マイナス金利の限界(三菱の資格返上の波紋2)

国債市場特別参加者制度を見ると、元々、特定グループを作って一定量の買い受けを約束をさせるのは、日銀のマイナス金利政策は市場実勢を反映出来なくなるリスク回避目的があったこと・・買い手がつかなくなってからでは間に合わないので早めにこう言う制度を作っておいたことがあきらかです。
日本は純債権国で資金余剰ですから、市場原理に任せておいても国際的に最低金利になるのは必然と言えば必然です。
しかし、国民はリスクがあっても他国の高金利債券等を選ぶ自由があります。
昨日外貨建債券発行が多くなっている現状を紹介しましたが、外貨建債券と国内債の金利差は、資金余剰国かどうかで決まるのはなく主として為替相場観によって決まります。
100%貿易自由化になっても物品やサービスの場合運賃やその後のアフターサビスの問題があって市場との距離が重要で、このため現地生産化が必須化しているのですが、金融商品の場合、物品と違って現物輸送がなくコンピューター処理するだけですから、日本との距離(野菜が古くなる)運賃の関係なく・瞬時に南アランドであれユーロであれ換金出来る・・両替コストだけです。
判断要素は為替リスクヘッジ程度ですから、物品や労賃に比べて国際平準化がすぐに達成出来ています。
以上の結果、資金余剰国だから金利が安くしても良いと言うのは国際化を無視した意見になります。
すなわち、トヨタ社債の場合どこの通貨建てであっても企業リスクは同じですから・・購入者が例えば3年程度で手放そうと思っている場合には3年先の為替リスクを考えて購入を決める・その間に円が発行国通貨に比べて3%上昇する読みの場合、金利が国内債より3%以上高くないと買わない・・為替相場観(個人の場合為替変動リスク回避のためのヘッジ能力がほとんどないので)に収束して行きます。
物品も純債権国・輸入資金が潤沢である限りその国の物価が上昇すれば、利を求めて安い国から物品・サービスが輸入されるので、日本だけが一方的に物価上昇し続けることはあり得ない・・輸入が増えることを繰り返し(安定的物価上昇目標はナンセンス)書いてきました。
逆に言えば中国から低賃金による安い製品(・・農作物から石化製品や鋼材に至るまで)が入ると日本国内物価が下落します。
中国の国際市場参加以来恒常的デフレ圧力に悩まされて来たのが我が国です。
原油相場を見れば分るように商品価格は、国際相場によって決まって行く時代ですから、1国あるいは数カ国の政策で、物価を上げ下げするのは論理的に不可能(我が国だけ物価を2%アップさせると言う日銀は素人の私が言うのは気が引けますが・・アタマがおかしいのか・・)と言うべきです。
資本・金融自由化が進んで来ると金融商品・債権株式相場も同じで、日本国内の金利を下げれば株式配当率が低くても株式を買うだろうと期待するのは、一時的な効果でしかありません。
金利安→配当率の低さ→国内資金が海外に逃避・投資するようになるのは必然・・金利も時間の経過で国際的に平準化して行かざるを得ません。
国内で日銀にゼロ金利近傍で社債発行しても国内投資家はそれならば国内で買わないで海外で買うようになる・・その結果日本企業のトヨタその他世界的日本企業が何%か上乗せ金利で海外通貨建てで社債発行するしかなくなっていることを昨日紹介しました。
日本企業が日銀に気兼ねして低利回り国内発行にこだわっていると日本投資家は日本企業の社債を買わない・・海外企業の高利回り社債を買うしかなくなってしまう・・日本企業が国内市場で資金を得られなくなります。
政府が金融に介入し過ぎた結果、国内金融機関が商売にならなくって来たようです。
金利低下が金融機関の営業利益を損なっていると一般に言いますが、利ざや縮小の問題よりは、公定価格になると民間活力がなくなって行く原理の現れです。
トランプ旋風その他金融関連に対する風当たりが強くなってきましたが、既に頂点を越えて下り坂・・地位喪失が始まっている後追いでしかありません。
この点でも日本社会は世界最先端を走っています。
日銀・官製相場に関連して株式相場についてちょっと書きますと、金利低下だけでは株式相場を維持出来ないので日銀が(国債だけではなく)上場投信(ETF)を直截購入していたのですが、7月29日にこの買入額を倍増して6兆円に増やすと発表していました。
