利害調整不全6→(地域エゴ野放し1)

民主主義社会・・自由な言論が際限ない対立を前提にするのではなく冷静な議論を経て結論が決まると挙国一致(企業で言えば企業)の方針が決まり、反対した方(一つの政策決定が自己利害に反する集団も決まればそれに従う)も実行に協力する社会を前提にしています。
経済活動場面・自由主義経済の場合→(見えざる神の手)市場による淘汰が行われ選ばれた企業が成長し、勝ち残った製品サービスが社会に行き渡る仕組みです。
商品の場合には市場規模が大きい場合順位1番から50〜100番までの多様な商品サービス並存可能ですし、多様なサービスが並存している方が消費者には便利です。
だから都会に人が集まるのです。
国家社会のルールや政策決定の場合、社会秩序そのものの決定ですので、商品のように並存可能というわけにはいかない・・・道路交通法でいえば、AB両地点のいずれに信号機設置すべきかどうかの議論でA地点だけと決まった場合、B地点派がA地点の信号設置に反対したんだからと信号無視して良いとなれば社会が混乱します。
制限速度や一方通行、駐車違反場所でも同じで、反対派だった人も決まった以上はそのルールを守るべきですので、集団別ルールが並存するのは不可能です。
民主主義とは統治の原理・統治ルール決定手続きに関するルールであり、自由な言論活動は一定期間内に一つの結論に収斂するための言論の自由です。
一定手続きで決まったこと(法)には反対派も従うことを予定していることになります。一旦決まったことを実行してみる不都合があるなどの修正変更の必要があるので、多数意見が決まったのちにも、少数意見者も「やはりこの方法の方が良い」と言い続ける言論の自由は残りますが、多数で決まったルールに従わない自由はありません。
すなわち民主主義とは意見・利害調整による意見一致を前提にした決定手続きをいうのであって、利害調整・意見一致できないで意見対立のまま終わることを予定していません。
民主主義であろうと、絶対主義であろうと自由主義であろうと一党独裁であろうとすべて社会は生命体同様の統一秩序を求めています。
一つの体で左足は横へ動く右足は前に動くというバラバラ行動は許されません。
幼児や小中学生レベルの場合、完全な自治運営が困難なように、言いたい意見を話し合いの結果合理的に収斂させる能力があってこそ自由な意見交換が成立します。
意見を言うなら議論の結果によっては相手の主張に従う度量が必要です。
年齢基準は年齢に応じてその比率が上がるだけであって、(小学3年生で5年生の能力ある子も2年生の能力しかない子もいます)大人になっても対話能力が育っていない人が一定率いるのですが、(私もそうかな?)そういう人は、自分の能力限界をわきまえて集会参加しても黙って聞いている・論争を聞いて最後にどちらが良いかの挙手をするだけで済ませば世の中が決まって行きます。
旧社会党の場合、議論にならない反対のための反対論(法案に関係ないキャンダル追求先行要求など)を繰り広げ、質疑打ち切りすると委員長不信任案や議長不信任案等を繰り出して最後は牛歩戦術や根拠ない不信任決議案提出で数時間でも採決を遅らせることで議決自体の妨害を図っていたので国民支持が離れました。
このような政治活動は技術革新の早い現在社会で、日本の国際適応を一国でも遅れさせる目的にしかならない・反日国家の意を受けた行動でないか?の疑念を抱かせるようになりました。
こういう疑念が一般化して来て・・革新的系政党支持率が低下一方になったのちは、地方自治体レベルでの抵抗戦術を始めたようです。
国政の場合2〜5%の支持率では何もできないのですが、地域特化し地域固有の問題が起きればその問題が続く限り、その地域限定で抵抗政党が圧倒的支持を得られるようになります。
数%支持でも特定問題・・例えば、放射性物質の特定市町村内廃棄貯蔵地問題が起きれば、その問題に限って過半の支持を得ることが可能です。
福島原発事故の結果、千葉県内で風向きの関係か?柏市中心に放射性物質の降下が多かった・・これの県内処理として原因企業である東電の広大な敷地がある千葉市内の臨海工業地帯・・広大な埋立地立地なので旧市街とかなり距離が開いている・近くに一般住宅街もない・・千葉市に白羽の矢がたったらしいのです。
これまで書いてきましたが、そもそも微量の放射能があった場合、どういう被害があるかの科学的意見を見たことがないのですが、宗教心のようにメデイアが恐怖心を煽り続けてきた結果だと思っていますが・・。
普段与党支持者でもこの問題に限っては、まず反対するしかないという宗教信念みたいな動きが起きます・・自治会等での議論を聴いていると風評被害がおきたらどうするんだ!式の反対で地元結束するようです。
原発問題もそうですが、「不可知な論争に持ち込んだ方が勝ち」というか、反対論者は対話にならないこの方式に頼ることが多いのです。
「〇〇があったらどうする」式の議論では、神ならぬ身、誰も「そんなことはあり得ない」と断言仕切れ無いので黙るしかない・・合理的対話が成り立ちません。
県内どこかで引き受けねばならないとなれば、被害の一番少なそうな場所に決めるしかないのですが、東京電力敷地が広大でしかも周辺と車で移動するほどの距離がある・・それ以上の適地がない・・しかし地元エゴに付き合わないと仕方ないので責任政党の与党系は「知事にかけあって努力する」というだけで腰が引けているので迫力がない・・不利です。
集会での議論を聞いていると「柏市のゴミを千葉市がなぜ引き受けねばならないか?」という一見尤もらしい議論で落ち着いて参加者が自己満足していたようです。
ちょっと考えれば無理筋の論理ですが、誰でも良識というか、良心があるので自分を誤魔化す目先の浅い論理が必要なのでしょう。

