不自由展論争→憲法学は学問か?(地域エゴ競争2)

トランプ旋風以来、〇〇ファーストが大流行りですが、沖縄でも静岡でも首長は、中央に楯突くパフォーマンスの方が票を得やすいムードです。
中央と楯突く必要のない静岡のような気風温暖な地域で、しかも川勝氏はリニアー関連の審議会委員か何かを務めていた政府寄りの人物らしいですが、知事になると豹変・・合理的理由不明な妨害行動に走り始めました。
(我田引水・公共工事が減ると)地元首長にとっては中央直結よりは、なにかと対立点を探して対決する方が、票になる時代が来ているようです。
しかし中央・・日本全体の利益を人質にしたゴリ押しがすぎると、国全体から浮き上がり、目先政府は何もできないとしても結果的に地域経済にマイナス影響がないかの視点も必要です。
沖縄の基地反対運動は先の大戦でひどい目に遭っているのに、また沖縄だけ日本列島全体の犠牲になるのか!の論建てで左翼と組んで一見うまくやっているようですが、これも行き過ぎると国民の鼻について来る時期が来るでしょう。
個人の人間関係同様で困った時に相手の足元を見た強欲な主張をすると、長期的信用を傷つけるというのが日本的価値観です。
戦国時代でいえば、地元盟主の危急存亡の時に一も二もなく応援に駆けつけるのではなく(協力を惜しみ)自分を高値で売り込むような小豪族は信用されないというのが日本の伝統的価値観です。
日本人はすぐに白黒をはっきりせる民族ではないので、これをキッカケにどう動くか数十年の経過を見るしかないのでしょう。
数十年後に大村知事や津田監督が日本全体で高評価を受けるかどうかでしょう。
大村知事のとんがったパフォーマンス戦略が、従来あやふやにきた芸術系に対する公的補助がどうあるべきかの全国的問題提起になった意義は認めるべきでしょう。
(自信がありませんが)民族国家が続く限り芸術の中でも民族伝統芸術の保護と現代アートの保護とは次元が違っても良いのでないか?と思いますが、それにしても補助金の程度問題・・国民総意・政治判断によるべきでしょう。
大阪府の文楽に対する補助金問題が憲法訴訟になっていないように、将来東博等国立博物館等で、国内芸術家優先がおかしいとか、西洋美術館や東洋美術館等への予算配分比変更問題が起きたとしても、表現の自由侵害の憲法問題ではありません。
東大等の国公立大が中国の軍事技術、ハイテク技術発展のための研究協力するのに国費補助すべきかも政治で決めるべき分野であって、憲法・・学問自由の問題ではないでしょう。
こう言う補助金交付規制論が起きると、学問の自由侵害の憲法違反だと言うのでしょうか?
平和論〜国防問題でいつも問題になりますが、無防備で良いかどうかではなく、憲法9条がある限り再軍備は憲法違反だから軍備必要性の議論自体許さないかのような主張・・「悪法でも法は守るべし?」論が圧倒的です。
「憲法とか近代法精神を守れ」などのスローガンで終始して、具体論を避けるのが、文化人や学者の基本姿勢です。
芸術文化保護予算はどうあるべきの議論で「表現の自由に介入するな」という憲法論に終始して議論をさせないのが憲法学者の仕事のような振る舞いです。
どのように日本を守るかではなく、「憲法がある以上仕方ないでしょう」というならば、・・憲法改正の必要性はどうなのか?となりますが、こういう論者の100%と言っても過言でないですが、憲法改正議論すら拒否するのが普通です。
曰く「安倍政権の改憲を許さない」論ですが、憲法というのは長期に国民の守るべき規範ですので、平均数年で交代する・・国会発議に必要な与党議員数確保したのは、前回衆議院選挙であり、まだ約3年で辞任表明です・・政権好き嫌いと憲法条文をどうするかの議論は関係ないことです。
https://www.jcp.or.jp/web_info/9no.html

安倍改憲ノー!新署名広く

「草の根」の力で必ず阻止  総がかり行動実行委員会共同代表
(「しんぶん赤旗」2020.2.6)