(年金資金の株式購入比率アップもその一種ですが・・銘柄を特定していません)
これらの買い支え効果・・いわゆる年金・日銀相場・・官製相場に乗れば・・長期的買い支えは無理と分っていますが、短期的には損がないとばかりに投資家がトピックス構成株を売って、日経平均構成銘柄を買う歪んだ相場形成が始まっていると言われます。(今朝の日経新聞朝刊16p)
消費税から、国債や株式、金利政策と実勢相場に話題がそれましたが、ここで言いたいことはこれ全ての事柄は政府が国民からどうやって資金を吸収するかにアタマを悩ましている問題と関連しているからです。
私は、政府が資金を国民から吸い上げ(て頭の良い政府が使ってやら)ねばならないと言う政府・官僚や学者らの基本的視座が間違っていると言う意見でこのシリーズを書いています。
国民を豊かにするのが政府の目的であるとすれば、資金を国民から吸い上げるよりは国民の自由意思で使いたい消費を増やす方向へ政策の舵を切り替えるべきです。
資金をバラまいて国内生産を誘発するために政府が選別的に資金を使い、一方で日銀や年金資金を投入して株価維持するのは間違いです。
政府の力で市場操作することは、短期には出来てもすぐにメッキが剥げて大損してしまいます・・これは国民のお金です。

マイナス金利の限界(三菱の資格返上の波紋1)

三菱UFJ銀行のプライマリーデイーラー資格返上申請が大問題になっています。
http://jp.reuters.com/article/bk-mufg-bond-idJPKCN0YU0NN
2016年 06月 8日 18:15 JST
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焦点:三菱UFJの国債特別資格返上、決断の背後にマイナス金利
「[東京 8日 ロイター] – 国債市場を支えてきた三菱東京UFJ銀行の特別参加者(プライマリー・ディーラー)からの離脱は、日銀のマイナス金利政策によって市場構造が大きく変化している現状を浮き彫りにした。」
以下財務省「国債市場特別参加者制度」からの引用です。
http://www.mof.go.jp/jgbs/issuance_plan/pd/index.html
国債の大量発行が今後も続くと見込まれる中、我が国では平成16年10月以降、「国債市場特別参加者制度」を導入しています。これは、欧米主要国 において、国債の安定消化促進、国債市場の流動性維持・向上などを図る仕組みとして導入されている、いわゆる「プライマリー・ディーラー制度」を参考としています。
この制度は、国債入札への積極的な参加など、国債管理政策上重要な責任を果たす一定の入札参加者に対し、国債発行当局が「国債市 場特別参加者」として特別な資格を付与することにより、国債の安定的な消化の促進、国債市場の流動性の維持・向上等を図ることを目的としています。制度の 概要は以下のとおりです。
国債市場特別参加者制度 制度概要
特別参加者の責任・応札責任:
全ての国債の入札で、相応な価格で、発行予定額の4%以上の相応の額を応札すること。
・落札責任: 直近2四半期中の入札で、短期・中期・長期・超長期の各ゾーンについて、発行予定額の一定割合(原則短期ゾーン0.5%、短期以外のゾーンは1%)以上の額の落札を行うこと。
以下省略
上記のとおり(最低これだけは引き受ける安定消化の保障)条件で仲間入りさせる仕組みです。
日本の最大大手銀行がこれを断る・・特別な買い受け資格などいらない・・国債の安定消化を断わらざるを得ない事態が起きていると言う意味で激震が走っています。
ところで金融機関は本来一般から資金を集めて一般人には分らない有望投資先を見つけてまとめて投資したり融資するのが本来(は決済機能でしたが、この1〜2世紀に限る)の業務です。 
言わば政府が税を集めて道路や橋を造る・警察力などの公的制度維持するのに対して、民間需要に対しては民間の銀行が市場での需要に応じて資金分配する仕組みでした。
19世紀型政府としては、夜警国家思想が知られていますが、日本の場合明治維新以降欧米に追いつき追い越すための近代化資金として、郵貯制度を創設して民間から資金を集めて(国営製紙工場や製鐵その他)財政投融資して成功して来たことを紹介しました。
