いのですが、今回の原発事故による信用不安で社債借り換え不能になっている東電の資金ショート阻止が当面の課題で出来たスキームですから、賠償資金向けに限定することは法的に不可能です。
事実上は緊急の借換債代替機能が終わり、危機を凌いだ以降は一般債務借り換え・・普通の運転資金向けの貸し付けをしない暗黙の了解があるのでしょうが、法的にはこれの区別は難しいと思います。
数日前に書いたように、条文自体がまだ入手出来ていないのではっきりしませんが、条文上の区別は難しいので、もしかしたら既発行社債・一般債権弁済向けには期間制限・・たとえば1〜2年間に到来する債権の返済目的に制限していて、市場が落ち着いたら・・その後既存債務返済用に機構が東電に貸し出すのには主務大臣の認可がいるなどとしているかも知れません。
そうしないと電力業界は、極端なことを言えば自前で社債発行しないでこの機構を利用して次々と資金導入すれば全部政府保証になってしまい、モラルハザードが起きてしまいます。(まさに焼け太りです)
8月21〜22日に掛けて紹介しているように社債は元々満期までに元利金を用意していて返済する仕組みではなく、借り換えを前提にしているのですから、借換債の発行不能な信用状態にならない限り返済不能にはなり得ない仕組みです。
政府保証債ですから政府信用がぐらついて新規発行不能にならない限り無限に借換債の再発行が続くのですから、賠償資金用に限定したとしても自前資金では返済能力が全くないのを分っていて貸しても不良貸し付けとは言わないのでしょう。
ところで、今回の事故による東電の責任を限定せずに全額賠償義務を負わせる・・無限責任とは言うものの、社債による資金調達システムでは東電は自己資金を1銭も使わないで(この世の?)終わりまで行きそうです。
機構が発行した政府保証社債を使って集めた資金を丸ごと東電が借りて原発賠償金を弁償し、その後は借換債で繰り返して行けば半永久的に借金の元本を返済する必要がありません。

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