上記のようなビラが溢れていました。
ところで、安倍総理辞任表明後、安倍政権を毛嫌いしている朝日新聞の世論調査でも以下の通りの結果が出ています。
https://www.asahi.com/articles/ASN937F3RN92UZPS005.html

安倍政権を「評価する」が71% 朝日新聞世論調査
会員記事 自民党総裁選2020
2020年9月3日 22時30分

自民党政権毛嫌いの朝日新聞の調査でさえも71%も支持されている安倍政権だから改憲反対という主張は、支離滅裂としか言いようのない主張ではないでしょうか。
「ごく少数支持政権の改憲発議なら賛成する」とでも言うのでしょうか?
民主主義を守れ!と言うリベラル政党各派の看板が泣きませんか??
こういう議論方式が大手メデイアや憲法学会や弁護士会で主流?(声が大きい)になっているのは、おかしいのではないでしょうか?
彼らにとって憲法って何のためにあるか?
まともな議論拒否、「なんでも反対の護符」になっているように見えます。
日本の憲法学界や思想家人権グループは、我々素人から見ればオカルト集団のようで科学としての学問に基づく主張をしていると言えるのでしょうか?
真面目に学問として研究している人もいるのでしょうが、政治運動と区別のつかないような声明を出す学者が多いので、外野から見ると全部そのように見えるだけかもしれませんが・・。
集団で声明を出す学者もその道ではまともな論文を書いて認められている研究者なのでしょうが、政治運動になると素人も驚くような無理筋の主張が多くなるようです。
政治学者と政治運動のプロとは違うように、憲法学者も憲法の運用がどうあるべきかの政治論は素人に近いのですから、専門外のことに専門家の肩書きで口を出すのが間違いと言えるでしょうか?
個人意見開陳は自由ですが、専門家集団の威力を用いるのがおかしいというだけです。
今回のコロナウイルス騒動でも分かるように専門家の知見必要ですが、それを応用するの政治家の役割です。

あいちトリエンナーレ不自由展騒動の得失2(地域エゴ競争1)