(この功績が大きいのでもはや無用になったからと、特定郵便局をむげに扱うことは許されません)
第一次世界大戦以降ケインズ説によって、日本だけではなく世界中の政府にとって財政投資政策の巧拙が重要になってきました。
安倍政権も「三本の矢」が知られるように経済政策が主要テーマになっていることからも明らかです。
金利水準だけを中央銀行が決めるとしても市場の資金需要とその配分・セールスを市場に任せていると、海外受注あるいは企業誘致(工場用地造成や固定資産税減免など)出来ない時代・・インフラ輸出その他政府が海外でトップセールスするしかない時代です。  
資金分配に関する政府の役割が大きくなる一方で市場の資金分配機能を見ると、株式市場に一般人が直截アクセスするようになった上に、各種ファンドが発達している結果、銀行の資金分配能力がなくなる一方ですから、銀行は資金を集めても何を出来るか(残っているのは祖業である決済機能だけか?)が問われねばなりません。
金融機関の使命低下・・喪失については、このコラム開始直後・例えば05/02/07「銀行の機能変化と銀行救済策12」以前から繰り返し書いてきましたが、リーマンショック以降の金融緩和・金利低下=紙幣のだぶつきが,唯一残っていた貸し出し機能についても致命的ダメージを与えたように見えます。
機能低下・・業務能力(資金分配機能や貸し出し)低下の結果、預かった資金をマトモニ運用出来ずに日銀に預けたり国債に滞留させて,確実な利ざやで儲ける無作為収入にあぐらをかいていること自体が産業としての存在意義がなくなって来た結果・・最後の足掻きだったのです。
本来の銀行業務をさせるためにも、日銀預金金利を下げて国債を日銀が買い上げて銀行には銀行の仕事させる発想は当然のことですが、国債金利もマイナス化して来ると全部日銀が買い上げてくれないと銀行が一部でも引き受けし切れなくなったのが特別資格の返上問題です。
これは、本当の市場需要がない・・マイナス金利は市場原理から見て無理があることを表しています。
無理に金融機関に引き受けさせるために一定の特典を与えるグループ化が、上記プライマリーディーラーシステムですが、一定率まで日銀が買い戻してくれる密約の恩典程度では・・100%買い戻してくれればリスクがないですが・例えば7〜8割しか買い戻さない場合,銀行は残り2〜3割を自力で売りさばく能力がない→エンドユーザーがいない・・国民がマイナス金利の国債を欲しがらないのは当たり前です。
私の場合、マイナス金利で敢えて買う気持ちがしない・・タンス預金にしておくか少しリスクがあっても、外債その他いくらでも投資先があるよ!と言うのが普通です。
三菱としては売り損ねて自己保有していると、将来の金利アップのリスクに耐えられない「損だ」となって来たのが(株仲間・ギルド資格)返上問題です。
末端の買い手がつかないと言うことは相場が高過ぎると言うことですから値引きして売れば良いのですが、それが何故出来ないかと言う問題です。
三菱銀行はリスクがあると思えば市場金利をつけて損切りすれば良いのです・・・・例えばゼロ金利で売れないが1%つければ(割引価格で)売れると思えば、その金利で売り出して損切りすれば良いことですが、それを1社でもやると日本国債の暴落・・日銀の無理なマイナス金利設定の崩壊が始まってしまいます。
三菱UFJ銀行の態度表明は「王様は裸だ」と子供ではなく大臣にあたる最大手銀行が「プラス金利でないと売れない」と言い出したことになります。
日本の代表的大企業がゼロ金利では、社債発行出来ないよと言い出したのと同じです。
ところで、何年も前からトヨタなど大手日本企業発行の社債が、南アランドやトルコリラなど何%の高利回り外貨建てで売られていて、これの営業を受けることが多くなっています。
買う立ち場になれば為替リスクのない円建て買いたいのですが、国内でゼロ%近辺の金利で発行したらいくらトヨタでも買い手がつかないので、金利の高い国の通貨でワザワザ発行しているようです。
外国の金融業者を儲けさせないで国内で売れる金利で発行すれば良い筈ですが、日銀の金利政策をコケに出来ない・・遠慮があるからでしょうか?