豪華クルーズ船対応批判6

昭和40年代には何かことが起きると学者が出てきて「西欧で〇〇」と留学経験をひけらかして解説するパターンが流行りましたが、(サザエさんの漫画にも出て来るほど一般化しています)これの再現を見るようでした。
このパターンの延長で米国で学んできた岩田氏のツイッターが重宝され指令塔のない日本のクルーズ船対応が悲惨な結果になっている・・クルーズ船乗客(外国人乗客の母国には訴求力があったでしょう)がひどい目にあっているというイメージが岩田氏による外国人特派員協会での記者会見を経て、これが世界に拡散されたと思われます。
この後で紹介しますが、それによると記者会見は日本語は終わりころに少しあった程度で原則英語で行ったらしく記者会見内容は日本語訳(文字起こし)が出ていませんので内容不明です。
岩田氏自身内容を説明する必要がないということでしょうから、削除したツイッターと骨子が同様と見るしかない・勝手に想像してしてくださいということでしょうか?
ウイキペデイアに出ている削除前ツイッターの骨子は、感染症専門家でない厚労省官僚が仕切っている結果ぐちゃぐちゃで感染拡大が止まらない・乗客がかわいそうというものですから、これが特派員から乗客の家族が待つ本国に一斉打電される・・自国民が被害を受けている被害者というイメージ報道(具体論がなく)が欧米でかけ巡り、それを日本大手メデイアが逆輸入し国際批判がされていると言うだけのホットニュースが日本国内で駆け巡りキャッチボールされていたイメージです。
批判内容を書かない・「日本の専門家が言ってる」というだけの内容の報道では引用できないでしょう・・で海外批判があるという程度の抽象報道に日本メデイアがシフトしていたように見えます。
米国のコロナ対策の失敗?・現在も世界最大の被害者続出中のせいで、さすがに客観事実無視のイメージ賞賛(裏からいえば根拠ない安倍政権批判)は続かず、CDC賞賛記事が今は下火になりました。
厚労省報道資料の過去1週間の日米の推移比較を見ておきましょう。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11934.html