米国大統領や中国国家主席の肖像写真を燃やして踏みつけるパフォーマンスに対して政府公共団体が禁止すべきか否かは憲法の問題ですが、補助金を出すか否かはその行為の芸術性の有無が基準ではなく、国際関係等考慮して行うべき政策決定というべきです。
地方自治体もその展示行動が友好都市や国際関係上とどういう結果になるか、地元交通妨害になる程度などの具体的判断すべきで、芸術活動か否かを持ち込む余地がないでしょう。
グランデール市その他の自治体が慰安婦像を公立公園に設置許可するかどうかは政治判断ですので、自治体の法的手続きに違法があるなら別ですが、適法に判断された以上自治権の範囲ですので、日本人グループが司法に訴えたのは手法の間違いです。
個人が自宅にどういう銅像を設置するのが自由なのと同じです。
ただ、銅像設置や自分の親の写真を踏みつけられる映像やパフォーマンスを芸術として補助する自治体や個人に対して不満を持つ人や相手方自治体や国がどういう報復をするかも被害感情を持つ個人や国等の政治判断です。
グランデール市は日本との関係悪化しても良いという政治判断で慰安婦像設置を決めた以上は、大阪市がグランデール市との姉妹都市関係を絶ったのは合理的行動でした。
日本大使館前の慰安婦像設置が相応の報復覚悟の政治行為ですので、日本も相応の報復すべきかも政治判断です。
そもそも芸術や政治活動であれば何をするのも自由なのではなく、名誉毀損すれば処罰を受けるし、通行妨害すればその規制を受けるのは政治活動や表現の自由・憲法論とは関係がありません。
市議会議員が、同一選挙区でしのぎを削る政敵のポスターを日頃挨拶を交わしている近所の家に掲示していれば、興ざめになるのが普通です。
また、政治主張の芸術活動をすれば反対勢力の不興を買うのを覚悟の行動であるべきでしょう。
「芸術を名乗りさえすれば何をしようと勝手だ!」と言わんかのような津田監督側の主張を国民多くが支持したのでしょうか?
不自由展からまだ約1年なので不自由展の騒動が今後の日本の芸術に対する政府公共団体関与にどのような影響が生じるか、旗振り役になった津田氏がどういう立場になるか不明ですが・・。
大村知事と河村市長の確執ではどちらに軍配があがるでしょうか?
政治家は選挙次第ですが、一方は市長選で他方は県知事選で政治次元と選挙時期の違いがあるので選挙テーマもズレる上に、共に自民党推薦?知事、市長ですので、任期満了選挙になると不自由展に対する民意がストレートに出ない選挙になりそうです。
不自由展をテーマにした大村知事に対するリコール運動があるので、リコールによる選挙であれば、テーマが絞られ愛知県民の不自由展挙行に対する賛否がはっきりする良いチャンスのようですが、その場合でも保守系支持層が対立候補の革新系候補に投票するわけに行かず自民党系知事を保守系が推すしかない選挙になって争点と選挙の結果が分かり難くなります。
自民系の知事が超革新的?主張を後押して巨額予算で応援した場合、自民党内保守系では許せないと強く思う人が、かえって、革新系知事候補に投票したくない人が多いでしょうから、選挙は複雑です。
大村氏に変わる保守系候補の準備に十分な時間がないことから、信任投票的リコール選挙はかえって大村氏に有利でしょう。
不自由展をテーマにするまでは大村知事の名前も知らなかったので、今日初めてウイキペデイアで経歴を見ると意外に複雑な行動をとる持ち主で、今回の「とんがった企画期待」発言はその延長上にあることがわかりました。
もともと農水官僚〜自民党橋本派に属した経歴程度しか知らないので保守系そのものかと思うと、橋本派ないに属しながら、対抗馬の小泉氏を応援したり、小泉政権では功労者として優遇されたようですが、小泉政権後の保守混乱時(民主党政権時?)には、愛知県連を敵に回して(当然革新系の応援を受けたのでしょう)突如立候補して県連からの訴えで自民党から除名処分を受けるなど保守系の枠を飛び出したトンガリ系行動力のある人のようです。
結果的に左右両翼の支持をて圧倒得手支持力を誇る独自勢力圏を築いているので、そのうち自民党との相乗り候補になって現在に至るようです。
(安倍総理辞任劇以前からメデイアの行う場外人気・・「総理になって欲しい人の国民人気度ではいつも石破氏ほぼ毎回がトップでしたが、肌感覚とこんなにずれた発表程メデイアの信用を落としている発表が少ないのではないでしょうか?
メデイアの基本主張・「永田町の感覚が国民感覚といかにずれているか!」という洗脳をしたいようですが、いろんな世論調査の偏り以上に、国民感覚と違った自民党内異端派を「よいしょ」する記事ばかりでは、国民感覚とずれていのは大手メデイアではないのか?と思う人の方が多いでしょう。
内閣や党支持率の場合、直後の総選挙結果とあまり違う結果が続いているので、メデイアの世論調査をどうせフェイクだろうと思う人が増えてきましたが、総裁選の場合、永田町の感覚が国民とずれていると言い張ってれば論証する方法がないのをいいことに電波独占している方が言い張っていつも終わりです。
中韓勢力得意の日本人は良いが、安倍政権だけが悪いという主張方法と同じです。
革新系は自民党との真っ向勝負では勝てないので、自民党内の異端的トンガリ系を囃しメデイアとの連携で国民人気を演出する傾向がありますので、大村氏はこれに便乗してウイングを左に広げるのに成功していて、県知事として圧倒的支持率を誇るようです。
不自由展実行はこの傾向をさらに強めたということでしょう。
トルコやイラン等々の地域大国も日本の自治体も同じですが、世界全体あるいは国全体のための政治など気にしないどころか、地域や自治体内の地位確立には全体に反する尖った主張をして地元の喝采を浴びる政治手法が成功する傾向があります。
愛知県(尾張徳川家)は徳川宗家後継争いで吉宗に負けた時から、反中央意識の強い気風が育ち現在に至っていることを総合すると(本当は尾張徳川家の個人的怨念でしかなく民族的被害を受けていないのですが、これを地元政治家は煽る材料しているのでしょうか?)大村知事の尖ったパフォーマンスを喝采する地域素地があるとも言えるでしょう。
愛知県知事としての支持層を広げるには、日本全体で総スカンを食うか否かではなく反中央姿勢をアップし(自民党本部から除名処分を受けるなど)地元支持を広げる戦略が成功しているように見えます。
彼は日本ー愛知の会代表のようです。

