嫌韓感情と反日感情の背景1

日本企業にとってもどうせ外国人を採用するしかないとすれば、何やかやと言っても日本人にとって韓国人の方が欧米系・中国人に比べて何となく気質が通じる便利性があるからでしょう。
何と言っても4〜50年間一緒の国として仲良くやって来たし、戦後も韓国の成長を助けて来た親密な経験があります。
李承晩以来政治運営能力欠如を隠すために韓国歴代政府は頻りに反日運動し教育して来ましたが、日本統治時代にはうまくやって来たのが実態ですし、戦争中にも反日行動など一切せずに皇軍の一員として誠心誠意協力してくれた記憶でない訳ではありません。
ただし以下のとおり、日本に協力した方が得と言う損得勘定が優ったからでしょうが・・。
本日現在のhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%B5%B1%E6%B2%BB%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AE%E6%9C%9D%E9%AE%AEからの引用です。
「1931年9月、満州事変が勃発すると、満州に居た多数の朝鮮人小作人は親日へと転化した。朝鮮半島でも「内鮮一体」が主張され、皇民化推進団体が結成された。三・一独立運動の首謀者の一人である崔麟も大東亜戦争開戦のときには親日家となっており、大東亜戦争を「聖戦」と讃え、日本の支援を積極的に行った。また、玄永燮(韓国語版)は朝鮮語を禁じるべきだと主張し、李東華(韓国語版)は朝鮮人にも日本人と同様に兵役の義務を与えるべきだと主張し、朝鮮神宮では「国威宣揚武運長久祈願祭」が挙行されるようになった。李覚鐘(韓国語版)は「私共は大日本帝国の臣民であります」「私共は互いに心を合わせて、天皇陛下に忠誠を尽くします」「私共は忍苦鍛錬して、立派な強い国民となります」と書かれた皇国臣民ノ誓詞を書いた。」
日本政府は李氏朝鮮時代から朝鮮人にも日本軍の幹部を養成する陸軍幼年学校や陸軍士官学校への入学を許可したので、李王垠や洪思翊など日本軍の将官に栄達した者も多かった。1937年に日中戦争が勃発すると、朝鮮人から志願兵の申し出が行われるようになり[14]、朝鮮人の朴春琴衆議院議員から「朝鮮人志願兵制度」の請願が出され、1938年からは朝鮮人にも兵卒の志願を許可する陸軍特別志願兵令が公布され[15]、軍人・軍属として戦地に赴いた者も存在した。」
満州事変後小作人が、親日性を示したのは新支配者である日本に率先協力したのは、満州族支配下だった小作人の地位脱却に有利だったからに過ぎないと言えます。
敗戦と同時に米軍の手先になり戦勝国気分で、暴れまわったのと同じ発想です。
実際に中国支配下で日本がしたと言われる悪事の殆どが、朝鮮人が日本人を騙って?現地人に威張り散らしたことに原因があったと言われるのは、この実態を表しています。
朝鮮人を日本支配道具に使おうとしていた米軍も朝鮮人の暴虐ぶりに手を焼いて方針変更したのと同じで、日本も満州に住み着いている朝鮮族を満州支配に使うには、却ってマイナス効果だったことが分ります。
敗戦後イキナリ反日に転じた事情は以下のとおりですが、戦時中の対日協力や戦後の行動を通観すれば、事大主義の人種特質を持つ民族であることは確かです。
上記ウイキペデイアの続きです。
「日本のポツダム宣言受諾により、朝鮮半島の統治権は連合国側に移った。1945年9月2日、アメリカ戦艦ミズーリの甲板上で日本政府が公式にイギリスやアメリカ、中華民国やソ連をはじめとする連合国との間で降伏文書に調印した。1945年9月9日、降伏文書調印に伴い朝鮮総督府は解体され、京城の朝鮮総督府庁舎には日章旗に代わり星条旗が掲揚された。まもなく、アメリカ軍は降伏条件には定められていなかったが[25][26]日本政府および日本人の資産を没収した[27]。終戦後、朝鮮半島や日本に在住する朝鮮人は日本人と同じ敗戦国民にもかかわらず「自分達は戦勝国民だ」と主張し、日本人引揚者たちは検問でソ連兵や朝鮮人への女性や金品の供出を強要され、日本上陸後に15歳以上の女性は妊娠・性病検査や堕胎手術を受けた[28]。」
