韓国民の行動様式2(紛争解決発展段階2)

韓国で2000年ころから訴訟提起率が急上昇して来たのは、暴力・破壊行動に訴えるばかりではなく、法的解決の自覚(制度整備も貢献しているでしょう)が出て来たことによって、(私流の読後感・印象・解釈ですから正確には 李庸吉氏の論文全文にあたって下さい)訴訟提起率が上がって来たらしいと解釈出来ます。
(みんなが暴力行為をしなくなったと言うのではなく、今も集団暴力から始まる傾向がありますし、裁判しながらもなお押し掛ける人もいます)
次回以降で同論文の一部を引用して書きますが、韓国では患者側で医療ミスがあると思う(被害感情で)と医療施設破壊や暴力事件が先行するのが常態であったと上記論文で明記されています。
当たり前のことですが、私の書きたい・都合の良いところだけの抜粋(大方の論説はそう言う傾向があります)ですから、読み間違いもあるので時間のある方は引用先を書いていますので全文を原典に当たってお読み下さい。
訴訟提起率が高いのは自主的話し合い解決能力の低さを意味しているのですが、訴訟提起率急上昇前の社会では、日本のように静かな話し合い解決が出来ていたのが出来なくなったからではありません。
その前には集団的押し掛けによる医療施設破壊や暴力事件などの暴力的解決に訴える人が多かったから、訴訟提起率が低かったとすれば統計も意味が違って来ます。
訴訟社会と言われるアメリカも西部劇/荒野の決闘その他で有名なようにアメリカでは集団抗議活動ではなく個人が銃で勝負する社会か訴訟で勝負するかの点は違うとしても、話し合いなどその前になかった点では同じです。
世界中で日本以外では皆同じでしょう。
17日に書いたように韓国では医療訴訟提起率が急激にアップして日本の人口比で二倍以上にのぼっていますが、短絡的暴力・破壊行為に走っていた中で一定割合の人が訴訟での解決を選択するようになったのは、一定の社会進歩の段階にあると評価出来ます。
専制君主制→軍事政権下で古代から最近まで自分の意見を何も言えなかった民衆が、漸く集団の力を借りて不満を表現出来るようになったのが集団暴力・破壊行為時代です。
これは中国で頻発する集団抗議事件発生の背景・・発展段階です。
韓国で強圧的軍事政権から民選大統領への移行後、徐々に人心が民主政治=言論で勝負する社会基準に慣れて来て漸く法治国家らしい外見が2000年ころから出来つつあると評価出来ます。
訴訟社会化・・合理的解決志向社会に入ったとしても、その段階では自発的解決を放棄した・自分や集団行動による腕力だけ(と言う意味は暴力との並行的社会になっただけです)に頼らない代わりに第三者の強制権力頼みである本質が変わりません。
裁判さえすれば良いのではなく、訴訟に出て来た客観資料に基づいて言論・理性で解決するようになる・・合理的説得を受入れる意識の成立には、さらに時間がかかります。
この段階でとどまっている韓国社会の場合・・どちらの主張が合理的か否かではなく権威者がどちらの見方をするかに中心関心があるので、合理的資料に基づいてせっかく裁判結果が出ても「不当判決」という決まりきった怒号しかありません。
我が国でも左翼系運動家の裁判対応には同様なことが多いのですが、(「不当判決」と大書した大きなプラカードみたいなものを持って裁判所から出て来る報道を良く見かけます)暴力的右翼街宣活動家構成員同様に左翼活動家にも朝鮮系の人が多いのかも知れません。
同論文には上訴率の統計表が別に出ていますが、和解に滅多に応じない体質は勢い上訴率の増加に繋がると読めば良いのでしょうか?
このような精神土壌にある韓国人との関係・・日韓の政治懸案は、合理的話し合い解決が元来不能・不向きで、(相手が合理的に決める気持ちがないのですから・・)裁判や軍事政権に匹敵する更に上位者の(今はアメリカ)の裁定・お墨付きが必要な社会と言えます。
日本は古代から連綿と続く合理的話し合い文化ですから、アメリカの裁定次第で道義に反した決定でも黙っているしかないのでは、日本国民が納得出来ません。

©2002-2016 稲垣法律事務所 All Right Reserved. ©Designed By Pear Computing LLC