任命5と市場競争(是枝監督の政府祝意辞退1)

1月21日「任命の効力4→選択権1」の続きです。
競合権力多数並立の場合、武将や武士、足軽等階層にかかわらずどの豪族〜戦国大名に従うかの選択肢があり、日本の戦国時代の英雄豪傑で言えば島左近や後藤又兵衛や藤堂高虎のように戦国大名を自ら袖にして有力大名家を渡り歩く例が多く見られました。
豊臣秀吉だって、小者の頃には渡り歩いて(今川家の陪臣松下加兵衛に仕えたことが知られています)最後に信長の小者になって落ち着いた遍歴です。
高名な英雄豪傑に見限られた大名は面白くないので、戦国末期で大名間交際が安定してくると黒田家?のように「奉公構」という回状を回して後藤又兵衛の再就職を妨害する例も出てきます。
企業で言えば、楯突いてやめた社員の再就職妨害行動をするようなものです。
のちに黒田家から後藤又兵衛との関係修復を目指して幕府に斡旋依頼したようですが、うまく行かない内に大阪の陣に突入して行くようです。
群雄割拠・並列競合状態が終わって最高権力・国家権力が確立すると、最高権力者=国家からのお召があると、これに応じないのは謀反の疑いがかかるので、契約以前に喜んで参上するようになっていたから契約概念が育たなかったのでしょう。
ところが経済水準が上がり、主食以外の嗜好品や寒さを防ぐだけでなく、おしゃれを楽しむ衣料品、その他文化芸術や娯楽性サービスが発達し、勤め先となる民間企業が発達してくると、国家権力に連なる分野以外の働き先が増えてきます。
今でも景気が良くなると、公務員応募が減るなど民間雇用状況次第の傾向が強まっています。アベノミクスの成果で民間は働き手不足で困っている→公務員に任命してやるありがたいだろう!という優越的関係が薄れてきました。
形式上一方的任命精神同様に叙勲や祝意は、一方的に授けるものでした。
最近国家の叙勲や祝意を辞退する(是枝監督のような)人が出ますが、これの盲点を突くと同時に国家権力の相対性をアピールしたい人がやるものでしょうか。
「公権力と距離を置く」と言うのが趣旨のようですが・・。
任命のように義務を伴わない一方的叙勲や祝意拒否は国家政府などに褒められたりおめでとうと言われたくない」という・・国家権威無視の態度をはっきりさせたものでしょう。
とはいえ、能力発揮・特に文化発露は個人の遺伝的能力のみによるものではなく、長い歴史・文化蓄積を切り離して考え難いものですから、生まれ育った社会を代表する公的な祝意・民主国家においては政府が国民代表です・・政府からの祝意は、生まれ育った、社会そのものからの祝福です。
これを受けられないと言うのは自分を育んでくれた社会や自然を否定したいという意味でしょうか?
よほど自分生い立ちに不満があるのでしょう?・・育った環境に不満があっても逆教を跳ね飛ばし、名を挙げ功を遂げられた以上は、結局感謝するのが凡人の心情ですが、こういう人が出てくると凡人には違和感を感じる人が多いから反響を読んだのでしょう。
いや、自分を育んでくれた友人先輩、環境に感謝しているが、今の政府におめでとうと言われたくないだけ・と言うのでしょうか?
今回のテーマ・・任命と拒否権の関連に戻り大臣就任要請を断るのは、一定の政策目標実現組織である内閣と意見が違う場合当然の権利ですし、政府の文化政策と意見を異にする場合それに協力しないのは映画人当然の権利ですが、是枝監督が映画製作段階で政府が介入したのをはねつけて映画を完成したなどの特別な遺恨があるのでしょうか?
それならばそれを公表すれば良いことですが、武士の情けで公表していないのでしょうか?
https://www.asahi.com/articles/DA3S13532802.html