新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和2年6月11日版)
によると日米の比較は以下の通りです。
4.国外の発生状況について
・海外の国・地域の政府公式発表に基づくと、6月10日12:00現在、日本国外で新型コロナウイルス関連の肺炎と診断されている症例及び死亡例の数は以下のとおり。

国・地域 感染者 死亡者
日本 17,251 919
米国 1,979,089 111,876
カナダ 96,653 7,897
フランス 154,591 29,296
ドイツ 186,506 8,736
イタリア 235,561 34,043
英国 289,140 40,883
ロシア 484,630 6,134
スウェーデン 45,924 4,717
スペイン 241,966 27,136
ベルギー 59,437 9,619

これが1週間後

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11934.html

新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和2年6月17日版)
4.国外の発生状況について
・海外の国・地域の政府公式発表に基づくと、6月17日12:00現在、日本国外で新型コロナウイルス関連の肺炎と診断されている症例及び死亡例の数は以下のとおり。

日本 17,628 931
米国 2,136,043 116,917
カナダ 99,147 8,175
フランス 157,716 29,547
ドイツ 188,252 8,820
イタリア 237,500 34,405
英国 298,136 41,969
ロシア 544,725 7,274
スウェーデン 53,323 4,939
スペイン 244,328 27,136
ベルギー 60,155 9,663

米国は213万超の感染者で、まだ最近1週間で15万人以上も増加しているし、死者数も1週間で五千人も増えています。
対する日本の感染者はこれまで累計で17000人台でしかなくこの1週間で増えた数も377人、15万人増えている米国に比べれば可愛いものです。
死者も1週間で米国5000人以上に対して日本はわずか12人です。
累計死者数は米国11万6917人に比べて日本は931人で100分の1以下です。
感染1週間差比較  日本  17628ー17251=377
米国  2,136,043ー1,979,089=15万6954
死者1週間差比較  日本   931ー919=12
米国  116,917ー111,876=5041

もの事は結果が重要で、自粛要請だけでこれといった強制措置を取らなかった日本が米国の百倍以上の好成績を挙げているのに対し、(一時優等生と言われてしきりにメデイアが持ち上げていたドイツは日本より人口が少ないのに8800人も死亡です)世界に誇る陣容を擁していた米国が、ロックダウンという全面的外出禁止例を採用して国民に不自由を強制した挙句に欧米諸国が惨憺たる結果になっています。
これでは「日本では、専門外の官僚が仕切って、「ぐちゃぐちゃ」になっていてクルーズ客船・国民が酷い目にあっているイメージ情報キャッチボールの魔力が弱まるわけです。

新型コロナの実害比較(序盤採点6・ゴードン意見1)

https://www.msn.com/ja-jp/news/coronavirus/

ソフトな緊急事態宣言を聞き入れた日本人の不思議/アンドルー・ゴードン 2020/05/16 08:00
(アンドルー・ゴードン:歴史学者、ハーバード大学歴史学部教授)
この報告書ではCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の発生とその対応策について以下3つの視点から考察する。
(1)リーダーシップの問題(リーダーシップはCOVID-19への対応策を形作り、その効果にも影響する)
(2)(社会、政治、経済の) 構造的な要因
(3)文化的・歴史的な要因
アクセスできるデータが国によってどれほど異っていたとしても、米国・イギリス・イタリア・スペイン・フランスなどの感染状況は、日本・韓国・台湾そして中国などの状況と比べてより深刻と見て間違いないだろう。
現時点で、米国や主な欧州諸国のCOVID-19による死者数は人口100万人あたり200名~500名に達している。欧州の主要国の中で唯一低い死亡者数を維持しているのはドイツだ(100万人あたりの死者数は約80名)。アジア諸国(日本・韓国・中国・マレーシアなど)の死者数は100万人あたり3名~5名である。じつに2桁、100倍の開きがある。この違いをどのように説明できるだろう。

このような基本理解(細かい数字は国によって違いがあるので人口比死亡率や超過死亡数で大まかに見るべきという基本姿勢・ただし日本の場合まだ超過死亡統計が出ていません)も従来書いてきた私見同様です。
引用を続けます。