簡潔に書いていますが、引揚者の苦難・・婦女子に対する対する両白昼公然の強姦の結果「女性は妊娠・性病検査や堕胎手術を受けた」と簡潔に書かれていますが、何十万と言う人々が筆舌に尽くせない被害を受けたことは確かです。
このような甚大な人道に反する大被害を受けているにも関わらず、日本人は黙って韓国の成長を助けて来ました。
これに追い撃ちをかけるようにありもしない慰安婦騒動を起こしたので、さすがに堪忍袋の緒が切れたと言うところです。
我慢して黙っていた日本人も、戦後の朝鮮人の蛮行を言い出すようになったのです。
こう言う浅ましい民族が隣にいると知った上で、どこまで付き合うかの智恵の問題です。
政治リーダーが自己保身のために煽る政治の対立と個々人の親日気分(今韓国が苦しくなったから強い方にすり寄っているだけの民族性ですが・・)は別です・・これが実際には訪日数が増える一方になっている真の原因です。
韓国人にとっても政府の反日教育に関わらず「これは日本を強迫し何かをうまく脅し取るための手段に過ぎない」とみんな知っていて「そうだそうだ」と騒いでいるに過ぎない・手段でしかないので本心は親日?かも知れません。
本心とは何か?ですが、今は日本の方が成功しているから、日本とことを構えるの損だと言う考えになったことを本心だと言うのでしょうか?
政府は表向きイキナリペコペコ出来ないから強気で圧してもらうが、代わりに個々人としては「日本大好きポーズで当面の間行こう」程度のことを個々人の内面では親日感情が強いと言うのでしょうか?
日本統治時代に大事にしてもらったことも知っているし、敗戦で日本が弱れば強欲に何でも自分の物にしたり日本国内では戦勝国気分で暴れまくった経験を覚えている・・どんな酷いことをしても仕返しをして来ない・・こんな楽な相手はないでしょう。
この意味で・・気心の通じる日本の方が良いので、日系企業就職者数が圧倒的に多いことになります。
今までの経緯から、イザとなれば裏切ってもどうってことないと甘く見ているのかも知れません。
日本も韓国人の冷酷な性質を良く見極めた上で、嫌韓感情のような政治対立あるいは日韓融和が成り立ったとしても(慰安婦合意みたいなものが出来ても)表面に流されることなく、イザと言うときには何をされるか分らない相手と言う覚悟・・相互の実質的関係を良く見極めて冷静・冷厳な事実に基づいた付き合いをし協力関係を構築して行くしかありません。
再び韓国内で動乱が起きれば、あるいは日本が韓国より弱ったと見れば何をされるか分らない国であり民族性であると言う理解の上での行動が必要です。
・・韓国内に行く人や進出・付き合う企業はこの程度のことは覚悟の上で行っている・・自己責任と覚悟しておくしかないでしょう。
いろいろと考えて行くと日韓関係は、いわゆる近親憎悪みたいな関係・・親しければ相手のイヤなところが鼻について来るのは当たり前ですが、それを乗り越えて長い付き合いほど親しくして行くのが大人の智恵です。
長い付き合いだから喧嘩になる・・実際にしてしまうのでは、愚か者同士の生活スタイルとして笑われます。
一方が大人の対応を続けても相手が際限なく悪さを仕掛けて来る場合どうするかですが、出来れば相手にしないのが普通のやり方です。

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