是枝監督「公権力とは潔く距離保つ」 カンヌ最高賞、文科相の祝意辞退

https://bunshun.jp/articles/-/7743では「万引き家族』是枝裕和監督の「祝意辞退」と「助成金」の関係で「辞退」に対する擁護論らしく、是枝監督の映画が如何に素晴らしいかを書いていますが、最後に以下の引用があります。

文化庁の「日本映画製作支援事業」の定義を確認してみましょう。
「我が国の映画製作活動を奨励し、その振興を図るため、優れた劇映画、記録映画の製作活動を支援する。新たに、日本映画の魅力や多様性を強化し、その基盤を維持するため、中小を含む制作会社や新進映画作家向けの助成枠を設ける」。
助成金は「優れた劇映画」を作るための支援です。カンヌでパルムドール受賞を果たした『万引き家族』は、まさに正しく助成金の目的が達成された例といえるでしょう。

上記意見は、どちらかといえば政府助成金をもらっていても政府の祝意辞退は問題ないという擁護論のようなトーンですですが、その最後に解説なし引用があるので、擁護論の根拠としての引用かな?と予想されますが、読んでみるとこれが何故祝意辞退擁護根拠になるのか不明です。
上記引用部分によれば一党一派の立場からでなく、国民全体・国税を使った助成を受けたので自民党からの祝意を受けなくとも矛盾しないと言外に言いたいのでしょうか?
しかし、文科大臣の資格において祝意を示すのは出身母体はどの党であろうとも国民代表としての祝意です。
政府所管大臣/長官が補助金を出し、その時は自民党大臣だから受け取らないと拒否したなら一貫しますが、自民党政権の大臣あるいは長官から補助金を受けておきながら、祝意辞退の時だけ自民党政権の大臣から受けられない・嫌だというのは矛盾がないのでしょうか?
私の基本的立場は、補助金以前に同じ日本人としての快挙に素直に喝采したい人が多いのではないか・・政府は国民代表として祝意を表したいということではないでしょうか。
大臣個人は主観的にその映画を良いと思ったかどうかは別として、公人としての職務行為をしている以上、大臣の好みを持ち込むこと自体が許されないはずです。
国民の大方の気持ち・・総意を汲み取って国民代表として政府が祝福するのを自民党政権だから嫌だというのであれば自分の方から政治的立場の違いを芸術活動に持ち込み政治化するための発言でしょうか?