ある者は生理学的な要因にその答えを求める。たとえば、欧米で蔓延しているCOVID-19はアジアのものと「型が違う」という説だ。またある者は結核の予防接種(BCGワクチン)が影響している可能性を指摘する。私自身はこれらの仮説の評価を行うことはできない。なので以降の分析ではこのような可能性は捨象して話を進める。

上記意見も私見同様で、今のところ科学的意見は、どれも根拠薄弱で不明なので(個人の思いつき感想は自由ですが)専門家の間で確定説が出るまでは正式な議論対象にすべきでないという点も同じです。

(1)リーダーシップの問題
・・・仮に「最悪のリーダーシップ」を競う五輪競技があったなら、米国、イギリス、イタリアがそれぞれ金、銀、銅メダルを獲得するだろう。日本や他のアジア諸国は(中国を除き)競技の参加資格さえ得られないはずだ。
・・・対照的に日本政府は、首相をはじめ、主要な閣僚、与党、野党、そして都道府県知事と、それぞれ比較的早い時点からCOVID-19の危険性を認識していた。たしかに一斉休校の要請は唐突だったのかもしれない。
しかし、その決断も、またその数日前から行われていた大規模な集会に対する自粛要請も、重要かつ賢明な判断だったといえる。
初期の段階で検査をクラスターに集中させたことも理解できる。
政府は専門家からの意見に注意を払った。このことは一般の国民に対し一貫して明確なメッセージを伝える効果を持ったと考えられる。これは他のアジア諸国やアンゲラ・メルケル首相の率いるドイツにも共通していた点だと思われる。

上記は新型コロナの特質が十分解明されていない段階では、無責任な決断をするのではなく、台風の気象情報のごとく、時事刻々の正確な情報(少しづつコロナの特質が明らかになる専門家の意見)を国民に知らせる努力こそが最重要だったという23日に書いていた私の意見と同様です。

(2)構造的要因
・・・・「公衆衛生」についていえば、特に米国は日本・台湾・韓国などのアジア諸地域と比べて劣っているのだ。これは「公衆衛生」の概念が19世紀後半に西洋(主にドイツなど)からアジアに伝えられたという経緯を思うと、皮肉なことである。
・・米国では数十年間にわたり慢性的に、公衆衛生分野への支出が不足している。これは一部の幸運な人々に向けた高度専門医療に資金が集まっていることとは対照的だ。
医療費が高額になる恐れがあったために、米国ではすでに感染が拡大していた2月になっても多くの人々が治療を躊躇したと見られている。
・・・「雇用の不安定さ」が人々の行動に影響したという仮説も成り立つ。
雇用が不安定な人々の間では、多少体調が悪くとも、家の中に留まるより仕事に出かけようという誘因があったと考えられる。社会的・経済的な格差の広がりは今回のウイルスの拡大にも関係しているようだ。実際に米国の都市部でも、特に貧困が深刻な地域でCOVID-19が猛威を振るっている。

この意見は世界の現状にあっています。
南アジア、アフリカでは欧米や日本等に遅れて感染が始まったので今後ピークがくる様相ですが、コロナの拡大期にも関わらず貧困層はその日暮らしで蓄積がないので働きに出ないと食うにも困るので、外出禁止施策を続けきれない弱点が表面化しています。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200504/k10012417421000.html

インド 外出制限を段階的緩和 一部店舗で営業再開 新型コロナ2020年5月4日 17時58分
・・・・インドではここ数日、1日の新たな感染者が2000人を超えるなど、感染の拡大が抑えられていない状況ですが、外出制限によって大量の失業者が出ていることから経済活動の再開を余儀なくされた形で、今後、感染がさらに広がらないか懸念も出ています。

外出規制緩和6(抗体保有率・集団免疫)