市場原理無視の金利政策は発行企業に、ワザワザ海外金融機関に頼んだり当地の機関に届けでるなどの手間をかけさせ、日本の社債発行機関の仕事を奪い海外為替の動きにうとい国民にリスク負担をかけるなど、みんなに損をさせている印象です。
三菱の資格返上問題は、日本の代表的大企業がゼロ金利では、社債発行出来ないよと言い出したのと同じです。

アメリカ連銀による財政政策1(QE1〜3政策の意味)

安定成長時代になると資金需要の主役は投資用から消費用に切り変わりますから、無利息〜マイナス金利が中心になって行くべきでしょう。
まして金貨時代とは違って中央銀行が好きなだけ紙幣発行出来る時代では、紙幣需要があれば直ぐ供給出来るので、(国際収支が黒字である限り)資金不足によって金利が上がる理由がありません。
言わば資金過剰(印刷能力の範囲でいくらでも印刷出来る)時代が到来しているのです。
現在では金利政策の効用がなくなっていて中央銀行の役割が低下していると何回も書いてきましたが、過剰供給の(生産余力が大き過ぎて困っている)飽食時代には金利下げ程度では需要を喚起することはないし、仮にあっても微々たるものに過ぎません。
しかも先進国では画期的発明がない限り、改良投資しかない投資効率の悪い社会になっているので、いくら金利を下げても景気対策としては何の効果もない(本来マイナス金利時代に突入しているのではないかという意見を前回まで書いてきました)時代が来ています。
このため今やアメリカでも、金利政策の意味がなくなったので所謂Q1(量的的緩和)、QE2が行われ、ついには日本時間の昨日待望の?QE3が実施されたようです。
Q3の内容を見ると、QE2までと違って言わば無制限に住宅ローン債権等の買い取りが出来るようです。
従来の国債等の買い入れから住宅ローン債権の買い取り枠を無制限に広げたことで住宅市場の底入れを目指しているのでしょうが、政府公認の住宅バブルの再来を目指していると言えます。
サブプライムローン・・支払能力のない低所得層に対してもローンを供与してこれを世界中にバラまいていた咎めがついに出てサブプラムローン問題・2公社の破綻となり、ひいてはリーマンショックでとどめを刺されたのがアメリカ経済不振・・現在の欧州危機の根源ですが、これを今度は2公社というクッションを置かずに連銀自体が直接引き受ける荒療治になります。
紙幣発行権のある連銀が住宅ローン債権を買い取ってやることになれば(買い取り基準に該当する必要がるでしょうが・・・)銀行は支払能力に疑問符のつく低所得者に対しても安心して貸せますので、サブプライムローンによってドンドン家が建設されてアメリカが見せかけの活況を呈していたサブプライムローン全盛時代の再来を狙っていることになります。
2公社が世界中に向けて債券発行して住宅ローン向けの資金調達していた(2公社が破綻するとこれを買っていた中国や日本が大損する関係でした)のとは違い、紙幣発行権のある連銀自体が無制限に住宅ローン債権を買い取るとその資金は自分の刷った紙幣で賄うので、これを得るために世界に公社債を販売してバラまく必要がありません。
2公社のように債券を再販売しない代わりに紙幣をバラまく・・紙幣価値は日々帳尻を外為市場で合わして行くので、イキナリのショックにはなりませんから、2公社のようにデフォルトの心配がない点が違います。
(実はアメリカ国債の最大保有者は中国ではなく、今やアメリカ連銀になっているとの報道を見たこともあります・・今後新規発行(借換債が殆どです)分をアメリカ連銀が買い受けて外国人保有と入れ替えて行けば、外国人保有による外国の発言権を心配しなくて良いことになります。)
アメリカは従来ずっと貿易赤字国ですから、政府資金や住宅建設資金を賄うために国債や公社債を発行して回収・還流していました。
紙幣に変えて債権を海外に垂れ流して来たのです。
その引き受け資金が国内にないことから、そのファイナンスとして貿易黒字国に自国国債等を買って貰って資金還流させていました。
(我が国は黒字国だから財政赤字資金を国内民間資金で賄ってきましたし、ギリシャなどは国内で賄えなかったので外資に頼った結果ついに危機になっています)
今後ドル紙幣を回収・還流させないまま同額の紙幣を垂れ流すと、国際収支の赤字分だけドルの価値が下がってインフレになります。
今後国際収支赤字分と財政赤字分の過剰支出分を自国紙幣増刷で賄うのみならず、過去のマイナス分も借換債発行の都度自国紙幣発行で連銀が仮に全額購入して行くとすれば、過去何十年分の倍速で押し寄せて来ることになります。
(過去に仮に年に100億ドルずつの赤字であって今後も同じ額の赤字とすれば、全額連銀引き受けの場合、毎年100億ドルずつの償還があって新規赤字の100億ドルと合計すると200億ドルずつの紙幣垂れ流しになります。)
こんな極端なことは出来ないですから、既発行債の買い替えの一部を連銀が引き受ける形で徐々に海外に出回っている国債・公債残高を減らして行くことになるのかも知れません。

年金赤字6とマイナス金利7

投資用資金需要から消費信用にシフトして行く低成長社会では、実物同様に保管期間が長ければ長いほど管理コストがかかり目減りが大きくなります。
今のように融資期間が長ければ長いほど利率が高く利息が多くつくコンセプトは(消費信用時代には)間違っています。
利回りについて自信がない分を加入者増で誤摩化したり、インフレを期待するのは邪道ですし、こんなことでは将来支払に行き詰まることになります。