独の国家補助金による電力輸出と独禁法の不公正競争政策1

ドイツの高額買取で生産された製品が合理的生産コスト以下で国際市場に出回り、いくら下がっても怖くない・成り行きで売れる値段までコスト無視で何年でも価格を下げ続けられる仕組み(高額買取制度というのはもともとコスト無視・市場価格との差額補填制度です)・・政府補助している点では中国の出血輸出とどこが違うのか?という疑問です。
国際相場よりドイツの電力料金が高いと言う意見を1昨日紹介しましたが、それなのにドイツが電力の輸出大国に何故なっているかと言えば、高額買取した再生エネルギーを国内電力会社に引き取らせずに国際送電網にそのまま放出させて成り行き相場でタレ流しているからです。
簡単に言えば、国内価格ではなく国際価格以下(「成り行きで売る」と言うことは、価格がいくら下がっても売り注文を下げない売り方ですから、国際市場では相場下落圧力になります・・)で売っていることになります。
日本や韓国のように一国閉鎖送電システムの中でいくらで高額買取しても概ね国内問題ですからいわば勝手です。
・・韓国も国際競争力維持のために国内電気料金を政策的に低く抑えていますが、その分どこかで歪みが出てトータル競争力では結果的に大差ないかも知れませんので、国際的には直接的問題が少なかったのです。
水道料金、道路港湾鉄道その他何でも、国民生活の基礎的コストを市場相場に委ねるかどうかは国内政治の問題で直接国際貿易に関係しません。
しかし鉄鋼製品その他国際取引商品まで国費投入で補助するとなると不公正貿易のパターンになってきます。
欧州のように送電網が共同化していて国際市況に連動している場合に、一国が桁違いの高額買取制度を実施して国際市場に市場価格で放出するようになると補助金の多い国がいくらでも値下げしていけますので結果的に市場独占してしまえます。
昨日見た論文では。おかげで周辺国が安い電力を享受できていると喜ばしいことのように書いていますが、ノーテンキで無責任な意見です。
アフリカが見るも無残な貧困状態に陥ったのは、欧米の偽善的無償食料援助が原因で地元の第一次産業が業が壊滅させられたことが原因です。
安ければ安いほどいい・無償ならばなお良いというものではありません。
生活保護に一度ハマると抜けられなくなるというのも同じです。
国家規模で大規模な無償食料援助されると無償に勝てる産業はないので、たちまち前近代的な焼畑的農業や狩猟その他の伝統的・古代型現地産業が壊滅してしまいます。
日本の敗戦時にどんなに食料に困っていても、アメリカの過剰農産物の捨て場にされ農業が壊滅しなかったのは美味しい産物に恵まれ国民の舌が肥えていたからです。
戦後直後に育った我々世代でさえも輸入米は「外米」とか「黄変米」とか言われて危険・不味いものの代名詞のイメージし残っていません・・。
豊葦原瑞穂の国に生れたありがたさで、アメリカが余剰農産物の捨て場に日本を利用し、日本の非効率な農業を壊滅させようとしてもうまくいきませんでした。
今や、日本のお米や果物に限らず牛肉さえもうまいので高級品として輸出されてますが、狭い国土で非効率だ(農業保護批判がメデイアの基本姿勢でした)関税撤廃解放して早く農業をやめた方がいいと言う宣伝・アメリカ式農業がいかに素晴らしいかばかり聞かされて育ちました。
現在のTPP交渉でも敗戦直後と変わらず、「農業保護のために近代産業が被害を受けている」という大合唱です。
洋画がいかに素晴らしいかを学校で教えても、自分のお金を出して買うのは日本画ばかり・公的美術館しか洋画をめったに買わないのに似ています。
話題が飛びましたが、ドイツ周辺国がドイツの財政負担によって安い電力を利用できるのは良いこと・メリットだというイメージの24日紹介の論文「オランダなど価格水準が高い国や供給力が弱い国は有利な価格で調達することができる。」という一見有り難そうな表現はまちがっています。
安い電力流入のためにフランスでは原発の出力を落とさねばらなくなっているというのですから、すでに弊害が出ているのです。