ある社会でウイルスに強い(発症しにくい)人の比率が100人中1人か、30人か90人か等によって、(自覚症状があってから検査を受ける社会の場合)発症表面化率が違ってきます。
PCR検査をいかに拡大しても、小学校等で(体調不良等特殊事情を除いて)全員もれなく実施する各種ワクチン接種のように国民全員に検査を義務付けるまでにはいかないでしょうから、最大化しても当面希望者全員検査をできるようにするのが限界でしょう。
ウイルス感染に強い・未発症状態の人の比率が上がるか、あるいは元々その比率の高い社会では、感染していても検査を受ける比率が下がります。
検査を受けない感染者が一杯いても統計上の感染率が下がる一方ですが、実はウイルスが社会にウヨウヨしている場合があり得ます。
言い換えれば抗体保持者の多い社会ですので、仮に人口の99%が免疫保持者になれば、集団免疫成就社会という理想社会になるでしょう。
社会の99%が抗体保持者・・感染可能率が1%くらいならば、たまに発症しても「あいつは弱いんだよ!」と例外扱いすれば済み、社会の脅威とならないので、普通の風邪ひきや心臓病、がん患者みたいなものにランク落ちして「疫病」から卒業です。
そこへ行きつくまでの途中・・ウイルスが体内侵入してきても抵抗力が強くて症状は出ないが周囲にウイルスを撒き散らす人・抗体保持者?が3〜40%で6〜7割がすぐ発症する弱い社会では、ニコニコと近づいてきた知り合いが、実は感染しているが未発症かどうか不明で、「うかうか町も歩けないよ!」という期間どうするかです。
上記の仮定例で言えば、10人の元気な人に出会えば、そのうち3〜4人がウイルスを撒き散らす隠れ感染者(または元感染者)の可能性があるということです。
感染しているが未発症の人が、1日平均100人に接触する場合、100人の内一人でも弱い人がいると1日一人の発症する感染者が発生していくことになる。
すぐに発症する弱い人が10人いれば、潜伏期間を経て検査を受けるので弱い人の比率次第で検査を受ける人の数が増減し、表面化する新規感染数も増減します。
1人の人間が1日に平均100人と接触していた社会で1日の接触数を10人に減らせば、感染増加率も10分の1に減ります。
ウイルスに強い人を増やすには相応の感染リスクを経る必要=リスクを負担しますが、会う人を減らすだけならば、リスクがないので古来から世界中がまず取り組んできたのが接触数縮小政策でした。
未知のものには警戒してむやみに近づかないのが動物界の掟です。
伝染性疾患とは伝染しやすい疾患のことですから、伝染=対人距離に比例・・私が戦後に育った子供のころの経験では「避病院」といって結核〜ライ病など治療方法不明の病気は須らく雑木林に囲まれた村里外れの隔離施設に収容するのが基本でした。
これが古代からの基本的知恵です。
古代からといえば、私が戦後疎開先で育った地方の経験では葬送の儀礼は土葬社会でしたので、土葬すべき墓地は人里離れた場所・サンマイ(子供の頃なのでどういう漢字を当てていたか不明)と呼ばれる人里離れた場所にありました。
文字通り「穢れ」を隔離する思想によるものでした。
古代には死に至る病=全て伝染する病原菌の巣窟という恐怖と一体だったからではないでしょうか?
今でもお葬式から帰ると殺菌の儀礼として塩を撒く習慣はこの恐怖に由来します。
現在でも台風が来れば台風と戦うよりは、安全のために「早く家に早く帰りましょう」(一番安全な自宅に篭れ)と呼びかけるのもこの1形態でしょう。
家のいろんなものが飛び散っても嵐の最中に出て行って道路や庭の掃除する人はいないでしょう。
風水害に対する日頃の備え同様に日本民族の元々保有している対ウイルス免疫獲得力の差(経済への影響で言えば、いざという時のための蓄積のある社会・体力差がものを言うように)が新規感染者数に影響するので、検査を受けて初めて分かる新規感染者数の絶対数字自体に意味がなく、その増減を折れ線グラフ化した傾向の読み取りが重要です。
絶対数の必要性は結果としての死亡数・コロナでの死亡かどうか灰色の場合も多い(交通事故死の場合までPCR検査してみたら陽性だったという報道が日本では出ますが、時節柄死亡すればPCR検査する国とそこまでしない国があるので、他国との統計比較には誤差が大きすぎます。
この点は失業率統計でも同じで、失業保険制度との関連で職安に登録した人だけの統計では失業保険制度の使い勝手の悪い社会とそうでない社会の違いが出ますし、例えば、支給期間半年の国と1年間の国では期間の長い国の方が失業率が2倍になります。
日本の場合企業内失業・・政府補助金で解雇を先伸ばす制度もあります。
このように統計の前提たる社会構造の違いが大きく出ますので、何を統計に含めるかで違いが出ます。
中国のGDP統計が信用できないことから国際的には政府発表のGDPより電力消費量の増減からの推計が流行りましたし、電力統計が操作されるようになると物流統計など次々と目先データの変更が必要です。
国別比較の場合にはこのような統計の違いが出るので、コロナ禍による影響を比較するには、結果から見るのが合理的です。
例年の各月の平均死亡数とコロナ禍時期の結果としての死亡数の変化で見比べるのが非科学的なようで実は最も正確でしょう。
同じ検査体制内では統計の変化は意味があるので、政策効果の方向性を決定づける「勢い」を知るには有用です。
例えば、日に千人平均(約1週間〜10日間の移動平均)の新規感染者が出ていたのが900〜800〜数百と漸減し百人以下の80〜70〜50〜20〜10人〜さらに8〜5〜2人と減っていけばある程度傾向が読めます。
抗体を持つ人の比率が上がると新規発症率が下がる関係ですから、対ウイルス治療薬や撲滅策(例えば熱に弱いからこうすればいいという処方が成功しても、治療薬によるのではありません)が不明・未発見の状態である以上は、他方で抗体保持者の比率が上がっていると推測することが可能です。
新規感染がゼロになればその先の傾向をどのように読むべきかは、抗体保持者あるいは免疫力をどう読むかです。
韓国が感染押さえ込み成功したということで、4月下旬に外出制限を緩和しましたのでその後の経過を見ていきます。