資金運用のプロが主催している投資信託だって、ホンの短期間でさえ利回り保障出来ないのに、天下り官僚の素人が運用している年金基金関係者が50〜100年単位の超長期の運用について一定率の利回り保障をすること自体神を恐れぬ所行(良くそんな約束が出来るもの)です。
払うときには自分はとっくに退職して(死亡して)いるという無責任感覚で制度設計したのではないでしょうか。
バブル崩壊後我が国では超低金利政策の続行ですし、リーマンショック以降世界中が順次低金利に向かっています。
高成長中だった中国でさえも不況対策として、今年に入って金利を下げ続けています。
今後は新興国も低成長時代に突入するしかないかもしれない予兆です。
高成長は生産性の急上昇に比例してこそ成立し得ますし、高金利も高成長があってこそ成立するものです。
金利はその社会の成長率に規定されているので、低成長社会では、金利も低下するしかありません。
更新投資しても1〜2%しか利益アップしない社会では金利はその1〜2%の利益から経営者と出資者とで分配するしかありません。
近代産業が全くないところで、イキナリ日本などから先進工業技術が導入されるとその組み立て加工をするだけでも、前近代社会から見れば超高度成長になりますが、これが一通り行き渡った後では、設置した機会を少しレベルアップする改良投資くらいでは、成長率が鈍化するのは明白です。
山道を迂回していたところでトンネルを掘って貫通すれば10倍の時間短縮になりますが、貫通後そのトンネル周辺道路の改修工事をいくらやっても効率上昇は微々たるものです。
「中進国の罠」として、新興国の所得・賃金水準が上がって次の新興国に地位を脅かされることだけをマスコミが報じますが、そんなことは大きな問題ではありません。
新興国自身の諸設備が一定水準に上がってしまうと導入した技術の改良投資をするのがやっとですから、それ以上の上昇率を描けなくなることが主たる原因です。
自国水準から隔絶した最先端技術を先進国から導入し続ければ急成長出来ますが、先進国では、自国よりも格段に進んだ国がないのでよそから画期的技術の導入が出来ず、自前技術の改良研究くらいしか出来ないので、生産性上昇率は微々たるものにならざるを得なくなるのは理の当然です。
先進国だけではなく、韓国台湾、その後の中国、インド、ブラジル等の新興国も既存設備の更新需要程度しかなくなって成長率が低下して来ると世界中で投資用資金需要が縮小する一方となります。
こう言う社会になると投資してもそれほどのリターンが見込めないのに、高い金利を払ってまで借金で投資する人が少なくなります。
世界中に近代産業が行き渡るまでは、新規導入国では高成長出来ますが、全世界に産業革命後の工業水準が行き渡った後には、画期的技術革新が新たにない限り亀のあゆみのような微々たる技術改良の繰り返ししかありませんので、高成長が再度始まることが期待出来ません。
中国やインド、ブラジル、インドネシアなど人口大国の近代化が一定程度まで進めば、その後は改良程度の生産性向上しか出来ないので、(その後小国のいくつかが近代化に離陸しても世界の大勢に影響がないので)その後は世界中が西洋中世のような、あるいは日本の江戸時代(西洋中世とは違い江戸時代は改良工夫が進み・文化も発達しましたが・・)のような安定社会になってしまう可能性があります。
マスコミは失われた20年など言って世界の成長に日本は遅れを取っているとしきりに主張しますが、私は安定成長社会が悪いことだとは思っていません・・他所と張り合う楽しみ方は中国や韓国に任せておいて、安定成長社会で豊かな生活をするのは良いことだと思います。

マイナス利回り6(世代間扶養のまやかし1)

そもそも世代間扶養というマスコミ宣伝からすれば、自分の積み立てたお金をもらうのではないことになりますから、金利想定がマイナスならば納付する気持ちにならないという議論が起きて来ません。
私の年金記録が6ヶ月だけ消えていて、「当時の集金人に使い込まれたのではないか?」と06/24/07「年金分割と受給資格3( 年金の行方不明事件2)」前後のコラムで書いたことがあります。
裁判しているのも面倒なので、「そんな程度のお金なら払うよ」となったときに、30年ほど前の納付金だから、単純な6回分ではなくその間の利息相当分らしき金額を払わされました。
国家公務員共済年金を司法修習生終了時に一時金受領で終了していたことが分って、貰ったお金を返して復活手続きをしたのですが、このときも約30年分ほどのどう言う計算か知らないけれども、利息相当分らしいものを払わされました。
こうした実務から言えば、世代間扶養であるから少子化で赤字になったとマスコミが宣伝しながら、他方で後払いしようとするとその間の利息をとる仕組みになっていることが分ります。
昨日紹介した日経経済教室の続きが今日掲載されていますが、そこでも金利設定5、5%に無理がある・あるいは年金基金とその他の利回りの二重基準が問題とも書かれています。
世代間扶養ならば現役世代に対する金利約束とは自体矛盾してきます。
そもそも国民が自分の将来のために積み立てる意識が基本にあるから、マイナス金利だとイヤになるし、後で遅れた分を払おうとすれば利息をとられても当然だと思うのです。
払う方の意識として遅れた分の利息を払うのに抵抗がないのは、自分の積立金意識があるからではないですか?