国家が資金補填した製品を国際市場に出すこと自体が民間の競争で言えば、自由市場制度破り政策・独禁法で言う公正競争違反政策です。
私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号)
(定義)第二条
(1)〜(8)省略
(9)この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。
一〜二省略
三 正当な理由がないのに、商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給することであつて、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの」
昨日紹介した通りドイツが高額買取=市場価格以上で買取した再生エネルギーが市場にコスト無視で安く入ってくるフランスなどでは、既存原子力発電所などが出力を落として操業するしかないというのですから大変です。
特定エネルギーだけ補助金漬けになると正常なコスト負担するその他電力業界は価格競争でやっていけません。
ドイツは国内市場で再生エネルギーを市場相場で大量に放出すれば、国内電力料金が下落して褐炭等によるに電力生産が成り立たなくなるのでこれをしないで、国内相場は高いままで国際送電網の市場にだけに「なり行きで」放出しているとすれば・・外国だけが超安値電力が入ってきて参ってしまう・・ずるいやり方です。
フランスも負けずに原発電力を高額買取して国外には安く売ればいいのですが、この競争が始まると体力勝負になります。
こういう不公正な競争を野放しにすると、技術力がなくとも強いものが市場を席巻してしまう・技術革新で安く売って競争に勝つなら社会の進歩を期待できますが、体力に任せてコスト以下で販売を仕掛けるのではより多く国の援助を受けた企業が勝ち残る結果、効率の良い企業が負けてしまいます。
ですからこれを「不公正取り引き」として日本だけはなく国際的に同様の国内法が世界中で制定されてきたのです。
国内での不公正競争ならば、独禁法の取り締まり対象ですし、一旦この処罰を受けると諸々の社会的不利益を受けますが、国家間になるとWTOでも、これのルールを定めていますがこれがうまくいきません。
フランスは悔しくとも補助金競争を仕掛けるには国力差がありすぎるのと「原発は危ない」というメデイアのイメージ操作で負けているので、WTO違反でも全く反撃できていないというところでしょう。
ドイツは国内電力会社に再生エネルギーを高く買わせるのではなく、国際送電線網を通じてリアルタイムの市場相場で売却してしまう・・高額買取組織は差額を負担するのではやっていけないはずですから、その差額を国家負担にしているのでしょう。
このやり方は、中国国有企業の鉄鋼ダンピング輸出とどういう違いがあるか?ということですが、周辺国はドイツのご威光に逆らえず黙ったままのようです。
ドイツの再生エネルギー買取制度は、風力・太陽光発電等需要無視で生産させてこれを周辺国の犠牲にして自国でまず発展させようとする事実上の国策ダンピングです。
こんな身勝手な行動に周辺国がいつまでも我慢出るのでしょうか?
自分だけ良ければ・・という政策はいつかは反動がおきます。
蓮舫氏が国会で質問に使ったデータが実質フェイク的なものだったのと同様に、メデイアがドイツを賞賛するについては、欧州の電力市場制度の存在や隣国フランスがどうなっているかや各国の置かれた資源や電力供給構成などの背景事情を同時に報道しないと片手落ちです。
メルケル氏が日本訪問時に(ドイツは隣国とうまく修復できているのに)「日本が隣国ととうまく行かないのは、日本の真摯な謝罪が足りないからだ」と言わんばかりの韓国よりメデイアの質問に対して「良き隣人に恵まれたので・・・」と答えたことが知られていますが、何事も周辺状況・環境条件を総合してから意見を言うべきです。