USA=領土拡張6(第二次世界大戦まで)

地続きの領域拡張と内部に抱える先住民絶滅作戦が終わると域外への膨張政策が始まります。
ウイキペデイアの整理では帝国主義時代の項目になっていますが、この時に始まったのではなく独立の成り立ちにそのDNAが仕組まれていたという視点で私はこのシリーズを書いています。
ウイキペデイアによるアメリカ合衆国の歴史からの引用続きです。

帝国主義時代 (1890年〜1918年)[編集]
西部開拓時代の終結によって、アメリカ人は更なるフロンティアを海外へ求め、「外に目を向けなければならない」という意識が起こった。
1889年にパン・アメリカ会議が開催され、この力がアメリカのラテンアメリカ進出を促した。
とはいえ、モンロー主義に基づくアメリカ合衆国の伝統的な外交政策は引き続き重視されていたため、植民地獲得については消極的であり、もっぱら棍棒外交やドル外交に基づいた経済的進出を狙いとしていた。
1898年にハワイ王国をなし崩し的に併合、領土を太平洋上まで拡大した。さらに同年、スペイン領キューバの独立戦争に便乗し、軍船「メイン号」爆発事件を契機として、スペインとの間で米西戦争を起こした。この開戦には、当時普及していた新聞が大きな役割を果たした。
すなわち、米国民の反スペイン感情を煽動する報道を繰り返し行った。これは新聞によって煽動された大衆が戦争を要求した最初の例であり、米国政府はこの情報戦略を積極的に利用し、後の戦争のほとんどに活用された。
米西戦争とそれに続く米比戦争に勝利すると、中米の多くの国からスペイン勢力を駆逐して経済植民地(バナナ共和国)とし、プラット修正条項によってキューバを保護国に、プエルトリコやフィリピン、グアム島などを植民地化した。
さらに、西欧列強と日本によって中国分割が進もうとしているときに、1899年と1900年に清の門戸開放・機会平等・領土保全の三原則を提唱し、中国市場への進出を狙った。
カリブ海地域を勢力圏にするために、カリブ海政策を推し進め、これらの地域で反乱などが起こるたびに武力干渉した(棍棒外交)。また、国内東西物流の安定を目的としたシーレーンの確保を目的に、パナマ運河建設権を買収し、2万人以上の死者と長期間の工事を経て、果ては工兵まで投入して完成させた。さらにコロンビアから分離独立させたパナマから運河地帯の永久租借権を獲得した。
以下略