世代間扶養でも早くからみんな負担しているのだから、遅れて納付する分得をしているという理由で利息をとるのは矛盾する訳ではありませんが・・。
ただし、この場合運用利益がプラスになることを基本とした考えになりますが、自分で貯めておけないので、母親や国、会社に預かってもらうようになったのが年金制度の基本思想だとすれば、預けるのが遅ければ遅いほど預かってもらう保管料が少なくて済むことになります。
もしも今後ゼロからマイナス金利が普通の時代が来れば、高利回り保障を期待する人が減って来ます。
元々年金制度というものは、老後資金を自分できちっと貯蓄出来ない人の方が多いからこそ、年金制度が構想されて来たのです。
自分で充分な老後資金を蓄えられず「宵越しの銭を持たない」人たちにとっては利息がつかずある程度管理費用が差し引かれても、天引きしてもらって何十年もちびちびと貯めておいて貰った方が老後に助かる人がかなりいる筈です。
子供が働き始めたときに稼いで来たお金をそのまま持たしておくと使ってしまうから、将来のために母親が管理してやるようなことが、私の若い頃には普通に言われていました。
(とは言うものの、当時のマスコミ報道とは違って私の身近で現実に見たことはありません・・現場労務者や、スポーツ芸人関係者だけのことかな?)
母親が息子の稼いで来たお金を管理してやっている代わりに、社内預金や厚生年金や社会保険が発達して母親の役割が減りました。
年金制度は預ける相手を個人(長期の場合、個人では継続性に無理があります)から国や企業(企業年金)に変更しただけのことですから、それで良いのです。
使い込みしない安全性・継続性という意味では、生保年金なども充分な資格がありますから、(資金管理に関する外部監査制度の整備)国民は民間と国営のどちらかを選択出来るようにしたら合理的です。
世代間扶養でない限り、(私は世代間扶養などというまやかし論は全く反対です・物事は自助努力が基本であるべきです)結果的に年金制度は公営である必要がないという意見になります。
この意見は大分前に書いていたのですが、間にいろいろに意見が挟まって今日になっていますが、偶然ですが、今朝の日経朝刊の経済教室にも、似たような意見が書かれています。
世代間扶養であるにもかかわらず、納付しなかった人には年金受給資格がないのもおかしなことです。
こじつければ、親世代の扶養に協力しなかった人は自分も次世代から養ってもらえないという理屈もあるでしょうが、あまりにもこじつけが過ぎます。
やはり自分で納めた人がその見返りを受ける・・納付期間に応じた年金・・納付額に応じた年金と言うことでしょう。
親世代により多く貢献した人だけが(何の血のつながりも生前交流もなかった)次世代から、より多く受けると言う説明はあまりも迂遠で技巧的過ぎます。
世代間扶養説を身近な関係に戻すと、子供のいない単身者でも自分の親に孝行を尽くした人に対しては、周りの人が孤独な老後の面倒を見るべきだと言う関係になりますが、あまりにも関係が遠過ぎておかしな感じがしませんか?
独身者は若い頃に子育ての苦労・巨額出費がなく旅行観劇その他青春を謳歌出来た分、老後は孤独になるのは仕方がない・・ある程度自己責任を覚悟してもらうしかないし彼らもその覚悟で生きています。
独身者は老後困らないように子育ての労力がない分を、友人関係などの他人間関係の構築に振り向ける時間があるし、老後の蓄えをしているのが普通です。
こうした自助努力しない人のために同胞としての助け合い精神として年金を支給するとしたら、それは社会保障の分野ではないでしょうか?

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