フラット化対応5(品質競争の重要性)

商店が一杯あって買い物に自由に出掛けられるのと他人を自宅に泊めてやらねばならないこととは別問題・・貿易拡大・物品流通拡大・人の移動拡大と移民自由化とは別問題でしょう。
国際流動化時代を生き抜くには長期的には民族レベルの底上げこそが重要であって、たとえば平均レベルが60点台にあれば60ポイントの賃金を払っても国際競争力があり、ひいては80点台の人との収入さが僅かに20ポイントしかない・・格差縮小可能です。
格差縮小するには末端労働者の能力を無視して賃金をあげれば良いのではなく、(経済原理無視で賃上げすれば、東南アジアに工場が逃げられた中国のようになるだけです)能力差を縮小する努力こそが求められます。
移民・・多くは後進国から入るので工員の品質が落ちます・・民族レベルが劣化すれば・未熟練者・貧困層が増える一方で,他方で金融のプロなど高額所得者を誘致(シンガポールなどが有名ですが・・ロンドンもその1例です)するので、格差拡大が余計進んで行きます。
イギリスの国民投票結果から見ても金融関連で潤うロンドン周辺では残留支持が多く、元々の製造業地域では離脱派が多いと言う地域分布から見ても明らかです。
シンガポールのような都市国家であれば金融特化してもその周辺で恩恵を受ける比率も高いのですが、(ロンドン独立論は冗談のようでいて、実は経済合理性のある意見です)一定規模以上の国家の場合、資源・金融や知財特化では国民全般の底上げには無理があります。
農業社会から工業国への以降は筋肉労働の必要性などから移行が簡単でしたが、それまでの製造関連従事者が金融や知財・サービス業にイキナリ特化出来る訳がないし,世代交代後はサービス業その他に適応出来るとしても元製造業が吸収していた多数従事者がいりません。
1回の金融取引が10億円から200億になってもキーボードを叩く手間は同じ・・一人でやれます。
サービス業従事自社は、スターバックスやコンビニ・スーパー店員を見ても明らかなように非正規中心・・格差拡大・・末端が増える一方になります。
製造業が国際的賃金平準化に負けないためには品質競争=従事者のレベルアップすべきであって、これを怠って低賃金競争に参加するために底辺労働力補充を低賃金=低労働能力者である移民流入に頼るのは、仕入れ品の値下げ圧力や人件費を削る=品質を落とす・・単純値下げ競争に入ったのと同じです。
移民導入策は、手間暇のかかる商品品質アップ・・労働者レベルアップ努力による新興国との品質格差競争を諦め、賃下げ競争参加策(職人のスキルアップを諦めて1流仕入れ先から2流仕入れ先への変更・レストランで言えば1流料理人から3流料理人への変更)による低コスト化を採用したことになります。
仕入れコストや人件費を下げれば、有能な人材が集まらなくなる→労働者や職人の能力低下が進むのは明らかですから、結果的に全般的低賃金化が進みます。
経営者利益維持のための低賃金化進行+経営利益維持策→格差拡大ですから、移民導入で新興国との値下げ競争参加→低賃金化による国民へのしわ寄せしてきたことに対して欧米諸国の労働者が遂に怒り出したことになります。
欧米労働者自身がスキルアップの努力しないで3K職場に就職したがらないで移民に仕事を奪われているのは自業自得ですが、経営側が賃下げ競争モードに入っていて個々の労働者の向上意欲を阻害して来たことも原因です。
アメリカでは反ウオール街・・格差拡大反対・・これを突き詰めて行くとその原因になっている移民政策の間違い…アメリカやイギリスの移民反対〜西欧の難民拒否等が正面テーマになって来たのはキツネに化かされた人が正気を取り戻した状態であり、論理的であり感情論ではありません。
ただ国民・労働者が移民反対を言う以上は、3Kはイヤだと言うのでは一貫しませんし新興国並みの低賃金で働くか、先進国だからと高い賃金を要求するならば新興国労働者と品質競争に勝つために自助努力を出来るかどうかにかかっています。
ただ移民を排斥・追い出したからと言って、人件費が上がる訳ではない・・品質競争のないまま賃銀だけ上げれば、新興国との競争に負けます・・ことを繰り返し書いてきました・・要はレベルアップ努力出来るかの民度の問題です。
数年前から仏独で民族主義主張が増えて来たし、アメリカでトランプ現象・今回のイギリスのEU離脱国民投票・・全て、移民を入れる値下げ競争では疲弊するばかり・・国民が耐えられなくなって来た現実が表面化して来た「裸の王様」が寒くて震え出した状態です。
企業の値下げ競争は製造工程変革によるコスト下げをしないで仕入れ価格引き下げや人件費引き下げによる場合、従業員や納入業者の疲弊→民族劣化進行しかありません・・値下げ競争に入った多くの企業・商店は早晩行き詰まるのが普通です。
本来の競争に勝ち抜くためには、品質で勝つしかない・・民族劣化を如何にとどめるか・・民族水準点を引き上げることこそが国際競争に勝ち抜く本質です。
民族、環境のレベルアップを考えるには、高給レストランやホテルに浮浪者が出入りしていたのではいくら従業員教育しても、ホテルやレストランのグレードが下がるのは避けられません。
日本は移民を入れる値下げ競争に参加せずに品質競争で勝負する・BtoB・・高度部品製造に舵を切って努力し・・農業でも量ではなくうまいものを少量作るパターンを追及して来た結果、今や成果が出始めていることは周知のとおりです。
構成員レベルの底上げ作業は大変な事業ですが、優秀な人材を誘致し、低レベル構成員を弾き出せば簡単に平均レベルが上がりますので、移民排斥論も自己努力を怠る考えである点は移民導入論の裏返しの議論です。
資源に頼ったり個人で言えば、親戚関係・コネ賄賂利用・・国際政治力を利用してFTAその他有利な地位を築くなどの外部環境に頼るのでは真の解決は出来ません。
日本の場合には折角自己努力による民度アップに取り組んでいるのですからこれ以上移民が増えて平均点を下げないように努力し、他方で国民レベル向上策の更なる努力こそが重要であると正面から認識して行くべきです。
西欧やアメリカはこの困難なテーマに取り組むの怠って移民導入による安易に(人件費の)値下げ競争をして来たツケが回って来たのです。

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