第二次世界大戦後は、日本の南太平洋にあった信託統治領を支配下に組み込み、現在に至っています。
戦後は世界の覇者として君臨するようになると露骨な領土拡張政策は限界を迎え、余剰人口吸収装置としてのアメリカの魅力が次第に薄れ始めました。
直接的領土拡張は第二次世界大戦まで続き、戦後は直接の領土拡張欲を捨てたように見えますが、戦後は植民支配時代時代の終焉を巧みに利用して西欧諸国の植民地支配の後釜に入り込み・・中東での石油利権をめぐり英仏を追い出して中東への事実上支配を強めるなど、中南米に対する棍棒外交の世界版として世界に張り巡らした軍事基地を背景にしたCIAによる政権転覆活動などによって世界を事実上支配してきたことは周知の通りです。
この力が弱まってくると最近では金融取引停止の脅迫で支配完徹手段としています。
以上見てきたように米国は独立戦争の当初から、実態は支配地拡張・21世紀に入ってからはグローバリズムに名を借りた世界支配に邁進してきた歴史でした。
中国の台頭によりグローバリズムによる覇者の地位が危うくなり始めると逆にグローバリズム反対・・アメリカンファーストと称し、内部分配がテーマになってきました。
内部分配はあちら立てればこちら立たずの矛盾が1体1の矛盾どころか、8対8程度の複雑なパズルを解く必要に迫られます。
この困難に逢着したのがシリアとIS関係・スンニ派とシーア派、トルコとクルド族、イスラエルとアラブ諸国等々利害錯綜で、単純思考の米国民度・政治経験レベルでは、解決不能の迷路に追い込まれてしまったのです。
これまでは反ソ連、反共産主義とか、悪の枢軸とか単純仕分けで攻撃していれば良かったのですが、ソ連崩壊後単純図式が当てはまらなくなり、中国の台頭で米国の将来性も?になってきました。
もともと拡張主義の旗印のもとに連合を組むメリットを享受してきたのですが、米国民が武力経済力等々の侵略の象徴である星条旗の旗印のもとに結集するメリットを感じなくなるとどうなるか?です。
米国は何かというと星条旗の元に団結を誇示するパターンが目立ち、これしか一体化の道具がないのは、以上見てきた通り、独立の始まりから支配地拡張戦争のために団結してきた歴史によります。
単純化すれば、量の勝負・・3〜40年前の日本では地方に行くと旅館ホテル等では量の勝負で食べきれない料理を出す・・と言われた時代でしたが、米国産業界は黒人奴隷に始まり低賃金労働者の大量仕入れ・移民導入で先進国との競争に参入したので叩き上げ熟練職人が育っていないので中下級品しか作れない弱点がありました。
この弱点克服のために、製造工程を分解して流れ作業化することにより熟練工不足のハンデイを克服に成功して世界の経済・軍事大国にのし上がったものです。
ベルトコンベヤー方式に馴染む・適応の進む産業分野から世界のシェアーを奪っていったのですが、原則として規格品製造になる結果、個性や品質で競う能力が低いままになります。
非熟練工でもそこそこのものを大量に安くに作れるようになる生産方式の発明により、米国が熟練工の多い欧州より多量に安く作れて有利になった点は、米国よりもさらなる後進国に対しても参入チャンスを与えたことになります。

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